ドストエフスキー(1821-1881)の「未成年」(1875)を読んで 補足「なにゆえ、ドストエフスキーの作品では、かくも多くの人が死ぬのか?

」

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 1 October 2026 by kenwada

(最終回から続く)

やっぱり、これで終わりませんでしたね (笑)。

第三回で自分への課題のように残してしまったこの問題について、あのあとずっと考え続けているのですが、う〜ん、これは難しいですね、難しいのですけれども、それなりに、考えが少しだけ進んできたような感じがしているのです。



え〜と、状況を大まかに整理しますと、

①貧民救済病院の医師の息子として生まれたドストエフスキーには、その幼少期から病人や死者に接する機会が多かった。

②父が農奴たちに惨殺された。

③銃殺刑になる執行直前に皇帝からの特赦が出て死を免れた。人間として極限の恐怖体験があり、その後、シベリアに流刑された。

④持病の癲癇の発作のたびに死の恐怖を味わっていた。

他にも大切な愛娘を亡くしたことなどがありますが、主にこの四点がドストエフスキーの言わば原体験であるということは事実そのものだと思うのです。


それで、問題はその次なのですが、その原体験ゆえに、
①ドストエフスキーは自殺や殺人など人間の魂の言わば極限状態を通して人間存在のあり方を追求している。
②これは同時にキリスト教的な死と再生、救済のテーマでもある。
という、まあ、手短に言ってしまえば、要はそういうことですよね。

この世間一般に流布している通説が、もう一つよく理解できない。


その通説は当たり前のことなのではないかと思いますし、また専門家にとっては、大変なご苦労を伴うでしょうけれども、非常に魅力的な、同時にある意味で追求しやすいテーマでもあるのではないかと思います。
それで現在に至るまで、研究者の新たな解釈や発見が絶えないわけでもありますが、でも本当にそれだけなのかなあと思います。


あくまでも制作者側の視点からみれば、第三回で詳しく考察しましたように「未成年」において、死んだ人の数は17人ですよね、一作品で17回もそんなことできないでしょ。
つまりは、僕の言いたいことは、上述の通説二点に含まれていない死が明らかに存在していますし、それであればですね、通説のベースとなっているもの、すなわち通説の根本的な土台となってなっているものの中にこそ、総合的に考えて、ドストエフスキーにとってのこの問題の真実が含まれているのではないだろうかということです。


アンナ夫人と再婚して家庭的にも安定して充実した円熟期にあるドストエフスキーが、違うのではないのかなあ、これはもっと言わば日常的な問題で、死者を多く出すというのは、ドストエフスキーにとっては、もっと普通のことであり、心の拠り所となるものと言えば、ちょっと言葉が違うかもしれないけれども、心の底が反転、屈折したところにあるなにかの安心感、なにかある種の懐かしさにつながるようなものなのではないのか。



人間は心の中に本当につらいことがあると話しませんよね、それで何十年間も話さないでいた人が高齢になって証言されることもしばしば目にします。

あくまでも例えばということですが、戦争や原爆の体験などもそうですよね。

ドストエフスキーの作品で死ぬ人の数が多いことは、僕にはなにかそういうものに、むしろより近いものを感じるのです。

書けるという時点で、証言できるという時点で、それはやはり回帰ですよね、復元です。



若い後家に残された五人の子どもたち全員が死ぬというのは、挿入された短編の中の挿話とは言え、やはり異常です、読んでいて救いようがない、キリスト教的なテーマもなにもあったもんじゃない。

それが普通にできるということは、死を書くことによって、彼が心の中のなにかの平静、安定、バランスを得ていたのではないでしょうか。

ドストエフスキーが、毎日これを継続してできるというのは、死を書くことによって日々の精神の安定がもたらされていたのではないでしょうか。

文学的な使命を上回るとまでは思いませんけれども、ドストエフスキーにとって、それと変わらないくらいの同等に大切なものが、そこには多少なりとも含まれていたのではないでしょうか。

心の中の闇がもたらすところの、なにかの親密なもの、親しいもの、心を許せるもの、むしろそういうものにより近いのではないでしょうか。

ですので、死を書くことを苦にしていない感じが、僕にはするのです。

ですので、死を書くことを続けられている感じが、僕にはするのです。

この問題を考える時に、思考の切り込み口として非常に参考になるのが、僕の仕事の場合で言いましたら、ゴヤ (1746-1828) の「黒い絵」のシリーズです。
僕も実物を2002年にマドリードのプラド美術館で観てかなりの衝撃を受けましたが、彼はあの一連のシリーズの絵画を食堂に飾って食事をしていましたからね、日常の事実として。
(飾ってと言いますのは、正確には食堂の壁に描かれた壁画なわけですが、まったく同じことだと思います。)
それと極めて酷似してはいないでしょうか、つまりは、第一回でも詳しく触れましたように、ドストエフスキーは午前三時、四時まで仕事をしますから、若い後家の五人の子どもたち全員が死ぬという原稿を書いた日も、当然のことながらその中のどこかに含まれていたわけです。
それで今度は、その日の午後五時から自分の子どもたちとアンナ夫人と息子のばあやと一家団欒の賑やかな夕食をする、その時、ドストエフスキーは生き生きとした顔をしていたのではないでしょうか、晴れ晴れとした顔を、今日は充実した仕事をしたぞと、おそらくですが。
決して、後ろめたいような暗い顔をして、うつむいていたりすることなく。
僕には、ドストエフスキーの作品において死ぬ人の数が多いことと、ゴヤが「黒い絵」を食堂に飾り食事をする感覚には、極めて近いものがあるように感じられるのです。


2026年10月1日

和田 健

ドストエフスキー(1821-1881)の「未成年」(1875)を読んで 最終回「ヴェルシーロフに神はいない!」

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 30 September 2026 by kenwada

(第三回から続く)

さてさて、いよいよ大詰めの最終回ですが、この「未成年」という物語の全体の構造ですよね、この最も基本的な構造についての根本的な理解そのものに、まずは非常に苦しむのです、僕の足りない頭では。

