Archive for the TSP 2021 Category

TSP No.30

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , on 4 June 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 39.5×32.0 in. (100.0×80.3 cm)
June 4, 2021

このシリーズの量が増えてきましたので、Today’s Studio Photo (TSP) を、「TSP 2021」として、カテゴリーの中に単独の新しい項目を作りました。
カテゴリーのことに触れましたこの機会に少しだけ・・・。
僕のサイトは作品の数が多いので、La Galerie de Ken Wada 1、La Galerie de Ken Wada 2 ともに、Categories の中のお好きな項目をクリックしていただけますと、少しは観やすいかと思います。
また、Google 等で検索される時は、アルファベットで、「ken wada artist」で検索していただけると、いくらか検索しやすいかと思います。

TSP No.29

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , on 3 June 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 39.5×32.0 in. (100.0×80.3 cm)
June 2, 2021

TSP No.28 ーペイントトンネルー

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , on 1 June 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 39.5×32.0 in. (100.0×80.3 cm)
May 30, 2021

Acrylic on canvas, 39.5×32.0 in. (100.0×80.3 cm)
June 1st, 2021

皆さんは、「ピッチトンネル」という言葉をご存知でしょうか?
野球がお好きな方は、熟知していたり、または名前くらいはすでに聞いたことがあるという方も多いと思います。
このピッチトンネルの概念を、MLB の LAドジャースのトレバー・バウアー投手が自身の YouTube で、わかりやすく完璧に説明してくれています。
アメリカにいようが、日本にいようが、世界中の子どもたちが、これを観て、まあ小学生のうちは、「へえ、こういう考え方があるんだなあ」と知っているくらいでもいいです。
でも、小さい頃から、一つの理論としてすでに、ピッチトンネルを実際に知っていたかどうかというのは、野球選手になりたいのであれば、実は後々かなり大きいことです。
中学生くらいになったら、早速、外へ飛び出して行って、グランドでも公園でもどこでもいいから、実地に試してみるでしょうね。
そういう僕も、あの頃の自分でしたら、これを観終わってから、少なくとも1分間は、間違いなく家の中にいなかったと思います。
MLBのトップ選手が、オンラインで懇切丁寧に、無料で授業してくれるのですから、本当に昔では考えられない、すごい時代になりました。
オンラインですので、納得いくまで、何度でも繰り返し観れることも、合わせて大きな利点です。

このピッチトンネルの考え方が、少し変化を加えることで、「ペイントトンネル」として、絵画制作に生かせるのです。
特に今描いている黒色と黄色のシリーズでは、そのままダイレクトに活用できます。
やはり、異業種の一流の方の考え方に、日頃から謙虚にアンテナを張っておくことは肝心ですね。
野球と絵画は、全く関係ないから、そんなのどうでもいいやって、その調子で高を括ってやっていくと、ダメですね。

もちろん、同業者の画家の方は大切です。
最近では、ドイツ人の Albert Oehlen や、アメリカ人の Terry Winters の仕事、特にその制作過程から、啓発され多くのことを学びました。
二人とも日本では、一般の方の知名度は、おそらく低いです(この業界の方は当然のぞきます)が、世界の第一線で活躍する現役アーティストです。
日本は、本当に画家の知名度に関しては、独特な偏向が・・・、食べ物の名前だけは、何故かどこの国の料理や飲み物でも、ものすごく速く入ってくるけれども。
僕は、いつかこのサイトで、こうした「今注目すべきアーティスト」みたいな小さなコラム形式で、10人くらいシリーズでまとめて紹介してみたい。
世界には、日本の方に是非ご紹介したい素晴らしいアーティストが、いっぱいいるからです。
このままでいくと、日本では50年後も相変わらず印象派展が人気で・・・、もちろん彼らは偉大なる父ですが、もう少し世界の動向も合わせて観ましょうよ。
それでも、なんて言いますか、同業の方のことは当たり前とでも言いますか、小説家がいろいろな方の小説を読むように、言ってみれば、勉強しておいて当たり前の世界ですので、専門分野以外のところで、これまでの人生で蓄積してきた、一見全く関係のないものどうしが、新たな関連をもって結びつくと、人間の脳は何か特異な化学変化や爆発をするような気がしています。
まあ、少なくとも、よろしいでしょうか、少なくとも脳に悪いということは決してありません。

バウアー投手の「ピッチトンネル」について学びたい方は、是非こちらのサイトからどうぞ。
面白いです。今日から、野球の見方が変わります。日本語の字幕付きです。
11分程度です。
11分くらいなら、なんとかなるでしょう?
ならないかな?
https://www.youtube.com/watch?v=9yXpSOsDbbQ

TSP No.27

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , on 30 May 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 39.5×32.0 in. (100.0×80.3 cm)
May 29, 2021

TSP No.26

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , on 29 May 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 39.5×32.0 in. (100.0×80.3 cm)
May 28, 2021

TSP No.25 ーI NEVER give up!ー

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , on 25 May 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 39.5×32.0 in. (100.0×80.3 cm)
May 25, 2021

人間は、少しでも気持ちが受け(身)に回ると、その瞬間からどうもダメですね。
先日、全く異業種の超一流のある方の言動を見ていて、そう思いました。
すなわち、僕の仕事の場合でいうと、「わかならいことがあったら、訊いてください、何でも教えますよ、僕から吸収して学んでください」とか、「ああ、僕ももう何年も頑張ったな」と、自分の足跡を振り返ったりとか、どうもそういったことを言い始めた瞬間から、次第に少しずつダメになっていくようです。
(注:一応、念のためにお断りしておきますが、ここで僕が言う気持ちが受けに回るという言動と、常に情報を公開し共有して、オープンマインドで生きるということとは、全く意味合いが異なります。)
つまり、少しずつダメになっていくのだけれども、そのターニングポイントは一瞬で訪れるということです。
その点、ものすごく皮肉なことに、僕の場合は、振り返りようにも振り返る足跡もなく、毎日、森の中で制作仲間や、引き立ててくれる先輩や、かわいい後輩も誰もいず、たった一人で絵を描いている。
しかもほぼ毎日のように上手くいかないので、全くの万年一年生、新入学生、まるで今日、さっき、絵画を始めました、みたいな気持ちで絵を描いている。
そしてそれがもう20年近くも続いている。
それって、実はすごく貴重なことなんじゃないだろうかと、つまり、ほとんどの人は、その前にくだらないから、アホくさくて、辞めちゃうのではないかと、この間、一瞬ですけれど、ふっとそう思いました。
もしそうであれば、僕のような人生、生活であっても、生きていて何らかの意義があるのかもしれません。
わかりませんよ、そう思いたいだけで、実は全く何の意味もないのかもしれませんから。
わかりません、それはね、たとえ本人であっても、自分の人生に意義や意味があるかどうかなんて、わからないです。

TSP No.24 ーあとは、睡眠にまかせるー

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , on 23 May 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 39.5×32.0 in. (100.0×80.3 cm)
May 19, 2021

Acrylic on canvas, 39.5×32.0 in. (100.0×80.3 cm)
May 23, 2021

すべては眠っている間に、実はすでに決まっているのではないか?
最近、時々そう思うようになりました。
まだいいデータが集められていませんが、睡眠前にアトリエで、その日の制作の色と形の最終形を、もう一度観て確認してから寝た方がよいか、それともあえて観ないで、制作後は作品をぶん投げておいて、その日の制作の最終形を観ない時間を少しでも長く作って、翌日を迎えた方がよいかに関心があります。
おそらく後者の方ではないかと思いますが、まだまだ関心を持ち始めたばかり、新たな研究テーマのスタートです。

TSP No.23

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , on 22 May 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 39.5×32.0 in. (100.0×80.3 cm)
Paint 1, May 22, 2021

Acrylic on canvas, 39.5×32.0 in. (100.0×80.3 cm)
Paint 2, May 22, 2021

TSP No.22 ー結果をみて描かないー

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , on 17 May 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 39.5×32.0 in. (100.0×80.3 cm)
May 14, 2021

よし、少し迫れたぞ!
迫ること自体は、毎日集中して制作していさえすれば、おそらく誰にでもできることであって、特にそれ自体は、どうということはありません。
もちろん、そこに仕事の喜びを感じるのは自由です。
難点は、少し迫れたと思ったその瞬間以後のことであり、まさしく、ここにこそ難しい問題の核心があり、思わず「固まってしまう」のです!
つまり、いい色と形が表出した時、それを残したくなってしまうという人間の心理です。
次に容易に壊しに、楽々と破壊しにいけなくなってしまう、思わず固まってしまって。
画家は、人間ですからね、何と言っても。

そこで当然、まず、判断するための時間が必要になる。

それから、人間だから、やはり美しいと思ってしまう問題も出てきます。
Painting は、僕の仕事だから、美しいと思ったら、それを壊したくない、それを味わいたいと思い、立ち止まって、思わずまた「固まってしまう」。硬直。
でも同時に、仕事を味わうことはとても大切で、それがないと作家として、やがて干からびていくので、そこの両立。

打開策として、「結果をみないで描く」という感覚を、最近(ここ二週間ほど)つかみかけています。
これを言葉で説明するのはかなり難しい。

打席に立って、ピッチャーの投げるボールを見ないで打つ感じ、というのが一番近い適切な表現かもしれない。
投げるボールをよく見てしまえば、それは誰だって、瞬間的に脳が結果を予測しますので、思い切りスイングすることは難しくなります。
「ああ、このフォークは打てないな。」とか。
脳は自然と判断するものだから。

言いたいことが、何か少しでも伝わりましたでしょうか?
それとも、全く何も伝わらなかったでしょうか?

いずれにいたしましても、言葉で説明することはかなり難しいです。
自分の方から、キャンバスに向かって、「差し出す」「投げ出す」という感覚です。
脳に判断させない、脳の判断を断ち切る、脳に判断材料を与えないという感覚です。

翌日記:

昨日は、上手く言葉でお伝えできませんでしたが、その翌日、制作は進みました。
このことからも思いましたが、やはり上手く表現できなくとも、言葉で書き表していくことは非常に大切な行為ですね。
数学者の岡潔さんが、ご著書の中で、「僕は書くこと(数式とかではなく文章そのもののこと)によってしか、思考を進められない」というような意味内容のことを言われていましたが、たとえそんなものすごいレベルにいなくとも、そこに真実があるように思います。
そういう意味では、今のSNS全盛の世の中は、とても危険ですね。
twitter などは、情報の入手、共有、拡散には、おそろしく速い。
でもだからと言って、短文投稿ばかり繰り返していると、思考は深まらない。
人間は、どこかで毎日長文を書く練習ではないですけれど、習慣を身につけて繰り返していかないと。
上手く伝わらなくてもいいんです、作文的には0点でも。
人間は真面目に思ってしまったことや、真剣にとらえてしまったことは、なかなかおいそれと言葉や文章に置きかえられないものなのではないでしょうか。
その間に、(ここが肝心なのですが)自分のわからないところで、伝えようとしたこと自体で、すでに一歩進んでいる。
これを今の人たちに、理解してもらうのは、かなり難しいでしょうね。
僕の文章を読んで、YouTube などのコメント欄によく見られる「長くて草」とか、思っている人がすごく多いのでしょうけれど、なんて言うのか、そういうのは要するに、誰にでも簡単にすぐに真似できることなんです。
なんて言うのか一つのジェスチャーであり、お手軽なリアクションなんです。
何かをクリエイトするとか、オリジナルなものを生み出すとか、イノベーションするとか、すべてそうしたものは、「長くて草」と真逆のベクトルで肉薄していくものなんです。

昨日の思考が少し深まりました。
こんな感じです。
花屋の店先で、「わあー、この花きれいね。」と誰かが言う。
隣の人が、「そうねえ、本当にきれいね。」と相槌を打つ。
これなら、誰でもできるんです。
それに対して、これは先日、実際に体験したことなのですが、森の中で山桜が咲く。
犬の散歩をしていた時に、ふっと足下に、山桜の花びらが一枚だけ舞い落ちてくる。
「えっ」と思わず拾い上げて見た時に、そのあまりの透き通るようなまでの純潔さに、「うっ」となって何も言えない、言葉が出ない、見つからない。
小林秀雄さんではないですけれど、ソメイヨシノではないんですから。

言いたいことが、何か少しでも伝わりましたでしょうか?
それとも、ますますひどくなり、今日も何も伝わらなかったでしょうか?
下降。

でも下降は、間違いなく芸術の極めて大切な要素です。

2021年5月18日
和田 健

Today’s Studio Photo (TSP) No.21

Posted in TSP 2021 with tags , , , , , , , , on 12 May 2021 by kenwada

Acrylic on canvas, 39.5×32.0 in. (100.0×80.3 cm)
May 12, 2021