Archive for アーティスト

The Threadbare Overcoat of Akaky Akakievich No.5

Posted in Works 2023 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , on 2 October 2023 by kenwada

アカーキイ・アカーキエウィッチの着古した外套 No.5
2023年9月
北軽井沢 作品 No.520
紙にコラージュ
45.5×38.0 cm

The Threadbare Overcoat of Akaky Akakievich No.5
September 2023
Kitakaruizawa Works No.520
Collage on paper
17.9×15.0 in.

Le Manteau Usé d’Akaki Akakiévitch N°5
septembre 2023
Kitakaruizawa Œuvres N°520
Collage sur papier
45.5×38.0 cm

The Threadbare Overcoat of Akaky Akakievich No.4

Posted in Works 2023 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , on 30 September 2023 by kenwada

アカーキイ・アカーキエウィッチの着古した外套 No.4
2023年9月
北軽井沢 作品 No.519
紙にコラージュ
54.0×38.0 cm

The Threadbare Overcoat of Akaky Akakievich No.4
September 2023
Kitakaruizawa Works No.519
Collage on paper
21.3×15.0 in.

Le Manteau Usé d’Akaki Akakiévitch N°4
septembre 2023
Kitakaruizawa Œuvres N°519
Collage sur papier
54.0×38.0 cm

The Threadbare Overcoat of Akaky Akakievich No.3

Posted in Works 2023 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , on 28 September 2023 by kenwada

アカーキイ・アカーキエウィッチの着古した外套 No.3
2023年9月
北軽井沢 作品 No.518
紙にコラージュ
54.0×38.0 cm

The Threadbare Overcoat of Akaky Akakievich No.3
September 2023
Kitakaruizawa Works No.518
Collage on paper
21.3×15.0 in.

Le Manteau Usé d’Akaki Akakiévitch N°3
septembre 2023
Kitakaruizawa Œuvres N°518
Collage sur papier
54.0×38.0 cm

The Threadbare Overcoat of Akaky Akakievich No.2

Posted in Works 2023 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 26 September 2023 by kenwada

アカーキイ・アカーキエウィッチの着古した外套 No.2
2023年9月
北軽井沢 作品 No.517
紙に水彩
45.5×38.0 cm

The Threadbare Overcoat of Akaky Akakievich No.2
September 2023
Kitakaruizawa Works No.517
Watercolor on paper
17.9×15.0 in.

Le Manteau Usé d’Akaki Akakiévitch N°2
septembre 2023
Kitakaruizawa Œuvres N°517
Aquarelle sur papier
45.5×38.0 cm

うん、少し理解が進んできた。
これ、コラージュでも制作できるな。

2023年9月26日
和田 健

The Threadbare Overcoat of Akaky Akakievich No.1

Posted in Works 2023 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 24 September 2023 by kenwada

アカーキイ・アカーキエウィッチの着古した外套 No.1
2023年9月
北軽井沢 作品 No.516
紙に水彩
45.5×38.0 cm

The Threadbare Overcoat of Akaky Akakievich No.1
September 2023
Kitakaruizawa Works No.516
Watercolor on paper
17.9×15.0 in.

Le Manteau Usé d’Akaki Akakiévitch N°1
septembre 2023
Kitakaruizawa Œuvres N°516
Aquarelle sur papier
45.5×38.0 cm

とりあえず、まず1枚。
細部の説明、要らない!
次は、オール・オーヴァーで、制作したらどうだろうか?
まだ穏やかな生活であった頃の、アカーキイの温かい心の中の暖色系と、着古した外套の寒色系と、そこは、はっきりと分けること。

2023年9月24日
和田 健

いよいよ始めます、アカーキイ・アカーキエウィッチの着古した外套!