え〜とですね、この記録を書き起こしながら語っていく一人称の「わたし」ことアルカージイ・マカーロヴィチ・ドルゴルーキーですが、まあ、要するにこの物語の主人公ですよね、「わたしは──中学校を終えた男で、もう二十一になろうとしている。」(上の9) とあり、「わたしはこの記録を去年の九月十九日から書きおこすことにする」(上の7) とあります。
そして、この九月十九日は「わたし」にとって、老公爵から「はじめての俸給をもらう日」(上の42) であり、五十ルーブリをもらいます。
次に、「この十九日にわたしはもう一つの『一歩』をふみだした。」(上の89) とあり、要は競売に行き「家庭用アルバム」(上の92) を競り落とします、と言いますか、競争相手もなく買うわけです。
さらに、「わたしはこの日エフィム・ズヴェレフに会うことになっていた。」(上の98) とありますから、ズヴェレフに会ったのも九月十九日です。
そして、「ズヴェレフに (彼も十九歳だった) わたしは、彼が一時身を寄せていた彼の伯母の家の庭で出会った。」(上の98) とありますので、去年の九月十九日に「わたし」ことアルカージイは十九歳だと読者は当然のごとく判断します、いいですよね、ここまで僕の言うことは辻褄が合っていますよね、で、わけがわからないことになります、なんで去年の九月十九日に十九歳だった青年が、今年「もう二十一になろうとしている」のか、まずは出だしからまったく骨格がつかめない。

話を進めます。
読者にとっては明らかなように、第二部に入りますと「ここで二カ月ほど先へとぶことになるが、(中略) 十一月十五日という日をここにはっきりと記しておこう」(上の430) とあり、物語は去年の九月十九日から十一月十五日へと変わります。
それでまあ、様々なことが錯綜して起こる訳ですが、「わたし」がアンナ・アンドレーエヴナを訪ねた時に「もっとも、彼女はもう二十三歳になっていた。」(上の513) とあります、ここは要注意です、と言いますのは、「もう一人は──アンナ・アンドレーエヴナ・ヴェルシーロワといって、ヴェルシーロフの娘で、わたしより三つ年上」(上の78) とあるからです。
二人は異母兄弟であるわけですが、ここから小学校一年生の算数になりますが、23-3=20で「わたし」ことアルカージイは二十歳になります。

さらに、物語は進んで進んで、マカール老が死んだことを伝えに走った「わたし」が、タチヤナ・パーヴロヴナの部屋でカテリーナと会話しますよね、その時、カテリーナが「だって、あなたはまだ二十歳ですもの。」(下の369) と「わたし」に言います。

最後に、物語の終わりに来て「今はこの事件からもうほとんど半年がすぎた」(下の587) とありますので、去年の十一月に半年を足して、おそらく今年の五月だなと見当をつけますと、これが当たっていて「わたしがこの手記を書いている今は──戸外は春、五月のなかばで、きれいに晴れわたった日で、家の窓はすっかりあけ放されている。」(下の590) とあります。

結局、この記録は「わたし」が今年の五月のなかばに、去年の九月十九日と十一月十五日を、二つの起点として書いていたということが、ようやくですね、ようやく最後も最後の「エピローグ」(下の587から) になってから読者にはわかるということですよね、いくらなんでも遅いよ!

それから、「わたし」の年齢の問題ですよね、もうこれは、僕なりの必殺技?で、最初の「彼も十九歳だった」を読まなかったことにするしか解決策がないですよね、だから、もうこれは、「わたし」は二十歳、もうまもなく二十一歳、もうそうしちゃいましょう、他にない!
自分でも笑っちゃう解決方法ですけれども、他にどうしようもないですよね。

それで肝心の全体構造の問題なのですけれども、これはどうみましても、ドストエフスキーは明らかに意図的にこの骨組みを組み立ててきたと思います。
ドストエフスキーが故意にこの設定を入念に準備してきたところに、「未成年」という作品を読み解く重要な鍵があるように思います。
すなわち、二十歳の青年が二十歳の時に起きた事件を半年後に回想しているという構造ですね、従いまして、流動的な未確定の部分が常にある訳です、全編至る所に未だにどう判断してよいかわからないが出てきます、わかる訳がないですよね、二十歳の青年が半年後に回想して、これがもし「わたし」が四十歳や五十歳の設定であり、二十歳の時の事件を回想するのであれば、そこには当然のことながら熟成されたところの断定が必要になる、でも断定が要らない、二十歳が二十歳を回想する、「未成年」のアルカージイをその中に置きたかった、その中で言わば泳がせておきたかったというドストエフスキーの実験的な枠組みですね、繰り返しになりますが、これがこの物語を解読する鍵になっていると思います。
つまりは、ドストエフスキーは、あくまでも二十歳が二十歳を書くという土俵で、作品を作り上げたかったわけですね。
その二十歳の最たるエピソードが「このいたずらが八日ほどつづいた。」(上の197) なのではないでしょうか、これって、今で言ったら初犯の時点で逮捕ですよね。
それでも「わたしは彼のばかが見ぬけなかったのである。」(上の196) とあります、二十歳の青年の愚かさが、実によく書けているなあと感じました。

話を進めます。
結局ですね、この「未成年」という作品を読み解く鍵になってくる主要人物は、以下、すべて主人公である「わたし」ことアルカージイからみた続柄で書きますが、まずは実父であるヴェルシーロフと、その息子でありこの「記録」の一人称の書き手であるアルカージイ本人、そして「戸籍上の父」(上の9) であるマカール・イワーノヴッチ・ドルゴルーキー (以下簡単にマカール老にします) しかいない、実はこの三人だけなのではないでしょうか?

と言いますのは、その他の登場人物たちは、例えば老公爵と若公爵ですとか、アンナですとか、カテリーナですとか、かわいそうな妹のリーザですとか、物語の進行においてさまざまに交錯する伏線として、それぞれに重要な役割を果たし、実際にかなり目立ちもしますし、その存在感に興味を引きつけられもしますが、実は注意深く読んでいるとわかるのですが、別に格段の思想の持ち主でもありませんし、物語の進行に伴って、それぞれの思想に深みや進展もみられませんし、ここで改めて特記するほどのこともそれほど別にないように思います。
つまりはですね、母であるソーニャをのぞけば、と言いますのは、彼女には神があるからですが (ちなみに、ドストエフスキーの作品でソーニャときましたら、もうこれは献身や良心です、これはやはり亡くされた愛娘の名前からきているのでしょうか)、あとははっきり言ってどうでもいいような人物たち、繰り返しになりますが、アンナ、カテリーナ、リーザ、ラムベルト、アルフォンシーヌ、デルガチョフ、クラフト、ワーシン、家主のピョートル・イッポリトヴィチやその妻などなどですね。

