こんな世の中になったらいけない

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 18 March 2026 by kenwada

(©︎ロイター、ドローンが捉えた無数の墓穴、イラン南部ミナブの女子校攻撃、2026年3月3日)

たとえいかなる理由があったにせよ、いったいこんなことが許されてもよいのでしょうか。
アメリカ軍の最高司令官たるアメリカ合衆国大統領は、なにか気でも狂っているのでしょうか。

世界中の誰もがすでによく知っているように、2026年2月28日にアメリカとイスラエルによるイランへの空爆で、イラン南部ミナブの女子小学校が爆撃され、少なくとも175人 (報道によって幅がある) の女子児童が死亡しました。
でもこれは通常の意味で死亡したのとは全く異なりますよね、明らかに殺戮ですよね、虐殺されたのです。
ここは言葉遣いを間違えているような場合では断じてない。

そして、全く罪のない少女たちの無数の墓穴には、人類がこれまで築き上げてきた英知や知性などは微塵も感じられない。
ここにあるのはただ単に極めて自己中心的な言うことをきかない者に対する消去や抹殺願望であり、知性なき独裁者の極めて短絡的な思考、同時にこの男にいつも付き纏うなにかある種の駄々を捏ねるような幼児性、幼稚的かつ自己充足的な欲求の実現願望でしかない。

アメリカ軍の最高司令官たるアメリカ合衆国大統領は、これを踏まえて翌3月1日に、イランへの軍事作戦について「非常に順調に進んでいる」と発言しました。
小さな女の子を175人も殺しておいて、「非常に順調に進んでいる」とは、いったいどういうことでしょうか。
その後、今度は「イランがやった」と発言を変えました。
さらには、「私は知らない」と再度発言を変えました。
報道されていますようにすべて事実です。
人間として、なんという卑怯さなのでしょうか、なんという卑劣さなのでしょうか。
アメリカ合衆国大統領よ、この写真をきちんと額に入れて、毎晩枕元に置いて眠れ。

公式会見の場で、私が指揮する我が国の軍隊が作戦冒頭の初日の攻撃において、取り返しのつかない致命的なミスをおかしてしまった、ついては私は最高司令官として全生涯をかけてこの罪を償っていきたいと心から謝罪し、その上で、作戦の継続に関しては、この段階までこのような方向性で引き続き行いたいと国民に説明するのが、一国の大将というものなのではないでしょうか。

これは縦横斜め、どこからどうみても、ジェノサイドです。
すなわち、暴力的破壊行為であり、大量虐殺です。

ここで改めて持ち出すまでもなく、誰もが知るようにアメリカ合衆国大統領は、前回の大統領選挙で大勝して当選しました。
すなわち、アメリカ国民が民主主義の法のもと、正式な手続きを踏んで選んだ大統領です。
大統領免責特権が消失した時に、つまりは、大統領の任期が終了した時に、アメリカは前大統領のこの戦争犯罪を裁くためのリベラルな力の最後の一雫を、国際刑事裁判所に委ねることなく、一国家として果たして持ち得るのでしょうか。

今にして振り返れば、このような男を当時の日本政府が閣議決定した上で、2019年5月に国賓として招いたことは、かえすがえすも浅はかであり、痛恨の極みでしかありません。
また、明日から日米首脳会談が始まりますが、罷り間違っても笑顔でがっちり握手などということのないように、内閣総理大臣にはしっかりとお願いしたい。

僕は心の底からもう完全に頭にきてしまいましたが、今は怒りを通り越して、こんな世の中に生きていて、毎日毎日がただ悲しくて仕方がありません。
僕らはこんな世の中しか、次の若い世代に残せないのかと、こんな世の中で今の小さな子どもたちはこれから長い間生きていくのかと。

こんな世の中になったらいけない、人の家に土足でずかずかと入っていくような真似をしたらいけない、たとえその人がどんなに嫌いであっても、そんなことをしたらいけない、そこにはその人たちが築き上げたその人たちだけの小さな団欒があるからです、そこには家族の小さな温もりがあるからです。