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 18 September 2023 by kenwada

皆様、こんにちは。

以前、このサイトにも、このことは一度書きましたが、ニコライ・ゴーゴリの「外套」(1842年出版) の主人公であるアカーキイ・アカーキエウィッチの外套、これは、新調される前のすり切れた古い外套のことなのですが、この外套を抽象画で描くということが、僕の長年にわたる絵画の目標の一つなのです。
今、手元に3種類の「外套」のテキストがありますが、最初に読んだ岩波文庫版の最後に、「2004年8月8日読了」と書いてありますので、それからもう19年も経っているのですね。
その間、いくどか原作は読みましたが、ちょうど今、そのタイミングが、本人の思い及ばぬところで、ついに来たようです!
この本人の与り知らないところで、そのタイミングが来るということが、実に面白い?ところなのですが。
これ以上、引き伸ばすと、こういう物事は、そのまま立ち消えになってしまいますので、ここで思い切って小説の中に飛び込んで描いてみます。

まずは、支持体はどうしよう、紙でいくか、キャンバスでいくか、おそらく紙だろうな。
画材はどうしよう、水彩やグワッシュ系でいくか、アクリル系でがっといくか、がっといかないだろう、だってボロボロの外套だぞ。
はたして、シリーズものになるか、一点ものになるか、わからない、それは描いてみなければわからない。
と、こうやって考えていても、絵画は常になまもので、いつもこちらの構想通りにはさせてくれないから、とにかく描き出してみよう。
そうすれば、今度は絵が絵を導いてくれるからな。
絵画の実際のスタートは、ややフライング気味に、これは経験から学んだ鉄則です。
とりあえず、本文をもう一度よく読んで、改めて外套のイメージをふくらませてからだな。

これは、僕にとって(そうです、あくまで僕個人にとってです)、長年の課題であり続けただけに、非常に大きな仕事になります。
さあ、森の中に住む僕に、山の神である狼(大きな仕事)が来たぞー!
(というのは、おそらく、意味が全く通じないだろうな)

2023年9月18日
和田 健

その後、本文を2回読み返しました。
今回、改めて読んでみて、このゴーゴリ(1809-1852) という作家は天才だな。
その天才性について、これまできちんと認識してこなかったことは、実にうかつでした。
今回の絵画の制作と並行して、このゴーゴリの天才性について、徹底して研究してみよう。
よく世間では言われますよね、この芸術作品には現代に通じるものがあるとか、今日的であるとか。
でも、この「外套」は、そんなものではないでしょう、もうこれは今日そのものです、まさしく、今ですね。
これは、改めて言うまでもなくすごいことです、出版されてすでに181年も経っているのですから。
具体的な例として、例えば、アカーキイ・アカーキエウィッチが、役所でいじめられますよね、二通りのやり方で。
これは今、日本の小中学校で、現に行われているいじめとあまりにも酷似していると言いますか、それそのものですよね。
それから、2回繰り返される「わたしをそっとして置いてください、なぜ、あなた方はわたしをいじめるのですか?」(児島宏子訳、未知谷版、p.14、以下同じ) の台詞。
「心ゆくまで清書を仕上げると、彼は明日の日を空想し、微笑みながら就寝します。<明日、神様はどんな清書を持ってきて下さるのかな?>」(p.26) ここのところ。
この物語は、あれですよね、ボロを着ていても、このまま外套を新調することにさえならなければ、ゴーゴリが言うところの「そればかりか誰に助言するでもなく誰からも助言されないような孤独な人にさえ降りかかってくるさまざまな不幸がなかったならば」(p.26)、彼の穏やかな生活は続き、たとえ他人からなんと言われようとも、彼は幸せだった訳ですよね。
つまり、ボロボロだったけれども、心の中は温かかった日々の外套を、僕はこれから描くことになる訳だ。
う〜ん、これ、古い方の外套を主人公にして読むと、やっぱり、このゴーゴリという芸術家は天才だな。
帰宅したアカーキイ・アカーキエウィッチが、新調した外套をぬぎ、大事そうに壁にかけ、もう一度見とれ、見比べるために古い外套を取り出した時、
「彼はそれをちらりと見て、自分でも笑ってしまいました。それほどまでに違いは大きかったのです。」(p.76)
ここのところ、それまでは昔からの大切な仲間であったはずの古い外套なのに、新しいものを所有したとたんに、笑ってしまうという人間の心理のここのところ。
さらに言えば、この小説の一番おそろしいところは、それまでは清書がまるで結婚相手のようであったアカーキイ・アカーキエウィッチが、外套を新調するほかないと観念した時から、今度は、未来の外套への物思いが心を一杯にし、清書にとって変わる、ここのところにあるのではないでしょうか?
そのことが、「彼はなぜか生き生きとして、自分の目的を力強く持っている人のように、性格さえも強くなりました。彼の顔つきや行為からも自然に疑いや優柔不断さが、要するに、すべての動揺しがちで煮え切らない特徴が消えたのです。」(p.62) につながるように思います。
そして、最後、亡くなった彼のわずかな所持品の中に、このボロボロの着古した外套は残される。
つまり、新調した外套は、強奪されたけれども、すり切れて糸目の見える方は、遺品の中に、取り残されたのですね。
すごいですね、この天才のあり方が、絵画の世界で言うと、すごくゴッホの天才のあり方に似ている。
直球勝負なところ、実に似ている。