それでですね、いよいよ結論に入りますが、僕が最初に見抜く目をもっていればよかったのですが、一種の推理小説風の物語の筋を理解する方に頭がいってしまい、思わず見失いましたが (僕はこれはドストエフスキーはある種のカムフラージュとして、故意に筋を錯綜させているのではないかと感じていますが、なにしろそこはドストエフスキーですから、そのくらいのことは十二分にやってきます!)、あまりにもくどくど、べたべたとしたヴェルシーロフのちょっと尋常ではない恋愛遍歴なども、神が不在であることを暗に示唆しているように思いますし、去年の九月十九日から十一月十五日にわたるアルカージイの急変ですね、ロスチャイルドになる「理想」(上の164) などはどこかへ置き去りにした、その放蕩ぶりもまた彼の「分身」がなせる行為であるわけです。
とどのつまりは、ドストエフスキーはヴェルシーロフを無神論者として描いているのではないでしょうか、したがいまして、その息子でありヴェルシーロフの「分身」におびえるアルカージイもこれまた無神論者です。

その最大の根拠はですね、僕が思うに、今回の「未成年」を通してドストエフスキーから送られてきた最大の箴言である、
「それなら、無神論者というものがないのかというと、そうでもない。ほんとうの無神論者といえる連中もいる。ただそれがもっともっと恐ろしいのだよ。というのはそういう連中はしょっちゅう神の名を口にするからだよ。(中略) そういうのがいるのだよ、うん、きっといるはずだと、わしも思うな」(下の187)
というマカール老の言葉ですよね、この箴言こそが最大のポイントです。
そしてすぐさま、これにヴェルシーロフが反応します。
「『いますよ、マカール・イワーノヴィチ』と不意にヴェルシーロフが相槌をうった、『そういうのがいるし、またきっといるはずですよ』」(下の187)
さらに、アルカージイが「『ぜったいにいますよ、そしてきっといるはずですよ!』わたしはこらえきれなくなって、思わず熱っぽく口走った。」(下の187)
と即座に続き、「『きっといるはずだ』という言葉にふくまれたある思想に魅せられたものらしい。」(下の187) とあります。

これですよね、問題はこの「ある思想」ですよね、これこそはドストエフスキーが繰り返してくるところの暗示、示唆、ほのめかしの究極の一つですよね、ちゃんと示唆しておいただろう、わかるだろうという裏の読み取り、僕が思うにおそらくこれは「ロシア人には心理の無垢と魂の広い包容力があり、西欧のすべての思想を総括するという思想」(訳者あとがき、下の618) を指しているのではないでしょうか、すなわちヴェルシーロフが熱くアルカージイに語る「千人」(下の389、395、396、403、405) の思想ですよね、パリ・コミューンに幻滅したところの。
ですので、ヴェルシーロフ自身がまずはその選ばれし「千人」のうちの一人であるのに、急所をピンポイントでつかれて過激に熱くなってしまう父と子、異様な熱気の連鎖、まあ、ありていに言えば動揺。
ここへきて、この「千人」には神はいないとドストエフスキーは考えているのではないでしょうか、「しょっちゅう神の名を口にする」けれども、「ロシアの根本思想」(下の397) はもつが、神は不在であると。
「ロシア人だけが、(中略) すでに、もっともヨーロッパ人になりきるときにのみ、もっともロシア人になりきるという能力を取得したのだよ。」(下の397) というヴェルシーロフの思想の核心に含まれているものを、ドストエフスキーは自らのヨーロッパ体験から看破している、と言うことは、そういう人物として、ドストエフスキーはヴェルシーロフを創造しているわけです。
繰り返しになりますが、「未成年」の核心は実にここのところだけであるように感じます。

よろしいでしょうか、そうしますとですね、貴族の出自であり高度な知識をもち「わしはひどく神を愛している」(下の591) と広言するヴェルシーロフには神がいないわけであり、本当にやたらとよく叫ぶ二十歳の「若人」(下の208) であるアルカージイにも神は不在です。
これに対して、「無教養」(下の203) であり、「農奴出の老人」(下の203) であり、「まったくの無学」(下の214) であるマカール老には神がいるわけです、有神論の立場。
したがいまして、ヴェルシーロフとアルカージイ対マカール老というまったく対照的な構図。
要は「未成年」の物語の核になっているのは、ヴェルシーロフとアルカージイのところに、マカール老が加わるだけのことなのですけれども。
そうしますとですね、結論として、これはヴェルシーロフが無神論者だからこそ、その「分身」がいたということになる、ここのところですね。

そして、なんと言いましても、そこはドストエフスキーですからね、ヴェルシーロフを使って無神論者を暴き立てている、無神論者のむなしさを訴えているのかもしれませんね。
やっぱり、「未成年」の全体を通して、ドストエフスキーが創造した最大の人物はヴェルシーロフです、決してよく叫ぶ主人公のアルカージイなどではなくてですね、僕はそう思います。
最後には、「以前のヴェルシーロフの半身」(下の590) にすぎなくなって、聖なる母 (ヴェルシーロフからすれば結婚はしていないが妻) ソーニャの胸に抱かれて充足しているような人間なのだと。それで、聖母の胸 (と言うのはロシアの大地ですね) に抱かれたような、今や「半身」のヴェルシーロフはとなるわけですね。

そうだとしましたら、これはやっぱりドストエフスキーはすごいことですよね!
つまりは神の不在ゆえに、人は「分身」を生じるのだと、仮に、ドストエフスキーが考えていたとしたらどうしますか?
つまりは実験や検証の材料として、ヴェルシーロフをドストエフスキーが創造してきたとしたら。

「分身」が世界を壊す、その「予感」(下の256、257) が「くも」(下の197、199、278) であり、「予言」(下の194) であり、アルカージイが見た実にいやらしい「夢」(下の194から196) なわけです。
この「くも」は要注意ですね、「悪霊」でも「スタヴローギンの告白」の中で「小っちゃな赤い蜘蛛」(岩波文庫版第三巻、p.186) が出てきます、それとの関連。
これにつきましては、ロシアにはなにか「くも」にまつわる不吉な民間信仰のようなものがあるのか、ないですね、ロシアの民間信仰や伝承について少し調べてみましたが、「くも」は常に幸運や富や吉兆をもたらす存在であるはずですから、これをドストエフスキーが単独で象徴として反転させてきた理由ですね、う〜ん、これはかなり難しいな、自分への宿題としてこれから考えてみます。
日本で言いましたら、白蛇や家守の類いですよね、それを不吉の象徴として180度、真逆の思考をしてくるところ。
例えば、日本人作家が白蛇は不吉な象徴であるとして小説を書き、それを日本人の読者が読んだら、う〜ん、違和感があるなんてものではないでしょ、変でしょ、はっきり言って。

いずれにいたしましても、ドストエフスキーはヴェルシーロフに代表されるような無神論者は聖像を二つにたたきわることになるというような、未来への予言、警告を発しているのではないでしょうか?
ドストエフスキーはそのような暗示やほのめかしをしているのではないでしょうか?
人類に対して、未来の子どもたちに対して!
「しょっちゅう神の名を口にする」者に気をつけなさいと!

