Archive for ken wada

Untitled 2021 No.1 ーfrom the series Black and Blue Paintingsー

Posted in Works 2021 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 19 January 2021 by kenwada

無題 2021 No.1
ーシリーズ黒と青のペインティングからー
2021年1月
北軽井沢 作品 No.418
画布にアクリル
65.2×53.0 cm

Untitled 2021 No.1
ーfrom the series Black and Blue Paintingsー
January 2021
Kitakaruizawa Works No.418
Acrylic on canvas
26.0×21.0 in.

Sans Titre 2021 Nº1
ーde la série Noir et Bleu Peinturesー
janvier 2021
Kitakaruizawa Œuvres N°418
Acrylique sur toile
65.2×53.0 cm

Today’s Black and Blue Paintings! No.4

Posted in Essay 2012-2021 with tags , , , , , on 5 January 2021 by kenwada

2021年1月5日、4枚ともダメ、当然全没、依然として形が見えてこない。
前回書いたことと全く同じことを自分に言う、「絵画と執拗に変質なまでに対話し続けること」。
諦めるといとも簡単にあっさりと、そこで終わる。
それもいいか、毎日負け続けるよりも。
しかしそれにしても、絵画はほんのわずかな、そうーっと描いた繊細な一筆で、全体の局面、形勢、情勢が、あまりにも劇的に変わるな。
いつも思うことで、僕は全くの専門外だけれども、絵画は、おそらくは将棋よりも囲碁の世界により近いのではないかと思う。
おそらく両者は、ほとんど同じことをしているのではないかと思う。
他の仕事では、ここまで劇的に全体の曲面が変わるということは、あまりないと思う。
例えば、原稿を読みながら、何かのお話をしている人が、◯◯を、のところを◯◯は、と助詞を一つ間違えたくらいで、すぐに言い直せばよいのだし、お話全体がダメ、没までにはならないと思う。
でも絵画の場合は、助詞を一つ塗り間違えただけで、一瞬にして全体が没になってしまう。
その転落していくスピードが、おそろしく速い!
これまでの日々の制作の過程で、本能的に嗅ぎつけているのだけれども、ここにおそらくは絵画の本質があって(隠されていて)、基本的に絵画は全取り替えの精神なのではないかと思う。
すなわち、部分の取り替えが効かず、常に All or Nothing の世界なのではないだろうか。
そうなると当然、大胆に全体を全て取り替えられる神経の図太い人というか、丈夫な人が絵画制作に向いているということになる。
じゃあ、神経の図太い人なら、そうできるかというと、これができない。
何故なら人間だから、今まで積み上げて描いてきたもの(その努力なり労働なり時間なり)をゼロに振り出しに戻したくないから。
結果が何も残らないから、むなしく意味がない行為のように、繰り返し感じさせられるため。
それから描き直した場合に、もっとひどくなるということも当然予想され、それであれば妥協案として現状を残したくなり、つい躊躇するから。
つまり、人間であれば絵画制作において、そんなに勇気に違いが出ない。
そこで自分のしがみつきたい意志をはずして、半ば強制的に全取り替えにもっていく仕組みを考案して、絵画制作に導入することで、毎日のように全取り替えができるようになる。
僕は、そんなことを模索しています。
この画面上の追求のスリルでは、絵画制作をしている人たちに対して、飽きろと言う方が無理だな。
どちらかというと、絵画の制作は、何か中毒になる類いのものだと感じる。

Today’s Black and Blue Paintings! No.3

Posted in Essay 2012-2021 with tags , , , , , on 3 January 2021 by kenwada

2021年1月3日、昨晩、グレン・グールドの YouTube の演奏をまとめて観る。
いつもながらに得るところが非常に多い。
結局は、絵画と対話をするということ、バリエーションをもたせて、様々なアングルから角度を変えてはステップインし、執拗に対話し続けるということ。
その継続性や持続性と、対話し続ける変質なまでのしつこさの度合い、最後の勝負はこれに尽きる!
楽しいから対話しているのであって、対話そのものが嫌になってしまったら、苦痛になってしまったら、引退するということ、大変残念ながら辞めざるを得ないということ。
デレク・ジーターが引退する時に、素晴らしいことを言っていたのを思い出す。
「野球が僕の仕事になってしまったから辞めます。」
素晴らしい!
これを言える男は、なかなかいないというか、まず滅多にいないよ。

