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「カラマゾフの兄弟」の再々読のことなど その1

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 9 March 2021 by kenwada

2021年1月24日に読み始めた「カラマゾフの兄弟」(中山省三郎訳、角川文庫)の再々読は、下巻の公判の尋問場面まできて、もう少しで終わりです。
素晴らしい読書体験の時にまれに起こる残りのページ数が減っていってしまうことが残念であるような、全部読んでしまうことが何だかもったいないような、ここからペースダウンして読もうかなという、今あの感覚に包まれています。
もうこれだけ世界中で広く読まれてきて、数えきれないほどの研究者がいて、日本にも多くの専門家がいて、僕などの初学者が言うようなことでは、全くありませんが、広く知られていますように、作者ドストエーフスキイ自身が、この物語の主人公はアレクセイであること、そしてこの小説には第二部があることを、冒頭部分ではっきりと明示していますので、第二部が構想されていたことは、まぎれもない疑いようのない事実であり、それについてアレクセイがテロリストとしてうんぬん、という今の研究の成果や流れのようなことには少し目を通してみました。
ですが、僕は一応画家ですので、その第二部は決して面白くない訳ではありませんが、あまり興味をひかず、僕はまるで正三角形の頂点ABCならぬDIAのようなこの三兄弟がそれぞれ芸術家に、具体的には画家になったら、さぞかし面白いだろうなと思い、以下勝手に第二部を夢想してしまいました。(タイトルや人名等の表記はすべて角川文庫版によります)

まず、長男ドミトリイ(ミーチャ)。
彼はおそらく間違いなく大芸術家になるでしょうね。間違いない。近代の絵画史で言ったら、フィンセント・ファン・ゴッホ級の大芸術家になると思う。確信できるものがある。この小説の第一部(すなわち角川文庫版でいう上中下巻)の主人公は、やっぱりミーチャだな。これは傑出しているというか、圧倒的というか、2004年に初めて読んだ新潮文庫版や2009年に再読した時の光文社古典新訳文庫版でもそう思いましたが、世界文学史上において、これ以上に書けている人物像、人間描写というものが、具体的に他にあるのでしょうか?少し考えただけでもダンテの「神曲」の中の登場人物をもってこないと十分に対抗できないように思います。
まるで今すぐにでも本人が紙面から躍り上がって飛び出してくる感じがします。
再読の時に、この三兄弟を抽象画で表せるだろうかというのをずっと考えていて、描き表す色で言えば、すなわちパレットに用意する色は当然赤。

ところで、ここで話はそれますが、ふと思って、果たしてゴッホは、「カラマゾフの兄弟」を読んだのだろうか?
これは非常に興味深い問題だ思う。ゴッホは書物が手に入るとまるで貪るように読んでいるので、活字への異様な飢えを感じますので、もしかしたら読んでいるかもしれない。「カラマゾフの兄弟」の刊行が1880年だから、1890年に亡くなったゴッホが(問題はフランス語に翻訳された初版本がいつ出版されたかですが、調べてみましたら1888年に出ているようです)、時系列的には読んでいる可能性が、あくまで可能性としてはあるかもしれない。
そこですぐに以前よく読んでいた「ゴッホの日記」(岩波文庫上中下巻)にあたってみる。
ない!
トルストイ、ボードレール、モーパッサン、聖書、ゾラ、ゴングール、フローベール、バルザック、ユゴー、ダンテ、ボッカッチョ、ディケンズ・・・、様々な名前が出てくるけれども、確認できる範囲ではない。
それなら話は、なおさら興味深くなってくるのだけれども、ゴッホがもし「カラマゾフの兄弟」を読んだとしたら、ミーチャに何を感じたか?自分と同じものを感じたか?炭鉱で牧師をしていた若い日々をふと思い出しはしなかったか?
「ゴッホの日記」が出たついでに、僕の長年の懸案であることをもう一つ。
ゴッホと弟テオは、この膨大な手紙のやり取りを、何故、パリ時代からフランス語で書いたのか?ということ。
普通、兄弟の手紙のやり取りは生まれ育った親密な母国語で書くでしょう、ましてや絶大な信頼を寄せる兄弟間で、つまりはオランダ語で。
これも僕にとっては非常に興味がある。

次に、次男イワン。
ドミトリイが大芸術家なら、この第一部の病気さえ治ったら、彼は完璧な芸術家になるでしょうね。
具象画、抽象画、人物画、風景画、どんな絵を描くかはわかりませんが、具象画なら、まず完璧に遠近法をマスターしてきた上でかくだろうな。
抽象画ならそれこそ同じロシアの後輩のワシリー・カンディンスキーのようになるだろうな。
完璧。隙がない。
色で言えば、再読の時は青と思いましたが、何故か再々読で変化して黄色。

さて、ここまでは僕にもわかるくらいだから、誰にでもわかることであって、問題はこの後、三男アレクセイ(アリョーシャ)。
これは難しい!アリョーシャは色で言えば黄緑。これは変わらない。
縦横斜め、誰がどこからどう見てもこの三兄弟の中で、一番温和で性格のバランスがとれていて、まるで天使のような優しさや誠実さに溢れていて・・・。
最初はモネの数々の作品のような詩情あふれる限りない優しさに満ちた絵を描くかなと思っていたのだけれど、違う!
モネにはもっとミーチャ並みの凄まじい、ぶっ飛ばすような頑丈なハート、まるで肉に食らいつくような闘志、執念、粘りがある!
そこで僕の直感による予想。
直感というのは大事ですよね、言わば今までのその人の人生のすべてがその一点に凝縮して集中される訳ですから。
僕はアリョーシャは絵が描けないのではないかと思う。
おそらく手帳に描くようなスケッチとかそういう類いのものは、さらさらと抜群にうまいのではないか、思わずまわりにいた誰もが覗きこんでしまうような。
ただうまく言えませんが、絵は描けないのではないか。
何故そのようなことを思うのだろう。
つまり先に直感による仮説を大胆に提示して、後からそれについて考えて少しでも肉づけしていく手法。
と言いますのは、わかること、手の内にあることばかりやっていても仕方がありませんから。
仕方がないというのは別に投げやりな意味ではなくて、脳が伸びない変化しないという感じの意味です。
もちろん間違えるかもしれない。
でも僕が僕に直感を提示して間違えて、僕が恥をかく訳だから、僕は別に誰にも迷惑はかけない。
何故、アリョーシャは絵が描けないと思うのだろう?
わからない。
・・・・
おそらくアリョーシャには罪がないからだな。罪がなければ絵は描けない。この命題は成立するか?
直感の直感になってしまうけれども、ここは何かすごく大事だな。

最後に立命館の井田先生という方の分析が非常に勉強になりましたので、ここに添付してご紹介させていただきます。

1月にMITのOCWに熱中していた時に、世の中にこんなに素晴らしい講座が、無料で誰にでも公開されていて、コメントを読めばわかるように、世界中の若者がそれを使って猛勉強していて、現代において果たして大学に行く意義は何なのか、と自問していましたが、昔も今も◯◯大学の◯◯学部の◯◯教授に是非教わりたいという時に進学する意味はあると思うのですが、僕の考えは間違っていますでしょうか?

さて一昨日、2021年3月7日からフィラデルフィアでシャイム・スーティン/ウィレム・デ・クーニング展が開催されました。
行きたい!観たい!
この展覧会を初めて知った時、キュレーターの企画の段階で、もう勝負あったな!一本取られたな!という感じがしました。
そうきたか、その組み合わせできたかという感じ。
これからは美的センスって何ですか?って人にきかれたら、これですと答えよう。
そして僕も、ミーチャ/フィンセント展企画で対抗しよう。
天才スーティンのことを、そしてスーティンがどれだけの天才であるかを、もっともっと多くの人に広く知っていただけたらと思います。
日本でも決して知名度が低い訳ではありませんが、この程度の認知度におさまっているのは、ごく単純な理由からで、それは彼の作品にまとめて大量に接する機会が少ないからです。
例えば、ジャン=ミシェル・バスキアの系譜をたどれば、(ここはよく勘違いされていますが)天才というのは決して一人で突如としては出てきませんので、まずジャン・デュビュッフェの影響をあげるのは簡単であって、その先に僕は、スーティンがいると思う。
もう絵と言うよりは、脳が歪んでいます。
僕はフランス時代にまずポンピドゥー・センターで衝撃を受けた後、2007年10月から2008年1月にかけてのパリ8区の Pinacothéque de Paris の展覧会、その展覧会名もそのまま SOUTINE で洗礼を受けました。
その時、ちょうど100作品まとめて展示されていました。
片やデ・クーニングは、もちろん大芸術家には相違ありませんが、僕はどちらかというと天才と言うよりは、偉大なる努力家、年代順にレンブラント、ゴッホ、デ・クーニングときて、やはり何か共通するものを感じませんか?
オランダに連綿と続く、並外れた桁外れのハード・ワーカーの系譜・・・。
パリやロンドンでは、あまりデ・クーニングがまとめて観れなくて(実際に所蔵点数が少ないように思います)、僕は初めてニューヨークに行った2016年4月に、The Met で開館時間の30分前から並んで、よーし、今日はデ・クーニングを浴びるほど観るぞ、と思って全て回って、そうしたら1枚しかなくて、係員にデ・クーニングのフロアはどこですか?僕は、デ・クーニングのフロアはなくとも、少なくともせめて専用の展示室はあると思っていたから。そうしたら調べてくれて1点ですって言われて、その1点は観ました、あとはどこにあるのですか?ないって言われて、The Met に、このアメリカ最大の美術館に、デ・クーニングが1点しかないって言って、そうしたらそれはすごく理解できるって言ってくれて、でもその時、1点でも観れたら幸せなんだなということを、上記のスーティンの話と矛盾するようですが、何だかしみじみと感じました。
せめてオンラインで少しだけでも触れてください。

https://www.barnesfoundation.org/whats-on/exhibition/soutine-de-kooning

最後に僕のサイト史上、第二問目のクイズ。
下の写真の自転車に乗っている偉大な芸術家は誰でしょう?
ということで、もうほとんどクイズになりませんね。
答えは写真をクリックしていただくとわかりますが。
しかし、それにしても素晴らしい写真だな。
僕はアトリエに貼っています。

Photograph ©2020 The Estate of Dan Budnik. All Rights Reserved.