やっぱり、ドストエフスキーのこの未来を予感してくる、予知してくる力には、並外れたものすごいものがありますね、これは(2026-1875=)151年後の現代においても、どこかの国の大統領ではないですけれども、当てはまりますよね。
「神の名」をよく口にしてくる者に気をつけなさい、そいつは聖像を二つに叩き割るぞと。
これはやはり、ドストエフスキーが直感で考えているからでしょうね、理屈でロジックで考えていたら、こういう予見であり予示はなかなかできないと思います。

それですから、アルカージイはヴェルシーロフの「分身」に、同族の我が身の将来を見る思いがしておびえているわけですね。
巻末のやや唐突にして異質なニコライ・セミョーノヴッチの手紙の抜き書きの中でも触れられていますように、おそらくアルカージイはこのあと、タチヤナ・パーヴロヴナに学資を出してもらい、大学生になり学業を終えることになるのでしょうが、果たして彼は将来的に神をもつのであろうか?

この問いをドストエフスキーは投げかけているのではないかと思いますが、おそらくですが、僕はドストエフスキーは、アルカージイはヴェルシーロフ同様、高度な知識をもつだけで、神はもたないとみているのでないでしょうか。
つまりは、ドストエフスキーはロシアのインテリゲンチャの未来に不安を感じている。
それでもなんとかして、ドストエフスキーは「未成年」であるアルカージイの将来にロシアの希望を見出そうとしている、それは彼が、「貴族と百姓の混血」(訳者あとがき、下の620) であり、「偶然の家庭の一員」(下の612) であるからです。
それに対して、ヴェルシーロフは、名門貴族の生まれの言わば純血であり、必然の家庭の一員であるので、「神の名」をよく口にするけれども神はもたない。

ここへきて、「しょっちゅう神の名を口にする」者の具体的な対象として、僕は当初は腐敗、堕落した教会関係者ですね、司祭や聖職者をドストエフスキーは念頭においているのかなと考えていたのですが、農奴解放以前の貴族という考えが、具体的な対象の中に含まれているのではないかと思うようになりました。

これは、やっぱりドストエフスキーはすごく深淵なテーマ、主題に触れていると思います。
知識、教養と神をもつもたないの間の分離された問題ですよね、151年経った現代においても、「分身」のなせる犯罪行為は決して少なくはないですよね。
僕が言う、病んでいない人間にこれまでに会ったことがない、にも通じますが、それは誰にでも「分身」がいる、「分身」のいない人間なんてこの世にいない、それでも、「分身」のなした犯罪は本人の犯罪です。

このドストエフスキーの驚異的な創造力の源ですが、やっぱり①思い込みでしょうね、それと②直感力、さらには③尋常ではないレベルの集中力。
制作者側の視点でみますと、幅広い教養も大切でしょうが、それよりはむしろ、これまでの考察でも明らかなように締め切りに追われて、十分な推敲もままならないままに書き進めていますから、常日頃心の中にためていた思想の表出!浮き上がってくるもの、あふれ出てくるもの、それらの表出、キャッチ、言語化、文章化、まあ、普通の人からすると魔法のように、もしかしたらドストエフスキー本人にとってさえもスラスラと魔法のように、その時がくれば書けちゃうのでしょうね、おそらくは、僕の想像ですけれども。
それを霊感などと呼んでもいいのですけれども、もっと普通に心の中で考えていたことでよいのではないでしょうか。
これは本人にとっては楽しいでしょうね、それは楽しいでしょう!
本人にしかできないことは、それはなんといっても楽しいのです。

まあ、僕は文学のことはまるでわかりませんけれども、これが小説であり、これが小説家なのでしょうね。
やっぱり、ドストエフスキーには様々な問題があるけれども、率直に言って、すごいなと思います。
つまりは、僕は「未成年」における二十歳が二十歳を書くという、ドストエフスキーの実験的な構想がある程度成功していると感じています。
ドストエフスキーの他の作品に比べて、「未成年」は難解で敬遠されているようですが、これはやっぱり非常に高度に作られていますね、レベルがかなり高いと思います!
さすがに、「カラマーゾフの兄弟」の一つ前の最晩年の円熟期に書かれた作品なだけありますね、どうみましても。
こういう作品を読みますと、やっぱり本を読んだなあという気がいたします!

今回も拙い文章を四回にわたり最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。
これで終わります。

2026年9月30日
和田 健

これで終わりますとか書いておきながら、大変申し訳ありませんが、これで終わりません (笑)。
なにしろ、今や時代の先端をゆくAI使用皆無のまとまりのない文章に加えて、元々僕の頭が足りないことも大いに手伝って、やたらと思考が長くなります (笑)。
上述の「くも」についての反転された象徴についての考えを深めていて、これはやはり確かだなと思ったのですが、ドストエフスキーは、二十歳が二十歳を半年後に書くという「未成年」の骨格を定めた時に、制作者側の視点からみて、なにしろ、二十歳が二十歳を書くのであれば、自ずとそこに限界が生じるなということは、やはり考えたと思うのですよね、なんと言っても、これだけの大作家ですから、そこは。
そこで、物語の軸になるヴェルシーロフの思想を表すにも、語り手が二十歳のアルカージイでは、善悪に敏感に反応し、やたらと叫び飛ばすにしても、そこにはやはり限界があるだろうな、それほどの深掘りはできないだろうな、まあ、これにマカール老の神を加えても、やはり作品として貧弱な手薄なものになるだろうなと考えたと思うのですよね。
そこで、この三人、ヴェルシーロフ、アルカージイ、マカール老を物語の仮に縦軸とするなら、それに対抗する物語の言わば横軸となる要素として、アンナとカテリーナの女の物語を組み込んできて、言わば縦糸と横糸で「未成年」という一つの物語を編み上げようとしたのではないでしょうか?
結果として、それを僕が上述しましたように、ドストエフスキーがカムフラージュとして仕組んできたというのは、多少誇張であるにしても、当たらずとも遠からずというところなのではないのかなあ。
このアンナ対カテリーナのドラマですけれども、どうしても一行で書け、一行でと言われれば、それは「老公爵の遺産をめぐる女同士の骨肉の争い」ということですよね (骨肉って、アンナとカテリーナには血のつながりはありませんが、一応念のため)。
あくまで制作者側の視点からみますと、ドストエフスキーはこんなものを書いていても、三文作家じゃあるまいし、小説家として別に面白くもなかったと思うのですよね、少なくとも、マカール老を描写するような楽しさ、生き生きとした感じは、まるでなかったと思います。
どうも物語の性質上、仕方がないから、やむを得ないから書いていた感じがするのですよね、なにか直感的にどうしてもそのような感じがする、ええ、僕も結構、直感と思い込みの人間ですから (笑)。
ドストエフスキーに訊いてみたい、この横軸はどのようなお気持ちで書かれていたのですか?

