Archive for artiste peintre

家族のうち誰がいちばんよく聞こえる場所に座るかも決めなくてはなりません

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 2 January 2019 by kenwada

前回に続き再び「グレン・グールドは語る」(ちくま学芸文庫)の話。

後半の4チャンネル、第1列から第4列までのマイクロフォンの話 、
特に第4列のピアノに関係なく遠くの壁に向けられた二本のマイクロフォンの
話は非常に面白く、
僕が心の中で長年思い描いてきたある一つのイメージ、
明確な既視感 (déjà-vu) をもつ一つのイメージを喚起させた。

そのイメージの中で僕はとてつもなく広いアトリエの中心に立っている、
例えれば小学校の体育館くらい広いアトリエの中心に僕は立っている、
そして僕は時計の文字盤のように12枚のキャンバスを円形に並べる、
あるいは24枚でもよいかもしれない、すなわち15度ずつ。
そして例えば僕が12時のキャンバスに向かっている時に、
真後ろの6時のキャンバスの絵を描くのだ、透視と僕が個人的に呼んでいるもの。
同様に3時のキャンバスに向かっている時に、
背後の9時のキャンバスの制作に入る。

野球に例えたらバッターボックスに入った時に、
ピッチャーの投げる球だけは見ない、
ずっとレフトとライトのポールだけを見ている、
左目でレフトのポールを、右目でライトのポールだけを
ずっと見ながらバットを振るのだから、そのスイングは呪文になる。

つまり描くものだけは見ない、
僕が眼を四隅に散らすと長年個人的に呼んでいるもの。

問題は僕のアトリエ内の立ち位置なのだが、
「同様に、4チャンネルで部屋の四方から出てくる音を聴く場合、
家族のうち誰がいちばんよく聞こえる場所に座るかも決めなくてはなりません。」(p.107)
で、パッとイメージできた!
僕が動けばよいのだ、例えば僕と2時のキャンバスを結ぶ線上を円の中心から1/4、中点、3/4と動いて、その地点から見る6時なり8時なりのキャンバスをさらに鋭角的にずらせばよいのだ、フランス時代に画集の中で、晩年の Joan Mitchell がアトリエの隅に貼られている作品制作にとって重要なデッサンを、椅子に座りながら横目で見上げている美しい白黒写真に釘付けになったことがあったけれども、脳を活性化させる重要なものは正面や視覚内の容易に観れる場所に貼らない、おそらく脳がいつでも観れると安心して、ある種の極端な安易な状態になってしまう、脳への刺激とともに、脳に断層・ズレを生じさせるような働きかけを弱める現象なのだと思う、もちろん彼女は長い間の制作活動を通して、触発・喚起されるものを貼る場所についての居心地のよさを熟知している、そういえば de Kooning がカッと横目で前作を観ながらキャンバスに線を引く美しいシーンが YouTube にあったな、11時と12時と1時に3枚のキャンバスを立て制作に入るのなら、それは全員やっている。そしてアトリエの天井中央に設置したカメラで僕の動きを真上から動画で撮り、頭の点を結んでいけば面白い図形→抽象画が生まれるだろう。

2018年12月31日
和田 健

P.S. その1
「グレン・グールドは語る」は面白かった、次に武満徹著作集 (新潮社)に入り、ジョン・ケージとの対談 (第5巻)に触発された。まず「ジョン・ケージ ー小鳥たちのためにー」(青土社)から入ろう。そして2019年1月2日、ラジオ劇 Roaratorio (1979) の1時間の衝撃!う〜ん、どうしてこう次々にまるで芋づる式に課題が出てくるのだろう?こうなればこれはどうしたってジェームス・ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」(1939) を読まなければいけないじゃないですか!おそらく相当難しいだろう、歯が立たないかもしれない、あるいは文体等に興味をもてないかもしれない、でもここはクリアーしないといけない、今までもそうして一つ一つ課題をクリアーしてきたではないか、ダンテの「神曲」だって、エリオットの「四つの四重奏」(原文)だって、そうやって一つ一つ乗り越えてきたんだ、ジョン・ケージが「フィネガンズ・ウェイク」を Roaratorio にもってこれたのなら、直観的に Roaratorio を絵画に落とす、平面にもってくることは絶対にできる、少なくとも可能性はあると思う。
Leap Before You Look

