
Take 8
Acrylic on paper, 21.3×16.5 in. (54.0×42.0 cm)
李白 (701-762) の「白髮三千丈 緣愁似箇長」より「白髮三千丈 似箇長」
漢字絵画 No.4
李白 (701-762) の「白髮三千丈 緣愁似箇長」(注:丈の字の三画目がこの字とは異なります)
原文の漢字表記につきましては、「李白詩選」(岩波文庫、p.32, 33) を参照いたしました。
2026年2月
北軽井沢 作品 No.603
紙にアクリル
54.0×42.0 cm
Kanji Painting No.4
February 2026
Kitakaruizawa Works No.603
Acrylic on paper
21.3×16.5 in.
Peinture Kanji N°4
février 2026
Kitakaruizawa Œuvres N°603
Acrylique sur papier
54.0×42.0 cm


1 宇宙から彼らの愛が見えますか
2 手をとればホールケーキのような愛
3 助け合い支え合ってのこの世かな
4 春浅しわだち直しの日課かな
5 ぬかるみに靴が埋まれば春隣
6 土ゆるみ土の中から春の土
7 早春は土から匂う定めかな
8 ながめれば谷底の雪溶けにけり
9 ぐちゃぐちゃのぐちゃぐちゃの庭冬終る
10 雌鶏が卵産み出す二月かな
11 絵描さん春のコガラのベレー帽
12 喪中です黒ネクタイの四十雀

13 朧月青に点打つ黄色かな
14 二月二十七日、国会中継をラジオで聞いて
答弁が俗気に満ちて嫌味なり
15 我が辞書にディールほど嫌な言葉もなかりけり
ディール好きディールマニアの春となる
16 母の横に看病で泊まり込んで
咳込んで咳に埋もれた二月かな
ここで、我の小さな決意表明のようなもの
俳句とは、名誉を求めぬものなり、
俳句とは、佳句を求めぬものなり、
俳句とは、入選を求めぬものなり、
俳句とは、この上なき真面目なものなり、
俳句とは、彼の人の気性ゆえのものなり、
ゆえに俳句とは、ある程度までは生まれつきのものなりし。
*1、2、3、14は無季俳句です。
*12の四十雀は、当地では通年見られますが、夏の季語です。
*森の中の泥濘は例年ですと3月末から始まりますが、このところの異常な暖かさで、今年は例外的にひと月以上早まっています。
2026年2月28日
和田 健
僕は普段からSNSを全くしませんので、つまりは、アカウントさえももっていませんので、僕の作品に2450件以上の「いいね!」をいただいていたことを、今朝になって初めて知りました。
僕のようなファインアートの世界で、この「いいね!」の数が、果たして多いものなのか、それともそうではないのか、僕にはよくわかりません。
それはともかくと致しましても、自分の作品に対して、少しでも何かを感じていただけたのであれば、たとえ一言であってもきちんとお礼をするのが、作家として人間として当たり前のことだなと思いました。
「いいね!」をしてくださった皆様、大変ありがとうございました。
この場を借りて心から感謝申し上げます。
Thank you everyone for all the likes!
2026年2月22日
和田 健

