Archive for October, 2019

韓国の国際展覧会のお知らせ

Posted in Exhibitions 2012-2019 with tags , , , , , , , , on 29 October 2019 by kenwada


(©Haegeumgang Theme Museum’s Facebook)

皆様、こんにちは。
2019年11月1日(金)から12月25日(水)まで韓国コジェ市の Yukyung Art Museum で開催される国際展覧会 “Symbols & Metaphors” に参加します。
この展覧会には、 Argentina, Austria, Canada, Germany, Italy, Japan, South Africa, Sweden, Switzerland, UK, USA の11カ国から、のべ17人のアーティストが参加します。
今年制作した僕の作品 “Dear Grid Worker No.8” が展示されます。
当初の会期が1ヶ月延長され2ヶ月間展示されることになり、とても光栄です。
以下のアドレスから会場の様子を YouTube でご覧いただけます。
http://www.hggmuseum.com/web/bbs/board.php?bo_table=004_04&wr_id=45&page=0

Yukyung Art Museum, November 1-December 25, 2019
Haegeumgang 120 Nambu-meyon, Geoje, Gyeonsangnam-do, 53334 South Korea

Yukyung Art Museum は Haegeumgang Theme Museum の中にあります。
Haegeumgang Theme Museum のホームページは以下のアドレスからご覧いただけます。
http://www.hggmuseum.com/web/home/?section=1

Dear friends,

It is my pleasure to inform you that I will participate in an International Art Exhibition “Symbols & Metaphors” at Yukyung Art Museum in Geoje, South Korea on November 1-December 25, 2019. A total of 17 artists from 11 countries will participate in the exhibition. My artwork “Dear Grid Worker No.8” will be displayed at the museum, and after the two-months museum exhibition the artwork will be included in the Museum Collection. It will be my first museum collection in my career. I’m just super happy! Yukyung Art Museum is part of Haegeumgang Theme Museum created to establish a link between the Korean tradition and contemporary art and culture.

Yukyung Art Museum
Haegeumgang 120 Nambu-meyon, Geoje, Gyeonsangnam-do, 53334 South Korea

You can find YouTube of the International Art Exhibition from the following address, thank you.
http://www.hggmuseum.com/web/bbs/board.php?bo_table=004_04&wr_id=45&page=0

Haegeumgang Theme Museum’s homepage address is below.
http://www.hggmuseum.com/web/home/?section=1

Have a great day!

Warm regards,
Ken WADA

Picky Dancers No.3 (Picky Dancers’ Youth)

Posted in Recent Works 2018-2019 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 23 October 2019 by kenwada

ピキダンサーズ No.3 (ピキダンサーズの青春)
2019年10月
北軽井沢 作品 No.384
画布にアクリル、マルチ-タレント鉛筆
60.6×50.0 cm

Picky Dancers No.3 (Picky Dancers’ Youth)
October 2019
Kitakaruizawa Works No.384
Acrylic and multi-talented pencil on canvas
24.0×20.0 in.

Danseurs Difficiles Nº3 (Jeunesse des Danseurs Difficiles)
octobre 2019
Kitakaruizawa Œuvres N°384
Acrylique et crayon aux multiples talents sur toile
60.6×50.0 cm

あの頃の自分から電話をもらったら、「僕は今でも絵を描き続けているよ」ってただそれだけ伝えよう

Posted in Essay 2012-2019 with tags , , , , , on 21 October 2019 by kenwada

1. スペイン

ジ、ジ、ジ、ジ。
Allô! Allô!
やあ、元気かい?

スペインのラ・コルーニャで、僕は飲みかけのリベイロの白ワインの瓶を持って街を歩いていた。
マドリッドがスペイン語の不規則動詞を覚えるにはあまりに暑くて。
39℃で今日は涼しいぞなんて、ガリシア地方までちょっと気分転換に抜け出した。
バルに入ると、父親と10歳ぐらいの男の子が油で黒光りした小さな木のテーブルで、アサリをオリーブオイルに浸した一皿の小鉢を前に向かい合って座っていた。
爪楊枝でアサリを掬いとっては、パンの上に浸して、かわるがわる食べていた。
父親は育ち盛りの息子に少し遠慮しながら食べていた。
僕は、それをただぼんやりと眺めていた。
2002年の6月、ガリシア地方はとても涼しかった。

2. フランス

ジ、ジ、ジ、ジ。
Allô! Allô!
やあ、元気かい?