僕の母は、ちょうど今のミナブの子どもたちの頃、東京大空襲で実家が全焼しましたが、以来今月で81年、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻も然り、なにゆえ人間はある周期をおいては、同じような過ちを絶えず飽きることなく繰り返すのだろう。
権力、欲望、所有、名誉、財産、プライド、メンツ・・・、そうした人間の本性であるところの「性(さが)」、人間の自分本位な歪んだ「我(が)」が、絶えずその根底にあるのではないだろうか。
人間は醜い、愚かだ、端的に言って頭が悪い。
誰もが手元にスマートフォンを持って歩き、電車や車の性能がよくなっただけで、人間の心の中は実は退化している感じがする、少なくとも耐性が少なくなってきている感じがする。

僕は一人の小さな芸術家として、一人のちっぽけな詩人として、もとより全くの無力ではありますが、そんなことはわかりきっていますが、淡々とただ真面目に本当に思っていることを書こうと思いました。
非暴力の形で、こうして小さな声明のようなものを出そうと思いました。
僕はここに書いたことについて、誰の賛同も得たくはありません。
こんな世の中になったらいけない、それだけです。

最後に、アメリカ合衆国大統領へ (三句)
ミナブの子皆殺しされイランだと

幼き子皆殺しされ知らないと

一線を超えて狂うは誰のため

2026年3月18日
和田 健

Today’s Drawing Photo on March 13, 2026

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 14 March 2026 by kenwada

Rohdea japonica
Ballpoint pen, watercolor and gouache on paper, 13.1×9.5 in. (33.3×24.2 cm)

Private Collection, Osaka, JAPAN
個人所蔵、大阪府門真市

Today’s Drawing Photo on March 8, 2026

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 9 March 2026 by kenwada

Take 8
Acrylic on paper, 21.3×16.5 in. (54.0×42.0 cm)
李白 (701-762) の「白髮三千丈 緣愁似箇長」より「白髮三千丈 似箇長」

White hair three thousand zhang by Li Bai (701-762)

Posted in Works 2026 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 3 March 2026 by kenwada

漢字絵画 No.4
李白 (701-762) の「白髮三千丈 緣愁似箇長」(注:丈の字の三画目がこの字とは異なります)
原文の漢字表記につきましては、「李白詩選」(岩波文庫、p.32, 33) を参照いたしました。
2026年2月
北軽井沢 作品 No.603
紙にアクリル
54.0×42.0 cm

Kanji Painting No.4
February 2026
Kitakaruizawa Works No.603
Acrylic on paper
21.3×16.5 in.

Peinture Kanji N°4
février 2026
Kitakaruizawa Œuvres N°603
Acrylique sur papier
54.0×42.0 cm

第6回俳句『宇宙から彼らの愛が見えますか』などこの季節の16句

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , on 28 February 2026 by kenwada

1 宇宙から彼らの愛が見えますか

2 手をとればホールケーキのような愛

3 助け合い支え合ってのこの世かな

4 春泥やわだち直しの日課かな

5 ぬかるみに靴がはまれば春隣

6 凍てゆるみ土の中から春の土

7 早春は土から匂う定めかな

8 ながめれば谷底の雪溶けにけり

9 ぐちゃぐちゃのぐちゃぐちゃの庭冬終る

10 雌鶏が卵産み出す二月かな

11 絵描さん春のコガラのベレー帽

12 喪中です黒ネクタイの四十雀

13 朧月青に点打つ黄色かな

14 二月二十七日、国会中継をラジオで聞いて
  答弁が俗気に満ちて嫌味なり

15 我が辞書にディールほど嫌な言葉もなかりけり 
  ディール好きディールマニアの春となる

16 母の横に看病で泊まり込んで
  咳込んで咳に埋もれし二月かな

ここで、我の小さな決意表明のようなもの
俳句とは、名誉を求めぬものなり、
俳句とは、佳句を求めぬものなり、
俳句とは、入選を求めぬものなり、
俳句とは、この上なき真面目なものなり、
俳句とは、彼の人の気性ゆえのものなり、
ゆえに俳句とは、ある程度までは生まれつきのものなりし。

