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「ライだよ、森の童話」が完成し出版されました!

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 3 October 2020 by kenwada

本の表紙です。

本の目次です。

以下のサイトからご購入いただけます。100円です。電子書籍が初めての方でも、Kindle の無料アプリをダウンロードしていただければすぐに読めます。

本の内容紹介です。
ライだよ!野良猫だった3ヶ月の黒猫ライが、ある日北軽井沢の森の中に暮らす家族のもとへ死にそうになってやって来てから、人間と2匹の猫、1匹の柴犬、そして鶏たちが暮らす家に仲間入りしていく物語を、半分以上は実話をそのまま書いたリアルタイムの童話です。「いいか、ライ、ねこってえいうのはヘイワをあいするんだぞっ」という猫のもみ兄ちゃんやソウゴリカイを説く猫の楢姉ちゃんに導かれながら、語り手のライが家族や平和について考え成長していく愛にあふれたお話です。動物たちからのメッセージをどうぞお受け取りください。

ライだよ、みんなげんきぃ、さっきおとうさんからきいて、もうびっくりしちゃったんだけれど、ぼくがおとうさんにはなした、れんぞくもりのなかのりあるたいむどうわが、ついにカンセイしてシュッパンされたんだって。
おかあさんがしゃしんをたくさんいれて、ぼくのはなしがすんごくながいんで、ヘンシュウっていうのもタントウしてくれて、ついでにおとうさんのえもぜんぶでじゅうまいにふやしてたんだって。
ほんのたいとるは、「ライだよ、もりのどうわ」なんだって。おとうさんはなんにんよんでくれるのかなあっていっているけれど、みんなよかったらよんでみてね。
ぼくのどうわがシュッパンされるなんて、のらをしていたころは、ほんとにゆめにもおもわなかったなあ。
カンガイぶかいっていうのは、きっとこういうことをいうんだね。
ダイガクムラはもうだいぶさむくなってきて、よるになるとマキすとーぶっていうもんをたいているんだけれど、ぷうーんってすっごくいいにおいがするよ。
じゃあね、みんなげんきでね、またね。
あ、ちょっとまって、おとうさんがなにかいってる、ライ、ついでにっていうのは、ちょっときついなあ・・・・、でもとにかく、ライ、おめでとう、よかったね、ライのほんだものね、おかあさんに、うんとカンシャしような。

皆様、こんにちは。
この度、当サイトに8月より連載してきました「連続森の中のリアルタイム童話」全5回を元にして、夫婦で編集・修正作業を重ね続け、ようやくここに一つの童話が完成し出版されました。
タイトルは「ライだよ、森の童話」とし、全6話構成で本文54ページ、僕の絵が10作品入っております。
ライの語るお話を、是非皆様にお楽しみいただきたく、どのような方法でお届けできるか、いろいろと検討・試行錯誤した結果、アマゾンのkindleから電子出版致しました。
広く皆様に読んでいただくことが目的であり、お金儲けではありませんので、価格はkindleの最低価格の99円に1円足させていただいて、100円に設定致しました。
詩人や芸術家のこのような小さな物語は、口コミ以外では伝わることがないと思いますので、ご一読された時に、一箇所でも何かよいなと思われるところがございましたら、どうかご友人やご家族の方にお知らせいただけませんでしょうか。それは僕にとって、どんなにありがたいことかわかりません。
最後に少しばかりつけ加えさせていただいて、これは僕が生まれて初めて書いた本です。今年はと言っても、まだ終わっておりませんが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、予定していたニューヨークと東京の展覧会が延期、さらには再延期で、要は今年の展覧会がなくなり、加えて自国第一主義の蔓延、進む社会の分断や不寛容、世界的なBlack Lives Matter 抗議行動の大きな広がり、森の中に1年365日(今年は366日ですが)住み、普段テレビもない生活をしている僕にもひしひしと伝わってくるものがあり(森の中にいるからこそ逆に伝わってくるのかもしれない)、何か言いたい、訴えたい気持ちや衝動がふつふつと湧いてきたのだと思います。 そんな時に、ちょうどライが来て・・・・。ライは本当に死にそうでした。
それではどうか一人でも多くの方に、この小さな物語が届きますことを、心よりお願いして終わりとします。
皆様、どうぞお体を大切に!
なお今回の出版を機に童話のこれまでの掲載分は、すべて削除させていただきましたので、どうぞご了承ください。

2020年10月3日
和田 健

Untitled 2020 No.20 ーfrom the series Green and White Paintingsー

Posted in Works 2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 18 September 2020 by kenwada

無題 2020 No.20
ーシリーズ緑と白のペインティングからー
2020年9月
北軽井沢 作品 No.413
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.20
ーfrom the series Green and White Paintingsー
September 2020
Kitakaruizawa Works No.413
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Sans Titre 2020 Nº20
ーde la série Vert et Blanc Peinturesー
septembre 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°413
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.19 ーfrom the series Green and White Paintingsー

Posted in Works 2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 16 September 2020 by kenwada

無題 2020 No.19
ーシリーズ緑と白のペインティングからー
2020年9月
北軽井沢 作品 No.412
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.19
ーfrom the series Green and White Paintingsー
September 2020
Kitakaruizawa Works No.412
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Sans Titre 2020 Nº19
ーde la série Vert et Blanc Peinturesー
septembre 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°412
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.18 ーfrom the series Green and White Paintingsー

Posted in Works 2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 13 September 2020 by kenwada

無題 2020 No.18
ーシリーズ緑と白のペインティングからー
2020年9月
北軽井沢 作品 No.411
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.18
ーfrom the series Green and White Paintingsー
September 2020
Kitakaruizawa Works No.411
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Sans Titre 2020 Nº18
ーde la série Vert et Blanc Peinturesー
septembre 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°411
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.17 ーfrom the series Green and White Paintingsー

Posted in Works 2020 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 10 September 2020 by kenwada

無題 2020 No.17
ーシリーズ緑と白のペインティングからー
2020年9月
北軽井沢 作品 No.410
画布にアクリル
91.0×72.7 cm

Untitled 2020 No.17
ーfrom the series Green and White Paintingsー
September 2020
Kitakaruizawa Works No.410
Acrylic on canvas
36.0×29.0 in.

Sans Titre 2020 Nº17
ーde la série Vert et Blanc Peinturesー
septembre 2020
Kitakaruizawa Œuvres N°410
Acrylique sur toile
91.0×72.7 cm

Today’s Worst Painting No.5

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 15 August 2020 by kenwada

2020年8月15日、 Each Painting 19、Total Painting 76。
今日のワースト選びは簡単です。全没だからです。4枚とも全没。お話にならない、論外、問題外、お話以前、中でもこれが一番ひどい!
原因は自分ではっきりわかっていて、いつも制作を始める前に、このことは以前当サイトに書きましたが、金科玉条のごとく、1. いい加減に、2. 無造作に、3. がさつに、4. ぶっきらぼうに、5. すっぽ抜けている、6. ぶっ飛んでいる、7. 適当に、8. 見ないで描く、(8. のみ以前に書いた記事に加わっています) の8項目を唱えてから描いているのですが、描きたい気持ちが強い時、意欲のある時によくありがちなのですが、そこにマインドをセットすることなく、つっかけて走り出してしまったからです。文字通り急に来客があって、サンダルをつっかけて応対してしまう時のあの感じです。自分で言うのも何ですが、なかなかこの8点にマインドを作り上げてくるのは大変なんです。集中して描く、一生懸命に描く、丁寧に描く、これなら本当に誰でも毎日できます。

前回の Today’s Worst Painting No.4 の記事の中で、ゲルハルト・リヒターが芸術家になる前、歯科技工士であったことに触れましたが、彼も僕の造語「お針子から重量挙げ選手に」「重量挙げ選手からお針子に」であった訳です。この象徴的な意味合いとしての造語については以前当サイトで説明させていただきました。僕がこのサイトの中で繰り返し使用している言葉は、すべて象徴的な意味合いとして使っています。例えばオリンピックの重量挙げ選手の中にオフ時間に編み物をする人は探せばむろんいると思います、そういうことです、ごめんなさい、次元が低くなりました。
それで話を前に進めます。フランスはパリ時代にモンマルトルのアパルトマンの小さな部屋で、つくづく考えたことがありました。僕はその当時彼らのことを「オール・スター」(この意味についてはまた後日)と呼んでいたのですが、どうして僕の好きな画家たちは、偉大な芸術家たちは、かくも揃ってこうも転向組が多いのだろう、具体的には以下のようにノートに矢印を書いて一心に考えていました。
一例をあげますので、皆様もいくつ正解できるかやってみてください。
ポール・ゴーギャン→株式仲買人からの転向組
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ→画商見習い、炭鉱地区の牧師等からの転向組
アンリ・マティス→法学部からの転向組
ピエール・ボナール→同じく法学部からの転向組
ワシリー・カンディンスキー→モスクワ大学医学部からの転向組
ジャン・デュビュッフェ→ワイン商からの転向組
まだまだ枚挙にいとまがありませんが、リヒターまでもがこれに加わりました。
これはどうしてかと言うと、二つの大きな理由があって、一つは偉大な芸術家になるには高い知性、知力が要るということです。
もう一つは、僕の上記の造語になりますが、異分野の業種を組み合わせることで初めてそこに大きな創造性、創造力が生まれるということです。これについては、アップルの創業者のスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学のスピーチの中で完璧に説明していて、それを聞いていてやはりなと思いました。僕はあの演説を英語の勉強のために何度も繰り返して YouTube で観ました。
今はこうして簡単に書いていますが、パリ時代にそれがわかったことは、その後の僕にとってやはりかなり大きなことでした。
それでは、また。ではなくて、本日でこのワーストの連載を終わります。
この全没状態 = nothing から絶対にもっていかないといけない。
今日は色と形に遊んでもらうあの感覚がなかったな。
絵画を支配してはいけない、コントロールしてはいけない、自分が絵画に君臨してはいけない、支配される側にいないといけない、いつもオロオロオロオロして、常にヨタヨタヨタヨタと「おお〜、おお〜、次はそう来るか」とかうめきながら、色と形に勝手に決めて進めていってもらえばいいんです。自分が描くことなんて全くないんです。自分は絵画の後ろからノロノロと追いかけていく感じで、自分が絵画の先頭切って張り切って走っちゃいけない。今日は力んで肩に力が入ってしまった、でも明日はすっぽ抜けるでしょ。

Today’s Worst Painting No.4

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 14 August 2020 by kenwada

2020年8月14日、Each Painting 18、Total Painting 72。ダメ、没。
突然「平」の字が出てきた。コロナ禍の時代なのでそれもよいかもしれない。
白でチマチマ塗り上げていくことはできるのだけれど、ここは一度 View だな。
どのタイミングで Judge するのかについては、GERHARD RICHTER の “PAINTING” という2012年にドイツで製作された DVD を何度も繰り返し観て研究しました。
つまり彼の絵画は、Plan→Paint→View→Judge→Repeat と進んでいくのですが、この中で一番難しい移行(→)を求められる View から Judge へ具体的にどのくらいの日数をかけて判断するのかについて体感しながら学ぶことができます。
当たり前ですが、現役の世界最高峰の芸術家から教わることはたくさんあります。
インタビューはドイツ語ですが英語の字幕がついています。
彼が芸術家になる前に医者になろうとしたり、歯科技工士 (dental technician) の仕事に就いたり、いろいろ上手くいかなかった話も出てきます。
今日は少し先が見えてきた Painting が一枚ありましたが、この連載はワーストなので。
没の連鎖の中で自分にこれまで観えなかった形や色が出てきた時、キャンバスに自然に食い入るように引きずり込まれてきた時が待ったをかけるタイミングです。つまりどの段階で終わりにするのかについて現時点で僕がたどり着いた結論は、「この絵画を残しておきたいかどうか」です。キーワードは「保存」です。自分に「これ保存かけるのか、どうなんだ、ええ?」とよく自問します。意外にシンプルな境地にたどり着きました。でもそれでいいんじゃないかと思う、あくまで今の時点の僕の考えですけれど。いいんじゃないかと思う、というのはつまりその考え自体も破壊してしまえばいいからです。つまり実は何も関係ないんじゃないかということです。
それでは、また。

