Archive for 和田健

Untitled 2020 No.1 ーfrom the series Four Purple Paintingsー

Posted in Works 2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 27 March 2020 by kenwada

無題 2020 No.1
ーシリーズ 4枚のパープルペインティングからー
2020年3月
北軽井沢 作品 No.394
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.1
ーfrom the series Four Purple Paintingsー
March 2020
Kitakaruizawa Works No.394
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Sans Titre 2020 Nº1
ーde la série Quatre Peintures Pourpresー
mars 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°394
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm

Announcement – Artexpo New York 2020 is postponed!

Posted in Exhibitions 2012-2026 with tags , , , , , , , , , , on 16 March 2020 by kenwada

皆様、こんにちは。
3月13日にニューヨークのギャラリーから連絡があり、新型コロナウイルスの影響で、2月に当サイトでお知らせさせていただきました2020年4月23日から予定されていた Artexpo New York 2020 は、大変残念ながら延期になりました。
あくまでまだ仮の段階ですが、主催者側で2020年10月1日から10月4日の同じ会場の日程で調整中です。
今は世界中のみんなが協力し合い助け合いながらコロナを乗り越えていく本当に重要な時です、秋のフェアを楽しみにまた頑張りましょう!

Dear friends,
As you might have already heard, Artexpo New York 2020 has been postponed due to developing concerns across the U.S. around the coronavirus (COVID-19).
The new fair dates are anticipated for October 1-4, 2020, and will take place at the same location.
Of course, I am disappointed, but right now, I think that health and safety are top priorities around the world. More than anything, I wish you and your loved ones are safe and well.
Finally, I am still really looking forward to the autumn fair!

Warmest regards,
Ken WADA

結論として我々人間は絵画=色+形には究極的に絶対に勝てないのではないだろうか?

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 3 March 2020 by kenwada

目下、“Untitled 2020 ーfrom the series Purple Paintingsー”(仮題)なるものに取り組んでいます。写真向かって右から左へそのNo.1,2,3,4。すべてまだまったくの途中です。
このPaintingがおそらく僕の究極のスタイルかもしれない、面白い、今までと面白さのが違う。ずっとこれをやっていよう。和田っていえばこれっていうような。紫と白。これは完全に目で味わう作品過程であるとともに、あとはこれは成り行きだね。静かに、静かに、ただひたすら静かに。もう絵に勝手に描いてもらう感じです。描き手の自分は存在しないで。今日はNo.3が突如として浮かび上がってきた。このくらいいい加減でいいのと、白の横抜きがあるからだと思う。絵画には本当に危険な魅力があります。うまく言えないけれども、一度始めたらもうとことんのめり込むしかない、何かそういう入っては行けたけれど、うまく出て来れなくなった、みたいなものが絵画にはあります。
2月の苦闘の後に今のこのちょっとした平穏な感覚がやってきました。
つまり、向こう(絵画)の方のが速い、めくるめくようなそのスピードに人間の脳はどうしても構造的について行くことができない。動かした色と形を認識するのにどうしても物理的に時間がかかる。
そこでどういうことになるかというと、毎日負けることになる、連日連敗、連戦連敗。
そこでどういうことが必要になるかというと、人間として精神がフラットであるということ(このことはJoe BradleyのYouTubeを観て学んだ、Thank you, Joe!)、心のギアが常にニュートラルに入っているということ、肩に力が入っていないということ、が必要になる、だって毎日負け続ける訳だから。そんなことがこの仕事を続けて行く上での鍵、コツのようなものになる。
ムキになっても意味がない、落ち込んでも弱気になってもそんなことにはまったく何の意味もない、向こうの方のが速くて強いのだから。勘違いするな。まあそういう意味での謙虚。挫折、失敗が日常であり常態です。それから、別に何の関係もないんじゃないのか。人は待って熟考してから塗っていけって言うけれど、構わずバンバン塗っていって、実は全然構わないのではないのか。絵画はとにかくまず大胆に色と形を動かしてみないと分からないから。逆に熟考すればわかるのか。それは一歩間違うと大変な不遜につながるのではないのか。例えば、モネは睡蓮の作品を現在確認されているだけで800点描いたけれども、モネが色と形を認識するのにどうしても時間がかかったために何枚も描かなければいけなかったとしたら、ピカソはゲルニカの習作を800枚描いたと言われているけれども動かしてみるまでは色と形を認識するのに気持ちの中に何かいつも引っかかるものを抱えていたと、もし仮定したらどうしますか。天才にはそんなことはないんだなどと、どういう根拠をもって言い切れるのですか。いくら何でも睡蓮ばかり普通800点も描きません。それは何故かというと、通常飽きるからです。飽きないと言うのはモネが追いかけたということです。夢中になって面白くて、色と形を追いかけてとらえるのに800枚かかった。
つまり、人間の脳は色と形を追い越すことができない、予め先回りして準備しておいて、有効ないい一手を先手として打つことができない。それは何故かと言うと、絵画には実は運動分野の能力が大きく影響しているからだと思う。そこのところを論理的分野の能力でいけるとついこれまでの日常の習慣等から人は考えてしまう。
この間、僕の心を励ましてくれたものは、インターネットのル・クレジオ氏の講演会「詩の魅力」と「青春を書く、老年を書く」です。氏の語る飾り気のない言葉や話の並列の中に含まれる何かが僕の心を強く温めてくれました。
そんなこんなで少しずつ気持ちを立て直しつつ高めてきました。一昨日「嵐」を読み始めました。
僕はこんなことを毎日考えたり感じたりしながら生きています。
そしてそれは決して普遍的なものではないけれども、僕の心の中ではほんの僅かですが小さな意味が確かにあります。
さあ人生は短い! 共に前に進みましょう!
2020年3月3日記
和田 健