または、同時にこういうことも考えられると思うのですが、ドストエフスキーはアンナvs.カテリーナで横糸を縫い上げていったけれども、所詮は神につながるような深い思想の表れでもなんでもなく、安っぽい通俗的なものになってしまったので、つまりは物語の横軸が貧弱なものになってしまったという自覚があり、そのことに対して自身のうちになにか煮え切らない思いを抱えていたのかもしれない、そこで自身に対するフラストレーションの言わば弁済的な行為として、物語を最後の最後まで引っ張ったのかもしれない、ドストエフスキー自身の心の中の裏返しとして。
それは、「祖国雑誌」に連載していく上での読者に対してか、まあ、もちろんそれはあったでしょうけれども、主に自身に対してではないのかなあ、その両者の比率まではわかりませんけれども。
なにを根拠にそんなことを書くのかと問われれば、直感です。
ドストエフスキーは現代のわれわれにいつも「直感を忘れた人々へ」というサブタイトルを投げかけている気がします。
つまりは、「未成年 ──直感を忘れた人々へ── 」のような感じで。

今度こそ、本当に終わりです?たぶん。

Today’s Leaves Photo on September 28, 2026

Posted in Autumn Leaves 2026 Ichi-Go Ichi-E Collection with tags , , , , , , , , , , , on 28 September 2026 by kenwada

Autumn Leaves 2026 Ichi-Go Ichi-E Collection
Look 6
Leaves on paper
18.1×33.5 in. (46.0×85.0 cm)

Today’s Leaves Photo on September 27, 2026

Posted in Autumn Leaves 2026 Ichi-Go Ichi-E Collection with tags , , , , , , , , , , , on 27 September 2026 by kenwada

Autumn Leaves 2026 Ichi-Go Ichi-E Collection
Look 5
Leaves on paper
17.7×27.6 in. (45.0×70.0 cm)

Today’s Leaves Photo on September 26, 2026

Posted in Autumn Leaves 2026 Ichi-Go Ichi-E Collection with tags , , , , , , , , , , , on 26 September 2026 by kenwada

Autumn Leaves 2026 Ichi-Go Ichi-E Collection
Look 4
Leaves on paper
14.6×19.3 in. (37.0×49.0 cm)

ドストエフスキー(1821-1881)の「未成年」(1875)を読んで 第三回「一市民の一読者である僕からみたドストエフスキー」その2

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 25 September 2026 by kenwada

(第二回から続く)

③さてさて三点目になりますが、今回もまた然りなのですが、ドストエフスキーの物語の中で死ぬ人の数の多さですよね、この問題は以前からかなり気になっていましたので、「未成年」の物語の流れに沿う形で、ちょっと念を入れて調べてみました。

ただし、ヴェルシーロフが二十五歳のときに亡くした妻 (上の9) ですとか、三月ほどまえに死んだ役所の課長のアンドロニコフ (上の37)、つまりは、アレクセイ・ニカノローヴィチ (上の134) で、この方は重要ですので人数に入れるかどうか迷うところではありますが、それから、ソコーリスキー老公爵のもう二十年もまえに亡くなった妻 (上の47) ですとか、オーリャの亡くなった七等管の父 (上の370)、すなわち、ダーリヤ・オニーシモヴナの夫ですね、この人たちまでを数に入れてしまいますと、もう収拾がつかなくなりますので、ここでは物語の本筋に直接関係のある、原則として物語が語られ始めてから死んだ人物を中心に限定させていただきます。

そうしますとですね、物語が語られ始めてからまず最初に死ぬのは、まだアルカージイがモスクワ時代の逸話に出てくる捨て子のアリーナ (アリーノチカ) (上の201から205) ですよね。
ひどく貧しい指物師とその女房のダーリヤ・ロジヴォノーヴナの間に結婚八年目にやっとできた、ついこのあいだ亡くした同じ名前の乳呑み子 (上の202) も数に入れたいところではありますが。

それでは、番号をつけて、( )の中に死亡した原因を入れて整理していきます。
1人目、アリーノチカ (口中にできた小さな白い発疹による病死)

次が、クラフトですよね、「ところが拳銃で自殺してたのよ!」(上の333)。
2人目、クラフト (拳銃自殺)

さらに、これは物語が語られ始めた時点ですでに亡くなっていましたが、「リーディヤ・アフマーコワは産後二週間ほどして死んだ」 (上の358) は重要ですので、ぜひ数に入れさせてください、要はカテリーナ・ニコラーエヴナの義理の娘ですね。
「哀れにも恋の炎に焼かれた娘がマッチの燐を飲んで自殺をはかったというのである。」(上の143) とあり、「黄燐マッチ」(上の313と上の358) のドストエフスキーのほのめかしが気になりますが、「肺病で死んだ」(下の380) ことになっています。
3人目、リーディヤ・アフマーコワ (肺病)

また、カテリーナは最初から「まだ若い将軍未亡人」(上の47) として登場いたしますので、夫であった「当主のアフマーコフ将軍」(上の138から) は、「一年半まえ」(上の138) から物語の開始時点までの間に、すでに中気の二度目の発作で亡くなっているのですが、アフマーコフ将軍の「先妻」まではともかくといたしまして、この将軍もぜひ数に入れさせてください。
4人目、アフマーコフ将軍 (中気による発作)

次が、かわいそうなオーリャで「あなたが話していたあの若い娘が、部屋で首を吊ったんだよ」(上の367) です。
5人目、オーリャ (首吊り自殺)

上巻で死んだ人はここまでですが、皆様、大丈夫でしょうか?
これでも「未成年」は、ドストエフスキーの他の作品に比べて、人殺しの少ない作品だと思うのですが、だんだんと気持ちが暗くなってきますよね、でもここは一度徹底して調べてみましょう。 

下巻に入りますと、まずはマカール・イワーノヴィチの「ある除隊兵の話」(下の205) ですね、この話の中で兵士が「五日目になるととうとう首を吊ってしまった。」(下の206) とありますが、この兵士までは数に入れなくてもよいと思います。