P.S. その2
2019年1月3日に思ったのだけれども、ジェームス・ジョイスの原作に取りかかる前に、Roaratorio をテープ起こしのようにして、バーっと音を言葉にして羅列していったらどうだろうか?
そうすれば面白いものができないだろうか?すなわち普通は原作を読んで、次にRoaratorio を聴いて理解を深めるという当たり前の順序を逆にする、逆方向からのベクトルを使う、従って原作に親しんでいる人からみたら、その音は小説の中で違う意味なんだよとか、差異・ズレが出てくる、そこが面白い、物語や聖書の伝承、昔話・・・なんでもいいんだけれども言い伝え、耳学問というものには必ずそういう要素が伴うと思う、さらにVersion 1 と 2 でも中身に違いが出てくる、意識がぶっ飛ぶところが大切、そこあまり面白くないから適当に聴いていたんだよとか、そのためにも何秒ごととかにいちいち音源を止めてのテープ起こし、確認作業をしないこと、一気にいく、Version 5 とか 6 とかになってきたら、今度は慣れの問題が出てくる、それもう何度も聴いたよ、だからもう集中力がうすれてきたんだよとか、それも面白いかもしれない、最後に退屈になって何も聞こえませんでしたとか、つまりは原作を読んでいないことを逆手にとって、原作を読む前にしかできない、今だからできることがあるのではないかという実験。John Cage が James Joyce の「フィネガンズ・ウェイク」を Roaratorio の中で音に翻訳したのなら、Roaratorio をとりあえず言葉に翻訳してみよう、何かが出てくるかもしれない。そう言えばグールドが掃除機の騒音の中で演奏するのは面白いと言っていたな。やってみましょう、早速!

来年僕は、触感上の妥協を呪文へとつなげられるか

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 29 December 2018 by kenwada

年末、Dear Grid Worker No.7, 8, 9, 10 (今回のテーマは白と黒)の
4枚の制作の追い込みに執念をかけましたが、結局仕上がらず。
年明けに持ち越しとなりました。
でもNo.7 と8 はほとんどサインしてもよいところまでこれましたし、
まあいいんじゃないでしょうか。
何よりも描いていて楽しかった。
絵画は非常に回転が速いから、そのめくるめくようなスピードに
脳がついていくのが大変です。
つまり変化していく色と形を認識するのにどうしても時間がかかります。
これでよいのか (残すのか)、あるいはつぶすのか、判断するためにです。
そこを急ぐと必ず失敗します。
性急さと熱意は常に失敗の根元になります。
つまり芸術家は情熱がある方が誰でもより多く失敗するという逆説的かつ基本的・初歩的な問題に直面し、これをどのようにとらえたらよいのか悩むことになります。
いずれにしましても芸術家の世界は常に一瞬足りとも油断したら終わりですので、この追い込みで何とかいい形で2019年に入れそうです。

年末年始は、今続けているW.H.Auden の詩の読み込み (先日1929を読み終わりました、第Ⅳ章の最初の10行、特にthe loud madman とfalling children の絡みはとてつもなく美しい!問題の核心はこのfalling の一語です、これをどう訳す、理解する、解釈するか)と、聖書の読み込み (同じ節を新共同訳→NASB→KJV→仏語訳の4冊を回し読みすることで、何とか原語の意味を推測・とらえようとする試み、少しずつ進めてマルコによる福音書13章まできました)に没頭しようと思っていましたが、急に「グレン・グールドは語る」(ちくま学芸文庫)にとりかかりました。
この本は非常に面白い!
「完全性は、ピアノから離れてさえいれば理論的には獲得可能です。ピアノに向かった瞬間、触感上の妥協を強いられ、完全性の程度は下がります。そして必ず妥協点を見つけることになりますが、理想を追求した分だけ妥協しないで済むのです。」(p.45)
ピアノから離れてさえいれば・・・・
ピアノから離れてさえいれば・・・・
絵画から離れてさえいれば・・・・
う〜ん、これは年末に大きな大きなというか、偉大なヒントが来たな、絵画は必ず妥協点な訳ですが、キャンバスに向かった瞬間、触感上の妥協を強いられるため、それは具体的には筆であったり、絵の具であったり、画布や紙の表面のざらつき具合 (目のあらさのこと)であったり、あるいは自分の指・手首・肩等の関節のなめらかさの状態 (あたたまり具合)であったり、う〜ん、・・・・わかった!これ程偉大なピアニストがこんな原点的なことに呻吟していたのか、これとBruno Monsaingeon が1981年に撮影した映像番組のYouTube のセットで徹底してつかもう、ここ。これらの障壁を少しでも取り除くためには、おそらく直観的に呪文的要素ということが核心になる。僕が毎日毎日考えていたこと、絵画を支配・コントロールしない、絵画は支配ではない、絵画に奉仕、仕えるということ、色と形に寄りそうということ、つまりは聴くということ!そしていかに心を静かに保ち、心のギアをニュートラルに入れた状態で描き始める、発進させられるか!その時が来たら、メモを取っておくこと、例えば少し眠い時くらいの方が心のギアがニュートラルに入りやすい (多少気合が抜けるため)、逆に20分程度の昼寝の直後、たくさん庭仕事をした後 (一見関係ないことで疲れた後にチャンスが来る)、来客の後 (ざらついた気分からすっとニュートラルに入れることがある)、等々。

それでは皆様にとって来たる2019年が素晴らしい年でありますように!
どうぞよいお年をお迎え下さい。

2018年12月29日
和田 健

P.S. 写真は2018年12月15日のアトリエ風景です。
その後、これらの4作品は何度も否定されその形を大きく変えていきました。

Dear Grid Worker No.6

Posted in Dear Grid Worker 2018-2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 1 December 2018 by kenwada

親愛なるグリッド労働者 No.6
2018年11月
北軽井沢 作品 No.362
画布にアクリル
80.3×65.2 cm

Dear Grid Worker No.6
November 2018
Kitakaruizawa Works No.362
Acrylic on canvas
32.0×26.0 in.

Cher Travailleur Grillé / Chère Travailleuse Grillée N°6
novembre 2018
Kitakaruizawa Œuvres N°362
Acrylique sur toile
80.3×65.2 cm

Dear Grid Worker No.5

Posted in Dear Grid Worker 2018-2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 27 November 2018 by kenwada

親愛なるグリッド労働者 No.5
2018年11月
北軽井沢 作品 No.361
画布にアクリル
80.3×65.2 cm

Dear Grid Worker No.5
November 2018
Kitakaruizawa Works No.361
Acrylic on canvas
32.0×26.0 in.

Cher Travailleur Grillé / Chère Travailleuse Grillée N°5
novembre 2018
Kitakaruizawa Œuvres N°361
Acrylique sur toile
80.3×65.2 cm

マドリッドの展覧会が終わりました!

Posted in Exhibitions 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 15 November 2018 by kenwada

2018年11月4日よりマドリッドで開催されていた国際展覧会が終了致しました。
今回は事情により大変残念ながらオープニングに出席できませんでしたが、素晴らしい会場のAteneo de Madrid で行われたということもあり、連日大変な盛況だったようです。ディレクターのPaola さんから送られてきた写真を何枚かご紹介致します。これを機にまた前へ進みます。ただ今、Dear Grid Worker の新作、今回のテーマは白色と緑色、それから白色と黄色に格闘中です。
前へ進もう!ひたすら前へ!

マドリッドの展覧会のお知らせ!

Posted in Exhibitions 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 1 November 2018 by kenwada

2018年11月4日(日) から2018年11月15日(木) まで、マドリッドで開催される国際展覧会に出品致します。
いずれも未発表のZOUMITU WONDERLAND No.6 と No.7 の新作2点を展示します。
世界中から28名のアーティストが参加します。
オープニング・レセプションは、2018年11月4日(日) の午後6時からです。

Dear friends,

It is my pleasure to inform you that my two works will be showcased at International Art Exhibition in Madrid!
The show will open to the public Sunday, November 4, 2018, with an opening reception  that evening at 6pm, and run through Thursday, November 15, 2018.

I will exhibit my new two works; ZOUMITU WONDERLAND No.6 & No.7 at the gallery.

Sala Prado and Espacio Prado, Ateneo de Madrid
The Gallery of the Ateneo de Madrid
C/Prada 21, Madrid, Spain

http://www.trevisan-international-art.com/
http://www.ateneodemadrid.com/

ZOUMITU WONDERLAND No.6, 2018
Acrylic and watercolor on paper, 37.5×37.5 in. (95.0×95.0 cm)
including the frame

ZOUMITU WONDERLAND No.7, 2018
Acrylic, watercolor and gouache on paper, 37.5×37.5 in. (95.0×95.0 cm)
including the frame

The Beggar Boy at Christ’s Christmas Tree

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 20 October 2018 by kenwada

キリストのヨールカに召された少年。
The Beggar Boy at Christ’s Christmas Tree
Le Petit Garçon à l’arbre de Noël du Christ

What a beautiful story! “The Beggar Boy at Christ’s Christmas Tree” is a Christmas-time short story written by Fyodor Dostoevsky (1821-1881) in January 1876. When I was reading his “A Writer’s Diary” last summer, I read this story for the first time and moved deeply. And I was inspired at that time, and immediately drew several images to my notebook. If you are interested in the story, and have not read it yet,  you can read the whole text at the following site.
http://orthochristian.com/58527.html (English)
http://www.gauchemip.org/spip.php?article13228 (français)
I especially recommend this French translation to you because it is so beautiful and full of rhythmic dynamism! English translation is, of course, beautiful, but I think that “three grand young ladies” in the translation is wrong of “four”.  I think that the most important thing of this story is in the one sentence: “Non, ce n’est pas un arbre de Noël”. In other words, this tree is no longer “yolka”. By accumulating such images, I am convinced that my new work, such as “Dear Grid Worker” will be born in the future.
Finally, I would like to inform you, Japanese translation by Fumihiko KONUMA is also very beautiful! Because I can not read Russian, I am always very grateful and respectful to the translators. Thank you.

以下、全くのなぐり書き、自分へのひとり言。
“Dear Grid Worker” のような自分にとって大きな道標となる重要な作品になると、非常に長期にわたる積み重ねが必要で、例えばフランス時代の自分の作品「マップ・ジョーヌ」や、Jean Dubuffet (1901-1985) のポンピドゥーでつぶされた公園の作品を観たあの衝撃あたりから綿々と続いて来ているので、そうなるとかれこれゆうに10年はかかっている訳で、例えばこのヨールカ yolka のノートや紙に描いた7つのイマージュにしても、2017年の自分の作品「ある芸術家が死んだ後、森の中に遺された十遍の青い詩8」との関連があり、そうそう一発で表出・出現、もってこれない。
ちなみにこちらの系統の原点は、フランスはマントノン時代に観た刈り取られたばかりの収穫後の麦畑、とうもろこし畑の驚くべき美しさであり、こちらも今年でちょうど丸10年になる。
そこで、一歩手前で止めておく、一歩手前で止めておいてよいので、それをたくさん積み重ねていくことが、やがて大きな作品へと結実する。先日その確信を得た。
つまり、絵画制作は時間軸の縦軸で切れるのだということ、その視点。縦糸を織り込めるのであれば、それは懐の深さが全然違う。
まあ、考えてみれば当たり前のことなんだけれど、以前は止めておいてよいものだとは全く思わなかった。その都度、その時点での課題を突破できなければそれで終わりだと思ってやってきた。つまり、時間軸は横軸に限られていると思い制作してきた。
できないという非常な悔しさとともに、その「一歩手前で止めておく」ということの感覚をようやく今月になって体得できるようになった。日課の何でもない犬の散歩中に突然わかった。それを簡単に一言で言うと、「結実への信頼」。何遍ダメだと思っても、やがて結実する、必ず。そうやって心の中に長年くすぶり続ける色や形に表せない漠然としたものを表に出してあげる、誕生させてあげるのが、我々の仕事なのかもしれない。そして、その表出したものが、観る人に残念ながら特に何の感動や共感を呼び起こさなくても、その厳しさや寂しさの上にいつまでも座り続けることができるのが芸術家なのかもしれない。
僕はつらい時は、いつも昨年読んだ T.S.Eliot の FOUR QUARTETS の
EAST COKER の中の一節、
The dahlias sleep in the empty silence.
Wait for the early owl.
励まされる
最初に読んだ時の衝撃は凄まじかった。
何なんだろう、これは!
紙の上のたった2行のこの驚異的な圧倒的な宇宙観!
ロケットなんか飛ばすよりはるか彼方まで飛んでいる。
絵画は残念ながら、まだこの2行までは到達していない。
だからこここそが目標だ。
それと最近読んだ W.H.Auden のMiss Gee の中の、
‘Lead me not into temptation
But make me a good girl, please.’
ここでgirl できたか!この場面でgirl はこないだろう!
このgirl を絵画に翻訳すると紫色だと思う。紫を使わないだろ、黒色か灰色だろう、普通。

yolka + dahlias + owl + girl = で必ず縦糸を織り込める。

2018年10月20日(土)記

Dear Grid Worker No.4

Posted in Dear Grid Worker 2018-2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 18 October 2018 by kenwada

親愛なるグリッド労働者 No.4
2018年10月
北軽井沢 作品 No.360
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Dear Grid Worker No.4
October 2018
Kitakaruizawa Works No.360
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Cher Travailleur Grillé / Chère Travailleuse Grillée N°4
octobre 2018
Kitakaruizawa Œuvres N°360
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm

Dear Grid Worker No.3

Posted in Dear Grid Worker 2018-2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 12 October 2018 by kenwada

親愛なるグリッド労働者 No.3
2018年10月
北軽井沢 作品 No.359
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Dear Grid Worker No.3
October 2018
Kitakaruizawa Works No.359
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Cher Travailleur Grillé / Chère Travailleuse Grillée N°3
octobre 2018
Kitakaruizawa Œuvres N°359
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm

Dear Grid Worker No.2 

Posted in Dear Grid Worker 2018-2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 10 October 2018 by kenwada

親愛なるグリッド労働者 No.2
2018年10月
北軽井沢 作品 No.358
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Dear Grid Worker No.2
October 2018
Kitakaruizawa Works No.358
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Cher Travailleur Grillé / Chère Travailleuse Grillée N°2
octobre 2018
Kitakaruizawa Œuvres N°358
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm