Today’s Worst Painting No.1

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 11 August 2020 by kenwada

2020年8月11日、Each Painting 15、F30号を4枚同時に制作しているので、そういう意味では Total Painting 60。ダメ、没。attraper=catch できない。
今日からその日のワースト・ペインティングを順次掲載していったらどうだろうか?その没落と下降の連載の展開の中にある種の真実が嗅ぎ出されないだろうか?
この後午後から、2016年12月以来のダンテ「神曲」の再読、今回は平川訳に加えて山川訳、SINGLETON の英訳も合わせて読み進める。
それが終わったらと言っても何ヶ月かかかるけれども、いよいよ T.S.Eliot の MURDER IN THE CATHEDRAL に入る、すでにテキストがイギリスの本屋から届いている、そもそもトマス・ベケット大司教の予習をしておこうと思って、というのはある程度予習しておかないと歯が立たない感じがしたから、それで1951年製作の同名の映画を観たらあまりにも暗くて、これをこの真夏の8月にやるのかと思ったら気が滅入って、それでダンテを始めたのでした。
何で毎日そんなことをしているのかと言うと、主な理由は二つあって、一つは自分の絵画のインスピレーションを少しでも深めかつその幅も広げたいため、もう一つはフランスに丸7年間住んで痛感したことだけれども、ヨーロッパ人はそのくらいのことは一般教養としてごく普通にクリアーしてくるため、やっておかないと全く太刀打ちできないから、もちろん彼らも人によりますが。
そんな訳で人はみんなそれぞれ戦っています。若い人には現代の中高年の立派な社会人なんかにとらわれないで、とらわれないでというのは、崇めたり、モデルケースとしたり、尊敬したりなんかしないで、あんなふうになりたいだなんて思わないで、是非創意工夫を凝らして自由にのびのびと創造性豊かな人生を築き上げて欲しいなと思います。ハングリー精神、がめつさが他国の若者に比べて少ないのが致命的な大きな欠点だけれども、今の日本は若者の方が人柄がいいと思う。
いつの時代も世の中は若者がつくるものだと思う。
若者が萎縮せずに存分に活躍できる社会であって欲しいなと切実に思う。
若者が真に崇めるべき人物は、実は同年齢の、具体的には10代、20代の他国の若者の中に存在しているのであって、天才が今世界の若者の中にたくさん生まれているという事実を SNS を使って情報を集めて欲しいと思う。例えばスウェーデンの17才の女の子が訴えていることは何なのか、パキスタン出身の23才の女性が考えていることは何なのか、それらのことをついうっかり見過ごして、今日は何を食ったとかそんな投稿ばかりしていると、若者がやがて中高年になった時に(必ずなる)、その姿は現代の中高年の立派な社会人と残念ながらほぼ似たり寄ったりのものになると思う。
それでは、また。

2020年8月11日
和田 健

The Creatures on Earth!

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 8 August 2020 by kenwada


みんな、1才の誕生日おめでとう。
イチ、ヨキ、ちい、大将、そして福・・・・。
みんなで体を寄せ合ってまだ小さかったのに真冬の厳しい寒さ、一番寒い時でマイナス18℃くらいになるのによく乗り越えたね。みんなで誕生日を迎えられなかったけれど、いつもたくさんのインスピレーションを与えてくれてありがとう!
卵だって2020年2月7日の初産から昨日8月7日までのちょうど半年間で695個も産んでくれました。お母さんはスーパーで卵を全く買わなくなりました。養鶏の世界には鶏同士の突っつきを防止するために生まれてすぐに雛の嘴を切る断嘴(だんし)という恐ろしい儀式があるけれど、お父さんはそれが嫌で孵卵場の方に頼んで特別に断嘴をしないでみんなは我家に来たんだよね、でも誰もいじめたりしないで、みんなで仲よく力を合わせて一年間過ごしてきて本当にえらいね。今はトコの具合が少し悪いからみんなでよく注意して見守ってあげてね。福がいなくなって女の子ばかりで心細いだろうけれど、特に大空を舞うノスリが襲ってきた時なんか、あいつは気は優しくて力持ちでいい男だったからなあ、いつも体をはって守ってくれていたからなあ。
お父さんの新しい作品 “Untitled ーfrom the series F Paintingsー” を待っていてください。年内には必ず仕上げるから。


Cher les amis,
Bon anniversaire, tous!
Ichi, Yoki, Chii, Taishô, et Fuku…….
Vous avez un an aujourd’hui!
Vous m’avez beaucoup donné l’inspiration pour mon travail.
Merci, les enfants!


