Archive for 12 November 2020

Today’s F Paintings!

Posted in Essay 2012-2020 with tags , , , , , on 12 November 2020 by kenwada

2020年11月11日、シリーズ F Paintings 4作品のペインティング総数は75回まできました。
描いては全部消し、描いては全部消しを繰り返し、形が見えてこない期間が長く続きましたが、個人的には、途中から心が戻ってきていたので、気持ちが集まってきていたので、大丈夫だなと感じていました。
少し形が見えてきたな、絶望期間をくぐり抜けたぞ、よし、ここから作品にもっていけるぞっていう感じ。
見えないものは描けない、見えなきゃ毎日制作していても、何回やってもどうしても何としても描けない!
描けなきゃ白で全部消したらいいのです、この4枚も明日の朝、チタニウムホワイトで全部消しますが、でももう僕の中で見えています。
消すのは美しいです。
間違いなく絵画制作の醍醐味の一つです。
消し方は3通りです。
1. 前の跡が見えないくらい濃く厚く消す、前の跡が浮き出るように薄く消す、あるいはその中間で消す、すなわち濃淡を自ら意図してコントロールして消す。この時、あくまで基本は薄く消し、乾いた後で足りなければさらに薄く加えて消していく。キーポイントになるのは当然、水分の含有量です。パレットの中のと言うよりは、どちらかと言うと、刷毛の中の含有量です。
2. 消すことさえもいい加減に無造作に消す、すなわち自らの意図をはずし、さらなる偶発的な要素を引き出すために消す。
3. 1と2を混ぜ合わせたやり方で消す。
僕らの仕事はあきめたら終わり、その時点で、文字通り The End! です。
絵画の制作をされない方には、何を言っているのか、さっぱり伝わらないと思いますが。

2020年11月12日、4枚消す。
しかし消すというのは実に美しい。
これに対して、描くというのは、あるいは描くという行為は、歴史上のどんなに偉大なアーティストのどんなに偉大な絵画においても常にどこか醜い。
何故なんだろう?
そこに大きなヒントが隠されていると思う。
思考を大きく前に進めるための鍵が確実にそこに秘められている。
そこに必ずあることは本能で、言わば匂いでわかる。
でもそれが何であるのかが、どうしてもわからない。
Cy Twombly は Duino を持ち出すまでもなく、このことをはっきりと認識していた。
彼はどこから認識したのだろう?パリで学んでいた頃に、Alberto Giacometti の絵画をどこかで観たのだろうか。
あれは美しい、圧倒的に美しい、特に母親と Annette 夫人を描いた一連の絵画。
それ以前にはあそこまで一つの画面の中に消すという行為は見られなかったので、大胆な仮説にはなるけれども、Giacometti の絵画をそれ以降のこの「消す」という現代絵画の一つの潮流の始祖とみなすことはある程度可能だと思う。わからない、ターナーの晩年の絵画があるから、全く何の根拠もない。でもわからない時は、当てずっぽうで、いくつか声に出して言ってみることが大切で、そこから思考が繋がってくることがある。
もちろん彼はパリで、モネの睡蓮は当然観ただろうと思う。でもそれを言えば、モネの睡蓮は、僕ら抽象絵画のすべての源である偉大なる祖先だし・・・、たぶん教科書的にはカンディンスキーになっていると思うけれども。
結局こうしてわからないままである程度の年月が経過すると、消すという現代絵画の一つの潮流の始祖は、Cy Twombly だという認識が定着することになるのだろうと思う。必ずそこにはそれまでの先人の到達地点というものがあり、一気には到達しないのだけれど、例えば印象派には当然ドラクロアという巨大な先人の存在があったように。
2018年に、Gagosian で Cy Twombly を2画廊で同時開催していて、それこそ浴びるように大量に観たけれども(画家の作品を観る時には、できれば一人の作家の作品を浴びるように大量に観た方がいいです、いろいろなことがわかります。1点2点しか観れない時も食い入るように観た方がいいです、それでも観ないよりはずっといいです)、ニューヨークでは、Twombly はもう完全に大御所の扱いだった。これだけ現代絵画を押し進めたのだから当然だろうけれども。
あるいは彼は毎日の制作の中で、僕と同じように気づき、その後認識に至ったのであろうか。であれば気づくまでは、僕にもできるのであるから、誰にでもできることであり、その後、認識に至る、問題は、はっきりと認識に至る、その過程の一点なのだなと思う。
わからなければ前へ進めない。
どうして消すということは、描くということよりも美しいのだろうか。
わからない、わからないと言っていないで、徹底的に考えろと自分に。
わからない時は、しゃべっていれ、黙っちゃうとそこで終わってしまうからと自分に。
例えば、描くということは、あるいは描くという行為は、多かれ少なかれ人間のエゴイズムであり、消すとその人間性が消滅する感覚を味わうからだろうか、思わず喝采したくなるような、何かある種の清潔感のようなものをそこに感じるからだろうか。
あるいは例えば、描くということは誕生を意味するけれども、消すという行為は死を連想させるから美しいのだろうか。
違うのではないか、僕らは毎日制作している訳で、そうそう毎日死を連想させられてはたまらない。やっぱりこれは何か描いてあったところを塗られると、逆にその中を観たくなる、のぞきたくなる心理が働く、そういう人間の脳の働きなのではないか。例えば都会で毎日のようにどこかでやっているビルの解体工事、いつもは忙しく通り過ぎる人たちも、あれっ、ここにビルがあったんだけれどなと、ふと足を止める時のあの心理、壊されると逆にそこにあったものをとっさに復元しようとする脳の働き、何かそれに近いものなのだろうか。

後日記:フランスはパリ時代に、14区の 46, rue Hippolyte-Maindron にあった Alberto Giacometti のアトリエに入りたくて入りたくてどうしようもないくらい入りたくて、郵便受けの穴から中をのぞいて、うぉ〜、今日は少しだけ中を見れたぞ〜とか狂喜して叫んでいて、その日もアトリエの前でウロウロして、当たり前だけれど入れなくて、すぐ近くの角の本屋に行ったら、そこでの出会いから後日2007年9月29日に、所有者の方にジャーナリストの女性と一緒に正式に招待されて中を見せていただくことができたという、めちゃくちゃ面白い話があるのですが、こういうことも一度しっかり書いておかないと、やがて誰にも伝わらなくなりますね。
モデルを務めていらした矢内原さんはもちろん別格として、日本人であの中に入った人は、一体何人いるのだろう。
その後、2007年10月から2008年2月にかけてポンピドゥー・センターで Giacometti のアトリエの壁を本当にそのまま運んできて(復元した壁などではなく)展示して彼の展覧会の一部とするという企画があって、すごい大胆なことをやるなあ〜と驚きました。え〜と、ご存知ない方もいらっしゃるかもしれませんね、何で壁なのかと言いますと、彼はものすごい量のデッサンを壁に、そうですあの美しいデッサンを壁に直接描いたのです。
Giacometti のあまりに美しい彫刻、絵画は無論のこと、芸術家としての生き方そのものが僕に与えた影響、彼から学んだことは計り知れないです。
同じアカデミーの大先輩でもありますが、この世が生んだ間違いなく最大の芸術家の一人だと思います。
若い方は「ジャコメッティ」「ジャコメッティ エクリ」(いずれもみすず書房)は必読です。
さらには18区のモンマルトルのゴーギャン、ピカソ、モディリアーニ等の洗濯船 Bateau-Lavoir、ああ洗濯船!モンマルトルに住んでいた僕は、とてつもない憧れと尊敬を胸に秘めて、文字通り胸に手を当てて、一体何度あの前を通り過ぎたことだろう。15区のモンパルナスのモディリアーニ、シャガール、キスリング、天才スーティン等の蜂の巣 La Ruche、どちらももうすでにと言いますかとっくに、歴史的遺産とも言うべき有名なアトリエですが、同じように前をウロウロしていて、結局どちらも中をきちんと見せていただく機会を得たこと、洗濯船のコロンビア人の画家の方とはその後も交流が続いて、僕のパリの個展には奥様といつも来てくださいました。奥様は日系移民の子孫の方でしたが、日本語は喋れなかったな。温かい質素な素晴らしいご夫婦だった。
これら三つのアトリエに入れた話をアラジンと魔法のランプになぞらえて、「開けゴマ」というタイトルで、いつか書きたいなと思いつつ、今日まで来てしまいました。
「門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」(マタ7 7-11)
フランスでは本当によく門をたたいたな、そしてその度に勉強したいのであれば、いつでも入れてくれた・・・。
それに対して日本では、同じように門をたたいても、あそこまでは開けてくれないな、その理由を僕ははっきりと理解していて説明することができる・・・やめよう、暗くなる。
やっぱり、これは後日記などではなく、単独に一つの記事として改めて書くべきだな、どうみても。
なんてお上品にかしこまっていないで、ガンガン行こうぜ、おう!
rue Hippolyte-Maindron のすぐ近くに、Square Alberto-Giacometti という小公園があるのですが、それを描いた2008年の絵を今でも時々クリックして観てくださる方がいます。名前からして、ここに彼のアトリエがあったのだろうと思われる方がよくいますが違います。

Square Alberto Giacometti, June 2008, Watercolor on paper, 22.0×30.0 cm

また、rue Hippolyte-Maindron と交差している通りに、rue du Moulin-Vert があるのですが、その通りに住んでいた友人の部屋の窓から毎日描かせてもらった絵が、2007年夏の「パリの屋根」です。

The Roofs of Paris, 2007, Oil on canvas, 100.0×73.0 cm

僕らもその当時、すぐ近くの Villa Brune に住んでいました。みんな14区のモンパルナスの同じ quartier 地区、界隈でした。

2020年11月14日
和田 健