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第2回「俳句を詠んでみて」 晩秋から初冬にかけての33句『鳩の子よ冬が来るのが怖いのか』

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 3 December 2025 by kenwada

皆様、こんにちは。
俳句の勉強をコツコツと続けてようやくのこと一ヶ月になりました。
今現在一番疑問に思うことは、俳句の専門家の方たちは、例えば、真夏にて真冬を思う、真冬にて真夏を思う、これらのことについていったいどのようにして表現しているのでしょうか?
つまりは、僕の言葉で言うところの反転ですね、それまで赤で塗っていたところに青を塗る、それまで青で塗っていたところに赤を塗るを、いったいどのようにして表現しているのでしょうか?
つまりは、僕らの世界で言えば、例えば、アンゼルム・キーファーの仕事であるひまわりを、俳句にて表現することは、そもそも最初から不可能なのでしょうか?
当たり前の話になりますが、ひまわりは咲いている夏よりも圧倒的に秋や冬の立ち枯れたひまわりの方が美しいです。
まあ、少しくらい美しいのでしたら、一応ともかくとしましても、圧倒的に美しいものを、季語の制約から表現できないということに関して、専門の俳人の方たちは、どのようにしてこの問題に対処しているのでしょうか?
僕はせめてもの反抗として前回「立ち枯れの秋向日葵に息をのむ」と、実際に目の前で経験した事実をそのまま詠みましたが、これは「向日葵」が夏の季語であるために、俳句としてはアウトなわけですよね。
また今回もそのあまりの美しさに庭の「姥百合」を詠みましたが、これも「百合」が夏の季語ですので、俳句としては没なわけです、ここのところ。
僕は一年三百六十五日を森の中で暮らしていますのでまったくわかりませんが、例えばですが、「秋向日葵」と「向日葵」の前に具体的な季節名を作者がつけた場合、そちらを優先するとかの新機軸、新たなルールがもうすでに確立されているのでしょうか?

さて、無季俳句を中心に作り続けていますが、伝統的な季語についても、一度きちんと基礎基本を学んだ方がよいと思い、「合本俳句歳時期第四版」(角川学芸出版編)を、2025年11月12日に古本で買いました。
これを辞書として使うのではなく、全文読了しようと思っています。
本文は941ページまでですので、1日に4ページずつ読んでいけば、8ヶ月あれば全俳句を読み終わりますので、来年の7月中旬頃には、まあ、少しは物知りにはなっているのかもしれません。
読み始める前から、すでに直感的に感じていましたことは(それで買うのをためらっていたわけですが)、これをいわゆる季語探しの辞典として使うと、数学の問題集やドリルの類いと同じで、それをいくら繰り返しても数学者には決してなれないのとまったく同じ理屈で、ちょっとどうなのかな、お題が出てその練習問題を解くみたいなことになり、成長が止まり危険なのではないのかなと思いました。
「季語言うて情緒情緒の情緒なし」
「季語入れていかにもらしき俳句かな」
になりかねません。
まあ、別に僕は専門の俳人になるわけでもなんでもありませんが、これはやっぱり俳句とは、とどのつまりは感性なのでしょうか?

それから、「郷愁の詩人 与謝蕪村」(萩原朔太郎著、岩波文庫)を、感銘をもって読み終わりました。
萩原氏の句解は、研ぎ澄まされていて平明で、冷静であり、客観性に富んでいますので、非常にわかりやすいですね。
なるほど、俳句というものは、このようにして噛み砕きながら読むものなのかと、目から鱗が落ちましたので、早速、再読を始めました。
例えばですが、ちょうど今の北軽井沢の季節にあたりますが、
「冬ざれや北の家陰の韮を刈る」
「冬ざれや小鳥のあさる韮畠」
「葱買て枯木の中を帰りけり」
には、確かに究極かつ無限のしみじみとした情緒がありますね。
また、二句目は天は万物を養うという観点からも鑑賞できますね。
この蕪村という人の俳句の絵画的なもっていき方には、ちょっと驚異的なものがありますね、僕の仕事柄、研究の価値大いにありです。
また合わせまして、萩原氏の「月に吠える」と「猫町」も読んでみました。

それから、もう一つ疑問に思うことは、季語の時期的なずれですね。
僕のように標高の高い寒冷地に住んでいますと、僕の大好きな蜩は7月下旬に、ほぼ毎年決まって十日間ほど鳴くのですが、そして僕はそれを何よりも楽しみにしているのですが、蜩は俳句の世界では秋の季語ですよね。
住んでいるところの気候によっては、季語に季節のずれが生じるというこの問題について、専門の俳人の方たちは、どのように対処しているのでしょうか?
あくまでも例えばの話ですが、寒冷地の方と温暖地の方が句会を催したとして、句の中に「蜩」が出てきた場合に、どのような対応をとられているのでしょうか?

僕の拙い人生を振り返ってみて、いつも思うことですが、初心者で未熟なため人から指を差されて笑われている時は、実は学びのチャンス到来です。
さてさて、皆様の心に響く俳句がたとえ一句でも構いませんので、以下の中にありますでしょうか、ないか、そんなもの。

▶︎「冬の生活、吾妻線、吾妻の村の墓や神社」

年終えて年が始まり年終わる
(これは生活の実感ですね、師走を迎え、年をとるたびにそう思うようになりました。若い頃はあまりそのような感慨はありませんでしたけれど。そんなにまだ年を迎えてもいなかったから(笑)。)

青筋や澄んで流れる冬の朝 (初案は中七「煙突洩れる」。どうしても「煙突」を入れたかったのですが、「煙突」を捨てて楽になれました。)
(これもまさしく生活の実感そのものです。僕は毎朝朝食の前に小一時間庭仕事や動物の世話をします。そんな時、冬の朝、煙突から青い煙が上がっていると、ああ、薪ストーブが順調に燃えているな、家に帰れば暖かい部屋と味噌汁が待っているなという小さな幸せの気持ちを詠みました。経験者はよくご存知のように、薪ストーブは一旦臍を曲げると、もう本当にとことんつかない時がありますから、これには本当にまいります。)

初雪や浅間に三度降りにけり
(地元には、浅間山に三回雪が降ると平地でも雪が降るという古くからの言い伝えがあります。先日、浅間山に三回目の冠雪があったばかりですので、ああ、今年もまたぴったりと初雪の降ったことだなあ。)

初雪や鶏もなにかを言いたけり
(自然卵を作ってみたくて、鶏の平飼いを始めてから丸10年が経ちました。鶏をじっと観察していると、実にさまざまなことを教えてくれますが、鶏って意外と雪が苦手なんですよね、たまに水分として食べていたりもしますが。そんな雌鶏たちの気持ちを詠みました。)

初雪や鶏小屋に毛布かけ

十度から手指が痛む庭仕事
(十度とはもちろんマイナス10度です。もう毎年の経験から、マイナス10度から庭仕事をしていると、手指が痛んでくることがわかっています。北軽井沢は、1月下旬にはしばしばマイナス15度を記録し、今までで最も下がった時でマイナス18度になりました。)

吾妻よああ美しき車窓かな
(たしか松尾芭蕉もあまりの松島の美しさに句が詠めなかったのでした。秋の連なる山々のあまりの紅葉の美しさに、ああ、僕も、季語なんて詠んでいられないなあ。この吾妻線に廃線の話があるなんて、どうかどうかやめておくれ。)

竹林は大津より先軽井沢
(これは以前よりかなり気になっていました。北軽井沢は寒過ぎて竹が生育しないのですね。でも僕は北軽井沢にも一箇所だけ竹の生えている秘密基地を知っていますが(笑)。大津や与喜屋の方に向かうにつれて竹が見られるようになることだなあ。)