Day was departing, and the dark air was
taking the creatures on earth from their la-
bors;*¹

例えば自然の中で猫を飼ったことのない人には、
猫が朝の敷地=縄張り内の見回りから始めて一日中どれだけ労働しているかがわからない。
例えば庭の片隅でもいい、一度でも身近に鶏を飼ったことのない人には、
鶏が夜明けとともに日が暮れるまで働き詰めで一日中どれだけ労役しているかがわからない。
それがわからなくて詩人だとか芸術家だとかはたして言えるのだろうか。
でもそんなことを知らなくても生きていくことに別に支障はないから、
現代では胸をはって立派な社会人だと声高らかに宣言することはできる。

*¹ DANTE ALIGHIERI, The Divine Comedy, CHARLES S. SINGLETON, Inferno CANTO II, line 1-3
この美しい3行の詩の肝は the creatures にあると思います。ダンテのイタリア語の原文では li animai となっていて、僕はイタリア語の古語や地方語のことがよくわからないので、これが何の複数形を指しているのかがわからない。それぞれ山川訳では「生物」、平川訳では「人や動物」となっています。それらと照らし合わせて考えると creatures と英訳した訳者の力量や気迫には凄まじいものを感じる。anima (女性形で li=gli との整合性がない) や animo (男性系だが複数形 animai との整合性がない) からの類推で、もしダンテが地上の「魂」はすべて労働すると考えていたとしたら、ダンテにとって猫や鶏が労役するのは子どもの頃からむしろ当たり前の光景であり、一日の終わりに地上のすべての「霊魂」がその労苦から解放されると実感していたとしたら、大詩人の声はあなたを現代の立派な社会人から必ずや救い出してはくれないだろうか。


2020年10月で丸12年になる当サイト始まって以来のクイズです。
母親に抱かれている後の偉大な芸術家は誰でしょう?
写真をクリックしていただくと答えがわかります。
「幼少期に鶏を見つめ続けたことと生育後の彼の分裂症的な絵画との関連性についての一考察」という論文があれば今すぐにでも飛びついて読むのですが、残念ながら現在のところ僕には見つけられていません。
「和田さん、そんなのじゃ論文のテーマにもなりませんよ」
「わからないよ、教授が天才であれば、君、今すぐにでも始めなさい」とかね。
しかし、素晴らしい写真だな。お母さんが左手でまさぐるポケットには乾燥トウモロコシの粒、右腕一本で軽々と息子を抱き抱える母親の大きな愛、それに安心してすがる子どもの絶対的な愛、母親の肩越しに幼心に動物の中に見た真実の愛は彼の終生を通して変わることがなかった、やがて訪れるアルコール依存症、破滅へとひた走る彼の生涯の不吉さの前兆が、ものの見事なまでにこの一枚の写真に凝縮されているように思います。下降。完璧なまでの美しさ。
ところで疑問、一体誰がこの写真を撮ったのだろう。庭先のスナップ写真をわざわざプロの写真家を呼んで撮らせたとは思えないので、要するにこの天才的な写真を撮ったのは家族の誰なのだろう?これだと本格的なクイズになるな。


最後に一句、
國士氏*²の 山羊は彼方へ 去りにけり

*² 岸田國士氏
くにおしの やぎはかなたへ さりにけり

2020年8月8日
和田 健

Artexpo New York’s Facebook, Instagram and Twitter!

Posted in Exhibitions 2012-2026 with tags , , , , , , , , , , on 27 July 2020 by kenwada
Artexpo New York
7月6日 6:10 ·
🎨: Dear Grid Worker No. 4 by Ken Wada | Agora Gallery
#ArtexpoNewYork #KenWada #AgoraGallery #fineart #artwork #pinkandblack #pink #black #contemporaryart #artist #artgallery #gallery

7月6日に Artexpo New York の Facebook, Instagram, Twitter に僕の作品 “Dear Grid Worker No.4” が掲載されました。僕はSNSを全くやりませんので、先日まで知りませんでした。
Artexpo New York には例年世界中の国から400を超えるギャラリーやアート関連の出版社が参加します。その中の数多くのアーティストを一々紹介していたらとてもやっていけませんので、主催者の公式サイトで作品が紹介されるなんて大変光栄です。2018年の3作品を展示予定ですが、“Dear Grid Worker” の No.1 や No.3 ではなくて No.4 を選んで載せてくるところが個人的には渋いなと思う。ちなみに Agora Gallery がメインにしている作品は No.1 で、僕がメインにしたい作品が No.3 です。3枚並べるとこんな感じになります。
https://www.agora-gallery.com/exhibition/Artexpo_04_22_2021-Artist-Ken_Wada.aspx
これらの作品を描いていたのは2018年のちょうど今ごろの季節で、そこからこの後 “Dear Grid Worker” の No.7 や No.8、さらには今年の “Untitled 2020” の No.13 から No.16 の “Green and White Paintings” が生まれたんだな、と思います。
やっぱり絵画は踊っていないとね、ぶっ飛んでいないとね、
いまさら気取った立派な社会人めいた絵画を観ていても描いていても面白くもなんともない。
Rat’s Feet, Rat’s Feet, Rat’s Feet Paintings!
祭姪文稿、祭姪文稿、祭姪文稿ペインティング!
同時に絵画はエレガントでないとね。
そこからさらに一歩思考を進めて、
Rat’s Feet Dancing!
A Gathering of Sai Tetu Bun Kou! なるものを構想したらどうだろうか。
現在、“Green and White Paintings” の No.17 から No.20 に取り組んでいます。今の手応えから前に進められると思う。
同時に次のシリーズの構想が浮かんできて、おそらく今度は白と斑点系の赤だけになると思います。
でも今までの経験からあんまり次の構想に脳が飛ばない方がいいんだよね、
でもこの際思いっきり飛んで全部ブッつぶれちゃった方がかえってすっきりしていいかもね、
どうせご立派な社会人じゃないんだから。
2020年7月27日
和田 健

Artexpo New York’s Facebook
https://ja-jp.facebook.com/artexponewyork/
Artexpo New York’s Instagram
https://www.instagram.com/artexponewyork/

Untitled 2020 No.16 ーfrom the series Green and White Paintingsー

Posted in Works 2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 25 July 2020 by kenwada

無題 2020 No.16
ーシリーズ緑と白のペインティングからー
2020年7月
北軽井沢 作品 No.409
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.16
ーfrom the series Green and White Paintingsー
July 2020
Kitakaruizawa Works No.409
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Sans Titre 2020 Nº16
ーde la série Vert et Blanc Peinturesー
juillet 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°409
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.15 ーfrom the series Green and White Paintingsー

Posted in Works 2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 23 July 2020 by kenwada

無題 2020 No.15
ーシリーズ緑と白のペインティングからー
2020年7月
北軽井沢 作品 No.408
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.15
ーfrom the series Green and White Paintingsー
July 2020
Kitakaruizawa Works No.408
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Sans Titre 2020 Nº15
ーde la série Vert et Blanc Peinturesー
juillet 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°408
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.14 ーfrom the series Green and White Paintingsー

Posted in Works 2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 21 July 2020 by kenwada

無題 2020 No.14
ーシリーズ緑と白のペインティングからー
2020年7月
北軽井沢 作品 No.407
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.14
ーfrom the series Green and White Paintingsー
July 2020
Kitakaruizawa Works No.407
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Sans Titre 2020 Nº14
ーde la série Vert et Blanc Peinturesー
juillet 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°407
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.13 ーfrom the series Green and White Paintingsー 

Posted in Works 2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 18 July 2020 by kenwada

無題 2020 No.13
ーシリーズ緑と白のペインティングからー
2020年7月
北軽井沢 作品 No.406
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.13
ーfrom the series Green and White Paintingsー
July 2020
Kitakaruizawa Works No.406
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Sans Titre 2020 Nº13
ーde la série Vert et Blanc Peinturesー
juillet 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°406
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm

よし、4枚できたぞ!ここはすぐに次の4枚に取り組もう。リズムが出てきたぞ。
Rat’s Feet, Rat’s Feet, Rat’s Feet Paintings!
2020年7月18日
和田 健

Now I’m Fighting to Create My New Series, “Green and White Paintings”!

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 10 July 2020 by kenwada

My studio photo on July 10, 2020.
Now I’m fighting to create my new series, “Green and White Paintings”!
I’ve found that the combination of green and white colors is really more elegant than I expected. I think that the one is also gorgeous at the same time! Ça m’amuse beaucoup! I do my best!
Ken WADA

今、緑と白の組み合わせをメインテーマに、脳をずらす/壊す/切り裂くペインティングを大きな課題として取り組んでいます。先日、そのための日常的に生み出す手法を思いつきました。同時にこれは顔真卿の「祭姪文稿」の要素も取り入れられる。もうここまで来たら少し先が見えてきました。取り組み初日の2020年6月19日のアトリエの写真と比べてみるとその変遷がよくわかります。何て言ったらよいのか、例えばここに車の好きな人がいて、すごく車に詳しくて、車の絵を描いたとします。でもそれを観ても何にも面白くない、自分の脳の言わば意志命令通りに忠実に描いているわけだから、お上手ですね、得意分野ですね、としか言いようがない。全然ロックじゃない、ジャズでもない、やっぱり出てきた形が自分でも、えっ、こんな形知らなかった、えっ、何この形、こんな形が僕の心の中にあったんだ、っていう衝撃がないと、脳が揺さぶられないと、それを刺激といってしまえば、あまりにありきたりの言葉になるけれど、やっぱり脳がずれていないとね、全然観ていても描いていても面白くも何ともない、どのくらいずれていると美しいと感じるものがあるかと言うと、T. S. Eliot の The Hollow Men (1925) の the first stanza の中に静かで意味のないものとして、rat’s feet over broken glass/ In our dry cellar が出てくるけれど、そのくらいずれていないとね、美しい、確かに美しい、普通そのような表現を引き合いに出してこないものな、その乾いた地下貯蔵室の “broken glass” にまたがるネズミの足を色と形にしたいんです、僕は。ここは全力でやります。
和田 健

Journey of the Magi

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 6 July 2020 by kenwada

1927
written by T. S. Eliot (1888-1965)

‘A cold coming we had of it,
Just the worst time of the year
For a journey, and such a long journey:
The ways deep and the weather sharp,
The very dead of winter.’
And the camels galled, sore-footed, refractory,
Lying down in the melting snow.
There were times we regretted
The summer palaces on slopes, the terraces,
And the silken girls bringing sherbet.
Then the camel men cursing and grumbling
And running away, and wanting their liquor and women,
And the night-fires going out, and the lack of shelters,
And the cities hostile and the towns unfriendly
And the villages dirty and charging high prices:
A hard time we had of it.
At the end we preferred to travel all night,
Sleeping in snatches,
With the voices singing in our ears, saying
That this was all folly.

Then at dawn we came down to a temperate valley,
Wet, below the snow line, smelling of vegetation,
With a running stream and a water-mill beating the darkness,
And three trees on the low sky.
And an old white horse galloped away in the meadow.
Then we came to a tavern with vine-leaves over the lintel,
Six hands at an open door dicing for pieces of silver,
And feet kicking the empty wine-skins.
But there was no information, and so we continued
And arrived at evening, not a moment too soon
Finding the place; it was (you may say) satisfactory.

All this was a long time ago, I remember,
And I would do it again, but set down
This set down
This: were we led all that way for
Birth or Death? There was a Birth, certainly,
We had evidence and no doubt. I had seen birth and death,
But had thought they were different; this Birth was
Hard and bitter agony for us, like Death, our death.
We returned to our places, these Kingdoms,
But no longer at ease here, in the old dispensation,
With an alien people clutching their gods.
I should be glad of another death.

今日は朝から何度もうなりました。
美しい、美しい、なんて美しいのだろう!
およそ人間が作ったものの中で、この詩はちょっと考えられないほど美しい!