Take 5
Acrylic on paper, 21.3×16.5 in. (54.0×42.0 cm)
「團團」
漢字はデッサンである、宇宙空間のバランスである。
この美しい文字に幼少の頃より親しみ、書くことのできる民であることに感謝して、絵画としてどこまでも描こうではないか。
「漢字絵画」はあくまでも絵画である、あくまでも模様である、あくまでも造形美である、決して書にあらず。
而して書を絵画に引き摺り下ろすくらいの気概なくば、此れ容易に能わず。
囗 (くにがまえ) は、元より四方を包囲されきつい、固い、左右に揺らせない、リズムを崩せない。
したがって、囗 (くにがまえ) の顔、表情、面をとること、此れ甚だ易からず。
もしこれが「団」であればすでに中の空気が緩んでいるが、「團」だと中の空気が充満してつまっているので厳しい。
一つの突破口として、四隅のどこかを離す(抜く) ことで、中の気圧を外に逃がせる、すなわち間が抜ける。
常識として右上隅を離すことはできないので、離すとすれば一画目の上 (左上隅) か、二画目の下 (右下隅) か、三画目の左 (左下隅)、この内、言わば生理的にとでも言うか、右下隅は通常あえて離したくはないので、すなわち好き嫌いの問題として故意に離したくはないので、残された選択肢はあと二隅。
では、この解決策を行うかと言うと、これがやらない。
このまま四隅接着のままで試行したい、崩しにいきたい。
うん?わかった!
つまりは、囗 (くにがまえ) の硬直さをことさらに強調して逆手にとればいいんだ!
そこに自然と目がいくようにすれば、逆に中が浮いて軽くなる、すなわち間が抜ける。
2026年2月18日
和田 健
漢字絵画 No.2
李白 (701-762) の「九日龍山飮」(注:龍の一画目、立の上は横棒です)
原文の漢字表記につきましては、「李白詩選」(岩波文庫、p.38, 39) を参照いたしました。
2026年2月
北軽井沢 作品 No.601
紙にアクリル
54.0×42.0 cm
Kanji Painting No.2
Drinking on the Dragon Mountain on the Ninth Day of the Ninth Month by Li Bai (701-762)
February 2026
Kitakaruizawa Works No.601
Acrylic on paper
21.3×16.5 in.
Peinture Kanji N°2
Boire sur le mont Long lors de la fête du Double Neuf ou Buvant sur la montagne Long au neuvième jour du neuvième mois par Li Bai (701-762)
février 2026
Kitakaruizawa Œuvres N°601
Acrylique sur papier
54.0×42.0 cm

漢字絵画 No.1
李白 (701-762) の「靜夜詩」
原題・原文の漢字表記につきましては、「李白詩選」(岩波文庫、p.21) を参照いたしました。
2026年2月
北軽井沢 作品 No.600
紙にアクリル
42.0×54.0 cm
Kanji Painting No.1
Quiet Night Thought by Li Bai (701-762)
February 2026
Kitakaruizawa Works No.600
Acrylic on paper
16.5×21.3 in.
Peinture Kanji N°1
Pensées d’une nuit calme par Li Bai (701-762)
février 2026
Kitakaruizawa Œuvres N°600
Acrylique sur papier
42.0×54.0 cm

先日来、いったいお前はなにをやっているんだ(笑)と言われますと、「漢字絵画」というものができるのではないかと、つまりは漢字を絵画にするということができるのではないかと、ある晩、思い至りまして、それに挑戦している訳です。
どこからこの「漢字絵画」という発想が出てきたのかは、すごく長い話になりますので、ここでは割愛させて頂きまして、まあ、僕のこれまでの積み重ねのすべてだと言ってしまえば、それは確かにそうであると言えるのかなと思います。
トップバッターとして、僕の大好きな詩人ではありませんね、詩仙ですね、李白の「靜夜詩」を選びました。
余談になりますが、俳句を作るようになって、李白と杜甫を研究しておいたことが大変役立ちました。
ここで例えばなのですが、どうして僕はいつも樹木を見つめてきたのだろう?
もしこれが、僕がどこかの団体にでも所属していましたのなら、先輩ですとかに「君は風景を文字として観ているね」とか言われたかもしれないですよね、あくまでも仮定の話ですけれども。
でもそうではない、僕は全く一人で単独でここまで活動してきましたので、気づくのが遅かった?
いやいや、そうではない、すでに気づいていたんですよね、もう何年も前に当サイトに「弱」や「暗」」を描いて発表していましたから。
ようやくここへきて機が熟したということなのかな?
自分ではよくわかりません。
まあ、この世界は口で言っていてもダメで、描いて描いていかないと意味がありませんので、納得のいくまでやってみますね、この「漢字絵画」のシリーズは、もしかすると少し長くなるかもしれません。
漢字は空間を表現できますから、その起源をたどれば、甲骨文字でありさらには象形文字である訳ですから、やっぱり以前、2011年ごろから書の研究に没頭していたことがここへきてかなり大きいな。
そう言えば、僕のアトリエには毎日絵ばかり描いているのに、今でもまるでお守りのように顔真卿の「祭姪文稿」が貼ってあります、居間には懐素の「自叙帖」が貼ってあるし。
最終目標は、漢字による風景画かな、「漢字風景画」、可能ですよね、まあ、そこまでは無理かな、でもやってみましょう、コツコツと。
はい、ここで幼いころの思い出を一句。
「懐かしや墨の匂いと正座かな」
2026年2月10日
和田 健