2023年9月20日
和田 健

その後、もう一度、平井肇訳の岩波文庫版でも、改めて読んでみました。
ただし、この版の字のサイズは、僕には、もうちょっと厳しいですので、同じ平井氏訳の青空文庫版がありましたので、そちらの方を印刷した上で (A4サイズに、全部で32ページになりましたが)、読みました。
このやり方ですと、字の大きなテキストが、いつでも手元にありますので、大変助かります。
やっぱり、テキストを少しでも手から離すと、このような種類の制作はダメですね。
つかまえようと思っても、なにかするりと逃げていってしまいます。

その後、理解をさらに深めたいと思い、「ニコライ・ゴーゴリ」(ウラジーミル・ナボコフ著、青山太郎訳、平凡社ライブラリー) を、現在読んでいますが、お伝えしたいことがたくさんあります。
どこまでもテキストに向かい、小説を読み解くという純粋な行為を、ひたすら続ける大家ナボコフから、物語の前後の文章の温度差、いわば文章のもつ体温の差で読むということを、今回この本から僕は、個人的に学びとりました。
そうか、そういう風に読めばよいのか!
それであれば、「ドン・キホーテ」の後篇第六十九章のアルティシドーラの復活は、前後の関係から極めておかしい、体温の差を明確に感じる!
そこから、僕は、この第六十九章が、もし新約聖書のラザロの復活への仄かしであるとしたら、セルバンテスが復活させたかったものとは、一体なにであったのであろうか?ということを考えています。
今のところ、その候補は3つくらいあるように思います。

それから、これは脱線になりますので、あまり深入りはしませんが、アルティシドーラが出ましたので、ついでながら、この公爵夫妻というのは、実に悪いですね。
夫も悪ければ、妻も悪い、妻も悪ければ、夫も悪い、二人そろってなお悪い!
セルバンテスが、この公爵夫妻を長々と (そうなんです、実に長々とです) 物語に登場させたのは、作品の規模、大仕掛け、スケール、まあ、そのようなものを、さらに一段階引き上げたかったがためなのではないでしょうか?
そのためには、金と暇が要る、よって、公爵夫妻の登場。

ところで、ご紹介しました「ニコライ・ゴーゴリ」の中で、ナボコフが「外套」のラストの謎解きをしているのですが、言われてみれば、子どもの頃のなぞなぞくらいに簡単なことなのですが、僕は、その前の「どこかの民家から飛び出してきた何でもない一頭の、よく肥った子豚に突き倒され」(平井肇訳) た巡査の方に目が行き、それは、どうしても目が行きますよね、巡査が子豚に突き倒されるシチュエーションって、あまりに面白いですから。
それで、ナボコフが言うように「「見当違いな」細部の奔流があまりに強力な催眠効果を発揮するので」(「ニコライ・ゴーゴリ、p.223、以下同じです)、僕は、ものの見事につまずいて、してやられました。
つまり、僕は、気づきませんでした、わかっていませんでした、これまで「外套」のこのラストを。
これって、ゴーゴリの専門家や研究者の方は、そんな調査は、とっくにもう終わっているのでしょうけれども、例えば、学生100人くらいにお願いして「外套」を読んでもらい、なにしろ、決して長いお話ではないですし、ラストの部分に気がついたかどうかのアンケートを実施したら、いったい、どのくらいのパーセンテージでわかっていたのでしょうか?
それによって、このラストの解読度のようなものがある程度、一般的な形で、可視化できるように思います。
調査結果が、具体的になんパーセントくらいであったのかを、是非とも知りたいです。