Dear Grid Worker No.9 ーOK, We are All Grid Workers!ー

Posted in Dear Grid Worker 2018-2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 22 February 2020 by kenwada

ディア グリッドワーカー No.9
ーオーケー、我々は皆グリッドワーカーだ!ー
2020年2月
北軽井沢 作品 No.393
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Dear Grid Worker No.9
ーOK, We are All Grid Workers!ー
February 2020
Kitakaruizawa Works No.393
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Cher Travailleurs Grillé Nº9
ーOK, Nous sommes Tous Travailleurs Grillés!ー
février 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°393
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm

この作品は、僕の最終的な目標である「鳥類の聖書」を描くためのきっかけの一つにおそらくなると思います。
I think that this artwork will probably be one of the triggers for my ultimate goal, “Bible of the Birds” Painting.

Hear the voice of the Bard!
Who Present, Past, & Future sees
Whose ears have heard,
The Holy Word,
That walk’d among the ancient trees.

from SONGS of EXPERIENCE written by W. Blake (1794)

Small eight artworks “Untitled” in Tokyo!

Posted in Exhibitions 2012-2026 with tags , , , , , , , , , , on 14 February 2020 by kenwada

Untitled, 2017
Acrylic and oil on canvas, 8×8 in. (20×20 cm)

皆様、こんにちは。
2020年6月5日(金)、6日(土)の2日間、今年で第6回目を迎える東京インターナショナルアートフェアにアメリカの World Wide Art Gallery から初参加します。2016年と2017年の僕の小さな作品 “Untitled” 8点が展示されます。会場は六本木です。国内の展示は2015年12月以来、4年半ぶりになります。8作品は2016年と2017年にイタリア、ボローニャの De Marchi Gallery でそれぞれ4作品ずつ発表されて以来の今回が2度目の展示になります。
皆様、どうぞ六本木の美しい会場にいらしてください。

Hello, friends!
I will participate for the first time in Tokyo International Art Fair that takes place 5-6 June 2020. My small eight artworks “Untitled” (2016-2017) will displayed at the World Wide Art Gallery (US) Booth. You can find for more information on the following site.
https://www.tokyoartfair.com

Thank you very much for your interest!

Best regards,
Ken WADA

Three “Dear Grid Worker” in New York!

Posted in Exhibitions 2012-2026 with tags , , , , , , , , , , on 12 February 2020 by kenwada

Dear Grid Worker No. 3, 2018
Acrylic on canvas, 36.0×29.0 in. (91.0×72.7 cm)

皆様、こんにちは。
2020年4月23日(木)から4月26日(日)までの4日間、今年で第42回目を迎える Artexpo New York 2020 に参加します。Artexpo New York への参加は2018年以来2度目、今回は声をかけていただいたニューヨークの Agora Gallery からの出品となります。アートがお好きな方でしたらご存知の方も多いと思いますが、ニューヨークで一番古くて大きなアートフェアです。2018年の僕の3作品、“Dear Grid Worker No.1,3,4” が展示されます。
3作品とも未発表、今回が初展示になります。
皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

Dear friends,
It is my pleasure to inform you that I will participate in Artexpo New York 2020 that takes place from 23-26 April. This is my second participation in the New York Show. As you probably know well, Artexpo New York is the largest, oldest and best established art fair in New York. My three artworks “Dear Grid Worker No.1,3,4”(2018) will be displayed at the Agora Gallery (NYC) Booth.

Show Location
Pier 94
711 12TH AVE (55TH STREET & THE WEST SIDE HIGHWAY)
NEW YORK, NY 10019-5399

Warm regards,
Ken WADA

https://www.agora-gallery.com
www.artexponewyork.com

Picky Dancers No.11 (Thank you, and Farewell, Picky Dancers! If I hear a weak pipe, I’ll go to see Summer Midnight Dancers!)

Posted in Picky Dancers 2019-2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 21 January 2020 by kenwada

ピキダンサーズ No.11
(ありがとう、そしてさようなら、ピキダンサーズ!
もし幽かな笛が聞こえたら、僕は夏の真夜中のダンサーズに会いに行こう!)
2020年1月
北軽井沢 作品 No.392
画布にアクリル
72.7×91.0 cm

Picky Dancers No.11
(Thank you, and Farewell, Picky Dancers!
If I hear a weak pipe, I’ll go to see Summer Midnight Dancers!)
January 2020
Kitakaruizawa Works No.392
Acrylic on canvas
29.0×36.0 in.

Danseurs Difficiles Nº11
(Merci, et Adieu, Danseurs Difficiles!
Si j’entends un faible sifflet, je vais voir Danseurs de Minuit d’Été!)
janvier 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°392
Acrylique sur toile
72.7×91.0 cm

In that open field
If you do not come too close, if you do not come too close,
On a summer midnight, you can hear the music
Of the weak pipe and the little drum
And see them dancing around the bonfire
The association of man and woman
In daunsinge, signifying matrimonieー
A dignified and commodious sacrament.
Two and two, necessarye coniunction,
Holding eche other by the hand or the arm
Whiche betokeneth concorde. Round and round the fire
Leaping through the flames, or joined in circles,
Rustically solemn or in rustic laughter
Lifting heavy feet in clumsy shoes
Earth feet, loam feet, lifted in country mirth
Mirth of those long since under earth
Nourishing the corn. Keeping time,
Keeping the rhythm in their dancing
As in their living in the living seasons
The time of the seasons and the constellations
The time of milking and the time of harvest
The time of the coupling of man and woman
And that of beasts. Feet rising and falling.
Eating and drinking. Dung and death.

from EAST COKER written by T. S. ELIOT (1940)

(注) 6行目から11行目にかけて詩人の先祖の著書(1531)からの引用が続き、
単語の綴りが古い形になっています。

僕はひまわりの種を超えられるか?