僕は、International Herald Tribune から切り抜いたその写真をずいぶん長いこと、アトリエの壁に貼っていた。
口元を黒いマフラーで押さえた女の子が写っている写真。
ちょうどモスクワの地下鉄でテロがあって、駅にたくさん積まれたお悔やみの赤い花の右横で、その女の子は口元を押さえて絶句したように立っていた。
女の子の髪留めの小さな赤いリボンと、手提げバックの赤い把っ手と、赤い花の塊を僕は来る日も来る日もただじっと見つめていた。
ああ、何かが描けるかもしれないって思った。
きっとその女の子が、「罪と罰」のソーニャに見えたのだろう。
ソーニャが描きたくてたまらなかったから。

3. メキシコ

ジ、ジ、ジ、ジ。
Allô! Allô!
やあ、元気かい?

メキシコのサン・ミゲル・デ・アジェンデで一ヶ月間屋上の小さな部屋で暮らした。
5階建てのアパートの下の四つ角に、毎日決まって夕方の5時になるといつも同じ親子がやって来て、お父さんがハーモニカを吹いた。
しばらくしてお父さんは目が見えないことに気がついた、それで小さな男の子が、二人の前に置かれた小さな籠に小銭が入ると、「グラシアス」って恥ずかしそうに言った。
僕は日が暮れると毎晩屋上の椅子に座って、下から響いてくるハーモニカの音色を静かに聴いていた。
あの男の子もきっと大きくなっただろう。
2002年の10月だったから、きっとすごく大きくなっただろう。

4. フランス

ジ、ジ、ジ、ジ
Allô! Allô!
やあ、本当に元気かい?

僕らがもう戸締まりをして、二階の洗面所で歯を磨いていると、オードレーが青い夜から帰って来た。
向かいの旧事務所の屋根に静かに舞い降りて、「ニャー」と一言、帰って来て「当然でしょ」って顔をしていた。
10月末の雨に煙る午後にあの子が初めて息子のクーを旧事務所の屋根の上に連れて来た時は、思わず息を飲む程の美しさだった。
生まれたての子猫に歩幅を合わせて屋根を下りながら、一緒に一歩一歩濡れた紅葉の赤や黄を踏みしめながら、「ほら見て、私の子よ、私の子よ」って、背筋をピンと伸ばしてすごく自慢げに言っていた。
僕はそれまでに人間の表情の中にこんなにも幸せな表情を見たことがなかった。
オードレーは僕に一番幸せな表情は、もしかしから人間の中にはないかもしれないことを教えてくれた。
オードレーが僕の先生だった。
オードレー、クー、聞こえるかい、僕は今でも絵を描き続けているよ
野良猫を抱き上げたことがない人なんて、
抱き上げて頬ずりしたことがない人なんて何だか信用がおけない。
「動物を大切にしなさい、可愛がりなさい」ってゾシム長老も言っていた。
ゾシム長老の若い兄の回想録には泣いた、あそこだけ何度も何度も繰り返し読んだ。

美しかった、マントノンは。
僕のちっぽけな50年の人生で、一番美しい時代だった。
一瞬にして終わった。
母が倒れて、空港に走って、まるでそれまで観ていたテレビの電源コードを思いっきりブチ抜くように、一瞬にして終わった。
今ごろはさぞかし菜の花畑がきれいだろう。