さらに、ナボコフの言う「かくて物語は完き円を描く。(ここまでは、僕にもわかります) そしてこの円は悪循環の円である。なぜならあらゆる円は、たとえそれがリンゴのふりをしようと、惑星のふりをしようと、あるいは人間の顔に見せかけようと、悪循環であることに変りはないからである。」(p.223)
おそらく、ここのところですね、非常に肝心なところは、ここが肝です。
つまりは、これは、あれでしょうか、昨夜は、中秋の名月で話題になっていましたが、はるかかなたの全然関係ないある星 (A) が輝いている中で、全くそれを知らない僕 (B) が、普通に地面を歩いているというようなことなのでしょうか?
つまり、空に A があって、斜め下に矢印、地上に B が歩いている、右か左に矢印。
でも、それだと円にはならないな、その B の右だか左だかの矢印を、A に返せれば円になる。
よく考えてみます。

セルバンテスは、実は音楽ではなく絵画でしたが、ゴーゴリは音楽ですね、奔流する音楽ですね。
同時に異次元のカメラワークでもあり、ドローン撮影を観る時のような、現在の最先端技術を思いどおりに使いこなしてくる感覚がある。
つまりは、宇宙であると思います。
作品の中に、これだけ奔流する宇宙を自在に盛り込めるというのは、およそ考えられないレベルの天才であると、僕ははっきりと感じます。
絵画でもあるのです (実際に、ゴーゴリは、サンクトペテルブルクで、週に3回「美術アカデミーへ絵を習いに出掛けます」(p.49)) が、眼がカメラですね、カメラ。
眼がと言うより、彼の脳が、最先端技術の撮影を可能にしている感じが強くします。

2023年9月30日
和田 健

上記の「ニコライ・ゴーゴリ」の第Ⅲ章「われらがミスター・チチコフ」で、ナボコフが、『死せる魂』の中のプリューシキンの庭園の描写を引用する (p.135, 136, 137) のですが、つまり、ロシアで生まれたナボコフが、ゴーゴリの原文を母国語として読み、英訳したものを、青山氏が、さらに日本語に訳されているのですが、この庭園の描写には、ちょっと度肝を抜かれました。
僕は個人的に、この文章を「画家の眼の聖書」と名づけました。
まあ、それは、個人的な呼び名にしても、この部分を序文にぜひとも使わせていただき、その後、線や色、形などの一般的な説明に入る絵画の本を作ったら、どんなに素晴らしいでしょうか!
昨日、一字一字大切に写しながら、大きな文字に変換しておきましたので、いつか、皆様にご紹介したいです。
ゴーゴリの眼が、ちょっとあり得ない展開をしますから。
やっぱり、ゴーゴリは、ゴッホに通じる。

2023年10月3日
和田 健

「ナボコフのドン・キホーテ講義」について

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 16 September 2023 by kenwada

皆様、こんにちは。

「今でも思い出すと楽しくなるのだがね、メモリアル・ホールで六百人の学生を前にして『ドン・キホーテ』を、つまりあの残酷で粗野な昔の作品をずたずたに切り裂いたことがあるのだ」というナボコフ自身の言葉にひかれ、「ドン・キホーテ」関連の書籍である「ナボコフのドン・キホーテ講義」(ウラジーミル・ナボコフ著、行方昭夫、河島弘美訳、晶文社) を、現在読んでいます。
これは、ナボコフがアメリカのハーバード大学で、1951年から1952年の春学期に、600人の学生を前にして行った計6回の講義録なのですが、講義録の方は読み終わり、今は、後半のナボコフが、講義の準備のために作成した第二部の「ドン・キホーテ」の各章(と言いましても前篇52章、後篇74章、計126章もあります)の要約を、復習もかねて、のんびりと楽しみながら、一章一章読んでいます。

