Archive for January, 2021

The Hill We Climb

Posted in Essay 2012-2021 with tags , , , , , on 27 January 2021 by kenwada
https://www.youtube.com/watch?v=Wz4YuEvJ3y4

The Hill We Climb
by Amanda Gorman

When day comes we ask ourselves,
where can we find light in this never-ending shade?
The loss we carry,
a sea we must wade
We’ve braved the belly of the beast
We’ve learned that quiet isn’t always peace
And the norms and notions
of what just is
Isn’t always just-ice
And yet the dawn is ours
before we knew it
Somehow we do it
Somehow we’ve weathered and witnessed
a nation that isn’t broken
but simply unfinished
We the successors of a country and a time
Where a skinny Black girl
descended from slaves and raised by a single mother
can dream of becoming president
only to find herself reciting for one
And yes we are far from polished
far from pristine
but that doesn’t mean we are
striving to form a union that is perfect
We are striving to forge a union with purpose
To compose a country committed to all cultures, colors, characters and
conditions of man
And so we lift our gazes not to what stands between us
but what stands before us
We close the divide because we know, to put our future first,
we must first put our differences aside
We lay down our arms
so we can reach out our arms
to one another
We seek harm to none and harmony for all
Let the globe, if nothing else, say this is true:
That even as we grieved, we grew
That even as we hurt, we hoped
That even as we tired, we tried
That we’ll forever be tied together, victorious
Not because we will never again know defeat
but because we will never again sow division
Scripture tells us to envision
that everyone shall sit under their own vine and fig tree
And no one shall make them afraid
If we’re to live up to our own time
Then victory won’t lie in the blade
But in all the bridges we’ve made
That is the promised glade
The hill we climb
If only we dare
It’s because being American is more than a pride we inherit,
it’s the past we step into
and how we repair it
We’ve seen a force that would shatter our nation
rather than share it
Would destroy our country if it meant delaying democracy
And this effort very nearly succeeded
But while democracy can be periodically delayed
it can never be permanently defeated
In this truth
in this faith we trust
For while we have our eyes on the future
history has its eyes on us
This is the era of just redemption
We feared at its inception
We did not feel prepared to be the heirs
of such a terrifying hour
but within it we found the power
to author a new chapter
To offer hope and laughter to ourselves
So while once we asked,
how could we possibly prevail over catastrophe?
Now we assert
How could catastrophe possibly prevail over us?
We will not march back to what was
but move to what shall be
A country that is bruised but whole,
benevolent but bold,
fierce and free
We will not be turned around
or interrupted by intimidation
because we know our inaction and inertia
will be the inheritance of the next generation
Our blunders become their burdens
But one thing is certain:
If we merge mercy with might,
and might with right,
then love becomes our legacy
and change our children’s birthright
So let us leave behind a country
better than the one we were left with
Every breath from my bronze-pounded chest,
we will raise this wounded world into a wondrous one
We will rise from the gold-limbed hills of the west,
we will rise from the windswept northeast
where our forefathers first realized revolution
We will rise from the lake-rimmed cities of the midwestern states,
we will rise from the sunbaked south
We will rebuild, reconcile and recover
and every known nook of our nation and
every corner called our country,
our people diverse and beautiful will emerge,
battered and beautiful
When day comes we step out of the shade,
aflame and unafraid
The new dawn blooms as we free it
For there is always light,
if only we’re brave enough to see it
If only we’re brave enough to be it