2021年3月9日
和田 健

Is Sonia a Great Sinner?

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 8 February 2021 by kenwada

CRIME AND PUNISHMENT, FYODOR DOSTOYEVSKY, TRANSLATED BY DAVID MAGARSHACK, THE PENGUIN CLASSICS

‘I was lying on the bed just then ー well, why keep it dark? ー I was dead drunk at the time, and suddenly I heard my Sonia (like a little lamb she is, the poor child, and her voice, too, so meek ー she has fair hair and her face has always been so thin and pale), “Well,” she said, “you don’t want me to do that, do you?” And Darya Franzovna, a wicked woman who’s been in trouble with the police, had several times already been making inquiries about her through our land lady. “Why,” my wife replied jeeringly, “what’s so terrible about that? Who are you keeping it for? What a treasure!” But don’t blame her, don’t blame her, sir, don’t blame her! She was not in her right mind when she said it. She was beside herself, and ill, too, and the children were hungry and crying, and she didn’t mean it, really. Just wanted to say something humiliating. She can’t help herself, I’m afraid. It’s her character, you see. And when the children begin to cry, even if it is only because they’re hungry, she at once starts beating them. And so at about six o’clock I saw Sonia get up, put on her coat and a shawl, and leave the room, and at about nine o’clock she came back. She came back, went straight up to my wife, and put thirty roubles on the table before her without uttering a word. Not a word did she utter, nor did she even look at my wife, but just took our large green drap-de-dames shawl (we have such a shawl which we all use, a drap-de-dames shawl), put it over her head and face, and lay down on her bed with her face to the wall, her thin shoulders shaking all the times, And I, sir, was just lying there as I did before ー dead drunk. And it was then, young man, that I saw my wife, also without uttering a word, walk up to Sonia’s bed, go down on her knees, and kiss Sonia’s feet. And the whole evening she was on her knees, kissing Sonia’s feet and refusing to get up. And eventually they both fell asleep in each other’s arms ー the two of them. Yes, sir, the two of them, and me lying there drunk as a lord!’
(ibid. p.35)


Ken WADA, 2014, Watercolour and pencil on paper, 27.3×22.0cm

‘So you are fond of her?’
‘Fond of her? Of course I am,’ Sonia said in a plaintive, drawn-out voice, folding her hands in distress. ‘Oh, if you ー if you only knew her! She’s just like a child really. She ー she’s almost out of her mind with grief. And what a clever woman she used to be ー how generous ー how kind! Oh, you don’t know anything ー anything!’
(ibid. p.333)

‘I did not bow down to you, I bowed down to all suffering humanity,’ he said wildly, and walked off to the window. ‘Listen,’ he added, coming back to her in a minute. ‘I told some bully an hour or so ago that he was not worth your little finger and ー and that I did my sister an honor to-day when I made her sit beside you.’
‘Oh, you shouldn’t have said that to them! And was she there, too?’ Sonia cried, frightened. ‘Sit beside me? An honour? Why, I’m a dishonourable creature! I’m a great, great sinner! Oh, what did you say that for?’
(ibid. p.337)

A book was lying on the chest of drawers. He had noticed it every time he walked up and down the room. It was the New Testament in a Russian translation. The book was an old one, well thumbed, bound in leather.
‘Where did you get that?’ he shouted to her across the room.
She was still standing in the same place, three steps from the table.
‘Someone brought it to me,’ she replied, as though reluctantly and without looking at him.
‘Who brought it?’
‘Lisaveta did. I asked her to.’
‘Lisaveta! That’s strange!’ he thought.
Everything about Sonia seemed stranger and more wonderful to him every minute.
‘Where’s that place about Lazarus?’ he asked suddenly.
Sonia’s eyes were fixed stubbornly on the ground, and she did not reply. She stood a little sideways to the table.
‘Where is the place about the raising of Lazarus? Find it for me, Sonia.’
She gave him a sidelong glance.
‘It isn’t there,’ she whispered sternly, without coming closer to him. ‘It’s in the fourth gospel.’
‘Find it and read it to me,’ he said, sitting down, with his elbow on the table and his head on his hand, and, fixing his eyes on the opposite wall, he looked away sullenly, prepared to listen.
(ibid. p.339)