率直に言いまして、ナボコフの言う「ずたずたに切り裂いた」という感じとは、少し異なる印象をもちましたが、読みながら、主に以下の3つのことについて、いろいろと考えさせられました。

①やっぱり、まずは、この授業準備ですね、下調べ。
これへの熱意、情熱、パッション、まあ、言い方はなんでもいいのですが、これにはすごいものがある。
端的に言いまして、ここまで準備をするのかという感じです。
これは、講義の準備をするというこの仕事自体を、ナボコフ本人が好きなのでしょうね、やはり、まずはなんと言っても。
この熱意の持続は、文学に対するナボコフの深い愛情からきているものなのでしょうか、僕は、直感的にそのように思いましたが。

②物語を分析する際の全体構造の組み方とでも言いますか、分析の手法、分析の骨格・骨組みの作り方について、非常に勉強になりました。
なるほど、こういう風にして、分析という家を建てていくんだな、みたいな感じで。
これは、やはり、ものの見事なまでの分析の手腕であり、独創性なのではないでしょうか。

③時間的な制約のもとに行われる大学の講義、授業の限界ですね、これについて深く考えさせられました。
例えば、受講した600人の学生のうち、何人かでも構いませんので、連続講義を受けての感想文のようなものが読めると、僕の思考を進める上で、かなりありがたいのですが。
例えば、今からでも遅くない、当時の学生たちは、現在、90才くらいでしょうか、600人を追跡調査すれば、せめて2、3人くらいから、この講義の思い出や印象などを、収集できないものでしょうか?
それは、面倒くさいと言われるのなら、作ってしまえばいいんじゃないでしょうか、小説として。
5人くらい登場させて、語り手を替えて、最初は、現在ロードアイランド州在住のAさん(仮名)91才女性、「そうねえ、ナボコフ教授の思い出ねえ〜、あの頃はまだわたしも娘だったけれども、先生は、ホールに入って来られると、こう、パッと上着を脱がれてねえ〜、それがとてもかっこよくて、今でも印象に残っているのよ・・・」というような感じで。

技術的なことを伝えるような講義とは違って、ものを考えさせるようなこういう授業においては、この600人を相手にしているという点が、なにかネックになっているように思います、少人数のゼミとかなら、また違うのでしょうけれども。
やっぱり、学生を惹きつけて、飽きさせないようにするためにも、リズミカルにテンポよく、ダイナミックに講義を進めないといけない。
なおかつ、授業準備を入念にした分、伝えたいことがたくさんあり、急いでいる感がある。
つまりは、学生は、思考を一点に集中して、なかなか立ち止まれない。

第五回の講義のところで、ナボコフの脳がようやく制約を少し離れて?遊びだし、最後の場面で、偽作者が著した偽作続篇のドン・キホーテと、主人公のドン・キホーテを戦わせることができたという指摘には、思わずはっとしました、面白かった。
その対決は、僕にはちょっと思いつきませんでしたが、ここで、僕の疑問が出てきます。
この指摘は、成立しないのではないかということです。
ナボコフは、演劇で使われる「山場」(p.170) という言葉を持ち出しながら、つまりは、「ドン・キホーテ」の物語の最後の弱さを指摘してきている訳ですが、この最後の場面で、偽りのドン・キホーテと、本物のドン・キホーテが対決するのであれば、それは、セルバンテスとしては、「山場」であるこの最大の大一番で、絶対になんとしても本物が、憎き偽物に負ける訳にはいかない。
ここは、100%勝って、しかもこてんぱんに打ちのめして完全勝利しないといけませんよね、そうすると、この物語は、終われません。
実際には、ドン・キホーテは、「銀月の騎士」を名乗る学士カラスコに完敗し、サンチョとともに、とぼとぼと故郷に帰り、そこで善人に戻り死ぬ訳です、つまりは、手早く物語を終える訳です。
ですから、物語の最後が弱くなるのです。
そこで、本物がまた勝っちゃったら、これは、終われない。
まあ、最大の大一番に勝って、サンチョとともに、故郷に錦を飾るという手もあるでしょうが。

