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「ライだよ、森の童話」の改訂第二版が完成し出版されました!

Posted in Essay 2012-2020 with tags , , , , , on 9 November 2020 by kenwada

皆様、こんにちは。
2020年10月3日に「ライだよ、森の童話」の初版を発行してから、皆様から寄せられた貴重なご意見やご感想、時には手厳しいご批評をもとに、この度、改訂第二版が完成し、同じくアマゾンの Kindle から昨日電子出版いたしました。
本当に皆様のお陰で、ここに改訂第二版が誕生いたしました。
初版の全編ひらがなとカタカナの横書きのゴシック体で、ライがリズミカルにしゃべりまくり続ける、言ってみれば落語調の歌うような物語に対して、今回の改訂版では大胆に思い切って、縦書き、ゆるめの適度な漢字の使用、フォントは明朝体とし、これに写真も何枚か加え、同じ童話ながらまるで違った印象の本に仕上がりました。
皆様にそのイメージを少しでもおつかみいただくために、本文の40ページをご紹介いたします。
このページだけ見せられても物語の前後のつながりがわからないと思いますが、あくまで雰囲気を感じていただきたいという趣旨です。
また今回の改訂版では、これも皆様から寄せられたアドバイスなのですが、音読することの重要さを再認識し、原稿の音読を大きな声で繰り返し行い、リズム重視の観点から、改行や句読点等につきましても、自分なりに最大限の努力をいたしました。
その結果、かなり読みやすくなったと思います。
自分で納得、満足のいく仕上がりになりました。
絵画の個展をするくらいのエネルギーを使い、全力を出し切りました。
自分のデビュー作の大切な記念として、また、より実験的・前衛的な苦闘の一つの記録として、初版も同時に残すことにいたしました。
そのためわかりやすいように表紙の色をはっきりと変えました。
緑色の初版が本文54ページ、茶色の改訂第二版が本文86ページで、どちらも僕の絵が10作品掲載されています。

何故この夏以来、お前は突然書き続けているのかと問われますと、一言では言えませんが、執筆の動機や背景となったのは、まずジェイムズ・ジョイスの1939年の「フィネガンズ・ウェイク」です。
8月に Today’ Worst Paiting No.3 にも書きましたが、あのバババダ・・・の部分の文章の原文、
bababadalgharaghtakamminarronnkonnbronntonner-
ronntuonnthunntrovarrhounawnskawntoohoohoordenenthur-
nuk!
もちろんこれが各国語の雷の集積であることは後に学びましたが、でもそういう分析は大学の先生や専門の学者にお任せして、何と今では誰でも YouTube でジョイスのレコード音声が聴けるのです!
大変残念ながら別の箇所ですが、音源が残されていて、作家本人がどういうリスムで朗読するのか、これは非常に大切です。
作家本人が朗読する時は、朗読者やナレーターの朗読と違って、自作に対する絶対にごまかしようのないリズムが出ますから、これを何度も聴いて本来のリズムをつかみました。
やはり彼はあの部分を各国語の雷雷雷・・・だなんて書いていないで、バババダ・・・のリズムで書いています。
ああ、このリズムで新しい物語が創れるはずだという思いがまず一つ。
そして次に、そこからインスピレーションを受けて作曲されたジョン・ケージのラジオ劇「ロアラトリオ」です。
「ロアラトリオ」については、以前全編の言葉起こしをした際に、当サイトに書かせていただきましたので、その時の記事をご紹介いたします。
https://kenwada2.com/2019/01/05/roaratorio-1979-version-1%E3%80%80january-4-2019/
そして、この両者の融合から一つのリズムが湧いてきて、それを是非ともロックンロールのリズムでビートを刻んで書きたかったのです。
その時から1年半にわたり眠っていた僕の思いが、この夏ライが死にそうになって我家にたどり着いた瞬間に、ポンっと蓋が開いて、ほとばしり出たのでしょうか。
最後の第6話のフランス語の部分は、お経のように、呪文のようにとらえて欲しいのですが、お経、呪文、大切ですよね。
インドの天才数学者ラマヌジャンが育った要因は幼少期からのこれによります。
ヨーロッパで天才が育ってきた主な要因の一つに、僕は定期的に聴く教会のパイプオルガンの圧倒的な音響があると思います。
日本にも夕方になるとお寺の鐘が鳴るという切り札があったのだけれど、今じゃ隣近所から苦情が出て、除夜の鐘ぐらいです。
そこであえて故意にフランス語を繰り返すことによって、それがある種のお経、呪文のようなものに転化して伝えられないだろうか、そのような可能性を探ることはできないだろうか、と考えました。
そこには猫が繰り返しているお経を、現代のニンゲンというものが、それを直観的に把握・吸収できない、そういう大切な要素から、現代のニンゲンがすでに外れてしまっているという批判も込めました。
いずれにいたしましても、どちらの版でも一番訴えたかったことは、平和寛容です。
それから僕には、今回の創作にあたって、童話=子ども向けのお話という、お決まりの概念はありませんでした。
この夏以来の一連の作業を通して、文章や物語を書くことと、僕の日常である絵を描くこと、絵画を制作すること、この両者の共通点や相違点について、実に貴重な様々なことを学びましたが、これについて書くと非常に長くなりますので、改めてまた別の機会といたします。

最後に、今回の改訂版も妻の多大な協力がなければできませんでしたので、この場を借りて、妻に感謝いたします。

2020年11月9日
和田 健

以下のサイトからご購入いただけます。100円です。電子書籍が初めての方でも、Kindle の無料アプリをダウンロードしていただければすぐに読めます。

https://www.amazon.co.jp/s?k=和田健&rh=n%3A2275256051&__mk_ja_JP=カタカナ&ref=nb_sb_noss
後日記:これだと初版でどうしてひらがなとカタカナだけで書いたのかについての説明が欠けているな。
欧米人をはじめとして、生涯 abcde だけで生きている人たちへの、ひらがなとカタカナと漢字で生きている僕からの、実験的なと言うよりは挑戦的な意味合いがあったんだよな。
そう言えば、ジョン・ケージもキノコが大好きだったんだよな、キノコ研究家にまでなって。
著書の中で汚い服を着ていたから、レストランへの入店を断られた面白いエピソードを読んだな。
どの本だったかな、確か彼の服のために、一緒に行った仲間全員も食事できなくなった話だった。
僕も頑張ろう、森のキノコが大好きだし、服も靴下もボロボロだけれど。