そして次が、 短編の挿入の箇所 (下の217から242) です、短編の挿入はドストエフスキーお得意の手法で、他の作品でもみられますよね、思わず僕はおっ、短編が来たぞ!という感じで、楽しみにしながら読みました。
と言いますのも、ドストエフスキーはその長編であまねく知られているわけですが、短編を書かせても超一流です。
具体的には「キリストのヨールカに召された少年」「百姓マーレイ」「百歳の老婆」の三作品をあげます。
まだ、お読みになっていない方がおられましたら、この機会にぜひ一度手にとってみてください。
いずれも、「作家の日記2」(ちくま学芸文庫) の中に収録されています。
ちなみに、皆様にご紹介する以上はということで、三作品とも再読してみましたところ、ご参考までにこの主題に関して、それぞれの小品で死ぬ人の数は「キリストのヨールカに召された少年」が判別に多少迷うところがありますが6人、「百姓マーレイ」は0人、「百歳の老婆」が1人でした。
それから、これはおそらくなのですが、ドストエフスキーは短編の制作になりますと、一瞬のうちに頭の中で描き上げてしまうのだと思います。
これを僕は個人的にドストエフスキーの「脅威の直感思い込み理論」と呼んでいるのですが、脳が非常に絵画的な発達をしており、スケッチが速い!
締め切りに追われて十分な推敲もままならないままに、直感で書き進めていったところに逆に生まれてくる箴言、今回の「未成年」でもものすごいのが一つ無神論者のところで出てきますが、「神の名」(下の187) ですね、それは最終回にさせていただきます。

さて、挿入されたこの短編に戻りまして、これはマクシム・イワーノヴィチという大金持の商人の話なのですが「なんでももらったその年に嫁さんをいじめ殺してしまったとかいうことだ。」(下の218) の「嫁さん」までは数に入れないにしても、「いまわのきわまでマクシム・イワーノヴィチを呪いつづけ」(下の220) て死んだ後家の若い夫はぜひ数に入れようと思います。
そして、まだ若い後家と五人の子供たち、上から順に八歳の男の子、四歳の女の子、三歳の女の子、二歳の女の子、一歳の女の子があとに残され、一歳の子をその始まりとして五人ともみんな死んでしまうという凄惨な内容です。
6人目、若い後家の夫である商人 (借金をした上でみじめに死ぬ、具体的な病名等は書かれていない)
7人目、 一歳のまだ乳呑み子の女の子 (百日咳)
8人目、 四歳の女の子 (百日咳)
9人目、三歳の女の子 (百日咳)
10人目、二歳の女の子 (百日咳)
ただし、8人目、9人目、10人目のうち「一人は往来で馬車にひかれて死んだ」(下の223) ことになっています。

さらには、今度は一人生き残った八歳の男の子が「そしてざぶんと河へとびこんだ!」(下の231) で死んでしまいます。
11人目、八歳の男の子 (水死による自殺)

それから、この男の子の最期の場面の絵を描いたピョートル・ステパーノヴィチが、「その夜いっしょに飲んでいた男に殺されて」(下の236) 死にます。
12人目、ピョートル・ステパーノヴィチ (男に殺害される)

さらに、マクシム・イワーノヴィチとこの若い後家との間に生まれた「玉のような男の子」(下の240) が亡くなります。
13人目、赤ん坊の男の子 (急に熱を出して病死)

そしてこの後が、「カラマーゾフの兄弟」のゾシマ長老に、さらに言えばゾシマ長老の若い兄が最期に見たものにつながる系譜の重要人物マカール・イワーノヴィチですね、アルカージイの「戸籍上の父」 (上の9) です。
「わたしは急いでそばへかけよろうとして、ぎくりとした。老人はもう死んでいたのだ。」(下の360)
「『心臓破裂だ!』とヴェルシーロフは言っていた。」(下の360)
14人目、マカール・イワーノヴィチ・ドルゴルーキー (心臓破裂)

さてさて、物語もラストシーンの大活劇?を経て、第三部第十三章の「エピローグ」(下の587) を迎え、ドストエフスキーが誰々はその後こうなったと物語の整理にかかります。
その中で読者にとって判明したこととして、まず「のっぽ」のアンドレーエフが「のっぽはピストルで自殺したのである。」(下の597)
15人目、アンドレーエフ (ピストル自殺)

次が、重要な登場人物である二人の公爵のうちの一人、ニコライ・イワーノヴィチ老公爵ですね、「夜更けに、寝床の中で、卒中で死んだのである」(下の597)。
読んでいるとかなりの高齢のように感じられますが、老公爵と言いましても、「老人とはいえ、彼はまだ六十をこえていなかった」(上の46) とあります。
下巻で「n’est ce-pas?」を連発する弱々しい彼は、とても五十代には思えませんね。
16人目、ニコライ・イワーノヴィチ老公爵 (卒中)

さらに、もう一人の公爵であるセルゲイ・ペトローヴィチ公爵、若公爵の方ですね、「健康を回復しないままに、判決を待たずに、病院で死んだ」(下の600) とありますね。
彼は「監獄の貴族収容所」(下の161) に入っていましたが、「その朝彼は病院に移され、夕方にはもう脳炎をおこしたのである。」(下の282)
要は、彼は「熱病」(下の282) にかかり、「脳炎」という流れで死にます。
そして、リーザは彼の子どもをお腹に宿したまま流産します。
17人目、セルゲイ・ペトローヴィチ公爵 (脳炎)

以上です。
結局、僕の選別方法による考察では計17人になりました。
ここで問題となっているのは、いや誰々も入れて18人だとか、いや誰々は含めずに16人だとか、そういうことではもちろんありません。
この17人という数が、一人の小説家が文学作品を成立させるために必要な数として、果たして妥当なものなのか、多いのか少ないのかなどということは、僕にとっては手に余る問題であり、まるでわかりませんが、あくまでも専門外の一般的な感覚で考えましたら、僕はこれはやはりかなり多い数なのではないかと感じます。

要は、ドストエフスキーにとって、なにゆえに人が死ぬということが、作品の成立にとって必要なのかということですよね。
ドストエフスキーにとっては、死ぬということが、作品の構成上、逆に生の喜びを引き立てているとでも言いますか、生きることに光を当てている、スポットライトで照らしているということではないですよね、それでしたら、若い後家の五人の子どもたちが全員死んだりはしませんから、そういう要素は「罪と罰」のラストシーンを除けば、僕はあまり感じないのです。
それではなぜなのか、う〜ん、これは非常に難しいな、端的に言いまして、なにゆえに彼の作品ではかくも多くの人が死ぬことが必要なのでしょうか?