祖母島(うばしま)の青竹囲む村の墓
(吾妻に定住するようになってから、都会の人にはちょっと考えられないくらいに、それぞれの集落の墓、村の墓、家の墓が点在していることに気づき、それらをだいぶ観て回りました。同じように、吾妻には大小さまざまの実に多くの神社があることにも深く考えさせられました。やはり日本全国津々浦々の草深きところには、まずは仏教よりも神への信仰が、先にありきだったのではないでしょうか。つまりは土着信仰ですね。ちなみに細かいことですが、祖母島は行政上は吾妻郡ではなく渋川市になります。)

寺に人神社の無人際立てり
(この地方の神社には人がいないんですよね、でもいつもきれいになっている、つまりは、地域の方の掃除であったり、草刈りであったりの奉仕ですよね、ボランティアな訳です。いつも思うのですが、何かそこに信仰の根源のようなものを感じます。つまりは、キリスト教であっても、イスラム教であっても、仏教であっても、結局、全部同じことだと思うのですが、宗教で飯を食わない、金を集めない。何かそこに非常に大切なものがある、我々現代人がとうに離れてしまったものが。
何て言いますかこう、それこそ伝統的な俳句の精神に含まれている大切なものから遠く離れて、神様が立派になり過ぎてしまった感じがします。神様が立派になれば、それは戦争も起こります。私たちの神様の方が偉いんだぞ、立派なんだぞ、教義はこれこれこうなんだぞと。でも本来はそうではない、神様というのは、もっとずっとずっと質素なもので、あくまでも自分にとっての神様です。お金は要らない、信者は増えなくてよい、従って布教はしなくてよい、神様というのは人に説明しなくていいんです、人に説明するものではありません、でも自分のことはしっかりと守ってくれる、これは決して自分に都合のよいことを言っているのではなくて神様は自分のことだけはしっかり守ってくれなくてはだめです、それが本来の神様なのではないでしょうか、僕はそのことをこの地域の神社にいるとしみじみと感じるのです。)

フランスの人形置きしかの祠

愛し子よ愛でし人形置きし人
(これも上記のことと関連致しますが、我が家の隣に位置する嬬恋村にある無人の神社を訪れた時、薄暗いひんやりした祠の中の人形を見て、僕は一瞬にして状況を察知し、絶句して涙が出ました。あの古びた人形は実に美しかった。みんなが口をそろえてマティスやピカソが美しいというけれども、それは僕も実物をたくさん観ましたから否定はしませんけれども、あの人形はマティスやピカソにも決して負けてはいなかった、問題はよろしいでしょうか、実にここのところなんです。「政治家が経済言うは金のこと」の国で暮らしている民として、日本人が日本で普通に暮らしていると、まさにこここそが次第に麻痺してくるところなのではないでしょうか。)

吾妻に古き神社の多かりし

朝日受け紅葉映えたる平家かな
(ああ、紅葉は二階建ての家よりも平家の方が映えることだなあ。きっと、樹木の高さと屋根の高さに高低差がある方が映えるのだなあ。)

山々よ落葉松の川黄がうねる
(毎年紅葉リレーのアンカーは、いつも決まって落葉松がつとめます。もう不動の最終走者といったところです。ああ吾妻の山々よ、まるで落葉松が山々をかける川のようだなあ。落葉松の黄葉した黄色が大きく波うっていることだなあ。)

落葉やみ樹木が魅せる幾何模様
(北軽井沢の森は、もう圧倒的にだんトツ冬が一番美しいです。次が春と秋でそれぞれ同じくらい、夏は醜いとまでは言いませんけれども、決して美しくはありません。特に落ち葉の季節が終わって樹木が裸となり、樹形もあらわになった今、木々が重なり合って作る幾何模様は限りなく美しいです。色々な図形がみてとれますが、その中でも三角形が一番多いですね、平行線や台形もかなり含まれています。)

冬めける木々に顔出す浅間山

立ち枯れの姥百合裂けて冬を吸う
(冬が来て森の樹木が服を脱いで裸になった。透けた木立の間から浅間山が顔を出した。家の裏手の鷹繋山がここにあるよと教えに来た。庭の夏の姥百合が立ち枯れて、大きな口をぱっくりと空に向けて開けた。その口の中から数えきれないほどの種がこぼれ落ちて地面に撒かれた。子孫を残し人生の役目を終えて解放された姥百合が直立不動のままさもうまそうに冬の冷たい空気を吸っていた。)

