Archive for artiste peintre

今年の終わりに

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , on 31 December 2016 by kenwada

皆様、こんにちは。
今年も今日で終わりですね。
皆様にとって今年一年はどのような年でありましたか。

今日はこの一年の活動の締めくくりとして、
今年僕の心の血となり肉となった4冊の本を読了順にご紹介します。

このサイトを普段観て下さっている方は、すでにお気づきのように、
文学作品を通して得られる他では得ることのできない滋養分は、
太古の構成要素である自然から受け取る純粋直観の力とともに、
僕の創作活動の大切な源流です。

1. 「ヨセフとその兄弟」
(トーマス・マン、望月市恵、小塩節氏訳、筑摩書房全3巻)
この本については、このサイトのEssay欄にすでに書きましたので、
細かいことは省略します。圧倒的でした。(2016年1月22日読了)

2. PRUFROCK and Other Observations, T. S. Eliot, 1917
テキストには、Harcourt Brace & Company版の
T.S.ELIOT COLLECTED POEMS 1909-1962を使いました。
辞書を引きながら、この詩集に収められている12の詩を一つ一つ
たどたどしく訳してみて(もちろん拙い訳です)、
僕は三つの大切なことを学びました。

一つ目は何と言っても原文に直接触れる楽しさを学んだことです。
詩は可能な限り、直に原文にあたらなければいけませんね。
その極めて肝心なことを教えられました。

二つ目は“モダン”ということです。
僕は初めて“モダン”とは何かということを、
理屈ではなくて、体全体でつかめた気がしました。
どの詩も読みながら体がぞくぞくする程の高揚感があり、
ただひたすらどこまでも美しいのですが、
ここに収められている12の詩の世界をゆっくりと順に旅をしますと、
100年前の1917年は来る2017年よりも明らかにモダンだなと実感します。

三つ目はこの訳出という作業を通して、
詩人の言葉は、小説家の言葉よりも知力の凝縮度が高い、
ということに、今頃になってようやく気づいたことです。
遅きに失した感もありますが、後悔しているのであれば、
ここから詩の世界に親しみ没入していこうと思います。
(2016年7月24日終了)

なお、最後の詩のLa Figlia Che Piangeのanalysisに
Sam Alexanderという方がYale Universityのサイトに出している論文を
使いましたが秀逸でした。
学部生のテキストのようですが、これ一つ読めばどのように詩を
読み解いていけばよいのか基礎が全て身につくと思いました。

3. 続いてWilliam BlakeのSONGS Of INNOCENCE and Of EXPERIENCEに
入りました。
テキストには、Anchor Books, a division of Random House, Inc.版の
The Complete Poetry & Prose of William Blakeと、
Thames & Hudson版の
William Blake THE COMPLETE ILLUMINATED BOOKSの二冊を使いました。
前者のテキストを訳しながら、一つの詩を訳し終わるごとに、
自分の中の絵画的なイメージを高めた後、
後者のテキストにあるBlake自身の絵と照らし合わせるという
まるで小学生が問題集の問題を解いては、
巻末の答を見ながら答え合わせをするような作業を
46詩について繰り返しましたが、これが途中から異様に楽しくなり、
また自分の仕事に向けても大いに役立ったように思います。
やはり詩については、でき得る限り原文にあたらないといけない、
その思いを強くしました。
(2016年12月15日終了)

なお明日元日から、THE MARRIAGE of HEAVEN and HELLに入ります。
楽しみ!

4. 「神曲」(ダンテ、平川祐*¹弘氏訳、河出書房新社)
そもそもの始まりはイタリア滞在中、
フィレンツェのSanta Maria del Fioreの大聖堂内部に
Domenico di Michelinoの1465年の作品、Dante ed i tre regniが
飾られてあるのを観て、しばらくその場から動けなくなりました。
そして、これは帰国したらすぐにダンテの「神曲」にとりかかるぞ、
何が何でも読むぞという、啓示のような力を受け取りました。
ヘッセの言う「雄大な中世の精神の精髄として極致として文学の中に、
ダンテの「神曲」が生き続けている。イタリアと学者層のほかでは、
もはや少数の人にしか真剣に読まれていないが、
絶えず深い感化を放射しており、人類のもつ数冊の、
千年にわたる偉大な書物の一つである」*²この本に対して、
まだ何か言うことはできませんが、僕は地獄篇→煉獄篇→天国篇と
物語の進行につれ面白みが増してきました。
すなわち僕は天国篇が一番面白かったということです。
最後の全体の第百歌、天国篇の第三十三歌を何と表現したらよいのでしょう。
いよいよキリストそのものを歌ってくるだろうという
僕の稚拙な期待は実に見事にはずれ、思わずう〜んと唸ってしまいました。
関連本として、正宗白鳥の「ダンテについて」
(正宗白鳥集、現代日本文學大系16、筑摩書房)と、
エリオットの「ダンテ」(エリオット全集4、詩人論、中央公論社)
を読みましたが、エリオットはこの本の中で第百歌について、
「この「天国篇」の終りは、私の考えでは、詩が曾て達し得た、
又これからも達し得る最高の境地」であり、
「これ程我々の日常の現実から遠ざかったことを、
このように具体的に表現することに成功しているものはない。
・・・(中略)・・・人間の理解を超えたことを、
こうして視覚的な影像で刻々捉えて行くことが出来る巨匠の手腕に接して、
我々はただ畏怖の念に打たれるばかりである。」*³と述べています。
おそらくは一生繰り返して、そしてこれからは自分の好きな箇所や歌を
拾い出しながら読み続けていくことになる気がします。
(2016年12月27日読了)

*¹ 正しくは示す偏に右の旧字体です。
*²「世界文学をどう読むか」(ヘルマン・ヘッセ、高橋健二氏訳より抜粋)
*³  P354, p376, 377より

それでは、来る2017年が皆様にとってよいお年となりますよう!
来年もどうぞよろしくお願い致します。
(2016年12月31日記)

後日記:
これを書いた後で電車に乗っていて、
手元の訳した資料からふと目をあげた時に、
突然気づいたのですが(思わずわかった!と声を出しそうになった)、
T.S.EliotのRhapsody on a Windy Nightの中の難解な箇所である
“Regard the moon,
La lune ne garde aucune rancune,
・・・(中略)・・・
The moon has lost her memory.
は、ダンテの「神曲」煉獄篇、天国篇との関連から
読み解けるのではないでしょうか。
Eliotがこの詩集を出版したのが1917年で、
上記「ダンテ」を書いたのは1929年ですが、
「神曲」をはじめとするダンテの著作については、
膨大な勉強・研究が継続されており、
これは要するに太陽の妹*¹である月が何の恨みも抱いていない、
月は記憶を失った、
いうのは月が煉獄において魂を浄化する過程でレテ川を渡り、
過去の罪業の記憶を消し、現在は天国にいる、
天国篇の物語の中に位置しているということなのではないでしょうか。
そうであれば、Rhapsody on a Windy Nightを以前シリーズで
描いていたものが、この箇所でピタッと止まったままでいましたが
月の姿を描けると思います。
それからこの詩の中で突然現れる唯一のフランス語行の挿入は、
以下の3行をはじめとして女性形のsheやherでもっていきたいため
という理解でよいのでしょうか。
月は女性であるということを強調したいがための、太陽の妹であるから。
しかしこれ程の知の塊が、そんな単純なことだけのためにするでしょうか。
3つの韻は美しいですが、これがフランス語行挿入の理由とも思えません。
教えを請う人もいません。疑問が残ります。

*¹ 上記「神曲」煉獄篇第二十三歌、p211より
数日前、これの」
といって私は太陽を指さした、「これの
妹が円く見えた時のことだ。
(2017年1月2日記)

イタリア その3

Posted in Exhibitions 2012-2026 with tags , , , , , , on 13 December 2016 by kenwada

LITTLE TREASURES 2016
Nice group photo with some of the attending artists,
at the very end of the opening night.
Thanks again to all for sharing a lovely and joyful night.
-Paola Trevisan

イタリアの思い出は、あれから日が経つにつれて、
ますます僕の心の中を温めるものとなってきました。
みんな生き生きとしたいい表情をしていますね。
Grazie davvero mi dà che una meravigliosa esperienza!
Buon Natale!
2016年11月26日、Galleria De Marchi, Bologna, Italiaにて。

LITTLE TREASURES 2016, photo no.1

イタリア その2

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , on 6 December 2016 by kenwada

今回のイタリア滞在では、展覧会のOpeningの前後に、
ボローニャ、フィレンツェ、ペルージャ、ヴェネツィア、ベルガモと回り、
数々の貴重な美術品、建築物、風景を観ることができました。