ところが、ここで、ナボコフが、実に面白い見解を述べる。
彼は、偽物が勝つと言うのです、本物に。
「私はアベリャネーダの騎士の方に賭ける。なぜなら、凡人の方が天才より幸運に恵まれるのが人生の面白さだからである。人生において、真の勇者を追い落とすのはぺてん師である。」(p.171)
まあ、これは、「ひとつわれわれの空想も自由にはばたかせてみることにしよう」(p.170) とありますように、ナボコフは、空想にふけっているのでしょうね。
確かに、そういう空想であれば、主人公のドン・キホーテが偽物に負けて、この物語は終われます。
しかし、上記しましたように、セルバンテスの気持ちを考えると、主人公のドン・キホーテが、偽りのドン・キホーテに勝つ以外の設定は、これはどう控え目にみても考えられませんので、ナボコフのこの指摘は成立しないように思います。
もちろん、そんなことと言うのは、セルバンテスが、主人公のドン・キホーテが、偽りのドン・キホーテを圧倒的にやっつけて勝つように書くだろうなということは、ナボコフにはわかりきっていた訳で、最後の軍配のところにだけ、ちょっとウィットに富んだ味つけをしてきた訳です。
でも、それであれば、学生がこの見解を聞いて、教授の才知に気づき、それが何人なのか何十人なのか何百人なのか、それは僕にはわかりませんけれども、少しニヤリとした、まさにその瞬間に間髪を容れずに、ナボコフは、ドン・キホーテが勝った場合のエンディングの有り様を、具体的に学生相手に提示するべき、披露するべきではなかったのかなと思います。

それで、ここからは、今度は僕が空想にふけりますが、セルバンテスは、この対決の可能性について、実際に検討したであろうか?
おそらく、考えたでしょうね、直接やっつけるまたとない機会だから、でもこの「山場」をやりたくなかったのではないでしょうか?
あまりにもそれは、露骨過ぎると言うか、えげつないと言うか、なにかの遠慮と言いますか、レパントの海戦に従軍して、火縄銃弾を三発(胸に二発、左腕に一発)受けたけれども、そこまでは、気が強くないとでも言いますか、他人の痛みがわかるとでも言いますか。
当時、スペインで、こうした偽作が横行していたという時代的な背景もあるのかもしれません。
偽作者に対して「しょうがない奴だなあ、叩きのめしてやる、でも本当に叩きのめしちゃいけないよ、奴だって生きているんだから」という感じかなあ。
その思いが、ラストの後篇第七十四章の「一つ。わたしがお二人の遺言執行人にぜひともお願いしたいのは、万が一にも、『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャの武勲 続篇』という題で世に出まわっている物語の作者といわれる人物に会うような機会があったら、わたしになりかわって、できるだけ丁重に詫びていただきたいということです。(中略) どうか赦してもらいたいと、言ってほしいのです。(後略)」(「ドン・キホーテ」岩波文庫後篇第三巻、p.410, 411) というセルバンテスの文章につながっていくのではないでしょうか。

第六回のテニスの試合に例えた勝利と敗北のやりとりについては、リズムに乗って半分楽しんでと言いますか、面白がってやっている感じがしますが、これによって物語の的確な理解が、確かに進んでいくように思いました。

2023年9月16日
和田 健

いや〜、この第二部は、味わい深いですね。
ナボコフが、講義の準備のために作成した「ドン・キホーテ」各章の要約です。
それまでの第一部の講義録にみられる張り詰めたような肩の力が抜け、まあ、それは、そうでしょうね、1人で600人も相手にしているのですから、なにか、この第二部の方にこそ、ナボコフの人間性が、しみじみと現われているように思います。
具体的な例を2つほどあげますと、
「「いやフレストンと申したのであろう」という落ち着きはらった、趣のある調子は貴重である。大事に手にとって心して味わうべき果実と言えよう。」(p.248)
このあたり、また、このような記述もあります。
「この場面の記述は第一級の文章である。われわれは翻訳を通して読むだけなので、ここをスペイン語で味わい、純粋なカスティーリャ風の文体に親しむことができないのは残念だ。」(p.270)
まだまだ他にもあるのですが、ナボコフが、本を読むという行為をどれだけ愛しているのか、彼の文学に対する深い愛情が、とてもストレートに伝わってきます。