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 13 January 2020 by kenwada

Sunflower Seeds

Array of Sunflower Seeds.
お正月のある朝、日課の野鳥の餌やりを終えた後、餌箱の底に偶然並んだひまわりの種を見て思わずびっくり、美しい!咄嗟に整列美などというつまらない言葉を作りたくなる。まあそれでも造形美よりはまだいいか。さて僕はこの配列の美しさを作れるか?この内の一粒でも種を動かせば、たちまちにしてそこには人為の匂いがたちこめるだろう。打倒人為、脱人為。僕の Dear Grid Worker や Picky Dancers のシリーズもこの着想の流れから来ています。
しかし絶妙だな、この配置、流れ、横向きだって左向きと右向きに斜め横向きまで何でもご用意だ、上下の辺の抜群の止め、粒の上三角形・下三角形の使い分けはちょつとまねできない。そして全体をまとめるこの適度の崩れ、間の抜け方はさらにまねできない。これを観て顔真卿(709-785)の祭姪文稿を観る、祭姪文稿を観てこれを観る、これを観て李白(701-762)の詩を読む、李白の詩を読んでこれを観る、結局全部同じことなのではないだろうか。天為。闊達無碍。気宇壮大。ますらおぶりの書であり詩であり絵画。
「絵画はもっと原稿であるべきだ」というのが今の僕の思考です。ここでいう原稿の定義とは、1. 矛盾がある、2. つじつまが合わない、3. すきがある、ゆえに、4. つっこめる。僕の以前からの考え「絵画には矛盾があっていい」にもつながります。つまり逆に言うと、矛盾がない、つじつまが合う、すきもない、ゆえに、つっこめない。この権威こそが遠近法であり、征服欲につながっていると思います、絵画を自然を人間が征服するという、いや人間は征服できるんだという。西洋医学の考えと同じです。
まだまだ僕は酒でも飲みながらぽかんと口を開けて、たくさん雲の流れや夕日を見て、森の小鳥たちとたくさんお話しして、相当心を太くしていかないとひまわりの種は超えられない!でもということは、逆にその方向で行けば接近できるという気持ち、すなわち希望が、僕の心の中にすでにあるのではないだろうか。

2020年1月13日記。
和田 健

Picky Dancers No.10

Posted in Picky Dancers 2019-2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 11 January 2020 by kenwada

ピキダンサーズ No.10
2020年1月
北軽井沢 作品 No.391
画布にアクリル、マルチ-タレント鉛筆
50.0×60.6 cm

Picky Dancers No.10
January 2020
Kitakaruizawa Works No.391
Acrylic and multi-talented pencil on canvas
20.0×24.0 in.

Danseurs Difficiles Nº10
janvier 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°391
Acrylique et crayon aux multiples talents sur toile
50.0×60.6 cm

今後の僕の課題がはっきりと見えてきました!

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 5 January 2020 by kenwada

皆様、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

昨年末より李白(701-762)の詩を集中して読み始めました。
2019年12月25日の僕のノートのメモには、
「この年末を李白(701-762)の勉強に捧げる。あと26日ー31日の6日。非常に鋭角的で天衣無縫、線が伸び伸びしており、相互に響き合い、闊達なとてつもないスケールの天才的な絵画的・空間的要素を感じる!幾重にも重ねられた星印のような図形的なイメージがある。それでありながら作品の底流にタオ的な明るさ、おおらかさ、あたたかさをも同時に感じる。この傑出したインスピレーションは絶対に絵画の中に取り入れられる。よってこれを勉強しない手はない!
2019年12月25日(水)夜記。」
とあります。

以来、少しずつ読み進めてきて、いくつもの美しい、圧倒的に美しい詩に出会いました。具体的には、「山中にて俗人に答う」「静夜思」「内に贈る」「九日 竜山に飲む」「黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る」「独り敬亭山に座す」「白鷺鷥」有名な「月下獨酌」これなどは英語訳を読むと Drinking Alone by Moonlight なのか、Drinking Alone under the Moon なのか、Drinking Alone in the Moonlight なのか、いくつもの英語訳があって、そもそもタイトルからして僕なら当然最初 under だろうと思いましたが、by なのか under なのかはたまた in なのかなんて考えていると面白くて病みつきになります。「春の日に酔いより起きて志を言う」素晴らしいですね、美しい!「汪倫に贈る」あたたかい、素晴らしい!今、「長干の行」を読んでいます。素晴らしい、美しい、この詩は14歳の夫婦という設定を非常に甘美にやわらかく打ち出してきた時点で勝負あった!だけれどもこの時代にはごく普通の結婚年齢だったのかもしれないな、いやでもこの時代にあって夫が四川省まで行ってしまうというのは、ほとんど地の果てに行ってしまった感じがしただろうな、直感的に言って僕はこの詩を李白はイマジネーションで書いているなと思う、いやいやそうではなくてこれは彼の見聞に基づくもので・・・等々、先を読み進めるのが少しもったいなくなる、そんな感じ。Ezra Pound の訳がまた素晴らしく優しい、While my hair was still cut straight across my forehead う〜ん、cut straight across か、よくここまで置き替え練り上げてくるな、すごいなこの1行目。唯一五月の five months のところは意味が取れないので、ここ研究課題。(That is, Despite Ezra Pound translated August as August in line 23, why did he translate May into five months in line 17? I think that this word “five months” has changed various meanings in the poem.)