この ABC News の映像には、心底驚いた、たまげた、衝撃的だった。
涙が全く止まらなくなった。
このかわいらしい小柄な、そしておそらくは想像するに相当お茶目な22才の女性は、いったいなんなんだろうと思った。
メニューインやオイストラフのバイオリンの演奏を初めて聴いた時にだって、僕はこんなに驚きはしなかった。
ジョン・レノンのイマジンを初めて聴いた時にだって、僕はこんなに驚きはしなかった。
どちらかと言うと、カシアス・クレイがソニー・リストンに勝った試合を、初めて観た時の衝撃に近かった。
運動分野的な何かの要素を感じた。
ともかく、僕は紛れもない天才の声を確かに聴いた。
これは是非とも言っていることを完璧に理解しようと思い、普段は素通りしている単語まで入念に辞書を引いて、2時間かかって全訳した。
率直な印象としては、執拗に韻を踏んでくるところは、他の詩人同様だけれども、この afraid-blade-made-glade ときて、タイトルの1行手前の That is the promised glade は限りなく美しい。*¹
後半の might-might-right-birthright も美しい。
それから、行間休止はともかくとして、ピリオドさえも打ってこない。
でも彼女の詩の一番の特徴は、何と言っても、主語と所有格を非常に明確に強調して繰り返してくることだなと思った。*²
この明示は大学で学んだ教育からというよりも、生育歴に関する何ものかから、自然に表出してくるものであるように、僕には直感的に思えた。
We が60回、our が17回、そして来たなーと言う感じで、my が1回。
ここでいかにも待ち構えておいて意図的にはかったな、という感じがすると嫌になるのだけれど、全くそんな感じがしなかった。
ごくナチュラルな感じで、僕は普通にまた詩に戻っていけた。
ここは絵画でいうと、大きな点を打つところに該当するので、非常に大事。
いかにも狙って点を打ってきたなあ、画面の中でよく効いているなあ、インパクトがあるなあ、では見え透いていてまずいところです。
それから、手話のようなこの特異な身振り手振りを、彼女はどこから独創したのだろう。
おそらくは朗読のリズムをとる中で生まれてきたのであろうけれども、僕は今までにこのように朗読する詩人を見たことがない。
僕の頭の中を、ビューンってビューンって、新しい風が吹き抜けていくみたいだった。
その風が強過ぎて、どこからどこへ突き抜けていくのか、僕には全然、その方向性が、ベクトルがつかめなかった。
でもなんだかそれはすごく心地よい体験だった。
とても懐かしい、まるで僕が生まれる以前から、僕が慣れ親しんできたかのような懐かしい母の匂い、子供の頃、寝転んだ時の日向の芝生の匂いがした。
一つ一つ訳しながら、ほぼ同時に、次のシリーズの構想が頭に浮かんだ。
直ちに、ちょうど手元にあったF20号のキャンバスに下絵を始めた。
We the successors of a country and a time
Where a skinny Black girl
descended from slaves and raised by a single mother
can dream of becoming president
その通りです。
是非アメリカ初の女性大統領になってください。

2021年1月27日
和田 健

追伸:この女性を一発で見抜いて招待してきた、今度の新大統領夫人の慧眼は、只者ではない。

後日記:
*¹ この1行が何故美しいかというと、そこに政治思想、主義、主張のようなものが含まれていなくて、字義通りの the promised glade であるからだと思います。
もし彼女がタイトル行の1行手前に意図的に、このオアシス的なほっとする脱力空間を組み立ててきたとするなら、その芸術的な空間識別能力、あるいは空間認識能力とでも呼ぶべきものは、ちょっと並大抵のものではない。
すなわち、この詩全体を私たちが登る丘(The Hill We Climb)に例えた時に、その頂上一歩手前に休息所がある、という安らかなイメージを全体構造として意識して描き、構築してきたと仮定すると。
そして、おそらくは意図的にここに配置してきたのだろうな。

*² 欧米人が、僕が、私が、に限らず、主語を強調してくることは、これまでに何度も体験し、たびたび痛感してきました。
その点は、私たちが話す日本語とは、だいぶ違います。
日本語では、特別な事情でもない限り、ほとんどの場合において、主語はあいまいなままで通りますから。
また、この詩の内容との関連で、ここでは主語を特に明確にしなければならなかったという点も当然あるでしょう。
でも、それらを差し引いても、なおかつ僕には、彼女の詩の特徴として、主語や所有格を強調してくる何らかの傾向があるなと、感じたということです。

Untitled 2021 No.4 ーfrom the series Black and Blue Paintingsー

Posted in Works 2021 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 25 January 2021 by kenwada

無題 2021 No.4
ーシリーズ黒と青のペインティングからー
2021年1月
北軽井沢 作品 No.421
画布にアクリル
65.2×53.0 cm

Untitled 2021 No.4
ーfrom the series Black and Blue Paintingsー
January 2021
Kitakaruizawa Works No.421
Acrylic on canvas
26.0×21.0 in.

Sans Titre 2021 Nº4
ーde la série Noir et Bleu Peinturesー
janvier 2021
Kitakaruizawa Œuvres N°421
Acrylique sur toile
65.2×53.0 cm

Untitled 2021 No.3 ーfrom the series Black and Blue Paintingsー

Posted in Works 2021 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 21 January 2021 by kenwada

無題 2021 No.3
ーシリーズ黒と青のペインティングからー
2021年1月
北軽井沢 作品 No.420
画布にアクリル
65.2×53.0 cm

Untitled 2021 No.3
ーfrom the series Black and Blue Paintingsー
January 2021
Kitakaruizawa Works No.420
Acrylic on canvas
26.0×21.0 in.