Today’s Black and Blue Paintings! No.2

Posted in Essay 2012-2021 with tags , , , , , on 2 January 2021 by kenwada

2021年1月2日、朝起きた時、しまったと思う。
やはり昨日、制作を休むべきではなかった。
しまった、一年の計は元旦にあり、などと昔から言うではないか。
いきなり元日からこけた。大切な一日を無駄にした。
大晦日まで制作していたので、まあ、お元日くらいいいか、と思ったのが実に甘かった!
別に僕は立派な社会人などではないのだから、世間様がお元日にどうしていようがお構いなしに、僕は仕事をするべきだった。

この年末に読んだ本。
①ゴーゴリの「外套」(未知谷社)の再読。
アカーキー・アカーキエヴィチの外套を抽象絵画にするという目標もまだ全然達成されていない。
もちろん新調する前のボロボロの方の外套。
②ドストエフスキーの「キリストのヨールカに召された少年。」(作家の日記2、ちくま学芸文庫)の再読。
これについては以前、当サイトに書きましたが、
https://kenwada2.com/2018/10/20/the-beggar-boy-at-christs-christmas-tree/
ドストエフスキーがこうしたお伽話を書いてもどれだけ才能があるかということを如実に示している。
おそらく、この話は短時間でサラサラっと書き上げてしまったのではないだろうか。
このヨールカもデッサンをとっただけで、その後、全然絵画化されていない。
しかし、この作品だけ単独でもっと目に触れるように、何とかできないのでしょうか。
③ディケンズの「クリスマス・カロル」(新潮文庫)を、Oxford Bookworms Library の「A Christmas Carol」を使って再読。
電子書籍と紙の本の両方で試してみましたが、この Oxford Bookworms のやさしいテキストは素晴らしい!
もっと読もうということで、次は、ユゴーの「Les Misérables」(何故タイトルがフランス語なのだろう)を読んでみよう。
以前、岩波文庫の全4冊で熱狂して読んで、ストーリーが頭に入っているので、テキストだけで進められるだろう。
テキストが届くのを待っていなくてよい分、電子書籍ならすぐに始められるし、学習の回転速度が上がる!
単語にカーソルを合わせるだけで、即英和辞書がひける、アンダーラインだって4色もある、今年はもっと電子書籍を活用しよう!

この年始に読む本。
①黒木登志夫さんの「新型コロナの科学」(中公新書)。
この方は、山中伸弥教授のサイトで知りました。
②斎藤幸平さんの「人新世の「資本論」」(集英社新書)。
この方は、昨年末にNHKラジオに出演されていて知りました。
朝聞いていて、即座に、あっ、只者ではないな、ついに現れたかと思いました。
③同じく斎藤幸平さんの「カール・マルクス「資本論」」(NHK出版)。

この年末に観て、非常にためになった YouTube は、「Ricardo Lopez Training」というボクシングの練習動画(1時間ちょうど)。
これはすごい!いまさら僕が力説する必要は何もないけれども、彼は超一流だな。
Painting に生かせる内容が満載で非常に参考になった。
結局は、超一流になればなるほどやっていることは実にシンプルで、基礎・基本をバリエーションを取り入れて組み合わせ、様々な動きを入念に試しては、そのチェックを執拗に繰り返し、体に染み込ませている。
ただひたすらそれだけに集中している。
その練習密度が非常に濃い、やっていることに特異な独創性があり、一切無駄がない。
俺は世界チャンピョンなんだぞという変な自意識過剰のようなもったいぶった面の皮が厚いようなところが皆無である、ということ。
現役時代の彼は、ボクシングスタイルにクールな営利さがあって、どこか冷たい感じがして、アーロン・プライヤーや張正九のような熱いハートの塊みたいな選手と違って、あまり好きにはなれなかったけれど。
問題は、この特異な独創性を、どこで身につけたかだな。
例えばパンチングボールの扱い方、叩き方一つを見ても、これだけ鋭角的に斜線で使える選手を見たことがない。
それについて、いくつかの興味深い思考が進みました。