Again it was a bright and warm day. Early in the morning, about six o’clock, he went off to work on the bank of the river in a shed where there was a kiln for baking alabaster and where they used to crush it. Only three prisoners went there. One of the prisoners, accompanied by a guard, went back to the fortress for some tools; the other one was chopping wood and putting it into the furnace. Raskolnikov came out of the shed to the bank of the river. He sat down on a pile of timber by the shed and began looking at the wide, deserted expanse of the river. From the steep bank a wide stretch of the countryside opened up before him. Snatches of a song floated faintly across from the distant bank of the river. There in the vast steppe, flooded with sunlight, he could see the black tents of the nomads which appeared just like dots in the distance. There there was freedom, there other people were living, people who were not a bit like the people he knew; there time itself seemed to stand still as though the age of Abraham and his flocks had not passed. Raskolnikov sat there, looking without moving and without taking his eyes off the vast landscape before him; his thoughts passed into daydreams, into contemplation; he thought of nothing, but a feeling of great desolation came over him and troubled him.
Suddenly Sonia was beside him. She had come up noiselessly and sat down close to him. It was still very early; the morning chill had not yet abated. She wore her old shabby coat and the green shawl. Her face still showed traces of illness: it was very thin and pale. She smiled at him joyfully and tenderly, but as usual, held out her hand to him timidly.
(ibid. p.556)

The Hill We Climb

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 27 January 2021 by kenwada
https://www.youtube.com/watch?v=Wz4YuEvJ3y4

The Hill We Climb
by Amanda Gorman

When day comes we ask ourselves,
where can we find light in this never-ending shade?
The loss we carry,
a sea we must wade
We’ve braved the belly of the beast
We’ve learned that quiet isn’t always peace
And the norms and notions
of what just is
Isn’t always just-ice
And yet the dawn is ours
before we knew it
Somehow we do it
Somehow we’ve weathered and witnessed
a nation that isn’t broken
but simply unfinished
We the successors of a country and a time
Where a skinny Black girl
descended from slaves and raised by a single mother
can dream of becoming president
only to find herself reciting for one
And yes we are far from polished
far from pristine
but that doesn’t mean we are
striving to form a union that is perfect
We are striving to forge a union with purpose
To compose a country committed to all cultures, colors, characters and
conditions of man
And so we lift our gazes not to what stands between us
but what stands before us
We close the divide because we know, to put our future first,
we must first put our differences aside
We lay down our arms
so we can reach out our arms
to one another
We seek harm to none and harmony for all
Let the globe, if nothing else, say this is true:
That even as we grieved, we grew
That even as we hurt, we hoped
That even as we tired, we tried
That we’ll forever be tied together, victorious
Not because we will never again know defeat
but because we will never again sow division
Scripture tells us to envision
that everyone shall sit under their own vine and fig tree
And no one shall make them afraid
If we’re to live up to our own time
Then victory won’t lie in the blade
But in all the bridges we’ve made
That is the promised glade
The hill we climb
If only we dare
It’s because being American is more than a pride we inherit,
it’s the past we step into
and how we repair it
We’ve seen a force that would shatter our nation
rather than share it
Would destroy our country if it meant delaying democracy
And this effort very nearly succeeded
But while democracy can be periodically delayed
it can never be permanently defeated
In this truth
in this faith we trust
For while we have our eyes on the future
history has its eyes on us
This is the era of just redemption
We feared at its inception
We did not feel prepared to be the heirs
of such a terrifying hour
but within it we found the power
to author a new chapter
To offer hope and laughter to ourselves
So while once we asked,
how could we possibly prevail over catastrophe?
Now we assert
How could catastrophe possibly prevail over us?
We will not march back to what was
but move to what shall be
A country that is bruised but whole,
benevolent but bold,
fierce and free
We will not be turned around
or interrupted by intimidation
because we know our inaction and inertia
will be the inheritance of the next generation
Our blunders become their burdens
But one thing is certain:
If we merge mercy with might,
and might with right,
then love becomes our legacy
and change our children’s birthright
So let us leave behind a country
better than the one we were left with
Every breath from my bronze-pounded chest,
we will raise this wounded world into a wondrous one
We will rise from the gold-limbed hills of the west,
we will rise from the windswept northeast
where our forefathers first realized revolution
We will rise from the lake-rimmed cities of the midwestern states,
we will rise from the sunbaked south
We will rebuild, reconcile and recover
and every known nook of our nation and
every corner called our country,
our people diverse and beautiful will emerge,
battered and beautiful
When day comes we step out of the shade,
aflame and unafraid
The new dawn blooms as we free it
For there is always light,
if only we’re brave enough to see it
If only we’re brave enough to be it