あの頃の自分から電話をもらったら、「僕は今でも絵を描き続けているよ」ってただそれだけ伝えよう。
それでは、また。

2013年5月5日記
2019年10月20日加筆修正
和田 健

「君はいろいろなことがわからないみたいだけれど、アルベール・カミュがどんなに母親を愛していたかだけはよくわかるみたいだね」と僕は街角で誰かに肩を叩かれて言われたことは今までに一度もない、あるいはさらに「絵画そのものが原稿であったなら」つまりは「原稿絵画」と「絵童話」の創造に向けて

Posted in Essay 2012-2019 with tags , , , , , on 20 October 2019 by kenwada

デザインとして漢字を観ている内にできるのではないかと思いました。
つまりは抽象画による原稿絵画」、「絵童話」の創造という新しい構想です。
山奥でひたすら両者を創造する。
ただ絵画する」という三昧の境地へと至れ!
以上です。

2019年10月19日記
和田 健

Picky Dancers No.2 (Picky Dancers, respond!)

Posted in Recent Works 2018-2019 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 15 October 2019 by kenwada

ピキダンサーズ No.2 (ピキダンサーズ、応答せよ!)
2019年10月
北軽井沢 作品 No.384
画布にアクリル、マルチ-タレント鉛筆
53.0×45.5 cm

Picky Dancers No.2 (Picky Dancers, respond!)
October 2019
Kitakaruizawa Works No.384
Acrylic and multi-talented pencil on canvas
21.0×18.0 in.

Danseurs Difficiles Nº2 (Danseurs Difficiles, répondez!)
octobre 2019
Kitakaruizawa Œuvres N°384
Acrylique et crayon aux multiples talents sur toile
53.0×45.5 cm

Picky Dancers No.1 (The birth of Picky Dancers)

Posted in Recent Works 2018-2019 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 11 October 2019 by kenwada

ピキダンサーズ No.1 (ピキダンサーズの誕生)
2019年10月
北軽井沢 作品 No.383
画布にアクリル、マルチ-タレント鉛筆
60.6×50.0 cm

Picky Dancers No.1 (The birth of Picky Dancers)
October 2019
Kitakaruizawa Works No.383
Acrylic and multi-talented pencil on canvas
24.0×20.0 in.

Danseurs Difficiles Nº1 (La naissance des Danseurs Difficiles)
octobre 2019
Kitakaruizawa Œuvres N°383
Acrylique et crayon aux multiples talents sur toile
60.6×50.0 cm

