Archive for ken wada

Picky Dancers No.11 (Thank you, and Farewell, Picky Dancers! If I hear a weak pipe, I’ll go to see Summer Midnight Dancers!)

Posted in Works 2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 21 January 2020 by kenwada

ピキダンサーズ No.11
(ありがとう、そしてさようなら、ピキダンサーズ!
もし幽かな笛が聞こえたら、僕は夏の真夜中のダンサーズに会いに行こう!)
2020年1月
北軽井沢 作品 No.392
画布にアクリル
72.7×91.0 cm

Picky Dancers No.11
(Thank you, and Farewell, Picky Dancers!
If I hear a weak pipe, I’ll go to see Summer Midnight Dancers!)
January 2020
Kitakaruizawa Works No.392
Acrylic on canvas
29.0×36.0 in.

Danseurs Difficiles Nº11
(Merci, et Adieu, Danseurs Difficiles!
Si j’entends un faible sifflet, je vais voir Danseurs de Minuit d’Été!)
janvier 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°392
Acrylique sur toile
72.7×91.0 cm

In that open field
If you do not come too close, if you do not come too close,
On a summer midnight, you can hear the music
Of the weak pipe and the little drum
And see them dancing around the bonfire
The association of man and woman
In daunsinge, signifying matrimonieー
A dignified and commodious sacrament.
Two and two, necessarye coniunction,
Holding eche other by the hand or the arm
Whiche betokeneth concorde. Round and round the fire
Leaping through the flames, or joined in circles,
Rustically solemn or in rustic laughter
Lifting heavy feet in clumsy shoes
Earth feet, loam feet, lifted in country mirth
Mirth of those long since under earth
Nourishing the corn. Keeping time,
Keeping the rhythm in their dancing
As in their living in the living seasons
The time of the seasons and the constellations
The time of milking and the time of harvest
The time of the coupling of man and woman
And that of beasts. Feet rising and falling.
Eating and drinking. Dung and death.

from EAST COKER written by T. S. ELIOT (1940)

(注) 6行目から11行目にかけて詩人の先祖の著書(1531)からの引用が続き、
単語の綴りが古い形になっています。

僕はひまわりの種を超えられるか?

Posted in Essay 2012-2020 with tags , , , , , on 13 January 2020 by kenwada

Sunflower Seeds

Array of Sunflower Seeds.
お正月のある朝、日課の野鳥の餌やりを終えた後、餌箱の底に偶然並んだひまわりの種を見て思わずびっくり、美しい!咄嗟に整列美などというつまらない言葉を作りたくなる。まあそれでも造形美よりはまだいいか。さて僕はこの配列の美しさを作れるか?この内の一粒でも種を動かせば、たちまちにしてそこには人為の匂いがたちこめるだろう。打倒人為、脱人為。僕の Dear Grid Worker や Picky Dancers のシリーズもこの着想の流れから来ています。
しかし絶妙だな、この配置、流れ、横向きだって左向きと右向きに斜め横向きまで何でもご用意だ、上下の辺の抜群の止め、粒の上三角形・下三角形の使い分けはちょつとまねできない。そして全体をまとめるこの適度の崩れ、間の抜け方はさらにまねできない。これを観て顔真卿(709-785)の祭姪文稿を観る、祭姪文稿を観てこれを観る、これを観て李白(701-762)の詩を読む、李白の詩を読んでこれを観る、結局全部同じことなのではないだろうか。天為。闊達無碍。気宇壮大。ますらおぶりの書であり詩であり絵画。
「絵画はもっと原稿であるべきだ」というのが今の僕の思考です。ここでいう原稿の定義とは、1. 矛盾がある、2. つじつまが合わない、3. すきがある、ゆえに、4. つっこめる。僕の以前からの考え「絵画には矛盾があっていい」にもつながります。つまり逆に言うと、矛盾がない、つじつまが合う、すきもない、ゆえに、つっこめない。この権威こそが遠近法であり、征服欲につながっていると思います、絵画を自然を人間が征服するという、いや人間は征服できるんだという。西洋医学の考えと同じです。
まだまだ僕は酒でも飲みながらぽかんと口を開けて、たくさん雲の流れや夕日を見て、森の小鳥たちとたくさんお話しして、相当心を太くしていかないとひまわりの種は超えられない!でもということは、逆にその方向で行けば接近できるという気持ち、すなわち希望が、僕の心の中にすでにあるのではないだろうか。

2020年1月13日記。
和田 健

Picky Dancers No.10

Posted in Works 2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 11 January 2020 by kenwada

ピキダンサーズ No.10
2020年1月
北軽井沢 作品 No.391
画布にアクリル、マルチ-タレント鉛筆
50.0×60.6 cm

Picky Dancers No.10
January 2020
Kitakaruizawa Works No.391
Acrylic and multi-talented pencil on canvas
20.0×24.0 in.

Danseurs Difficiles Nº10
janvier 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°391
Acrylique et crayon aux multiples talents sur toile
50.0×60.6 cm

今後の僕の課題がはっきりと見えてきました!

Posted in Essay 2012-2020 with tags , , , , , on 5 January 2020 by kenwada

皆様、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

昨年末より李白(701-762)の詩を集中して読み始めました。
2019年12月25日の僕のノートのメモには、
「この年末を李白(701-762)の勉強に捧げる。あと26日ー31日の6日。非常に鋭角的で天衣無縫、線が伸び伸びしており、相互に響き合い、闊達なとてつもないスケールの天才的な絵画的・空間的要素を感じる!幾重にも重ねられた星印のような図形的なイメージがある。それでありながら作品の底流にタオ的な明るさ、おおらかさ、あたたかさをも同時に感じる。この傑出したインスピレーションは絶対に絵画の中に取り入れられる。よってこれを勉強しない手はない!
2019年12月25日(水)夜記。」
とあります。

以来、少しずつ読み進めてきて、いくつもの美しい、圧倒的に美しい詩に出会いました。具体的には、「山中にて俗人に答う」「静夜思」「内に贈る」「九日 竜山に飲む」「黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る」「独り敬亭山に座す」「白鷺鷥」有名な「月下獨酌」これなどは英語訳を読むと Drinking Alone by Moonlight なのか、Drinking Alone under the Moon なのか、Drinking Alone in the Moonlight なのか、いくつもの英語訳があって、そもそもタイトルからして僕なら当然最初 under だろうと思いましたが、by なのか under なのかはたまた in なのかなんて考えていると面白くて病みつきになります。「春の日に酔いより起きて志を言う」素晴らしいですね、美しい!「汪倫に贈る」あたたかい、素晴らしい!今、「長干の行」を読んでいます。素晴らしい、美しい、この詩は14歳の夫婦という設定を非常に甘美にやわらかく打ち出してきた時点で勝負あった!だけれどもこの時代にはごく普通の結婚年齢だったのかもしれないな、いやでもこの時代にあって夫が四川省まで行ってしまうというのは、ほとんど地の果てに行ってしまった感じがしただろうな、直感的に言って僕はこの詩を李白はイマジネーションで書いているなと思う、いやいやそうではなくてこれは彼の見聞に基づくもので・・・等々、先を読み進めるのが少しもったいなくなる、そんな感じ。Ezra Pound の訳がまた素晴らしく優しい、While my hair was still cut straight across my forehead う〜ん、cut straight across か、よくここまで置き替え練り上げてくるな、すごいなこの1行目。唯一五月の five months のところは意味が取れないので、ここ研究課題。(That is, Despite Ezra Pound translated August as August in line 23, why did he translate May into five months in line 17? I think that this word “five months” has changed various meanings in the poem.)

これとテレビのない我家で年末にNHKラジオの「教授の大みそか」という蓄音機&SPレコードの特集番組を聴き、最後の1930年の録音のカザルスのこの世のものとは思えないまるで神が舞い降りてきたような演奏を聴いた時に、李白とカザルスに通底するものをはっきりと感じ、年が明けてから「らじるらじる」で何度もこの演奏を繰り返し聴いて、年明け早々少し思考が進んで今後の僕の課題をつかみかけてきました。

つまり詩を書くのではなく言葉を置く感じ。音楽を演奏するのではなく、音を置く感じ。宇宙と一体となって出てくるもの、天から舞い降りてくる言葉や音をつかまえて、それをそっと紙や弦の上に put する。必要以上に自分が泣いたり感情移入したりしてはダメ。天から降りてきたものだけを詩や音楽にしている。自分を無、カラにしないと入って来ない。まわりの言葉や音が入って来ない。静寂。

これを自分にあてはめると、僕はこの2年間毎日毎日1. いい加減に、2. 無造作に、3. がさつに、4. ぶっきらぼうに、5. すっぽ抜けている、6. ぶっ飛んでいる、7. 適当に、この7項目をそれこそ金科玉条のようにして毎朝描き始める前にお経のように唱えてはこの7つの中の調和を模索してきたのですが、つまり、キチキチ詰めているんじゃない、ピキッとしていると絵画は非常につまらない、退屈になる、あくまで僕にとってはということですが、その先に思考が進めなかったものが李白とカザルスを通してわかりかけてきた。

つまり描くのではなく降りてきた色だけ形だけそっとキャンバスの上に置く感じ、自分で絵を描いたらいけない、絵を支配したらいけない、絵をコントロールしたらいけない、絵画の中に征服欲をもちこんだらいけない!
これは李白やカザルスのようなgreatestたちに率直な物言いで大変失礼だけれども直感的に感触なのだと思う。感触なんだと思います。この感触をつかんでしまえばまた前に進める。

そしてそれを大きく展開してたっぷりと自分でも表現し終えたなと思えたらやめます。
Cy Twombly が英語のインタビューの中でアトリエの窓辺で2,3時間海を見てから描き始めると答えていたけれども、この感触をはっきりとつかんでいたんだな。
僕のノートの2018年5月21日のメモに、「The dahlias sleep in the empty silence. Wait for the early owl. EAST COKER, まだ絵画はここまで到達していない、唯一これに迫れたのは全く違う方向からのアプローチでCy Twombly だと感じる。」とあります。やっぱり2018年4月に NYC の Gagosian で Twombly の Drawing を94点観て、いろいろ感じたんだろうな。

さあ環になって踊れ!Mélangez! Mélangez! Mélangez! À tout à l’heure!
無心に心穏やかに描く、マントノンの青い夜の水彩画の時のように、窓辺で。

しかしすごい時代だな、 顔真卿がいて、懐素がいて、李白がいて、杜甫がいて、日本からは空海が留学で入唐していて、・・・。
一度でいいから僕も唐に行ってみたかったな。別に都の西安(長安)でなくてもいいから。そして村人汪倫の酒を僕も飲んで、その足で僕も小舟に乗って長江を下り、望夫の台から心配そうに西方の彼方を見つめる The River-Merchant’s Wife を岸辺にふと見かける、
Alas! きっとそれはとてつもなく美しいだろうな。

2020年1月5日記。
和田 健

Picky Dancers No.9 (The Picky Dancers’ calm late years)

Posted in Works 2019 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 1 January 2020 by kenwada

ピキダンサーズ No.9
(ピキダンサーズの穏やかな晩年)
2019年12月
北軽井沢 作品 No.390
画布にアクリル、マルチ-タレント鉛筆
50.0×60.6 cm

Picky Dancers No.9
(The Picky Dancers’ calm late years)
December 2019
Kitakaruizawa Works No.390
Acrylic and multi-talented pencil on canvas
20.0×24.0 in.

Danseurs Difficiles Nº9
(Les dernières années calmes des Danseurs Difficiles)
décembre 2019
Kitakaruizawa Œuvres N°390
Acrylique et crayon aux multiples talents sur toile
50.0×60.6 cm

Picky Dancers No.8 (The Picky Dancers’ happy late marriage)

Posted in Works 2019 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 21 December 2019 by kenwada

ピキダンサーズ No.8
(ピキダンサーズの幸せな晩婚)
2019年12月
北軽井沢 作品 No.389
画布にアクリル、マルチ-タレント鉛筆
50.0×60.6 cm

Picky Dancers No.8
(The Picky Dancers’ happy late marriage)
December 2019
Kitakaruizawa Works No.389
Acrylic and multi-talented pencil on canvas
20.0×24.0 in.

Danseurs Difficiles Nº8
(Le mariage heureux tardif des Danseurs Difficiles)
décembre 2019
Kitakaruizawa Œuvres N°389
Acrylique et crayon aux multiples talents sur toile
50.0×60.6 cm

Picky Dancers No.7

Posted in Works 2019 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 11 December 2019 by kenwada

ピキダンサーズ No.7
2019年12月
北軽井沢 作品 No.388
画布にアクリル、マルチ-タレント鉛筆
50.0×60.6 cm

Picky Dancers No.7
December 2019
Kitakaruizawa Works No.388
Acrylic and multi-talented pencil on canvas
20.0×24.0 in.

Danseurs Difficiles Nº7
décembre 2019
Kitakaruizawa Œuvres N°388
Acrylique et crayon aux multiples talents sur toile
50.0×60.6 cm