特に the second stanza の the word “temperate”、この一語でそれまでの the first stanza の “cold” や “winter” のイメージから一気に完全に決着をつけにきている、そのおそいかかってくるタイミングというか間合いというか、そこに何か異様なものを感じる、引き続いて、
“temperate valley” と“tavern” の描写、
“water-mill” が夜明けの “the darkness” を “beat” している、
“the lintel” の上に “vine-leaves” が絡みついた “tavern”、
“hands-feet” でもってきて、銀貨をかけてのサイコロ賭博、

the final stanza でそれまでの “we” を “I” に突然切り替えてくる思わず鳥肌が立つような場面転換の鋭利な(鋭利ななどという凡庸な言葉では作家に本当に申し訳ないですが)感覚、何か性的な感覚、
そしていよいよこの詩の核心であると僕には思われる一語 “agony”を登場させての、
“this Birth was/ Hard and bitter agony for us, like Death, our death.”
このイエスの誕生は我々にとって “agony” だった、さらには、
“With an alien people clutching their gods.”、
自国の民は今や “alien people” だということ、
the final line の “I should be glad of another death.”
この詩は今の僕の心の支えです。
すごいです、これは。人間の崇高。人間の気品。人間の高貴。人間の欲望。すべてが入り乱れて一つの巨大なドラマの塔を打ち建てている。でも一番感じるのは人間の再生であり更生なのではないでしょうか。最後の一行、専門家はどう日本語に置き換えるのでしょうか?僕自身は仏教徒ですが、大学の英文学の専門家とキリスト教の牧師や司祭等の専門家と二通りの意見を是非きいてみたいです。僕個人は「(生まれ変わった)(もう一つの)別の死をこそあえて喜んで望む、受け入れる、迎えるだろう。」という感じでしょうか。(この原文にはないこそあえての感覚が大切だと思うのですが)

Agora Gallery’s Facebook!

Posted in Exhibitions 2012-2026 with tags , , , , , , , , , , on 30 June 2020 by kenwada

Agora Gallery
6月28日 8:00 ·
This week’s #StudioSunday artist, Ken WADA, creates ink works that incorporate a full range of free-flowing painting techniques. Born and raised in Japan, the artist began to study calligraphy at the age of six. However, he worked as a science teacher for 15 years, until he started painting and drawing at the age of 39. Since then, his life has changed dramatically. The artist decided to move to France in 2004, where he studied drawing and oil painting. He lived there for seven years, until an unexpected event in 2011 changed everything; his mother had fallen into a coma, and the artist had to cancel his shows to be close to her. During that time, the Tohoku earthquake and tsunami occurred: “After experiencing my mother’s illness and the giant earthquake, I became more interested in the world of the unconscious. Depiction of what underlies in the unconscious became the goal of my creative activity, and every day I attempt to get as close to the goal as possible, introducing elements of the unconscious into my artworks”, as the artist describes.
WADA is interested in using the traditional medium of ink in innovative ways. For instance, he painted much of his recent work with branches picked from his own garden. He believes that the origin of his creative activity lies in the seven years that he attended calligraphy classes as a child. Apart from art, his interests include reading literature and philosophy, listening to classical music, gardening, jogging, while he is also a keen animal lover. To him, the most gratifying experience as an artist is during his one-man shows, where he sees his exhibits hanging on the walls.
Ken WADA will showcase his works at the Artexpo Art Fair in New York, this October.
Artworks available for sale by the artist: https://bit.ly/2BJRzFO

画像に含まれている可能性があるもの:1人、室内

ニューヨークの Agora Gallery の Facebook で昨日から紹介されています。
これ2016年2月の写真です。写真はちょっとどうかと思うけれど、書いてあることはすべてその通りです。あの時、確かかなりの量の質問をされ、それへの返答を一つ一つしました。それから4年以上も経ってそのインタビューが一つの記事になって出てくると驚きます。StudioSunday と言うのは Agora Gallery の Facebook で毎週日曜日にアーティストのアトリエを紹介する特集コーナーです。
Thank you very much, Agora!
4年前の写真ですけれど、ずいぶん描いていたんだな、そしてまだ少しは今よりも若かったんだな。
今年はコロナで全ての展覧会が延期になり苦しい戦いが続いていますが、
「今でも同じようにいやそれ以上かな?ともかく描き続けているよ」
とあの頃の自分に言いたい。
そのことが僕の心の救いです。
2020年6月30日
和田 健