そこには7年間生活したフランスに比べて、
ヨーロッパの国としてもカトリックの国としてもより古いものが、
頑強に継続されながらも、素朴に簡素に息づいていました。
そしてそれらは旅先で出会った親切なイタリアの人々とともに、
僕に大きな感化をもたらしました。

今回のイタリア行の直接の機会を与えてくれたPaolaさん、
気持ちよく送り出してくれた妻に深く感謝しています。

以下の文章は、ベルガモについて僕が書いたものです。
ご興味がある方は、読んでみて下さい。
「」内の色字で示した文章の引用は、すべてヘルマン・ヘッセ、エッセイ全集
第5巻(島途健一氏訳、臨川書店)「ベルガモ」p187〜p192によります。

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ヘルマン・ヘッセがいなければ、そしてヘッセを読み続けてこなければ、
僕がここベルガモの地に導かれることはおそらくなかったであろう。

ケーブルカーが丘の上のCittà Altaの駅に止まり、ヘッセのエッセイ全集を胸に
僕のイタリア滞在の最終目的がいよいよ始まるのだと思った。

ヘッセが普段どのようなものに対して本物の芸術を感じているのか、
どのようなものを本当の芸術家の仕事としてみなしているのか、
彼が1913年に書いたエッセイ「ベルガモ」「サン・ヴィジーリオ」を
読み返しながらその足跡を辿り追体験することで、
その感性を五感を通して体全体でどうしても受けとめてみたかった。

彼の考える真の芸術、真の芸術家とは何なのか、
今後の自分のために、大いなる宿題として。

まずはベッキア広場、
記述通り全く変わらず、ただガリバルディの大きな記念碑は見つからない。

「実に見事な宮殿の前に立った。
一階はアーチ屋根の大きな開放空間になっており、
角ばった太い柱が外側に、それよりも軽やかな美しい柱が内側に立っている。」
「巨大な急階段が柱の上に波型瓦の屋根を乗せて図書館へ続いていた。
階段をやりすごして、期待に胸を躍らせながら開放空間を通り抜け、
バロック期の力動感あふれる詩人タッソーの立像の横を通り過ぎた。」

Essay

Torquato Tasso(1544-1595)

僕も同じようにタッソー像の横を通り過ぎる。
この辺りでこの最終目的は、はぼ余すところなく実現されるぞという
予感のようなものが体を突き抜ける。
103年後に何も変わることなく佇むイタリアの街への感謝とともに。
東京ではもちろん思いもよらないこと。
僕の住む東京の界隈では、下手をすると半年後の風景さえ
大きく変わっていることもある。
決して冗談などではなく。

「教会の玄関の前には小さく突き出した高い建物。
その六段のささやかな石の階段。
ライオンの支える二本の柱に乗ったロマネスク様式の大きなアーチ。
その上には高く大胆なゴシック様式の上部構造。
これは小さくて優美な一種のホールで、三つの小部屋に分かれ、
それぞれにおおよそロンバルディアに由来する古くて素朴な彫刻が置かれ、
真中の彫刻は馬に乗っている。
それらの上にさらにもうひとつ、尖った屋根の狭い階層。
小さな部屋になっていて、前方にふたつの明るく上品な柱が立ち、
中には三体の聖像が入っている。
これらの全体が、
世慣れていない優美さと自然のままに育まれた無邪気さをたたえて、
かの無名性の魅力を放っていた。」

Essay

「刺青のような外装にひるむことなく、礼拝堂に入ってみた。
ヴェネツィアの将軍コッレオーニが娘とともに葬られ、
今日なお、敬虔なる将軍の・・・(中略)・・・その隣の壁には、
上品に小さく、ほっそりと優美な姿で、将軍の若い娘が石に刻まれ、
石の枕に横たわっている。
そして名も知れぬ芸術家によって永遠の命を与えられ、
心を打つ美しい姿を見せながら、何も知らず、
父親と同じ永続性と名声に向かって眠り続けている。」

雷に打たれたようにハッとした、
将軍の娘が石の枕をして横たわっている像。
これなのか、真の芸術とはこれなのか、
名もない芸術家によって永遠の命を吹き込まれた像。
礼拝堂内写真禁止のため撮れず。
Giovanni Antonio Amedeo(1447-1522)の手掛けたもの。
ロンバルディア州Paviaの生まれ。彫刻家、建築家、エンジニア。

「いよいよ好奇心にせき立てられて、
柱を支えている玄関の赤褐色のライオンを尻目に大きな教会へ向かい、
中へ入った。」

Essay

Giovanni da Campione(約1320-約1375)の1351年の作。
赤いライオン像二体。
ロンバルディア州Campioneの彫刻家、父彫刻家、息子二人も彫刻家。
サンタ・マリア・マッジョーレ教会の中にも三体の彫像が置かれていた。
その形態のおおらかさ、伸びやかさに惹きつけられる。
教会の南側翼廊の二体の白いライオン像も1360年の彼の作品。

教会内陣の
「二、三十ばかりある座席の背面がどれもみな寄木作りの木工品で、
彫像が延々と続いている。」

これがどうしても見つからない、肝心なところなのに。

「さらに先へ行くと、静まりかえった小さな場所に出た。
すばらしいことにテルツィ広場という名前だった。
・・・(中略)・・・その中に等身大よりも大きな美しい婦人像が、
やわらかく優雅な様子で立っていた。おそらくケレースだろう。
そして壁全体の上には締めくくりとして装飾の列柱が並び、
両側には二体の天使像が立って、収穫を盛り込んだ角と穀物の束を手にしていた。
私は魅せられて足をとめた。これこそ最上のイタリアの一部であり、・・・」

Essay

あった、最上のイタリアの一部。
Giovanni Antonio Sanz(1702-約1771)の作。
当地ロンバルディア州Bergamoの彫刻家。

「振り返ると、婦人像の対面に大邸宅の門が開いていて、
きれいに湾曲したアーチの下に広がる中庭には植物や吊りランタンが見え、
その向こう側にエレガントな欄干と二体の大きな彫像が
青空の中にくっきり縁どられて夢のように立っていた。
そしてこの壁に囲まれた狭い広場の只中で、
私はポー平原をつつむ空間の無限の距離と広がりを予感した。」

振り返ってまさかな、それではテレビドラマの世界になってしまう。
でも開いていた、103年後も同じように大邸宅の門が、信じられないことに。

Essay

ああ、イターリア!

イタリア その1

Posted in Exhibitions 2012-2026 with tags , , , , , , on 2 December 2016 by kenwada

2016年11月26日からイタリアのボローニャで行われている
国際展覧会のOpening Receptionに参加してきました。
当日は早目にギャラリーに行きましたが、
すでに会場に入りきれない程の人で大変な盛況でした。
今年は28ヵ国から98人のアーティストが選抜され参加しました。
温かな雰囲気の中で様々なアーティストと交流ができ、
今後に向けて大きな経験となりました。
親密さも増したところで、最後はみんなで記念撮影をし、
お開きとなりました。
招待してくれたDirectorでCuratorのPaolaさんに、
このような機会を与えていただいたことに心から感謝しています。

LITTLE TREASURES 2016
会場の様子、とにかく大変な人でした
LITTLE TREASURES 2016
挨拶する代表のPaolaさん
LITTLE TREASURES 2016
僕の作品、縦4枚のピンク
LITTLE TREASURES 2016
デンマークのアーティストの作品、上の横4枚、美しいですね
LITTLE TREASURES 2016
熱心に話し込む人たち、会話は英語です
LITTLE TREASURES 2016
会場を外から
LITTLE TREASURES 2016
みんなで記念撮影、後列左端が僕です
LITTLE TREASURES 2016
会場を後にすると、外にはクリスマスの飾りが。
フランスもそうでしたがここイタリアでも、
本場の飾りは実に簡素でいいですね。
LITTLE TREASURES 2016
おまけはホテルへの帰り道、
店じまいするチーズ屋さんをしっかり見守る番犬。

La lune blanche

Posted in Works 2016 with tags , , , , , , , , , , , on 16 November 2016 by kenwada

La lune blanche, 2016年11月
北軽井沢 作品 No.270
紙に水彩、グワッシュ
26.0×36.0cm

La lune blanche, November 2016
Kitakaruizawa No.270
Watercolor and gouache on paper
26.0×36.0cm

La lune blanche, novembre 2016
Kitakaruizawa N°270
Aquarelle et gouache sur papier
26.0×36.0cm

La lune blanche

La lune blanche
Luit dans les bois;
De chaque branche
Par une voix
Sous la ramée…

Ô bien-aimée.