さあ、今年もまたスタートです。

2021年1月2日
和田 健

未曾有のパンデミックの一年の終わりに思うこと

Posted in Essay 2012-2021 with tags , , , , , on 27 December 2020 by kenwada

©︎Photo by Koto Takei       2020年10月16日、アトリエにて。

今年は、お世話になっているニューヨークのアゴラ・ギャラリーのディレクターが、5月にコロナで亡くなりました。
同じく5月に、長年の大切なパリの友人のお母様がコロナで亡くなりました。
また年末になって、長年にわたって交流を続けてきたイギリスの画家から、コロナで9ヶ月間に8回入院していた、現在も長期にわたる肺のリハビリテーションプログラムを続けているという手書きのクリスマスカードが我が家に届きました。
Painting nearly died, の文字を目にし胸が張り裂けそうな思いがしました。
昨日まで4日連続、国内の1日あたりの新規感染者が過去最高を記録しました。
もうたくさんなのに、イギリスで変異種が猛威をふるい始め、南アフリカでも変異種が現れました。
今年は、コロナ禍で結局、僕は一度も展覧会ができませんでした。
さぞかし同じような苦しい思いをした同業者の方も、どれほど多かったことでしょうか。
希望やモチベーションは何もありませんでしたが、僕は毎日、絵画の制作を続けました。
我が家にはテレビがありません。
森の中で唯一受信できる NHKラジオ第一放送R1 で、高校生くらいの女の子が「弟や妹がまだ私の下にいるので、コロナで進学を諦めようと思います」と話しているのを聞いて、涙が溢れました。
この子を何とか進学させてあげられないのでしょうか。
政府予算で1機164億円もかけて探査機を飛ばし、オーストラリアにカプセルが着地した時、ラジオで「勇気をもらいました、涙が出るほど感動しました」という年配の方の声に接し、とても不思議に思いました。
ラジオで少年院から出てきて更生した福岡の女の子が話しているのを聴いて、この子はトーマス・マンが25才の時に書いた「ブッデンブローク家の人びと」よりも物語を語る才能が明らかにあるなと思いました。
この子に何とか専門教育を受けさせてあげられないのでしょうか。
それとも、この天才を埋もれさせてもよいのでしょうか。
何故かこの子たちに、ソフィアでピカソのゲルニカを直に観せてあげたいと、できもしないのにすぐに強くそう思いました。
家から一番近くのコンビニの駐車場に、緊急事態宣言解除前の GW から、県外ナンバーがいつもあふれているのを見るたびに、日本人のモラルもだいぶ変わってきたなと痛感しました。
前総理は、そこのところを履き違えたな、読み間違えたなと思いました。
現総理は、お金を出してまで移動を支援しました。
コロナの問題が起きた春先から、信頼できると自分で感じた何人かの科学者の言うことだけを読み、最大公約数をくくるように努めてきました。
コロナの問題で、移動、旅行が感染拡大を広げる最も有効な手段であることは、現在、科学的にはっきり証明されています。
でも科学者でもない僕は日々の情報収集をしてメモを取りながら、この悪魔=COVID-19 がどこかへ行くのをじっと見ている、ただ待っているしかありませんでした。
何もできず、非常な無力感にとらわれました。
Google の COVID-19 感染予測 (日本版)の来月1月上旬の東京都のみの感染者数を見て、我が目を疑いました。
来年もおそらく展覧会はできないと思います。
できたとしても極めて制限された形での実施になると思います。
コロナの問題が起きてから、それにいち早く反応したアメリカのギャラリーを中心とした Online での展覧会を含む一連の活動の展開をいつも注視してきました。
一番すごいな、大胆と言うか、ついにここまできたかと思ったのは、アートフェアそのもの自体をバーチャルでやってしまおうとする今月の RAVE Miami のイベントでした。
それでも、この非接触、非移動の日常がどこへ行くのか、僕にはわかりません。
今年はコロナ禍で、日本ではアルベール・カミュの「ペスト」に久々に光が当たりました。
是非、僕の大好きなカミュの最高の作品だと僕が思う「最初の人間」も読まれてください。
僕は今、チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」(新潮文庫)の再読を、Oxford Bookworms Library のやさしく語り直された素晴らしいテキストと照らし合わせながら読んでいます。
貧困から文豪にまで登り詰めた彼の作品の中のユーモアに、何かすがりつくようなコロナ禍の中の希望のようなものを感じ出しました。
そうです、暗闇の中のユーモア!
変異種の渦中のイギリスでは、今、人々に何が読まれているのでしょうか。
何も根拠はありませんが、やはり自国のディケンズのユーモアに接したいのではないでしょうか。
何もできない僕は来年、様々な思いを抱きながらも、それでも今年以上に絵画の制作をしようと、せめてそれだけは何故だか強く思います。
今取り組んでいる Black and Blue Paintings を仕上げた後の、それ以降の来年度の Painting の構想や展開について、この年末に熟考していこうと思います。
皆様、どうぞよいお年をお迎えください。

2020年12月27日
和田 健

Happy Holidays!

Posted in Essay 2012-2021 with tags , , , , , on 24 December 2020 by kenwada

Dear Friends,

May your holiday season be safe and peaceful — and your New Year be bright!
Please take good care of yourself!

Peace, Joy, Thanks!

Warmest regards,
Ken WADA

Today’s Black and Blue Paintings! No.1

Posted in Essay 2012-2021 with tags , , , , , on 16 December 2020 by kenwada

2020年12月15日、全然ダメ、没、お話にならない、形が見えてこない、見えてこなければ描けない。
思考、考察用の簡単な枠を作ってみた。
まあ、あえて強いて言えば、効いたのは、6の縦棒と10の受けの丸、下向きの重力を作る。
重力が下向きなのは当たり前だけれど、当たり前に接すると安心感が出るため。
次に、15の une oblique (斜線)。あとは観るところがない。
16枠平均で出ていったらいけない。間が抜けていないといけない。ポイントを作らないと。回転かけて踊っていないと。小さいのを入れて大きさを変えてこないと。四角四角でいったらいけない、四角・丸・縦棒・横棒・かすれの組み合わせでいく。
即、青で全消しした。
思考、4の4で16枠は、画面が少し騒がしくないか、にぎやか過ぎる。
そこで、3の4または4の3の12枠あたりでどうか。
または、3の3で9枠だと、どのくらいの間抜けが得られるか。
3パターン作ってみて、思考、考察をする。
もう一度、「祭姪文稿」を観よ、「祭姪文稿」を。あの中に全宇宙がある。
おい、諦めるなよ!諦めたら、終わり、The End!

2020年12月16日
和田 健

I Started My New Series “Black and Blue Paintings” This Morning!

Posted in Essay 2012-2021 with tags , , , , , on 7 December 2020 by kenwada

2020年11月25日に、シリーズ F Paintings 4作品の4枚目(Untitled 2020 No.24)にサインをした後、中1日おいて11月27日から新シリーズ「Black and Blue Paintings」に入りました。
そうです、今度のテーマは黒と青の組み合わせです。
そして青の下地作りをした後の今朝の最初のペインティングで、これはすごい!
思わず興奮するような無限の可能性を感じました。
作家としては、First Painting で多くの可能性が感じられると、当たり前のことですが、何とも言えないうれしさがあります。
このような最初の段階で、黒の形がどうのこうのとか言っていても、愚の骨頂というか何も始まりませんので、黒と青の面積比と黒のかすれの分量を大局的につかんで、あとはもう絵画を「勝手にどこにでも行って遊んでおいで」って突き放して、黒と青のコンビネーションの美しさを味わうくらいにしておきます。
そして、このことがこれからの制作に向けての大きな滋養になります。
これから下地の青色の種類も模索していかなくてはならないし、それとその上に描く黒の形との組み合わせで、素晴らしく楽しい仕事になる予感がします。
ただし、ここがペインティングの面白いところで、いいスタートを切ったからと言って、必ずしも最終的にいいゴールにもっていけるかどうか、一概に何とも言えないと言いいますか、全く見通しがたたない。
だから絵画はいくら描いても飽きがこないのです。えらくなれないから。Stay Humble.
いつだって絵画は手強い生物(なまもの)で、勝手に向こうから、相手の方から、ものすごいスピードで変化球を投げてくるから。
それを何とかして打たないといけない、全く打てなければ、対応できなければ、何故自分は空振りし続けるのか、その理由を考えないといけない。
そしてやがて打てないまでも、何とかかすれるようにはなってくる。
いいタイミングでチップして、バックネットにファールが飛んで、真後ろに突き刺さる、おっ、タイミングが合ってきたぞっていう、あの感じ。
さあ、ここからまた勝負です。
確か先日、今年はシリーズ F Paintings までと書いていた気がするけれど、もうそんなことはどうでもいいや。
それで、この黒と青の組み合わせは、すでにどこかで格闘したことがある、引き出しとしてもっているという感じがし出して、よく考えてみたら、2013年のシリーズ Drakness の12作品でした。
よろしかったらご覧ください。
https://kenwada2.com/category/darkness-2013/
あの時、初めて漢字の要素を具体的かつ直接的に作品に取り込んだんだよな。
あれからまもなく8年か、今度はどこまで前へ進められるのだろうか。

2020年11月30日
和田 健

Untitled 2020 No.24 ーfrom the series F Paintingsー

Posted in Works 2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 5 December 2020 by kenwada

無題 2020 No.24
ーシリーズ F ペインティングからー
2020年11月
北軽井沢 作品 No.417
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.24
ーfrom the series F Paintingsー
November 2020
Kitakaruizawa Works No.417
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Sans Titre 2020 Nº24
ーde la série F Peinturesー
novembre 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°417
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.23 ーfrom the series F Paintingsー

Posted in Works 2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 3 December 2020 by kenwada

無題 2020 No.23
ーシリーズ F ペインティングからー
2020年11月
北軽井沢 作品 No.416
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.23
ーfrom the series F Paintingsー
November 2020
Kitakaruizawa Works No.416
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Sans Titre 2020 Nº23
ーde la série F Peinturesー
novembre 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°416
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm