Archive for August, 2021

Untitled 2021 No.17

Posted in Works 2021 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 29 August 2021 by kenwada

無題 2021 No.17
2021年8月
北軽井沢 作品 No.434
画布にアクリル
97.0×130.3 cm

Untitled 2021 No.17
August 2021
Kitakaruizawa Works No.434
Acrylic on canvas
38.5×51.5 in.

Sans Titre 2021 Nº17
août 2021
Kitakaruizawa Œuvres N°434
Acrylique sur toile
97.0×130.3 cm

Untitled 2021 No.16

Posted in Works 2021 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 27 August 2021 by kenwada

無題 2021 No.16
2021年8月
北軽井沢 作品 No.433
画布にアクリル
97.0×130.3 cm

Untitled 2021 No.16
August 2021
Kitakaruizawa Works No.433
Acrylic on canvas
38.5×51.5 in.

Sans Titre 2021 Nº16
août 2021
Kitakaruizawa Œuvres N°433
Acrylique sur toile
97.0×130.3 cm

TSP No.50 (最終回) ーこの夏の思い出ー

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , , , , on 11 August 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 38.5×51.5 in. (97.0×130.3 cm)
August 11, 2021

連日、この2枚のF60号の制作に取り組んでいます。
毎日、新たな気づきがあり、それが嫌みのないしつこさを保ちながら、僕に向かって連続して訴えかけてきますので、描いていて楽しいです。
僕らの仕事は、日曜日や祭日、お盆休みなどはありませんので(そもそも我家のお盆は新盆で7月ですし)、集中して描けているので、まあよいかなと思います。
この夏の思い出といえば、まずはこの2作品の制作のことでしょうか。

読書の方は、「デイヴィッド・コパフィールド」(岩波文庫全5巻)を読み終わった後、しばらくは何を読んでいても面白くなく、手持ち無沙汰の状態が続きましが、トーマス・マンの「魔の山」(岩波文庫上下巻)の2014年以来の再読に入りました。
最初は、なかなかのってこなくて、特にセテムブリーニが登場したあたりでは、またこのイタリア人の饒舌に、この後長々とつき合うのかと(しかしこのセテムブリーニとナフタとの論争こそが、この物語の肝ですね)、少しばかりげんなりしましたが、少しずつリズムがつかめ始め、まもなく上巻が終わるところです。
感想を書くと長くなりますのでやめますが、しかし、それにしても改めて、海抜1600mの国際サナトリウム「ベルクホーフ」を取り巻く環境及び場面設定や、マンの常に手、指、腕に注がれる極端なまでの性的な偏向など、極めて特異な物語ですね。
でも、マンを読むと、いつもなぜか条件反射的に、自分の生活を律することができるような感じがします。
これは、「トーマス・マン日記」(紀伊國屋書店)を読むとわかりますが、マン自身が厳格な時間主義者(とでもいう言葉を思わず使いたくなります)だからでしょうか。

近くに借りている畑に最近、鹿が入り、とうもろこしを食い荒らしました。
畑を借してくれている農家さんのお話では、下の川から上がってきた鹿で、そこで20頭くらい群れて棲息しているそうです。
昨年、僕はとうもろこしを種から21本育てて、明日収穫すると予定していたまさにその前夜!になって、ハクビシンに電気柵をくぐられ、3本残して全部やられました。
そこで今年はとうもろこしをもう植えませんでしたので、難を逃れましたが、やられた方の気持ちは痛いほどよくわかります。
もう何て言いますか、しばらく「えっ」と、畑を見ながら茫然自失、最初何が起こったのかわからない感じがしました。
「ああ、(全部倒されて)畑が平らになったな」というのが、しばらく経った後の実感でした。
それでも野生動物たちも生きるために食べ物を求めて必死ですから・・・、プロの農家さんにとっては死活問題で、駆除するなど、いろいろな考え方があるとは思いますが、どうか殺さないでください。
野生動物といえば、森の中で暮らすようになってから、これまでに少なく見積もって、朝夕の愛犬の散歩時に、森の中の道で猪にばったりと70回くらいは遭遇していますが(猪といっても大きいのだと、本当に優に子牛くらいはあります)、あれはいつでしたか、ある年の冬に、この冬は出会った回数を記録していて、猪に一冬で22回出会ったのですが、その中に雪に覆われた凍土の中で必死に生きる3兄弟のうりぼうがいて・・・、この3匹からは実に様々なことを学びました。
特に群れのリーダーである長男(と僕が勝手に思っていたうりぼう)から。

今朝、大事に育ててきたクレマチスの朝霞(あさがすみ)が初めて咲きました。
この花は、僕がこれまでに見てきた花の中で、もしかしたら最も美しいかもしれない。
うーん、ちょっとこの和紙で作ったような造形はあり得ない・・・、早朝から心が洗われるような気がしました。
それから、この夏、クレマチスの挿し木に初めて挑戦してみましたが、16ポット作ってやっと2つだけ成功しました。
おそらくプロの育苗家の方たちからみたら、お話にならない拙いレベルかと思いますが、どの部分を切り取って、挿し木に使えばよいのかが、少しだけわかってきました。
どうしてクレマチスに強い興味をもち始めたかというと、日本で見られるクレマチスの野生種であるカザグルマとハンショウヅルが、我家の庭に自生しているのを見つけたからです。
初めは見つけた花の名前もわからなかった僕ですが、この原種の思わず息を飲むような美しさに、すっかり魅了されました。