L’étang reflète,
Profond miroir,
La silhouette
Du saule noir
Où le vent pleure…

Rêvons, c’est l’heure.

Un vaste et tendre
Apaisement
Semble descendre
Du firmament
Que l’astre irise…

C’est l’heure exquise.

Paul Verlaine(1844-1896)
La Bonne Chanson(1872).

Le ciel est, par-dessus le toit

Posted in Works 2016 with tags , , , , , , , , , on 10 November 2016 by kenwada

Le ciel est, par-dessus le toit, 2016年11月
北軽井沢 作品 No.269
紙に水彩、ボールペン、鉛筆
24.2×33.3cm

Le ciel est, par-dessus le toit, November 2016
Kitakaruizawa No.269
Watercolor, ballpoint pen and pencil on paper
24.2×33.3cm

Le ciel est, par-dessus le toit, novembre 2016
Kitakaruizawa N°269
Aquarelle, stylo et crayon sur papier
24.2×33.3cm

Le ciel est, par-dessus le toit

Le ciel est, par-dessus le toit,
Si bleu, si calme!
Un arbre, par-dessus le toit,
Berce sa palme.

La cloche, dans le ciel qu’on voit,
Doucement tinte.
Un oiseau sur l’arbre qu’on voit
Chante sa plainte.

Mon Dieu, mon Dieu, la vie est là
Simple et tranquille.
Cette paisible rumeur-là
Vient de la ville.

-Qu’as-tu fait, ô toi que voilà
Pleurant sans cesse,
Dis, qu’as-tu fait, toi que voilà,
De ta jeunesse?

Paul Verlaine(1844-1896)
Sagesse(1881)

美しい詩ですね。
恐ろしく美しい。
明かりとり程度のおそらくはかなり
小さな獄窓から見える限られた景色、
聞こえてくる鐘の音、
遠くの街のかすかなざわめき。
体に力が入らなくなり、
もう自分の人生が終わったことを痛切に知り、
初めて訪れた心の安らぎ、平安。
僕はこの詩を読んだ時に、
ゴッホがサン・レミ・ドゥ・プロヴァンスで描いた
「花咲くアーモンドの枝」(1890年)をすぐに思い出しました。
詩と絵画という表現の分野の相違こそあれ、
両芸術家に通底している魂について思いをはせました。

Untitled Number 16, 2016

Posted in Works 2016 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 18 October 2016 by kenwada

Untitled Number 16, 2016, 2016年10月
北軽井沢 作品 No.268
画布に油彩
80.3×100.0cm

Untitled Number 16, 2016, October 2016
Kitakaruizawa No.268
Oil on canvas
80.3×100.0cm

Sans Titre Numéro 16, 2016, octobre 2016
Kitakaruizawa N°268
Huile sur toile
80.3×100.0cm

Untitled Number 16, 2016

Untitled Number 15, 2016

Posted in Works 2016 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 1 October 2016 by kenwada

Untitled Number 15, 2016, 2016年9月
北軽井沢 作品 No.267
画布に油彩
80.3×100.0cm

Untitled Number 15, 2016, September 2016
Kitakaruizawa No.267
Oil on canvas
80.3×100.0cm

Sans Titre Numéro 15, 2016, septembre 2016
Kitakaruizawa N°267
Huile sur toile
80.3×100.0cm

Untitled Number 15, 2016

Untitled Number 14, 2016

Posted in Works 2016 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 1 September 2016 by kenwada

Untitled Number 14, 2016, 2016年8月
北軽井沢 作品 No.266
画布に油彩
80.3×100.0cm

Untitled Number 14, 2016, August 2016
Kitakaruizawa No.266
Oil on canvas
80.3×100.0cm

Sans Titre Numéro 14, 2016, août 2016
Kitakaruizawa N°266
Huile sur toile
80.3×100.0cm

Untitled Number 14, 2016

Untitled Number 13, 2016

Posted in Works 2016 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 10 August 2016 by kenwada

Untitled Number 13, 2016, 2016年8月
北軽井沢 作品 No.265
画布に油彩
80.3×100.0cm

Untitled Number 13, 2016, August 2016
Kitakaruizawa No.265
Oil on canvas
80.3×100.0cm

Sans Titre Numéro 13, 2016, août 2016
Kitakaruizawa N°265
Huile sur toile
80.3×100.0cm

Untitled Number 13, 2016