この ABC News の映像には、心底驚いた、たまげた、衝撃的だった。
涙が全く止まらなくなった。
このかわいらしい小柄な、そしておそらくは想像するに相当お茶目な22才の女性は、いったいなんなんだろうと思った。
メニューインやオイストラフのバイオリンの演奏を初めて聴いた時にだって、僕はこんなに驚きはしなかった。
ジョン・レノンのイマジンを初めて聴いた時にだって、僕はこんなに驚きはしなかった。
どちらかと言うと、カシアス・クレイがソニー・リストンに勝った試合を、初めて観た時の衝撃に近かった。
運動分野的な何かの要素を感じた。
ともかく、僕は紛れもない天才の声を確かに聴いた。
これは是非とも言っていることを完璧に理解しようと思い、普段は素通りしている単語まで入念に辞書を引いて、2時間かかって全訳した。
率直な印象としては、執拗に韻を踏んでくるところは、他の詩人同様だけれども、この afraid-blade-made-glade ときて、タイトルの1行手前の That is the promised glade は限りなく美しい。*¹
後半の might-might-right-birthright も美しい。
それから、行間休止はともかくとして、ピリオドさえも打ってこない。
でも彼女の詩の一番の特徴は、何と言っても、主語と所有格を非常に明確に強調して繰り返してくることだなと思った。*²
この明示は大学で学んだ教育からというよりも、生育歴に関する何ものかから、自然に表出してくるものであるように、僕には直感的に思えた。
We が60回、our が17回、そして来たなーと言う感じで、my が1回。
ここでいかにも待ち構えておいて意図的にはかったな、という感じがすると嫌になるのだけれど、全くそんな感じがしなかった。
ごくナチュラルな感じで、僕は普通にまた詩に戻っていけた。
ここは絵画でいうと、大きな点を打つところに該当するので、非常に大事。
いかにも狙って点を打ってきたなあ、画面の中でよく効いているなあ、インパクトがあるなあ、では見え透いていてまずいところです。
それから、手話のようなこの特異な身振り手振りを、彼女はどこから独創したのだろう。
おそらくは朗読のリズムをとる中で生まれてきたのであろうけれども、僕は今までにこのように朗読する詩人を見たことがない。
僕の頭の中を、ビューンってビューンって、新しい風が吹き抜けていくみたいだった。
その風が強過ぎて、どこからどこへ突き抜けていくのか、僕には全然、その方向性が、ベクトルがつかめなかった。
でもなんだかそれはすごく心地よい体験だった。
とても懐かしい、まるで僕が生まれる以前から、僕が慣れ親しんできたかのような懐かしい母の匂い、子供の頃、寝転んだ時の日向の芝生の匂いがした。
一つ一つ訳しながら、ほぼ同時に、次のシリーズの構想が頭に浮かんだ。
直ちに、ちょうど手元にあったF20号のキャンバスに下絵を始めた。
We the successors of a country and a time
Where a skinny Black girl
descended from slaves and raised by a single mother
can dream of becoming president
その通りです。
是非アメリカ初の女性大統領になってください。

2021年1月27日
和田 健

追伸:この女性を一発で見抜いて招待してきた、今度の新大統領夫人の慧眼は、只者ではない。

後日記:
*¹ この1行が何故美しいかというと、そこに政治思想、主義、主張のようなものが含まれていなくて、字義通りの the promised glade であるからだと思います。
もし彼女がタイトル行の1行手前に意図的に、このオアシス的なほっとする脱力空間を組み立ててきたとするなら、その芸術的な空間識別能力、あるいは空間認識能力とでも呼ぶべきものは、ちょっと並大抵のものではない。
すなわち、この詩全体を私たちが登る丘(The Hill We Climb)に例えた時に、その頂上一歩手前に休息所がある、という安らかなイメージを全体構造として意識して描き、構築してきたと仮定すると。
そして、おそらくは意図的にここに配置してきたのだろうな。

*² 欧米人が、僕が、私が、に限らず、主語を強調してくることは、これまでに何度も体験し、たびたび痛感してきました。
その点は、私たちが話す日本語とは、だいぶ違います。
日本語では、特別な事情でもない限り、ほとんどの場合において、主語はあいまいなままで通りますから。
また、この詩の内容との関連で、ここでは主語を特に明確にしなければならなかったという点も当然あるでしょう。
でも、それらを差し引いても、なおかつ僕には、彼女の詩の特徴として、主語や所有格を強調してくる何らかの傾向があるなと、感じたということです。

Today’s Black and Blue Paintings! No.4

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 5 January 2021 by kenwada

2021年1月5日、4枚ともダメ、当然全没、依然として形が見えてこない。
前回書いたことと全く同じことを自分に言う、「絵画と執拗に変質なまでに対話し続けること」。
諦めるといとも簡単にあっさりと、そこで終わる。
それもいいか、毎日負け続けるよりも。
しかしそれにしても、絵画はほんのわずかな、そうーっと描いた繊細な一筆で、全体の局面、形勢、情勢が、あまりにも劇的に変わるな。
いつも思うことで、僕は全くの専門外だけれども、絵画は、おそらくは将棋よりも囲碁の世界により近いのではないかと思う。
おそらく両者は、ほとんど同じことをしているのではないかと思う。
他の仕事では、ここまで劇的に全体の曲面が変わるということは、あまりないと思う。
例えば、原稿を読みながら、何かのお話をしている人が、◯◯を、のところを◯◯は、と助詞を一つ間違えたくらいで、すぐに言い直せばよいのだし、お話全体がダメ、没までにはならないと思う。
でも絵画の場合は、助詞を一つ塗り間違えただけで、一瞬にして全体が没になってしまう。
その転落していくスピードが、おそろしく速い!
これまでの日々の制作の過程で、本能的に嗅ぎつけているのだけれども、ここにおそらくは絵画の本質があって(隠されていて)、基本的に絵画は全取り替えの精神なのではないかと思う。
すなわち、部分の取り替えが効かず、常に All or Nothing の世界なのではないだろうか。
そうなると当然、大胆に全体を全て取り替えられる神経の図太い人というか、丈夫な人が絵画制作に向いているということになる。
じゃあ、神経の図太い人なら、そうできるかというと、これができない。
何故なら人間だから、今まで積み上げて描いてきたもの(その努力なり労働なり時間なり)をゼロに振り出しに戻したくないから。
結果が何も残らないから、むなしく意味がない行為のように、繰り返し感じさせられるため。
それから描き直した場合に、もっとひどくなるということも当然予想され、それであれば妥協案として現状を残したくなり、つい躊躇するから。
つまり、人間であれば絵画制作において、そんなに勇気に違いが出ない。
そこで自分のしがみつきたい意志をはずして、半ば強制的に全取り替えにもっていく仕組みを考案して、絵画制作に導入することで、毎日のように全取り替えができるようになる。
僕は、そんなことを模索しています。
この画面上の追求のスリルでは、絵画制作をしている人たちに対して、飽きろと言う方が無理だな。
どちらかというと、絵画の制作は、何か中毒になる類いのものだと感じる。

