無題スケッチ No.40 —「映像詩」への一つの試みとして
2017年11月
イタリア、アッシジ、聖ルフィーノ大聖堂
映像、39秒
Untitled Sketches No.40 —As an Attempt to Image Poem
November 2017
Duomo di San Rufino, Assisi, Italy
Image, 39 seconds
Sans titre Croquis N°40 —Comme une Tentative de Image Poème
novembre 2017
Duomo di San Rufino, Assise, Italie
Image, 39 secondes
塔の時計の針の狂う午前7時、
聖ルフィーノ大聖堂前、
聖ルフィーノ広場(Piazza San Rufino)。
誰もいない。
神聖な場所の静寂。
遠くから微かにハトの鳴き声が聞こえてくる。
画面向かって左側の小窓に灯りがともり隙間から賛美歌が漏れてくる。
やがて左側の小さな木戸が開き、修道女が三人急いで出て来て大聖堂の中へと小走りに入って行った。
その出入りする修道女=小出しの演出を画面の中に欲しがっているようじゃダメだな、映像詩は撮れない、映画じゃないのだから。
映画ではダメなんです、何故って映画は「人間の巧み」だから。
industria umana, human industry に反旗をひるがえすとともに、
別の地点に静かに穏やかに朗らかに入らなければならない。
僕に勇気を与えてくれた「聖フランチェスコの小さな花」第13章。
石のテーブル。
聖フランチェスコは兄弟マッセオに言われた。
「まさにそのことなのだ。わたしが大きい宝ものというのは。人間の巧みによってそなえられたものがなにもないということなのだ。」(田辺保訳)
«E questo è quello che io reputo grande tesoro, ove non è cosa niuna apparecchiata per industria umana» (I Fioretti di San Francesco)
“And this is that which I esteem great treasure, where there is nothing prepared by human industry” (The Little Flowers of Saint Francis)