*1、2、3、14は無季俳句です。
*12の四十雀は、当地では通年見られますが、夏の季語です。
*森の中の泥濘は例年ですと3月末から始まりますが、このところの異常な暖かさで、今年は例外的にひと月以上早まっています。

2026年2月28日
和田 健

Kanji Painting No.3

Posted in Works 2026 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 23 February 2026 by kenwada

漢字絵画 No.3
「池池池池」
2026年2月
北軽井沢 作品 No.602
紙にアクリル
54.0×42.0 cm

Kanji Painting No.3
February 2026
Kitakaruizawa Works No.602
Acrylic on paper
21.3×16.5 in.

Peinture Kanji N°3
février 2026
Kitakaruizawa Œuvres N°602
Acrylique sur papier
54.0×42.0 cm

Instagram

Posted in Exhibitions 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 22 February 2026 by kenwada

僕は普段からSNSを全くしませんので、つまりは、アカウントさえももっていませんので、僕の作品に2450件以上の「いいね!」をいただいていたことを、今朝になって初めて知りました。
僕のようなファインアートの世界で、この「いいね!」の数が、果たして多いものなのか、それともそうではないのか、僕にはよくわかりません。
それはともかくと致しましても、自分の作品に対して、少しでも何かを感じていただけたのであれば、たとえ一言であってもきちんとお礼をするのが、作家として人間として当たり前のことだなと思いました。
「いいね!」をしてくださった皆様、大変ありがとうございました。
この場を借りて心から感謝申し上げます。
Thank you everyone for all the likes!

2026年2月22日
和田 健

Today’s Drawing Photo on February 18, 2026

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 19 February 2026 by kenwada

Take 5
Acrylic on paper, 21.3×16.5 in. (54.0×42.0 cm)
「團團」

漢字はデッサンである、宇宙空間のバランスである。
この美しい文字に幼少の頃より親しみ、書くことのできる民であることに感謝して、絵画としてどこまでも描こうではないか。
「漢字絵画」はあくまでも絵画である、あくまでも模様である、あくまでも造形美である、決して書にあらず。
而して書を絵画に引き摺り下ろすくらいの気概なくば、此れ容易に能わず。
囗 (くにがまえ) は、元より四方を包囲されきつい、固い、左右に揺らせない、リズムを崩せない。
したがって、囗 (くにがまえ) の顔、表情、面をとること、此れ甚だ易からず。
もしこれが「団」であればすでに中の空気が緩んでいるが、「團」だと中の空気が充満してつまっているので厳しい。
一つの突破口として、四隅のどこかを離す(抜く) ことで、中の気圧を外に逃がせる、すなわち間が抜ける。
常識として右上隅を離すことはできないので、離すとすれば一画目の上 (左上隅) か、二画目の下 (右下隅) か、三画目の左 (左下隅)、この内、言わば生理的にとでも言うか、右下隅は通常あえて離したくはないので、すなわち好き嫌いの問題として故意に離したくはないので、残された選択肢はあと二隅。
では、この解決策を行うかと言うと、これがやらない。
このまま四隅接着のままで試行したい、崩しにいきたい。
うん?わかった!
つまりは、囗 (くにがまえ) の硬直さをことさらに強調して逆手にとればいいんだ!
そこに自然と目がいくようにすれば、逆に中が浮いて軽くなる、すなわち間が抜ける。

2026年2月18日
和田 健

Drinking on the Dragon Mountain on the Ninth Day of the Ninth Month by Li Bai (701-762)

Posted in Works 2026 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 15 February 2026 by kenwada

漢字絵画 No.2
李白 (701-762) の「九日龍山飮」(注:龍の一画目、立の上は横棒です)
原文の漢字表記につきましては、「李白詩選」(岩波文庫、p.38, 39) を参照いたしました。
2026年2月
北軽井沢 作品 No.601
紙にアクリル
54.0×42.0 cm

Kanji Painting No.2
Drinking on the Dragon Mountain on the Ninth Day of the Ninth Month by Li Bai (701-762)
February 2026
Kitakaruizawa Works No.601
Acrylic on paper
21.3×16.5 in.