少なくとも一つ感じることは、ドストエフスキーはロジックでものを書いていませんよね、小説家として生業として書いていて、普通もう少し怖さを感じると思うのですよね、編集者とかからも「こんなに人が死んでいたら誰も読まないよ」とか言われると思いますし、やっぱりもう少し萎縮すると思うのですよね、でもそれは一切ない。
そんなよくある次元ではまるで生きていない、もうまるでものが違う、それは日々の日常のことですから、決して簡単なことではないですよね、それではそれがなぜできるのか、う〜ん、なにか自分の思想を極めようとするところの、追求しようとするところの、思い込みであり直感であり、なにかの執拗な気質なのだろうな。
まあ、これはあくまでも一般的なイメージとしての話ですけれども、と言いますのは、何事にも例外というものがありますから、それでも例えば、大学の文学部ですとか、カルチャーセンターの小説講座ですとか、そういったところからドストエフスキーが生まれてくる感じはまったくしませんね、非常に特異であり異質です。

もう長くなってしまいましたので、僕がこれまでに考察してきましたその他の事柄を簡単に説明させていただきまして、終わりにさせていただきます。

④少しだけ上述しましたが、マカール老ですね、「悪霊」のチーホン僧正に始まり、「カラマーゾフの兄弟」のゾシマ長老、ひいてはゾシマ長老の若い兄が最期に見たものにつながる一連の系譜です。
なにゆえにドストエフスキーは、この一連の系譜を物語の中に取り入れてくるのかにつきまして、今回新たな気づきがあり、思考を深めました。
この神の存在の一連の系譜は、いかにも専門家の格好のテーマになりそうですので、出版後すでに151年も経ち、研究し尽くされていることと思います。
例えば、そのモデルは⚪︎⚪︎僧であるだとか、どこまでがドストエフスキー自身の言葉であり、どれとどれが⚪︎⚪︎僧の言った言葉であるとかですね。
僕の言う新たな気づきとは、そうではなくて、なにゆえに作品中に絶えず組み込むのかということについてです。

⑤月日、時間に執拗にこだわると言いますか、必ず日時を特定してくるドストエフスキーの手法です。
どこがって、もう全部が全部そうですね。
この1870年代にすでに確立していたミステリー風の手法、及びその先進性は、彼の日常生活、時間に対する日頃の偏執からもたらされたのではないかという考察。
あくまでも、その一例として、
「なんともふしぎな話だよ、アルカージイ。きみはそこに三時から四時までいて、タチヤナ・パーヴロヴナは不在だった、と言ったな?」
「ちょうど三時から四時半までです」
「ところが、おかしいじゃないか、わしは三時半かっきりに、それこそ一分とちがわずに行ったのだが、タチヤナ・パーヴロヴナは台所でわしを迎えたんだよ。」(上の599)
をあげておきます。
もう一つ、ドストエフスキーが登場人物のおおよその年齢を、常に特定してくることも絶対に見逃せません。

⑥ヴェルシーロフの「千人」(下の389、395、396、403、405)) 思想です、これと五回にわたる象徴としての「靴屋」(上の255、256、359、360及び下の389、562) が、トランプ遊びの神経衰弱に例えますと、裏を返した時に、引き当てるカードになっているのではないかという考察。

(最終回に続く)

2026年9月25日
和田 健

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ドストエフスキー(1821-1881)の「未成年」(1875)を読んで 第二回「一市民の一読者である僕からみたドストエフスキー」その1

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(第一回から続く)

それではいよいよ本論に入ります。
僕はなにもロシア文学や歴史の専門家でも研究者でもなんでもありませんし、わからないところを教えてくださるような方も全くいませんので、つまりは、僕はただの一市民の一読者ですから、その僕がテキストだけを頼りにどこまでドストエフスキーを分析できるかというのが今回のテーマです。
また同時に、小説家というものが、なにも専門家や研究者のために書いているのではないだろう、それはやはり一市民の一読者のために書いているのではないかという僕の思いもあります。
それでは、拙い文章になりますが、どうぞよろしくお願いいたします。

①まずはやっぱり、なんと言っても相変わらずのドストエフスキー劇場、うーん、なんて言いますか、ちょっと物語の組み立て方や場面転換があまりにも劇場版であるとでも言いますか、劇場仕立てなのが、今回はかなり気になりました。
なにかドストエフスキー自身が劇場にいて「未成年」という劇を一観客としてはらはらしながら、なおかつ同時に制作責任者として観ている感じがどうしてもします。

これにはあれでしょうか、1875年に「祖国雑誌」という雑誌に連載されたことが多少なりとも影響しているのでしょうか?
僕は文学のことはまるでわかりませんが、どうも作家が雑誌や新聞などに連載するとあまりよくない、要するに読者を飽きさせず惹きつけておくために、その回の終わりを思わず次回も読みたくなるような魅力あるものに自然にしようとして、多少今の若者の言葉で言うところの盛ってきますよね、あれは、よくないですね、まあ、生業ですのでやむを得ないのでしょうけれども。
しかしですね、具体的には 、いいですね、そうです、なんでも具体的に書きましょう!
「彼女はわたしの袖をつかんで、二人のいる部屋の隣の暗い小さな部屋に案内すると、やわらかいじゅうたんの上をそっと仕切りのほうへ連れてゆき、垂れているカーテンのすぐそばにわたしを立たせて、カーテンの隅をちょっとずらして、わたしに二人を見せた。(下の493、494)
これはちょっといくらなんでもドストエフスキーは、やり過ぎなのではないでしょうか?
もうこうなりますと、なにか覗き見的な趣味が感じられますね。

また、ラストのシーンですよね (下の581から586にかけて)、ヴェルシーロフが「彼女の頭めがけてピストルを振上げ」て、にぎり直してカテリーナの顔にねらいをつけて・・・これってどうなんでしょうか、なんだかもうここまでいくと率直に言って劇画の類いだなと思いました。

結果として、どの場面も室内室内また室内で、アルカージイが通りを走ったとか、馬車に乗ったとか、通りで誰々に出会ったとかをのぞけば、今回は外の景色の描写はほぼ皆無であり、ドストエフスキーは「罪と罰」でマルメラードフの部屋を書いて以来、室内の描写をさせたら天下一品、それこそ右に出る者は確かにいないとは思いますが、開放感からはほど遠い感じを受けました。
その点、先輩作家のゴーゴリは風景の描写をさせたら「死せる魂」におけるごとく天下一品、これもまた右に出る者はいませんね。
なにか両者のベクトルが内向きと外向きの真逆の向きになっている感じが強くしました。

②二点目は、今回もまた然りなのですが、特定の人種に対する執拗なまでの攻撃ですね、具体的にはユダヤ人に対する攻撃なのですが、これはやはりよくない、僕はこれは非常によくないと思います。
ドストエフスキーといえば、単なる文豪ではありませんよね、これだけの作品群を遺されたのですから、ドストエフスキーといえば、やはり大文豪だと思います。
大文豪である彼が、十字架に磔にされたキリストの見た風景をキリストの視点で思い描ける稀有な才能をもった彼が、これだけユダヤ人を中傷すれば、これは当然のこととして、それはドストエフスキーの生きていた時代においても、あるいは彼の死後においても、そのことがどれだけの影響を与えるかをドストエフスキーは確実に見抜いていましたよね、計算していましたよね、ドストエフスキーはある意味でとても正直な人間ですから、それを感じない訳がない。
つまりはそこに僕はドストエフスキーの甘美を感じるのです、確実にわかっていて甘い喜びを覚えていたと思うのです、僕は。