Today’s Black and Blue Paintings! No.3

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 3 January 2021 by kenwada

2021年1月3日、昨晩、グレン・グールドの YouTube の演奏をまとめて観る。
いつもながらに得るところが非常に多い。
結局は、絵画と対話をするということ、バリエーションをもたせて、様々なアングルから角度を変えてはステップインし、執拗に対話し続けるということ。
その継続性や持続性と、対話し続ける変質なまでのしつこさの度合い、最後の勝負はこれに尽きる!
楽しいから対話しているのであって、対話そのものが嫌になってしまったら、苦痛になってしまったら、引退するということ、大変残念ながら辞めざるを得ないということ。
デレク・ジーターが引退する時に、素晴らしいことを言っていたのを思い出す。
「野球が僕の仕事になってしまったから辞めます。」
素晴らしい!
これを言える男は、なかなかいないというか、まず滅多にいないよ。

Today’s Black and Blue Paintings! No.2

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 2 January 2021 by kenwada

2021年1月2日、朝起きた時、しまったと思う。
やはり昨日、制作を休むべきではなかった。
しまった、一年の計は元旦にあり、などと昔から言うではないか。
いきなり元日からこけた。大切な一日を無駄にした。
大晦日まで制作していたので、まあ、お元日くらいいいか、と思ったのが実に甘かった!
別に僕は立派な社会人などではないのだから、世間様がお元日にどうしていようがお構いなしに、僕は仕事をするべきだった。

この年末に読んだ本。
①ゴーゴリの「外套」(未知谷社)の再読。
アカーキー・アカーキエヴィチの外套を抽象絵画にするという目標もまだ全然達成されていない。
もちろん新調する前のボロボロの方の外套。
②ドストエフスキーの「キリストのヨールカに召された少年。」(作家の日記2、ちくま学芸文庫)の再読。
これについては以前、当サイトに書きましたが、

The Beggar Boy at Christ’s Christmas Tree


ドストエフスキーがこうしたお伽話を書いてもどれだけ才能があるかということを如実に示している。
おそらく、この話は短時間でサラサラっと書き上げてしまったのではないだろうか。
このヨールカもデッサンをとっただけで、その後、全然絵画化されていない。
しかし、この作品だけ単独でもっと目に触れるように、何とかできないのでしょうか。
③ディケンズの「クリスマス・カロル」(新潮文庫)を、Oxford Bookworms Library の「A Christmas Carol」を使って再読。
電子書籍と紙の本の両方で試してみましたが、この Oxford Bookworms のやさしいテキストは素晴らしい!
もっと読もうということで、次は、ユゴーの「Les Misérables」(何故タイトルがフランス語なのだろう)を読んでみよう。
以前、岩波文庫の全4冊で熱狂して読んで、ストーリーが頭に入っているので、テキストだけで進められるだろう。
テキストが届くのを待っていなくてよい分、電子書籍ならすぐに始められるし、学習の回転速度が上がる!
単語にカーソルを合わせるだけで、即英和辞書がひける、アンダーラインだって4色もある、今年はもっと電子書籍を活用しよう!

この年始に読む本。
①黒木登志夫さんの「新型コロナの科学」(中公新書)。
この方は、山中伸弥教授のサイトで知りました。
②斎藤幸平さんの「人新世の「資本論」」(集英社新書)。
この方は、昨年末にNHKラジオに出演されていて知りました。
朝聞いていて、即座に、あっ、只者ではないな、ついに現れたかと思いました。
③同じく斎藤幸平さんの「カール・マルクス「資本論」」(NHK出版)。