Today’s Worst Painting No.3

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 13 August 2020 by kenwada

2020年8月13日、Each Painting 17、Total Painting 68。
ひょんなことからバランスを崩すタイミングが突然とれ始めた。
これだから Painting は面白くてやめられない、絵画はとにかくバランスを切り崩す/切り裂くことが大事、切り崩す/切り裂くというのは、人間は放っておくと自然にバランスをとろうとするから、それをはずす。
小説家だとここまで偶然の要素を取り込めないのではないか、やはり言葉を一文字一文字起こしていく仕事だから、専門外でよくわかりませんけれど。
でもジェイムズ・ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」のあのバババダ・・・はよかったな、あの部分の文章原文では、
bababadalgharaghtakamminarronnkonnbronntonner-
ronntuonnthunntrovarrhounawnskawntoohoohoordenenthur-
nuk! *¹
となっています。あそこまでバランスを壊すことを1939年にすでにやっていたということがすごい!マルカム・ラウリーの「火山の下」の中にもジョイスの明らかな影響がみられます。バランスなんか糞でも食らえ、という感じだな。
今、条件反射的にガルシア=マルケスの「大佐に手紙は来ない」のラストを思い出しました(laugh)。
やっぱり、バランスのとれた絵画、バランスのとれた人間=現代の中高年の立派な社会人なんか観ていても話していても面白くも何ともない、それを切り崩してくれるのは、またまた話が同じところに戻ってしまうけれど、若者なんだと思う、若者しかいないんだと思う。
さあ午後はダンテの「地獄編」を続けよう。ところでフランチェスカのくだりなんだけれど、あそこを読んで日本人が即座に反応するのは難しいのではないか。あそこは欧米人は劇的に感動するところなんだろうな。それとも僕の一般教養が足りないせいだろうか。ああ、でもこれを書いていてその攻略法を見つけました。
なるほどな、その手があったか、そのアイデアで一歩一歩進めてみよう。
それでは、また。

*¹ JAMES JOYCE, Finnegans Wake, Faber and Faber, p3

Today’s Worst Painting No.2

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 12 August 2020 by kenwada

2020年8月12日、Each Painting 16、Total Painting 64。ダメ、没。

Today’s Worst Painting No.1

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 11 August 2020 by kenwada

2020年8月11日、Each Painting 15、F30号を4枚同時に制作しているので、そういう意味では Total Painting 60。ダメ、没。attraper=catch できない。
今日からその日のワースト・ペインティングを順次掲載していったらどうだろうか?その没落と下降の連載の展開の中にある種の真実が嗅ぎ出されないだろうか?
この後午後から、2016年12月以来のダンテ「神曲」の再読、今回は平川訳に加えて山川訳、SINGLETON の英訳も合わせて読み進める。
それが終わったらと言っても何ヶ月かかかるけれども、いよいよ T.S.Eliot の MURDER IN THE CATHEDRAL に入る、すでにテキストがイギリスの本屋から届いている、そもそもトマス・ベケット大司教の予習をしておこうと思って、というのはある程度予習しておかないと歯が立たない感じがしたから、それで1951年製作の同名の映画を観たらあまりにも暗くて、これをこの真夏の8月にやるのかと思ったら気が滅入って、それでダンテを始めたのでした。
何で毎日そんなことをしているのかと言うと、主な理由は二つあって、一つは自分の絵画のインスピレーションを少しでも深めかつその幅も広げたいため、もう一つはフランスに丸7年間住んで痛感したことだけれども、ヨーロッパ人はそのくらいのことは一般教養としてごく普通にクリアーしてくるため、やっておかないと全く太刀打ちできないから、もちろん彼らも人によりますが。
そんな訳で人はみんなそれぞれ戦っています。若い人には現代の中高年の立派な社会人なんかにとらわれないで、とらわれないでというのは、崇めたり、モデルケースとしたり、尊敬したりなんかしないで、あんなふうになりたいだなんて思わないで、是非創意工夫を凝らして自由にのびのびと創造性豊かな人生を築き上げて欲しいなと思います。ハングリー精神、がめつさが他国の若者に比べて少ないのが致命的な大きな欠点だけれども、今の日本は若者の方が人柄がいいと思う。
いつの時代も世の中は若者がつくるものだと思う。
若者が萎縮せずに存分に活躍できる社会であって欲しいなと切実に思う。
若者が真に崇めるべき人物は、実は同年齢の、具体的には10代、20代の他国の若者の中に存在しているのであって、天才が今世界の若者の中にたくさん生まれているという事実を SNS を使って情報を集めて欲しいと思う。例えばスウェーデンの17才の女の子が訴えていることは何なのか、パキスタン出身の23才の女性が考えていることは何なのか、それらのことをついうっかり見過ごして、今日は何を食ったとかそんな投稿ばかりしていると、若者がやがて中高年になった時に(必ずなる)、その姿は現代の中高年の立派な社会人と残念ながらほぼ似たり寄ったりのものになると思う。
それでは、また。

2020年8月11日
和田 健