2023年9月19日
和田 健

セルバンテスの「ドン・キホーテ」(前篇1605年、後篇1615年)を読み終えてーはたしてセルバンテスは、そもそもドン・キホーテの死をあらかじめ構想していたのか、あるいはまた、ドン・キホーテを死なせたものは、一体何だったのか?さらには、セルバンテスの空間を把握する傑出した能力についてー

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , , , , on 7 September 2023 by kenwada

皆様、こんにちは。
2023年4月28日に読み始めたセルバンテスの「ドン・キホーテ」(岩波文庫全六巻)を、2023年8月23日に読了しました。
その間、7月に「今、セルバンテスさんの「ドン・キホーテ」(前篇1605年、後篇1615年)を読んでいます!」(https://kenwada2.com/2023/07/01/今、セルバンテスの「ドン・キホーテ」を読んで/)
また8月には「トーマス・マンの「『ドン・キホーテ』とともに海を渡る」(1934) を読んで」(https://kenwada2.com/2023/08/05/トーマス・マンの「『ドン・キホーテ』とともに/)
という2本の記事を書きながら、自分なりの考察をこれまで進めてきました。
ちょうど9月5日に、訳者の円子氏が言われるように「これはフランス語で書かれたもっとも精細浩瀚な」伝記である「セルバンテス」(ジャン・カナヴァジオ著、円子千代訳、法政大学出版局)を読み終えたこともあり、新たに判明した事実も加わりましたので、ここで、これまでに考察してきた事柄の核心部分について、「ドン・キホーテ」の読書感想文のようなものの三部作ではないですが、一度きちんと整理したいと思います。

なお混同を避けるために、今回もまたセルバンテス本人が書いたものは、前篇後篇と表記し、偽作者が書いた後篇は続篇とし、偽作続篇と表記いたします。

1. 偽作続篇が出版されたのは、1614年である。

2. 偽作続篇が出版された時、セルバンテスは、おそらく後篇の第五十九章を書いていた。
したがって、後篇の第五十八章までは、セルバンテスは、偽作続篇のことなど知らずに書き進めていたことになり、ドン・キホーテが当初のサラゴサ行きをバルセローナに変更した件も含めて、後篇が偽作続篇との差別化の方向に進んだのは、この第五十九章から俄然顕著になってくる。

3. 実際に、後篇の第五十九章で偽作続篇への憤懣を初めてぶちまけて以来、第六十二章、七十章、七十一章、七十二章、そしてラストの第七十四章と立て続けに、偽作続篇へのやり切れない思いがめんめんと続き、もうなにか爆発している感じがする。

4. セルバンテスが、後篇の執筆を終えたのは、すなわち、この壮大な物語を完成させたのは、1615年1月である。
「一六一五年一月、セルバンテスは創作を完成する。」(上記「セルバンテス」p.409)

5. セルバンテスが、あの見事なまでの後篇巻頭の名文「読者への序文」を書いたのは、脱稿後、なんと9ヶ月も経った1615年10月末である。
「一〇月末に、ミゲルは例のあつかましい学士に対する自分の心情の一片を含む序文を書いた。」(「セルバンテス」p.409)

逆に言えば、この9ヶ月の冷却期間がなければ、あれほどまでに自制された威厳に満ちた名文「読者への序文」は書けなかったのではないかと思う。
すなわち、ラストの第七十四章にみられる偽作者への憤怒をはらんだまま、その続きの第七十五章的に書いたのでは、あそこまで抑制された序文は書けなかったのではないだろうか。

ただし僕は、この序文の存在が、以降400年間の読者に、以下の2つの点で、結果的に大きな誤解を与えることになったと思う。
①あたかも後篇冒頭から、セルバンテスが、偽作者への怒りを根底にもって、執筆を開始したかのような誤解。
②あたかも後篇冒頭から、セルバンテスが、ドン・キホーテの死と埋葬までをあらかじめ構想した上で、執筆を開始したかのような誤解。