おもてなし終わりて犬が月に似る
(これはちょっと説明できませんが、現実に実感した事柄そのままです。)

▶︎「大屋原

丘ありて子らを見守る大屋原
(我が家から車で5分程のところに隣の集落の大屋原があります。そのお墓は、集落を見下ろす丘の上の一等地にあります。ここに日の光が当たった時の神々しさと言ったら・・・・。喜久を連れて何度もお墓のまわりを散歩しました。)

夕日背に燃え立つような芒かな
(そのままの情景です。お墓の向こうに夕日が落ちようとしている、お墓のすすきが燃えるように照り輝いてる。すすきの真っ白な尾花が光り輝くと、ちょっと直視できないくらいの眩しさです。季語:芒、秋。)

くうくうと秋をくすぐるサイロかな
(大屋原は戦後満洲から引き上げて来た人たちによって開拓され、満蒙開拓団の開拓記念碑と満蒙拓魂之塔があります。地域では酪農が盛んで牛舎が点在し、広大なりんご畑も存在する非常に美しい集落です。そんな大屋原の古いサイロに野鳩がたくさん住み着いて鳴いていることだ。ああ、いい声だなあ。これから厳しい冬に向かうのに、キリリとした晩秋をなんだかゆるめてしまうようなほっとする声だなあ。僕は鳩が鳴いている声を聞くと、いつも心がすっと落ち着きます。)

鳩の子よ冬が来るのが怖いのか

鳩の子よくるまれ温い母の胸
(ですがじっと耳を澄まして聞いていると、次第次第にこの声は最近生まれた鳩の子が初めての冬を迎えるのに、怯えているのではないかと思えてきました。
鳩の子「お母さん、冬ってそんなに寒いの?」
鳩の子の母「そりゃ、お前、ものすごいもんだよ、食べ物だって雪に埋もれてなんにもなくなってしまうんだからね。でもね、ありがたいことに、このサイロに住まわせてもらっているからね、なんとか春まで生きのびれるんだよ。」
鳩の子の父、じっと前を向いたまま、無言「・・・・・」
父を見た鳩の子、無言「・・・・・」)

サイロ貸す野鳩のねぐら優しけれ

飄々と秋を指揮する烏かな
(刈り入れの終わった秋の広大な畑の向こうに、雄大な草津白根山が聳えている。その前を烏が何羽も気持ちよさそうに舞っていることだなあ。)

大空の夫婦喧嘩は終わったか
(これも見たままの光景です。ああ、大空で烏のつがいが喧嘩をしている。かなりエキサイトして怒って追いかけ回していることだなあ、仲がいいんだなあ、面白いことだなあ。)

▶︎「再訪平塚の海、2025年11月」

空見えていいなあ空がよく見えて

平塚や夕日煙りて街浮かぶ

キャンバスを使い切りたる空の人

日が暮れて白黒青の抽象画

砂浜に打ち捨てられし君思う
(君は楽しかったのか、幸せだったのか、悔いはないのか、飛び方を教えてもらい、小さい頃はお父さんやお母さんとうんと遊んだのか、兄は常に頼りがいがあったのか、姉は絶えず微笑んでいたのか、弟や妹にはいつも優しくしてやったのか、海原を飛び回った時の風の匂いや音を今でも覚えているのか?)

いくたびも海を渡りし白き指

2025年12月1日
和田 健

Today’s Drawing Photo on December 1st, 2025

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 1 December 2025 by kenwada

Acrylic on canvas
34.6×28.7 in. (88.0×73.0 cm)

Today’s Drawing Photo on November 30, 2025

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 30 November 2025 by kenwada

Acrylic on canvas
34.6×28.7 in. (88.0×73.0 cm)

Today’s Drawing Photo on November 26, 2025

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 27 November 2025 by kenwada

Acrylic on canvas
34.6×28.7 in. (88.0×73.0 cm)

Today’s Drawing Photo on November 18, 2025

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 19 November 2025 by kenwada

Acrylic on canvas
28.7×21.7 in. (73.0×55.0 cm)

Today’s Drawing Photo on November 17, 2025

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 18 November 2025 by kenwada

Acrylic on canvas
28.7×21.7 in. (73.0×55.0 cm)

Today’s Drawing Photo on November 15, 2025

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 16 November 2025 by kenwada

Acrylic on canvas
28.7×21.7 in. (73.0×55.0 cm)

Today’s Drawing Photo on November 14, 2025

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 15 November 2025 by kenwada

Acrylic on canvas
28.7×21.7 in. (73.0×55.0 cm)

第1回「俳句を詠み始めて」(処女作品) 初秋から晩秋にかけての55句『鶏三羽寄り添い語る在りし秋』

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 11 November 2025 by kenwada

皆様、こんにちは。
突然ですが、今月に入り、俳句を少し作ってみました。
どうして突然俳句を作り始めたのか、その理由はよくわかりません。
ただ、俳句を作りたかったのだと思います。
なにしろ62才になって生まれて初めて作った俳句ですので、自分でもよいのか悪いのか全然わかりません (笑)。
一応、基本的な環境だけご説明させていただきますと、我が家は人里離れた標高1100mの森のなかにあり、庭は楢の高木に取り囲まれていまして、ちょうど今、大量の落ち葉の季節を迎えています。
これからの季節は薪ストーブが必需品で、冬の間、大活躍してくれます。
そんな我が家の庭の情景や日常生活を俳句にしてみました。
また、1匹の柴犬や、この森のなかで生まれた猫の3兄弟 (兄、妹、弟)、かつては15羽いましたが今は3羽になってしまった雌鶏たちも大切な家族です。
それでは、どうぞお楽しみくださいではありませんね、俳句歴10日のど素人です。
どうぞお笑いくださいませ。

楢紅葉風と旅する青い空

枯れ果てて黒き草木(そうもく)秋の霜

秋の葉に色の組み方教えられ

足裏でそっとあやまる楢の実に

庭の水ひねって出ない秋の朝

薪小屋を見るたび思う冬支度

台風に大枝小枝ただもらう

薪減りて妻と拾いし枯れ枝を

鶏三羽寄り添い語る在りし秋

雌鶏が飲み水飛ばす秋の雲


秋深し手を合わせては草を刈る

さあ生きよ飛べよ舞い散れ秋の野に

明日には役目を終える秋の草

政治家が説くより平和猫の暖

(毛色や性格も違い、その上、親までもが違うのに我が家の猫の三兄弟が、今日も小さな一枚の座布団に寄り添い合って仲よく寝ているなあ。それに比べると人間は、やれ人種だ、やれ宗教だと言っては、戦ばかりしているなあ。ああ、人間のなんて愚かなことよ。)

男前心優しき秋男
(我が家の猫の長男もみじは、かなりの美男子です)

小次郎にどこか似ているもみじかな

廃校のチャイム届けし秋の風

ざわざわと舞いさくさくと踏む落葉

立ち枯れの秋向日葵に息をのむ

秋烏浅間白根に耳すます

秋香る朝の味噌汁りごうぼう
(地元で、りごぼう、りごうぼう、じごぼう、じごうぼうと呼ばれている秋の森のきのこは正式名をハナイグチと言い、これをたっぷりと入れた毎朝の味噌汁は本当においしいです。我が家のソールフードといったところでしょうか。ちなみに味噌も妻の手作りです。)

森乾き喜久と拾いし秋終わる
(喜久は我が家の柴犬の名前です。落ち葉の季節になり、森が乾燥し始めると、おいしかったきのこの季節も終わりです。今年もいっぱいありがとう、家計をたくさん助けてくれました。春の山菜とともに我が家を養ってくれている森に感謝です。)

喜久姉(ねえ)と猫三匹の秋の道
(喜久の散歩に、猫三兄弟があとをついていくので有名です。)

はらはらとはらはらと秋散り積もる
(ああ、はらはらとはらはらと秋が散っては積み重なっていくことだなあ。)