この年末に観て、非常にためになった YouTube は、「Ricardo Lopez Training」というボクシングの練習動画(1時間ちょうど)。
これはすごい!いまさら僕が力説する必要は何もないけれども、彼は超一流だな。
Painting に生かせる内容が満載で非常に参考になった。
結局は、超一流になればなるほどやっていることは実にシンプルで、基礎・基本をバリエーションを取り入れて組み合わせ、様々な動きを入念に試しては、そのチェックを執拗に繰り返し、体に染み込ませている。
ただひたすらそれだけに集中している。
その練習密度が非常に濃い、やっていることに特異な独創性があり、一切無駄がない。
俺は世界チャンピョンなんだぞという変な自意識過剰のようなもったいぶった面の皮が厚いようなところが皆無である、ということ。
現役時代の彼は、ボクシングスタイルにクールな営利さがあって、どこか冷たい感じがして、アーロン・プライヤーや張正九のような熱いハートの塊みたいな選手と違って、あまり好きにはなれなかったけれど。
問題は、この特異な独創性を、どこで身につけたかだな。
例えばパンチングボールの扱い方、叩き方一つを見ても、これだけ鋭角的に斜線で使える選手を見たことがない。
それについて、いくつかの興味深い思考が進みました。

さあ、今年もまたスタートです。

2021年1月2日
和田 健

未曾有のパンデミックの一年の終わりに思うこと

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 27 December 2020 by kenwada

©︎Photo by Koto Takei       2020年10月16日、アトリエにて。

今年は、お世話になっているニューヨークのアゴラ・ギャラリーのディレクターが、5月にコロナで亡くなりました。
同じく5月に、長年の大切なパリの友人のお母様がコロナで亡くなりました。
また年末になって、長年にわたって交流を続けてきたイギリスの画家から、コロナで9ヶ月間に8回入院していた、現在も長期にわたる肺のリハビリテーションプログラムを続けているという手書きのクリスマスカードが我が家に届きました。
Painting nearly died, の文字を目にし胸が張り裂けそうな思いがしました。
昨日まで4日連続、国内の1日あたりの新規感染者が過去最高を記録しました。
もうたくさんなのに、イギリスで変異種が猛威をふるい始め、南アフリカでも変異種が現れました。
今年は、コロナ禍で結局、僕は一度も展覧会ができませんでした。
さぞかし同じような苦しい思いをした同業者の方も、どれほど多かったことでしょうか。
希望やモチベーションは何もありませんでしたが、僕は毎日、絵画の制作を続けました。
我が家にはテレビがありません。
森の中で唯一受信できる NHKラジオ第一放送R1 で、高校生くらいの女の子が「弟や妹がまだ私の下にいるので、コロナで進学を諦めようと思います」と話しているのを聞いて、涙が溢れました。
この子を何とか進学させてあげられないのでしょうか。
政府予算で1機164億円もかけて探査機を飛ばし、オーストラリアにカプセルが着地した時、ラジオで「勇気をもらいました、涙が出るほど感動しました」という年配の方の声に接し、とても不思議に思いました。
ラジオで少年院から出てきて更生した福岡の女の子が話しているのを聴いて、この子はトーマス・マンが25才の時に書いた「ブッデンブローク家の人びと」よりも物語を語る才能が明らかにあるなと思いました。
この子に何とか専門教育を受けさせてあげられないのでしょうか。
それとも、この天才を埋もれさせてもよいのでしょうか。
何故かこの子たちに、ソフィアでピカソのゲルニカを直に観せてあげたいと、できもしないのにすぐに強くそう思いました。
家から一番近くのコンビニの駐車場に、緊急事態宣言解除前の GW から、県外ナンバーがいつもあふれているのを見るたびに、日本人のモラルもだいぶ変わってきたなと痛感しました。
前総理は、そこのところを履き違えたな、読み間違えたなと思いました。
現総理は、お金を出してまで移動を支援しました。
コロナの問題が起きた春先から、信頼できると自分で感じた何人かの科学者の言うことだけを読み、最大公約数をくくるように努めてきました。
コロナの問題で、移動、旅行が感染拡大を広げる最も有効な手段であることは、現在、科学的にはっきり証明されています。
でも科学者でもない僕は日々の情報収集をしてメモを取りながら、この悪魔=COVID-19 がどこかへ行くのをじっと見ている、ただ待っているしかありませんでした。
何もできず、非常な無力感にとらわれました。
Google の COVID-19 感染予測 (日本版)の来月1月上旬の東京都のみの感染者数を見て、我が目を疑いました。
来年もおそらく展覧会はできないと思います。
できたとしても極めて制限された形での実施になると思います。
コロナの問題が起きてから、それにいち早く反応したアメリカのギャラリーを中心とした Online での展覧会を含む一連の活動の展開をいつも注視してきました。
一番すごいな、大胆と言うか、ついにここまできたかと思ったのは、アートフェアそのもの自体をバーチャルでやってしまおうとする今月の RAVE Miami のイベントでした。
それでも、この非接触、非移動の日常がどこへ行くのか、僕にはわかりません。
今年はコロナ禍で、日本ではアルベール・カミュの「ペスト」に久々に光が当たりました。
是非、僕の大好きなカミュの最高の作品だと僕が思う「最初の人間」も読まれてください。
僕は今、チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」(新潮文庫)の再読を、Oxford Bookworms Library のやさしく語り直された素晴らしいテキストと照らし合わせながら読んでいます。
貧困から文豪にまで登り詰めた彼の作品の中のユーモアに、何かすがりつくようなコロナ禍の中の希望のようなものを感じ出しました。
そうです、暗闇の中のユーモア!
変異種の渦中のイギリスでは、今、人々に何が読まれているのでしょうか。
何も根拠はありませんが、やはり自国のディケンズのユーモアに接したいのではないでしょうか。
何もできない僕は来年、様々な思いを抱きながらも、それでも今年以上に絵画の制作をしようと、せめてそれだけは何故だか強く思います。
今取り組んでいる Black and Blue Paintings を仕上げた後の、それ以降の来年度の Painting の構想や展開について、この年末に熟考していこうと思います。
皆様、どうぞよいお年をお迎えください。