これとテレビのない我家で年末にNHKラジオの「教授の大みそか」という蓄音機&SPレコードの特集番組を聴き、最後の1930年の録音のカザルスのこの世のものとは思えないまるで神が舞い降りてきたような演奏を聴いた時に、李白とカザルスに通底するものをはっきりと感じ、年が明けてから「らじるらじる」で何度もこの演奏を繰り返し聴いて、年明け早々少し思考が進んで今後の僕の課題をつかみかけてきました。

つまり詩を書くのではなく言葉を置く感じ。音楽を演奏するのではなく、音を置く感じ。宇宙と一体となって出てくるもの、天から舞い降りてくる言葉や音をつかまえて、それをそっと紙や弦の上に put する。必要以上に自分が泣いたり感情移入したりしてはダメ。天から降りてきたものだけを詩や音楽にしている。自分を無、カラにしないと入って来ない。まわりの言葉や音が入って来ない。静寂。

これを自分にあてはめると、僕はこの2年間毎日毎日1. いい加減に、2. 無造作に、3. がさつに、4. ぶっきらぼうに、5. すっぽ抜けている、6. ぶっ飛んでいる、7. 適当に、この7項目をそれこそ金科玉条のようにして毎朝描き始める前にお経のように唱えてはこの7つの中の調和を模索してきたのですが、つまり、キチキチ詰めているんじゃない、ピキッとしていると絵画は非常につまらない、退屈になる、あくまで僕にとってはということですが、その先に思考が進めなかったものが李白とカザルスを通してわかりかけてきた。

つまり描くのではなく降りてきた色だけ形だけそっとキャンバスの上に置く感じ、自分で絵を描いたらいけない、絵を支配したらいけない、絵をコントロールしたらいけない、絵画の中に征服欲をもちこんだらいけない!
これは李白やカザルスのようなgreatestたちに率直な物言いで大変失礼だけれども直感的に感触なのだと思う。感触なんだと思います。この感触をつかんでしまえばまた前に進める。

そしてそれを大きく展開してたっぷりと自分でも表現し終えたなと思えたらやめます。
Cy Twombly が英語のインタビューの中でアトリエの窓辺で2,3時間海を見てから描き始めると答えていたけれども、この感触をはっきりとつかんでいたんだな。
僕のノートの2018年5月21日のメモに、「The dahlias sleep in the empty silence. Wait for the early owl. EAST COKER, まだ絵画はここまで到達していない、唯一これに迫れたのは全く違う方向からのアプローチでCy Twombly だと感じる。」とあります。やっぱり2018年4月に NYC の Gagosian で Twombly の Drawing を94点観て、いろいろ感じたんだろうな。

さあ環になって踊れ!Mélangez! Mélangez! Mélangez! À tout à l’heure!
無心に心穏やかに描く、マントノンの青い夜の水彩画の時のように、窓辺で。

しかしすごい時代だな、 顔真卿がいて、懐素がいて、李白がいて、杜甫がいて、日本からは空海が留学で入唐していて、・・・。
一度でいいから僕も唐に行ってみたかったな。別に都の西安(長安)でなくてもいいから。そして村人汪倫の酒を僕も飲んで、その足で僕も小舟に乗って長江を下り、望夫の台から心配そうに西方の彼方を見つめる The River-Merchant’s Wife を岸辺にふと見かける、
Alas! きっとそれはとてつもなく美しいだろうな。

2020年1月5日記。
和田 健