
India ink on paper, 21.5×22.4 in. (54.5×57.0 cm)

(©︎朝日新聞、昭和25(1950)年、青森県津軽半島の農村で、赤ん坊をおんぶしながら授業を受ける小学生。)
皆様、こんにちは、和田和園です。
朝日新聞のデジタル版で、この写真を初めて見た時に、なにかちょっと言葉では形容し難い非常に強い印象を受けました。
僕はこの写真を見た時に、このような子守りの現実を初めて知ったという訳ではないのです。
このような時代があったということは、いろいろと間接的に聞いて知っていましたし、同じような写真をかつて見た記憶もあります。
また、この写真に添えられていた説明文を熟読しているうちに、これは太宰治さんの故郷である五所川原市金木町であるかどうかはともかくとして、おそらくはその近辺なのではないかと思うようになり、地主階級の息子であった太宰さんと、この少女との人生の対比を考えた訳でもないのです (でもそうは言いましても、やはり少しは考えましたが)。
そうではなくて、なにかが、おそらくはこの少女の顔を見た時に、僕にはなにかこの目を見たことがあるような気が、さらに言えば、この少女に以前会ったことがあるような気がしたのです、なにかこの目に非常に親しいもの、懐かしい親密なものを感じたのです、それが一番近い説明かもしれません、うまく言えませんが。
今回の俳句は、その印象に基づいた作品で、すべて僕の想像句です。
1 子を負ふて学び尊し子守かな
2 あんちゃまの髪をばいじるこの子いて
3 学校へ我も行きたい乙女かな
4 少女言う授業受けたい学びたい
5 明日はまた学校来れぬ定めかな
6 世の中に忘れられたる昭和かな
この写真の女の子を仮に小学校4年生であると致しますと、昭和15(1940)年のお生まれになりますので、今年で86歳になられます。
まだ乳飲み児の方とともに、どうかお二人がご健在でお幸せでおられますことを、心よりお祈り致します。
「あなたの作る俳句などとは違って、学校へ行っている間は、そりゃあ楽だった、農作業を手伝わなくてもいいから、子守りだけしていればいいのだから、まあ学校は言ってみれば、幼い私にとっては天国みたいなもんだったね」なのかもしれません。
この写真覚えています姉のこと
(この句は「第12回俳句」にてすでに発表しました。)
7 子を負えば守をばいじるこの子いて
8 学校へゆく児見つめる農繁期
9 手をとめて見て見ぬふりの田植かな
10 一人欠け二人欠けゆく机かな
担任教師が家庭訪問して
11 先生が来られて泣きぬ納屋の隅
12 学校は忙しいので行けません
13 弁当のない児は去りぬ昼休み
14 児ら去りて広き教室夏の雲
2026年7月27日
和田和園
追伸:
①2番の上五の「あんちゃま」が津軽地方の姉の方言として適切なものなのかどうか、僕には判断できません。
一応「ねっちゃ」というのが一般的なのでしょうか?
「ねっちゃ」の3音ですと、上五の5音にもっていくのが難しいです。
②お二人が実の兄弟姉妹であるかどうかは、この写真だけからでは僕にはわかりませんでした。
③13番、14番の俳句は、お弁当のない児童は昼休みになるとサッとどこへともなくいなくなり、午後の授業が始まると、また戻って来ては授業を受けていたという当時の貴重な証言が得られましたので、その事実を詠んでみました。
サマーガーデンペインティング 2026 No.2
2026年7月
北軽井沢 作品 No.611
紙に水彩、グワッシュ、色鉛筆
24.2×33.3 cm
Summer Garden Painting 2026 No.2
July 2026
Kitakaruizawa Works No.611
Watercolor, gouache and colored pencil on paper
9.5×13.1 in.
Peinture d’un jardin d’été 2026 N°2
juillet 2026
Kitakaruizawa Œuvres N°611
Aquarelle, gouache et crayon de couleur sur papier
24.2×33.3 cm