2020年12月27日
和田 健

Happy Holidays!

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 24 December 2020 by kenwada

Dear Friends,

May your holiday season be safe and peaceful — and your New Year be bright!
Please take good care of yourself!

Peace, Joy, Thanks!

Warmest regards,
Ken WADA

Today’s Black and Blue Paintings! No.1

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 16 December 2020 by kenwada

2020年12月15日、全然ダメ、没、お話にならない、形が見えてこない、見えてこなければ描けない。
思考、考察用の簡単な枠を作ってみた。
まあ、あえて強いて言えば、効いたのは、6の縦棒と10の受けの丸、下向きの重力を作る。
重力が下向きなのは当たり前だけれど、当たり前に接すると安心感が出るため。
次に、15の une oblique (斜線)。あとは観るところがない。
16枠平均で出ていったらいけない。間が抜けていないといけない。ポイントを作らないと。回転かけて踊っていないと。小さいのを入れて大きさを変えてこないと。四角四角でいったらいけない、四角・丸・縦棒・横棒・かすれの組み合わせでいく。
即、青で全消しした。
思考、4の4で16枠は、画面が少し騒がしくないか、にぎやか過ぎる。
そこで、3の4または4の3の12枠あたりでどうか。
または、3の3で9枠だと、どのくらいの間抜けが得られるか。
3パターン作ってみて、思考、考察をする。
もう一度、「祭姪文稿」を観よ、「祭姪文稿」を。あの中に全宇宙がある。
おい、諦めるなよ!諦めたら、終わり、The End!

2020年12月16日
和田 健

I Started My New Series “Black and Blue Paintings” This Morning!

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 7 December 2020 by kenwada

2020年11月25日に、シリーズ F Paintings 4作品の4枚目(Untitled 2020 No.24)にサインをした後、中1日おいて11月27日から新シリーズ「Black and Blue Paintings」に入りました。
そうです、今度のテーマは黒と青の組み合わせです。
そして青の下地作りをした後の今朝の最初のペインティングで、これはすごい!
思わず興奮するような無限の可能性を感じました。
作家としては、First Painting で多くの可能性が感じられると、当たり前のことですが、何とも言えないうれしさがあります。
このような最初の段階で、黒の形がどうのこうのとか言っていても、愚の骨頂というか何も始まりませんので、黒と青の面積比と黒のかすれの分量を大局的につかんで、あとはもう絵画を「勝手にどこにでも行って遊んでおいで」って突き放して、黒と青のコンビネーションの美しさを味わうくらいにしておきます。
そして、このことがこれからの制作に向けての大きな滋養になります。
これから下地の青色の種類も模索していかなくてはならないし、それとその上に描く黒の形との組み合わせで、素晴らしく楽しい仕事になる予感がします。
ただし、ここがペインティングの面白いところで、いいスタートを切ったからと言って、必ずしも最終的にいいゴールにもっていけるかどうか、一概に何とも言えないと言いいますか、全く見通しがたたない。
だから絵画はいくら描いても飽きがこないのです。えらくなれないから。Stay Humble.
いつだって絵画は手強い生物(なまもの)で、勝手に向こうから、相手の方から、ものすごいスピードで変化球を投げてくるから。
それを何とかして打たないといけない、全く打てなければ、対応できなければ、何故自分は空振りし続けるのか、その理由を考えないといけない。
そしてやがて打てないまでも、何とかかすれるようにはなってくる。
いいタイミングでチップして、バックネットにファールが飛んで、真後ろに突き刺さる、おっ、タイミングが合ってきたぞっていう、あの感じ。
さあ、ここからまた勝負です。
確か先日、今年はシリーズ F Paintings までと書いていた気がするけれど、もうそんなことはどうでもいいや。
それで、この黒と青の組み合わせは、すでにどこかで格闘したことがある、引き出しとしてもっているという感じがし出して、よく考えてみたら、2013年のシリーズ Drakness の12作品でした。
よろしかったらご覧ください。
https://kenwada2.com/category/darkness-2013/
あの時、初めて漢字の要素を具体的かつ直接的に作品に取り込んだんだよな。
あれからまもなく8年か、今度はどこまで前へ進められるのだろうか。

2020年11月30日
和田 健