▶︎先日、若山牧水の「吾妻の渓より六里が原へ」という紀行文を読んでいて、この非常に印象深いエピソードについて初めて知りました。
我が家の近くに位置する応桑の集落で、実際に当時起きた出来事を句にしてみました。

牧水に銭投げつけし秋の人

▶︎2025年9月に平塚の海を一人で訪れた時の思い出を詠んでみました。

秋告げるビーチバレーの乙女たち

流木と卵を食らう秋の浜

鰯雲蟹が顔出す袖ヶ浜

▶︎俳句を作りながら、次第にこの季語という制約や束縛に疑問をもち始めました。
まるでそれは、僕には檻に閉じ込められた動物の気持ちをまざまざと思い知らされるような感じがいたしました。
そこで、無季俳句も少し作ってみました。

「デュビュッフェへ」
公園をのしてたまえし絵画かな

「スーチンへ」
シャルトルの坂道描きワイン飲む

天才の女が揺れて立ち尽くす

神ありて蜂の巣開けた開けゴマ

「モディリアーニへ」
アフリカよ君の女の長き首

ショミエール君のアトリエ見上げた日

開けゴマ洗濯船の門も開け

「ゴッホへ」
君はただ描いたのだろう麦畑

君のテオ隣で眠る麦畑

君が見た病院の窓鉄格子

帰ろうよ黄色の家へアルルへと

君思う独房の部屋オーヴェルで

洗面器顔を洗いし君思う

アブサンを飲んでも酔わぬ君なれば

銭なくて女を求め月一度

病人に描かせてくれと頼みけり

十八区君のプレート手を胸に

今どこに君の魂今どこに

耳切りて包帯巻きし君の顔

ゴーギャンと交換しようヒマワリを

いくたびもテオに頼みし絵の具かな

星空に霊感やどり星回る

「ランボーへ」
ランボーのボロ靴ほどけ踊るパリ

「村山実さんへ」
プロ野球村山こそが投の華

サヨナラのグラブぽっけにしまいし日

十一よ投げる姿はプロの華

担がれて春のマウンド別れの日

2025年11月11日
和田 健

Today’s Drawing Photo on November 3, 2025

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , , , , on 3 November 2025 by kenwada

Acrylic, gouache and multi-talented pencil on canvas
28.7×21.7 in. (73.0×55.0 cm)

ダメ!
連日、描いては没が続きます。
なにか大きな谷間に入ったような感じで、年に二、三回は、必ずこういう時が来ます。
こうなると、もうどうしようもないですね、特に対抗策のようなものはありません。
我慢してトンネルを抜け出せるのを待ちながら、黙って耐えているしかありません。
ただ、集中しているかどうか、気迫はあるかどうかだけ、常にチェックするようにしています。
絵というのは、一、二枚描く分には、そんなものには別になにも要りませんが、毎日描き続けるとなりますと、これは実際に描いてみるとよくわかりますが、実は究極のところは体力なんです、どうしてもここは強靱な足腰が必要になります。
それから実は、失敗→失敗→失敗、没→没→没の毎日のなかに、画家として少しでも成長している部分が、もしかしたらなにかあるのかもしれないなとは思います。

結局、僕の場合は、なにかのリズムなんでしょうね、なにかの軽やかなリズム、体全体で歌い上げるようなリズム。
それと作家のその時の精神的な状態が、ピタッとうまく符合すると、面白いように次々と創り出せるようです。
そういう時は、描いていて楽しいですね。
そして、非常に楽でもありますが、画家として学んでいることは、実はあまり多くはないのかもしれません。

僕は最近、その日の調子がよくても悪くても、割合、どちらでもよくなりました。
それは決していい加減になったという意味ではありません。
その心境の変化については、ちょっと言葉で説明するのは非常に難しいのですが、まあ、調子がよくても悪くても僕の人生にとっては、結局のところ、一日一日の積み重ねという観点からすると、どちらもほとんど同じようなものです。

2025年11月3日
和田 健