また、同時にこういうことも考えられます、すなわち、ドストエフスキーほどの知性を持ち合わせるということは通常あまりないと思われますので、これをそれほど頭のよくない人は、ということはほとんどの人がということになりますが、逆手にとって主張の拠り所として借用してくるということは多分に考えられます。
すなわち、大文豪のドストエフスキーがこう言っているんだからということですね、ユダヤ人攻撃の根拠として掲げてくる可能性はかなり高い、と言いますか、すでにあったのではないでしょうか、それであれば、これは本当に非常によくない。
上巻の4箇所にユダヤ人に関連した記述が出てきますよね、具体的には 、いいですね、そうです、なんでも具体的に書きましょう!
「まだモスクワで、『理想』が生れたその日からと思うが、質屋にも、高利貸しにもなるまいと決意したのである。そんなものはユダヤ人と、ロシア人の中でも頭も気骨もないやつらにまかしておけばよい。担保だの利息だのということは──凡俗のするしごとだ。(上の173)
「多くのユダヤ人どもの有害なよごれた手から」(上の190)
「そこで、当然、全般的な酸化というような現象が起る。つまり大勢のユダヤ人どもがやって来て、ユダヤ王国をつくるわけだ。」(上の455)
「左隣に、これも終始はなれずに、どうやらユダヤ人らしい、実に嫌味なしゃれ者が坐っていた。(中略) そしてふと気がつくと、このジュウめが片手をのばして、悠々とその一枚を自分のまえへ移動させているではないか。(後略)」(上の616)
この「ジュウめ」の原語はおそらくですが、差別用語なのではないでしょうか?

それから細かく読んでいくと感じられることなのですが、フィンランド女のマーリヤとタチヤナ・パーヴロヴナの間であらそわれた簡易裁判所の訴訟事件 (下の176から)、これは明らかに茶番ですよね、マーリヤは物語の最後には(20+200=)220ルーブリで買収されてスパイまでしている、そもそもの最初からマーリヤの登場は「まず手はじめに、女中のことを述べよう。これは意地わるい、しし鼻のフィンランド女で、女主人のタチヤナ・パーヴロヴナを憎んでいたらしいが」(上の325) 云々と、どうみても好意的には書かれていない、これをフィンランド人へ蔑視ととられてもドストエフスキーは仕方がないと思います、ここのところ。

それで次は、ポーランド人です。
アンドレーエフがレストランで近くの席のポーランド人の発音を挑発しますよね (下の321から)、メンバーはラムベルトと「あばた面」のセミョーン・シドールイチ、書き手の「わたし」ことアルカージイとトリシャートフ、アンドレーエフの5人でしょうか、これもよくない。
さらによくないのは、その後のアルカージイの台詞です。
「きみはぼくらに恥をかかせた、ポーランド人などに給仕みたいにぺこぺこあやまって、なんたるざまだ。」(下の334)

さらには、フランス人に対してもあります。
「ラムベルト、きみは──幼稚だし、フランス人なみのばか者だ。」(下の446)
「ばかを言え、このフランス人め、ぼくは──スパイじゃないぞ、だが頭はいいさ!きみなぞにわかるまい、ラムベルト、彼女は彼を愛してるんだぞ!」(下の514)
ちなみに、ラムベルトはロシア人です。

最後の極めつけの仕上げとして、ドストエフスキーが標的にしてきたのがドイツ人です。
「もっともあのドイツっぽのビオリングは、金も惜しかったらしいがね。」(下の557)
「まあね、あのドイツっぽはあの女におちつきとやらをあたえるんだってさ。」(下の557)
「要するに、『上流階級』を装っていても、粗暴なドイツ兵の地金が出たのである。」(下の561)
「こういう激怒にかられるとこのドイツ人という民族は、かなり聡明な人間でも、往々にして靴屋の職人なみのなぐりあいの喧嘩をしかねないのである。」(下の562)
もう容赦ない感じですね。
ドストエフスキーのような気持ちの優しい、愛にあふれた人間というのは、往々にして裏を返すとナショナリストになるのかなあ。

ちなみに、この「靴屋」ですが、これもかなり気になって、なにか靴屋になったらいけないのかなという感じですよね、と言いますのは、他でも四箇所でこの「靴屋」が象徴として使われていて「そうですとも、おまえを靴屋の弟子にやるくらい、アンドレイ・ペトローヴィチは簡単にできたはずですよ!」(上の255) 云々とタチヤナ・パーヴロヴナはアルカージイに息まき、「たしかにぼくは、ヴェルシーロフに靴屋の弟子にやられなかったことだけで、どうしても満足ができないほどに、根性が卑しいのですね。」(上の256) とアルカージイが答える場面があり、それから、セルゲイ・ソコーリスキー公爵が言い張ることとしてワーシンの口から「しかし自分ではたらいてパンを得なければならず、しかもほかにできるしごとがないとしたら、靴屋の弟子になることがなぜいけないのだ?看板に、何某公爵靴店と書いたら──それこそ品があっていいじゃないか」(上の359、360) と続き、さらには、ヴェルシーロフはアルカージイに「いよいよわしもささやかな靴屋にでもなって生涯を終る時代がきた、などというみじめったらしい考えは毛頭もたなかったよ。」(下の389) と出てきますので。

長くなりましたので、ここで一旦区切らせていただき、続きはまた次回とさせていただきますが、なにかドストエフスキーの特定の人種を攻撃するというこの問題の中にこそ、今の日本の若い世代の方が、ここから逆に成し遂げられることが含まれているのではないかと思います。
例えば、ラグビーの日本代表ではないですけれども人種の融合や連帯ですよね、つまりは、若い方が「未成年」を熟読した上で「新未成年」を書く、できないことはないですよね、そこにこそ未来への道標があるような気がいたします。
そして、それは世界全体にとっても、現在の潮流、時勢、時代の流れをとめるために、決定的に大事なことなのではないでしょうか?
日本には天才が生まれにくい土壌があり残念ですが、苦しみながらも試行錯誤しながらも、今の日本の若い世代の中から必ずやそうした天才が生まれてきて欲しい、僕は切実にそう思います。
それはなにも小説家に限ったことではありません。

(第三回に続く)

2026年9月20日
和田 健