Sans Titre 2021 Nº3
ーde la série Noir et Bleu Peinturesー
janvier 2021
Kitakaruizawa Œuvres N°420
Acrylique sur toile
65.2×53.0 cm

Untitled 2021 No.2 ーfrom the series Black and Blue Paintingsー

Posted in Works 2021 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 20 January 2021 by kenwada

無題 2021 No.2
ーシリーズ黒と青のペインティングからー
2021年1月
北軽井沢 作品 No.419
画布にアクリル
65.2×53.0 cm

Untitled 2021 No.2
ーfrom the series Black and Blue Paintingsー
January 2021
Kitakaruizawa Works No.419
Acrylic on canvas
26.0×21.0 in.

Sans Titre 2021 Nº2
ーde la série Noir et Bleu Peinturesー
janvier 2021
Kitakaruizawa Œuvres N°419
Acrylique sur toile
65.2×53.0 cm

Untitled 2021 No.1 ーfrom the series Black and Blue Paintingsー

Posted in Works 2021 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 19 January 2021 by kenwada

無題 2021 No.1
ーシリーズ黒と青のペインティングからー
2021年1月
北軽井沢 作品 No.418
画布にアクリル
65.2×53.0 cm

Untitled 2021 No.1
ーfrom the series Black and Blue Paintingsー
January 2021
Kitakaruizawa Works No.418
Acrylic on canvas
26.0×21.0 in.

Sans Titre 2021 Nº1
ーde la série Noir et Bleu Peinturesー
janvier 2021
Kitakaruizawa Œuvres N°418
Acrylique sur toile
65.2×53.0 cm

Today’s Black and Blue Paintings! No.4

Posted in Essay 2012-2021 with tags , , , , , on 5 January 2021 by kenwada

2021年1月5日、4枚ともダメ、当然全没、依然として形が見えてこない。
前回書いたことと全く同じことを自分に言う、「絵画と執拗に変質なまでに対話し続けること」。
諦めるといとも簡単にあっさりと、そこで終わる。
それもいいか、毎日負け続けるよりも。
しかしそれにしても、絵画はほんのわずかな、そうーっと描いた繊細な一筆で、全体の局面、形勢、情勢が、あまりにも劇的に変わるな。
いつも思うことで、僕は全くの専門外だけれども、絵画は、おそらくは将棋よりも囲碁の世界により近いのではないかと思う。
おそらく両者は、ほとんど同じことをしているのではないかと思う。
他の仕事では、ここまで劇的に全体の曲面が変わるということは、あまりないと思う。
例えば、原稿を読みながら、何かのお話をしている人が、◯◯を、のところを◯◯は、と助詞を一つ間違えたくらいで、すぐに言い直せばよいのだし、お話全体がダメ、没までにはならないと思う。
でも絵画の場合は、助詞を一つ塗り間違えただけで、一瞬にして全体が没になってしまう。
その転落していくスピードが、おそろしく速い!
これまでの日々の制作の過程で、本能的に嗅ぎつけているのだけれども、ここにおそらくは絵画の本質があって(隠されていて)、基本的に絵画は全取り替えの精神なのではないかと思う。
すなわち、部分の取り替えが効かず、常に All or Nothing の世界なのではないだろうか。
そうなると当然、大胆に全体を全て取り替えられる神経の図太い人というか、丈夫な人が絵画制作に向いているということになる。
じゃあ、神経の図太い人なら、そうできるかというと、これができない。
何故なら人間だから、今まで積み上げて描いてきたもの(その努力なり労働なり時間なり)をゼロに振り出しに戻したくないから。
結果が何も残らないから、むなしく意味がない行為のように、繰り返し感じさせられるため。
それから描き直した場合に、もっとひどくなるということも当然予想され、それであれば妥協案として現状を残したくなり、つい躊躇するから。
つまり、人間であれば絵画制作において、そんなに勇気に違いが出ない。
そこで自分のしがみつきたい意志をはずして、半ば強制的に全取り替えにもっていく仕組みを考案して、絵画制作に導入することで、毎日のように全取り替えができるようになる。
僕は、そんなことを模索しています。
この画面上の追求のスリルでは、絵画制作をしている人たちに対して、飽きろと言う方が無理だな。
どちらかというと、絵画の制作は、何か中毒になる類いのものだと感じる。

