Archive for アーティスト

Untitled 2025 No.3

Posted in Works 2025 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 27 January 2025 by kenwada

無題 2025 No.3
2025年1月
北軽井沢 作品 No.576
画布にアクリル、グワッシュ、色鉛筆
50.0×60.6 cm

Untitled 2025 No.3
January 2025
Kitakaruizawa Works No.576
Acrylic, gouache and colored pencil on canvas
19.7×23.9 in.

Sans Titre 2025 N°3
janvier 2025
Kitakaruizawa Œuvres N°576
Acrylique, gouache et crayon de couleur sur toile
50.0×60.6 cm

Untitled 2025 No.2

Posted in Works 2025 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 25 January 2025 by kenwada

無題 2025 No.2
2025年1月
北軽井沢 作品 No.575
画布にアクリル、グワッシュ、色鉛筆
50.0×60.6 cm

Untitled 2025 No.2
January 2025
Kitakaruizawa Works No.575
Acrylic, gouache and colored pencil on canvas
19.7×23.9 in.

Sans Titre 2025 N°2
janvier 2025
Kitakaruizawa Œuvres N°575
Acrylique, gouache et crayon de couleur sur toile
50.0×60.6 cm

Untitled 2025 No.1

Posted in Works 2025 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 23 January 2025 by kenwada

無題 2025 No.1
2025年1月
北軽井沢 作品 No.574
画布にアクリル、グワッシュ、色鉛筆
50.0×60.6 cm

Untitled 2025 No.1
January 2025
Kitakaruizawa Works No.574
Acrylic, gouache and colored pencil on canvas
19.7×23.9 in.

Sans Titre 2025 N°1
janvier 2025
Kitakaruizawa Œuvres N°574
Acrylique, gouache et crayon de couleur sur toile
50.0×60.6 cm

Today’s Drawing Photo on January 19, 2025

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 19 January 2025 by kenwada

Today’s Drawing Photo on January 19, 2025
Acrylic, gouache and colored pencil on canvas, 19.7×23.9 in. (50.0×60.6 cm)

Today’s Drawing Photo on January 16, 2025

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 16 January 2025 by kenwada

Today’s Drawing Photo on January 16, 2025
Acrylic, gouache and colored pencil on canvas, 19.7×23.9 in. (50.0×60.6 cm)

Today’s Drawing Photo on January 15, 2025

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 15 January 2025 by kenwada

Today’s Drawing Photo on January 15, 2025
Acrylic, gouache and colored pencil on canvas, 19.7×23.9 in. (50.0×60.6 cm)

Today’s Drawing Photo on January 12, 2025

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 12 January 2025 by kenwada

Today’s Drawing Photo on January 12, 2025
Acrylic, gouache and colored pencil on canvas, 19.7×23.9 in. (50.0×60.6 cm)

Today’s Drawing Photo on January 10, 2025

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 10 January 2025 by kenwada

Today’s Drawing Photo on January 10, 2025
Acrylic, gouache and colored pencil on canvas, 19.7×23.9 in. (50.0×60.6 cm)

悲しみは現役で返すしかない。

2025年1月10日
和田 健

Today’s Drawing Two Photos on January 5 and 9, 2025

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 9 January 2025 by kenwada

Today’s Drawing Photo on January 5, 2025
Acrylic, gouache and colored pencil on canvas, 19.7×23.9 in. (50.0×60.6 cm)

Today’s Drawing Photo on January 9, 2025
Acrylic, gouache and colored pencil on canvas, 19.7×23.9 in. (50.0×60.6 cm)

これは途中経過のいい練習問題が来たな〜という感じ!
なんだか毎日、ほとんど詰将棋の世界になってきたな (笑)。
ここで将棋の世界の棋士の方とは違って、絵画制作の世界では故意にあと何手詰みだなとかの「詰み」をはずすんです。
「ああ、あと何手でせっかく詰むのに」というところを、壊す、破壊する向きのベクトルが非常に大事になってきます。

あえて「詰み」をはずして、遠回りをして無駄な道筋をたくさん作っておきます。
絵に偶発的な出合い頭の可能性や要素を多くもたせて、自分のコントロールを効かなくさせるためです。
絵が主役だからです。
その過程を経ないと、要は絵が自分の脳内の意志や思考の中におさまり、つまりは画家が主役になり、なんて言ったらよいのか、絵にリッチなところがなくなるからです。

このことと言いますのは、作品が作家の自尊心のかたまりになっているのではないかという懸念なのですが、早くから気づいていた芸術家はもちろんいて、例えば、Raoul Dufy などは故意に利き腕ではない左手でデッサンを描いていましたが、僕はこれなどもおそらくは同じようなことに通じるのではないかと思います。
利き手ではない左手で描けば、それはどうしても自分の意のままにはならない、作家の自由にはならないからです。
つまりは、あえて不可抗力に出会うように、作品をもっていくとも言えるかと思います。

絵というのは誰でも描いていると、野球に例えれば、自分がピッチャーで自分が投げるいろいろな球種やコース (=色や形) を受けとめてくれるのがキャンバスでありキャッチャーでもあると、どうしてもそのように思ってしまいがちなのですが、実はそうではなくて、キャンバスがボールを投げてくるピッチャーで、自分は受けとめる側のキャッチャーなのです。
この簡単な原理に気づくまでに、僕はずいぶんと時間がかかりました。
それは、人よりもだいぶ遅く絵を始めて、ここからゼロから頑張らなければいけないという気負いのようなものが僕の中には強くあったからかもしれません。
まあ、気負いや気迫や気力、根性がなければ、そこにさえも到達できなかったであろうとも、同時に思いますけれども。
あとは集中力、なんと言っても絵画制作は集中力、それもできれば他分野で鍛えた集中力、絵画の制作には異種格闘技戦のような要素が確かにありますから、あまり綺麗事ではないんです。
活躍の舞台は小説ですが、ぜひセルバンテスを読んでみてください、おそらくはまったく同じことではないでしょうか。