借りている畑のそばに小山があり、そこに村のお墓があって、当地の短い夏の燃え上がるような青空(標高が高いためでしょうか、この青は、決して抜けるような青空ではない)と、沸き立つ白い雲を背景に、鬼百合が咲き乱れて風に揺れています。
愛犬の散歩で通ると、この風景は思わず、その場でしばらくの間、立ち止まって見とれてしまうくらい、恐ろしく美しいです。
そしていつも、T.S.Eliot の EAST COKER の詩の中の篝火を囲む死者の舞踏のシーンを必ず思い出します。
さらにその思考の流れは条件反射的に、マティスのダンスへと、「男はつらいよ」第38作「知床慕情」の中の踊りのシーンへとつながり・・・・。

まあ要は、このような特になんていうこともない平凡な夏ですが、最近、少し年をとったせいか、取り立ててどうということもない、取るに足らない物事に、深い味わいを感じるようになりました。

以上です。

2021年8月11日
和田 健

追伸:
本日、F60号2枚にサインをしました。
Today’s Studio Photo (TSP) として、これまで主に制作過程の記録を残す形で、いわば日々の制作の引き出しの中を整理してきましたが、ちょうど50回になったこともあり、TSP の掲載は、一応、今回でやめようかなと思います。

それから、例えば上記のクレマチスの朝霞など、我家の日々の暮らしの様子につきましては、妻(古いフランスピアノの修復師です)のサイトの中の「日々いろいろ」のコーナーに、それこそいろいろと掲載されておりますので、よろしければ合わせてご覧になってください。

http://francepiano.blogspot.com/search/label/日々いろいろ

それでは、常軌を逸した連日のこの大雨と、猛威をふるうデルタ株の感染拡大から、皆様がどうか守られますように!

2021年8月18日
和田 健

TSP No.49

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , , , , on 10 August 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 38.5×51.5 in. (97.0×130.3 cm)
August 10, 2021

TSP No.48

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , , , , on 6 August 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 38.5×51.5 in. (97.0×130.3 cm)
August 6, 2021

TSP No.47

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , , , , on 5 August 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 38.5×51.5 in. (97.0×130.3 cm)
August 5, 2021

TSP No.46

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , , , , on 3 August 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 38.5×51.5 in. (97.0×130.3 cm)
August 3, 2021

TSP No.45 ー絵画は表現の固まりー

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , , , , on 2 August 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 38.5×51.5 in. (97.0×130.3 cm)
August 2, 2021

前回、TSP No.44 で書いた彼ら、彼女らがもつ、もともとの能力の違い、才能の違いについて、例によって夜中に目が覚めた時に考える。
これは一体何なのか?

そこから思考がたどり着いたことなのだけれども、絵画というものは、もっとダイレクトなものなのではないだろうか、表現の固まりなのだということ、もっと表現に密着した本能的・原始的なものなのだということ。
それが彼ら、彼女らは、強く出る、あるいは出せる。
様々な文化的、社会的な背景を基盤として。
その中でも、彼ら、彼女らに一番影響を与えているのは、実感として、自由と自主独立だなと思う。
いかに人と違うかがかっこいい文化と、出る杭は打たれることのないようにいかにして工夫するかの画一的な横並びの文化と。

それから、冗談とかではなく、食べ物の影響もあるかもしれない。
7年間フランスに住んで、いわば人体実験のように自分の体を通して感じたけれども、毎日、肉とチーズばかり食べていると、自然と喜怒哀楽が激しくなる。
「精神の瞬発力」とでも呼ぶべきようなものが高まる。
そしてその分、精神の安定は欠くようになる。
実は、この状態は表現活動には向いている。
まあ学者的にはNOかもしれないですけれど、生活者の目で見れば、これは十二分にあり得ます。
人間、幼少期からの食生活の習慣、積み重ねの影響は計り知れないですから。

結局、表現なんだな、少し見えてきたぞ、この問題の核心が。
それを日本人は、多くの場合、技術や誠実さで対抗しようとするからな。
塗り方が雑でないとか、最後まできれいに仕上げているとか、きちんとしていて恥ずかしくないとか、そんなようなことです。
特にこの恥ずかしくないものを、拙くないものをというのが、どうも日本人特有の一般的にみられる感性で、別に恥ずかしくてもなんでも、それよりは表現を求めたいという気持ちが、もう少し彼ら、彼女らには、社会的に許容されていることも加わり、日常的に強く心の中にもっているのかもしれない。
そのような文化的な背景があればこそ、必然的にゴッホも生まれてきたのではないだろうか。
表現への飢えや希求、渇望が、恥やメンツ、プライドよりも若干強い。
日本人は、彼ら、彼女らに比べると、どうしても押しが弱い。

草間さんのニューヨーク時代のあの斑点の作品は、今のようにあまりに有名になったことに比べれば、当時はまだほとんど無名の存在に近かったけれども、すごく西欧人のダイレクトな表現を求める感覚に近い、と言いますか、あまりに根源的なものが酷似している。
昨年の Damien Hirst の一連の Veil Paintings も全く同じです。

この問題は、僕の考えに足りないところもあると思いますので、さらにもう少し深く掘り下げて考えてみます。
例えば、彼ら、彼女らは、なにゆえに常に合理的な思考をするのか、それと彼ら、彼女らの表現との関係について考えていない。