Today’s Black and Blue Paintings! No.3

Posted in Essay 2012-2021 with tags , , , , , on 3 January 2021 by kenwada

2021年1月3日、昨晩、グレン・グールドの YouTube の演奏をまとめて観る。
いつもながらに得るところが非常に多い。
結局は、絵画と対話をするということ、バリエーションをもたせて、様々なアングルから角度を変えてはステップインし、執拗に対話し続けるということ。
その継続性や持続性と、対話し続ける変質なまでのしつこさの度合い、最後の勝負はこれに尽きる!
楽しいから対話しているのであって、対話そのものが嫌になってしまったら、苦痛になってしまったら、引退するということ、大変残念ながら辞めざるを得ないということ。
デレク・ジーターが引退する時に、素晴らしいことを言っていたのを思い出す。
「野球が僕の仕事になってしまったから辞めます。」
素晴らしい!
これを言える男は、なかなかいないというか、まず滅多にいないよ。

Today’s Black and Blue Paintings! No.2

Posted in Essay 2012-2021 with tags , , , , , on 2 January 2021 by kenwada

2021年1月2日、朝起きた時、しまったと思う。
やはり昨日、制作を休むべきではなかった。
しまった、一年の計は元旦にあり、などと昔から言うではないか。
いきなり元日からこけた。大切な一日を無駄にした。
大晦日まで制作していたので、まあ、お元日くらいいいか、と思ったのが実に甘かった!
別に僕は立派な社会人などではないのだから、世間様がお元日にどうしていようがお構いなしに、僕は仕事をするべきだった。

この年末に読んだ本。
①ゴーゴリの「外套」(未知谷社)の再読。
アカーキー・アカーキエヴィチの外套を抽象絵画にするという目標もまだ全然達成されていない。
もちろん新調する前のボロボロの方の外套。
②ドストエフスキーの「キリストのヨールカに召された少年。」(作家の日記2、ちくま学芸文庫)の再読。
これについては以前、当サイトに書きましたが、
https://kenwada2.com/2018/10/20/the-beggar-boy-at-christs-christmas-tree/
ドストエフスキーがこうしたお伽話を書いてもどれだけ才能があるかということを如実に示している。
おそらく、この話は短時間でサラサラっと書き上げてしまったのではないだろうか。
このヨールカもデッサンをとっただけで、その後、全然絵画化されていない。
しかし、この作品だけ単独でもっと目に触れるように、何とかできないのでしょうか。
③ディケンズの「クリスマス・カロル」(新潮文庫)を、Oxford Bookworms Library の「A Christmas Carol」を使って再読。
電子書籍と紙の本の両方で試してみましたが、この Oxford Bookworms のやさしいテキストは素晴らしい!
もっと読もうということで、次は、ユゴーの「Les Misérables」(何故タイトルがフランス語なのだろう)を読んでみよう。
以前、岩波文庫の全4冊で熱狂して読んで、ストーリーが頭に入っているので、テキストだけで進められるだろう。
テキストが届くのを待っていなくてよい分、電子書籍ならすぐに始められるし、学習の回転速度が上がる!
単語にカーソルを合わせるだけで、即英和辞書がひける、アンダーラインだって4色もある、今年はもっと電子書籍を活用しよう!

この年始に読む本。
①黒木登志夫さんの「新型コロナの科学」(中公新書)。
この方は、山中伸弥教授のサイトで知りました。
②斎藤幸平さんの「人新世の「資本論」」(集英社新書)。
この方は、昨年末にNHKラジオに出演されていて知りました。
朝聞いていて、即座に、あっ、只者ではないな、ついに現れたかと思いました。
③同じく斎藤幸平さんの「カール・マルクス「資本論」」(NHK出版)。

この年末に観て、非常にためになった YouTube は、「Ricardo Lopez Training」というボクシングの練習動画(1時間ちょうど)。
これはすごい!いまさら僕が力説する必要は何もないけれども、彼は超一流だな。
Painting に生かせる内容が満載で非常に参考になった。
結局は、超一流になればなるほどやっていることは実にシンプルで、基礎・基本をバリエーションを取り入れて組み合わせ、様々な動きを入念に試しては、そのチェックを執拗に繰り返し、体に染み込ませている。
ただひたすらそれだけに集中している。
その練習密度が非常に濃い、やっていることに特異な独創性があり、一切無駄がない。
俺は世界チャンピョンなんだぞという変な自意識過剰のようなもったいぶった面の皮が厚いようなところが皆無である、ということ。
現役時代の彼は、ボクシングスタイルにクールな営利さがあって、どこか冷たい感じがして、アーロン・プライヤーや張正九のような熱いハートの塊みたいな選手と違って、あまり好きにはなれなかったけれど。
問題は、この特異な独創性を、どこで身につけたかだな。
例えばパンチングボールの扱い方、叩き方一つを見ても、これだけ鋭角的に斜線で使える選手を見たことがない。
それについて、いくつかの興味深い思考が進みました。

さあ、今年もまたスタートです。

2021年1月2日
和田 健