それから、こうしたグリッド作品の恐ろしいところは、時間差攻撃とでも言うか、後日になって、突然、ある一つの枠が表情を持ち始めることで、これだけはその日の制作終了の時点ではまったく予測できません。
例えば、1月5日の写真の左上の角から右に2、下に2のところにある下地の色の関係で白っぽく見えるけれどもペールミントがまさしくそれで、こういうのは朝になって初めて気づいた時にはかなりびっくりします。

「おいおい、お前、昨日までそこにいなかったよな?」
「いや、僕はずっとここにいたよ。」
「本当か、信じられない。う〜ん、どうして気づかなかったのだろう?
それじゃ、一番いい表情でとても申し訳ないけれども、今日はアクアブルーで上からつぶすよ。」
「げぇ!なんで、どうして?」

こんな感じの自問自答が日常的に繰り返されていき、毎日、キャンバスの中に今日は表情はいくつあるかな?顔色はいくつあるかな?というのが、まあ言ってみれば僕の仕事です。
ですので、別になにもたいしたことはしていませんが、とりあえずは僕は、あまり老け込まないかもしれませんね、それだけでもよかったのかな (笑)。

2025年1月9日
2025年1月10日、11日加筆、修正
和田 健

僕の一番好きな歌はあいみょんの「マリーゴールド」です

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 5 January 2025 by kenwada

Ken WADA, Plants on colored paper, 10.1×13.9 in. (25.6×35.3 cm)

皆様、こんにちは。
新しい年が始まり4日が経ちましたが、いかがお過ごしでしょうか。

僕の方は、今年も昨年の元日と同じ午前8時から普通に仕事を始めました。
新しいF12号のキャンバスへのドローイングも今日で5日目となりますが、今のところ調子はよくないです。
まあ調子云云などと言うのなら、僕の場合は、1年365日毎日調子はよくないです。
違うか、1年に3日くらい神がかり的になにもかもがピタッと決まる日があるかな。

昨年8月30日から取り組んでいる読書課題のマルセル・プルーストの「失われた時を求めて」の方は、1日20ページずつ読み進めて現在第5巻の「ゲルマントのほうⅠ」(岩波文庫版全14冊) まできましたが、非常に悪戦苦闘しております。
これはあれでしょうか、プルーストさんはなにか世界一感想文を書くことが難しい作品をあえて書いてやろうとでもしているのでしょうか?
まあそれは冗談としても、大公妃だとか、なんとか公爵夫人だとか、すでに混乱の極みに達していますので、頼むからもうこれ以上は出さないでくれという感じです (笑)。

2022年4月19日に再開した1日30分程度のランニングの方は、昨年の1月末に健康だった左眼にも網膜裂孔が見つかり、すぐにその場で網膜光凝固手術を受け、その日から看護師の勧めで網膜の負担の少ないウォーキングに切り替えましたが、今月12日で1000日連続ランニングまたはウォーキング達成になります。
なにひとつ誰の役にもたってはいませんが、まあそれでもとりあえずパチパチ。
我が家は標高1100mの森の中にありますので、結構な高地?トレーニングになります。

以前にも当サイトに書きましたが、一応目標は、10年毎日達成の3653日 (365日×10年+その間にくる3回の閏年の2月29日) 連続でしたが、最初は冗談のつもりだったのですが、少しだけ現実味を帯びてきたのかな?

元日の夜は、NHKスペシャル「能登半島地震 緊迫の72時間」を観て、途中から涙がまったくとまらなくなりました。
この番組の中に出演されていたOさんという方は、大切な奥様と3人のお子様を一度に亡くされて、このあとどうやって生きていくのだろう。

非常につらい思いをされている方が現にいるということと少し関連した話になりますが、僕はもう長いこと、いつも同じことを思い続けているのですが、ゴールデンウィークとか、クリスマスとか、お正月とかがあるだけで、どれだけ多くの人が悲しい思いをしているか、せめてイベントとして国全体で盛り上がるのはもうやめたほうがいい。
かつての僕は長い間、それらを一年の三大地獄行事と呼んでいましたが、その時期になるといつも悲しくて決まって体調を崩していました。

フランス時代にテレビで「夏休みの前に教室でバカンスの話をするのはやめよう!」という子ども向けキャンペーンのCMを観て、「ああ、やっぱりずいぶん人権意識が進んでいるんだな」と思いました。
夏休みにパリに残るのは、バカンスなのにどこにも行けない貧困層の子どもたちが圧倒的に多いからです。

つまりは、僕の言いたいことは、人は誰でも人生の一番つらい時期に、今日は何月何日何曜日ですとか言われて、ただもうその日を生きているだけでも、それだけでももう精一杯なのに、その上なんだかんだと要らないでしょ、つらい思いをしている人が実際に、それも多くの場合、想像している以上に実際には身近にいるのに、その上さらにあえてイベントとしてまで盛り上がろうとすることは、思いやりにあふれた行為とは言えないでしょ、ということです。

そんな僕は、最近、悲しい時は、あいみょんの歌をよく聴くようになりました。
ちなみに、僕の一番好きな曲は「マリーゴールド」です。

2025年1月5日
和田 健