Ⅰ
みんな、1才の誕生日おめでとう。
イチ、ヨキ、ちい、大将、そして福・・・・。
みんなで体を寄せ合ってまだ小さかったのに真冬の厳しい寒さ、一番寒い時でマイナス18℃くらいになるのによく乗り越えたね。みんなで誕生日を迎えられなかったけれど、いつもたくさんのインスピレーションを与えてくれてありがとう!
卵だって2020年2月7日の初産から昨日8月7日までのちょうど半年間で695個も産んでくれました。お母さんはスーパーで卵を全く買わなくなりました。養鶏の世界には鶏同士の突っつきを防止するために生まれてすぐに雛の嘴を切る断嘴(だんし)という恐ろしい儀式があるけれど、お父さんはそれが嫌で孵卵場の方に頼んで特別に断嘴をしないでみんなは我家に来たんだよね、でも誰もいじめたりしないで、みんなで仲よく力を合わせて一年間過ごしてきて本当にえらいね。今はトコの具合が少し悪いからみんなでよく注意して見守ってあげてね。福がいなくなって女の子ばかりで心細いだろうけれど、特に大空を舞うノスリが襲ってきた時なんか、あいつは気は優しくて力持ちでいい男だったからなあ、いつも体をはって守ってくれていたからなあ。
お父さんの新しい作品 “Untitled ーfrom the series F Paintingsー” を待っていてください。年内には必ず仕上げるから。
Ⅱ
Cher les amis,
Bon anniversaire, tous!
Ichi, Yoki, Chii, Taishô, et Fuku…….
Vous avez un an aujourd’hui!
Vous m’avez beaucoup donné l’inspiration pour mon travail.
Merci, les enfants!
Ⅲ
Day was departing, and the dark air was
taking the creatures on earth from their la-
bors;*¹
*¹ DANTE ALIGHIERI, The Divine Comedy, CHARLES S. SINGLETON, Inferno CANTO II, line 1-3
この美しい3行の詩の肝は the creatures にあると思います。ダンテのイタリア語の原文では li animai となっていて、僕はイタリア語の古語や地方語のことがよくわからないので、これが何の複数形を指しているのかがわからない。それぞれ山川訳では「生物」、平川訳では「人や動物」となっています。それらと照らし合わせて考えると creatures と英訳した訳者の力量や気迫には凄まじいものを感じる。anima (女性形で li=gli との整合性がない) や animo (男性系だが複数形 animai との整合性がない) からの類推で、もしダンテが地上の「魂」はすべて労働すると考えていたとしたら、ダンテにとって猫や鶏が労役するのは子どもの頃からむしろ当たり前の光景であり、一日の終わりに地上のすべての「霊魂」がその労苦から解放されると実感していたとしたら、大詩人の声はあなたを現代の立派な社会人から必ずや救い出してはくれないだろうか。
My studio photo on July 10, 2020.
Now I’m fighting to create my new series, “Green and White Paintings”!
I’ve found that the combination of green and white colors is really more elegant than I expected. I think that the one is also gorgeous at the same time! Ça m’amuse beaucoup! I do my best!
Ken WADA
今、緑と白の組み合わせをメインテーマに、脳をずらす/壊す/切り裂くペインティングを大きな課題として取り組んでいます。先日、そのための日常的に生み出す手法を思いつきました。同時にこれは顔真卿の「祭姪文稿」の要素も取り入れられる。もうここまで来たら少し先が見えてきました。取り組み初日の2020年6月19日のアトリエの写真と比べてみるとその変遷がよくわかります。何て言ったらよいのか、例えばここに車の好きな人がいて、すごく車に詳しくて、車の絵を描いたとします。でもそれを観ても何にも面白くない、自分の脳の言わば意志や命令通りに忠実に描いているわけだから、お上手ですね、得意分野ですね、としか言いようがない。全然ロックじゃない、ジャズでもない、やっぱり出てきた形が自分でも、えっ、こんな形知らなかった、えっ、何この形、こんな形が僕の心の中にあったんだ、っていう衝撃がないと、脳が揺さぶられないと、それを刺激といってしまえば、あまりにありきたりの言葉になるけれど、やっぱり脳がずれていないとね、全然観ていても描いていても面白くも何ともない、どのくらいずれていると美しいと感じるものがあるかと言うと、T. S. Eliot の The Hollow Men (1925) の the first stanza の中に静かで意味のないものとして、rat’s feet over broken glass/ In our dry cellar が出てくるけれど、そのくらいずれていないとね、美しい、確かに美しい、普通そのような表現を引き合いに出してこないものな、その乾いた地下貯蔵室の “broken glass” にまたがるネズミの足を色と形にしたいんです、僕は。ここは全力でやります。
和田 健