続・書の勉強について

Posted in Essay 2012-2019 with tags , , , , , on 10 October 2019 by kenwada

前回のエッセイ「書の勉強について」の中で、「中国の書家の作品であっても同じ東洋人として (僕は) 漢字が少しは読めますから、これは欧米の絵画に対する強力な対抗軸になり得る」と書きましたが、後日、明け方の床の中でこれについて考え、またしても僕以外には何の役にも立ちそうにありませんが、当たり前のようでいて少し大切なことのように思いますので書いておきます。
まず、「欧米の」という言葉は、「漢字文化圏以外の国の」とかにするべきでしたが、そのことはさておき、僕が思ったことは、僕が中国の書家の作品を観る時、たとえ難しい字であっても漢字の旁や偏からある程度こういう字ではないかなと、推測することができる、つまりおおよその見当をつけることができます。もちろん中には歯の立たない漢字もあります、というか実際そういう字が多いのですが、それでもやはり子供の時から慣れ親しんできた漢字 (文化) ですので、やはり字として読んでみようと半ば無意識のうちに脳が勝手に反応してしまいます。
これに対して、例えばフランス人でも、アメリカ人でもいいのですが、彼らは余程の愛好家でない限り、漢字を字として読むことはしていない、よく掛け軸などにして部屋に飾っているのを見かけますが、彼らは漢字に対して字としては反応していない、それはもちろんフランス語や英語で意味を書いてもらってそのメモを見ながらこれはこういう意味だよ、などと説明することはできますが、字として理解しているわけではない、このことは日本語を話せる外国人はたくさんいますが、読み書きができる外国人は非常に少ないことからも容易に察せられます。
それでは彼らは漢字をどのように観ているのかというと、これは模様として観ているのだと思います。漢字を模様として観ている、僕が例えば象形文字や甲骨文、甲骨文字を観ている時に感じるように、あるいは全く理解できない他言語を観ている時に感じる感覚と同じです。模様として観ている、特に活字化されたものだと脳への刺激が限定されますが、肉筆のものだと全然違います、これを継続していくと、やがてデザインとして観ていることにつながります。だから現にたくさんの東洋美術の愛好家が諸外国にはいますし、オークション等でコレクターに熱気をもって迎えられるのでしょう。美しいからデザインとして美しいから、漢字の意味や成り立ちなんか知らない、でも一応英語訳で意味は知っているよ、おそらくそういう感覚なのだと思います。
そこで僕が思ったのは、このデザインとして文字を観るということは、多少の土台的な要素、僕の言葉で言う神経質な気質というのもずいぶんと漠然とした言い方ですが、余白や図形を観る習慣さえあれば誰にでもすぐに修得できる、実際、テーブルの上の物の配置、塩のビンやナイフ、皿とかそういう物です、を納得いくまで何時間も動かしていたジャコメッティのように、紙の上の字画の配置を何時間も動かす、気になる、全く同じことです、樹木の枝の配置も同じです、漢字をデザインとして観ることはある程度の訓練を積めば容易に修得できる。
そうであれば、漢字文化圏の我々には見当をつけることと、デザインとして観ることと、二つの大きな軸があることになる、これは一つの軸しかもたない彼らに対して大いなる強みにならないだろうか、ということです。言ってみれば二枚腰なのですから。
この二つの軸があることを絵画に必ず活かせるはずです、取り込めるはずなんです。逆の思考として、どうしてアメリカ人の Franz Kline に先を越されていて、我々の絵画には漢字のデザイン性を豊かに取り込んだ造形美に満ちた作品が少ないのだろう、その辺りから思考に揺さぶりをかければ答えは出てくるのではないか、作品が漢字として恥ずかしいからかもしれない、後ろに書家が控えているために下手なものを出品・発表できないという、こんなもの出して馬鹿にされるだけだという、ここ核心、重要ポイント。彼らは背後に書家など控えていませんので自由にやれる、この自由にのびのびやれる、何の束縛もないということは当たり前過ぎて見失われがちですが創作活動の肝、非常に大切なことです。この課題は突破しないと、デザインとしてだけ観ているよりは強いはずなのだから、あるいはデザインとして観ているだけだから彼らは強いのかもしれない、または単にエキゾチックの問題だけなのかもしれません、我々の日常生活において漢字があまりにも身の回りに溢れていてもはや特段の反応もしないという。
自然の中に漢字の要素を日常的に見い出す訓練、これはしています、何かどこかに突破口があります、必ず。

2019年10月10日記
和田 健

追伸 またまた今読んでいる数学者の岡潔さんの本の話ですが、先生は「でたらめ」を毎日一つずつ考える、この「でたらめ」を十ほど並べてみると、その中には一つぐらいポシビリティ (可能性) がある。このポシビリティをまた十ほど並べると、そこに一つぐらいファクト (事実) が見つかる、一年三百六十五日、毎日「でたらめ」を考えるともなく考えている、と仰っています。さすがだなあ〜、すごいなあ〜、ものすごく勉強になります。僕は今までわからないことがあると、声に出してわかっているところまで言ってみる、しゃべってみる、それもできるだけ大きな声がいい、というのを自分で編み出して実践してきたのですが、これに「でたらめ」を加えればいいんだ、声に出して「でたらめ」を言ってみればより強力な結びつきになる、なるほど。エディー・ジョーンズさんが目黒学院ラグビー部を指導する YouTube 面白いですね、この感覚だな、この感覚。声に出して「でたらめ」を言って、全く脈絡や関係ないものを結びつける、この感覚を絶対にはずしちゃいけない!折しも世の中ワールドカップでラグビーブーム、僕は試合は観れませんけれど、我家にテレビはないから。