Peinture Kanji N°2
Boire sur le mont Long lors de la fête du Double Neuf ou Buvant sur la montagne Long au neuvième jour du neuvième mois par Li Bai (701-762)
février 2026
Kitakaruizawa Œuvres N°601
Acrylique sur papier
54.0×42.0 cm

Quiet Night Thought by Li Bai (701-762)

Posted in Works 2026 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 11 February 2026 by kenwada

漢字絵画 No.1
李白 (701-762) の「靜夜詩」
原題・原文の漢字表記につきましては、「李白詩選」(岩波文庫、p.21) を参照いたしました。
2026年2月
北軽井沢 作品 No.600
紙にアクリル
42.0×54.0 cm

Kanji Painting No.1
Quiet Night Thought by Li Bai (701-762)
February 2026
Kitakaruizawa Works No.600
Acrylic on paper
16.5×21.3 in.

Peinture Kanji N°1
Pensées d’une nuit calme par Li Bai (701-762)
février 2026
Kitakaruizawa Œuvres N°600
Acrylique sur papier
42.0×54.0 cm

先日来、いったいお前はなにをやっているんだ(笑)と言われますと、「漢字絵画」というものができるのではないかと、つまりは漢字を絵画にするということができるのではないかと、ある晩、思い至りまして、それに挑戦している訳です。
どこからこの「漢字絵画」という発想が出てきたのかは、すごく長い話になりますので、ここでは割愛させて頂きまして、まあ、僕のこれまでの積み重ねのすべてだと言ってしまえば、それは確かにそうであると言えるのかなと思います。
トップバッターとして、僕の大好きな詩人ではありませんね、詩仙ですね、李白の「靜夜詩」を選びました。
余談になりますが、俳句を作るようになって、李白と杜甫を研究しておいたことが大変役立ちました。

ここで例えばなのですが、どうして僕はいつも樹木を見つめてきたのだろう?
もしこれが、僕がどこかの団体にでも所属していましたのなら、先輩ですとかに「君は風景を文字として観ているね」とか言われたかもしれないですよね、あくまでも仮定の話ですけれども。
でもそうではない、僕は全く一人で単独でここまで活動してきましたので、気づくのが遅かった?
いやいや、そうではない、すでに気づいていたんですよね、もう13年も前の2013年1月に当サイトに「弱」や「暗」」を描いて発表していましたから。
ようやくここへきて機が熟したということなのかな?
自分ではよくわかりません。
まあ、この世界は口で言っていてもダメで、描いて描いていかないと意味がありませんので、納得のいくまでやってみますね、この「漢字絵画」のシリーズは、もしかすると少し長くなるかもしれません。
漢字は空間を表現できますから、その起源をたどれば、甲骨文字でありさらには象形文字である訳ですから、やっぱり以前、2011年ごろから書の研究に没頭していたことがここへきてかなり大きいな。
そう言えば、僕のアトリエには毎日絵ばかり描いているのに、今でもまるでお守りのように顔真卿の「祭姪文稿」が貼ってあります、居間には懐素の「自叙帖」が貼ってあるし。
最終目標は、漢字による風景画かな、「漢字風景画」、可能ですよね、まあ、そこまでは無理かな、でもやってみましょう、コツコツと。
はい、ここで幼いころの思い出を一句。
「懐かしや墨の匂いと正座かな」

2026年2月10日
和田 健