セルバンテスが、この序文を書き上げてきたのは、意図的に巻頭部分に配置するためにあると僕は思う。
意図的にと言う言葉に含意を感じるようで、ふさわしくないのであれば、強い願望。
これから始まる後篇は、ぜひこの序文というフィルターを通して読んでくれよ、というセルバンテスの願望が感じられる。

しかし、ここまで序文を練り上げたことで、結果として、作品としての巻頭が重くなり、このことによって、逆に光が当たり、明るみに出てしまうこと(巻末)があるということに、天才セルバンテスは、なぜ配慮しなかったのだろう?
僕も毎日、絵を描いているので、制作者の視点や立場からするとすぐにわかるが、ラストのドン・キホーテの死は、待って書いてはいない、さんざん待たされたあげくに書いてはいない。
もしこれが、後篇執筆開始時から、ドン・キホーテの死をあらかじめ構想した上で、書き進めたのであれば、このラストへ向かって日々ひたすら突き進んできた訳であるから、もっと密度の濃い、いろいろな意味で熱気を内蔵した重いものになると思う。
感情でものを言ってはいけないから、具体的に書くと、序文を磨き上げるための猶予期間の9ヶ月に対して、「彼がこの小説の最後の一五章を書き上げるのにほぼ六ヵ月が必要であった」(「セルバンテス」p.409) とあるから、これは、あくまでおおよその目安として3週間で2章くらい仕上げるペースになる。
もちろん、筆がのり、立て続けに書くこともあるだろうし、推敲の時間も必要であろうから、ここでは、あくまで大体の目安として。
そうすれば、これは待たされたあげくに書いてはいない。

6. したがって、僕の推測では、セルバンテスは、後篇第五十八章までは、ドン・キホーテの死を構想していなかった可能性は、決して少なくはないように思う。
僕が、その根拠としてあげることは、以下の7に示すように、後篇第五十九章からの物語の変調にあり、それまでは、ゆったりとした広大な大河の流れが、急に狭い支流に入り込んだかのような感じがする。
このそれまでのゆったりとしたスケール感は、セルバンテスが、ドン・キホーテの死を意識していなかったからこそできたことであり、自由に泳げたことなのではないだろうか。

7. この後篇第五十九章からラストの第七十四章までの流れは、なにかどうしても、個人的にとってつけたような感がぬぐえない。
「ドン・キホーテ」の物語を終わらせるために、一度負ける必要がある→《銀月の騎士》に決定的に敗北する→約束通り郷里の村に帰る→狂気から正気に戻り、狂人ドン・キホーテは、善人アロンソ・キハーノとなる→遺言状を作成して死ぬ。
前篇冒頭から、ここまでの言わば突拍子もない場当たり的な冒険の連続(失礼!)とは違い、極めて理路整然としていて、あまりにも筋が通り過ぎている。
実際に、それまでの言わば支離滅裂な出たとこ勝負のような物語の展開(また失礼!)とは違い、一つの集約点である死に向かい、物語のピッチやリズム、速度のようなものが、確実に上がっているように思う。
なにか手早く店仕舞いしようとしている感じが、どうしてもする。
したがって、偽作続篇の登場に動揺したセルバンテスが、後篇の第五十九章以降に、初めてドン・キホーテの死を構想した可能性は、やはり少なからずあると思う。

それでは、逆にもし、偽作続篇の存在がなければ、ドン・キホーテが死ななければならない必然性は、必ずしもなかった訳であるから、セルバンテスが、ドン・キホーテのこの雄大な物語の最後を、後篇執筆当初からどのように締めくくろうと、終えようと考えていたのかが肝心なことになると思う。
つまりは、セルバンテスは、死以外のどのようなエンディングを構想していたのであろうか?
大変残念ながら、その手がかりになるようなものは、これまでに読んだ文献からは得られなかった。

8. 後篇は、1615年11月末、ないしは、1615年12月に出版された。
「数週間後、一一月末、マドリードの市民たちは待望の本を手にした。」(「セルバンテス」p.409)
「一六一五年一二月、「ドン・キホーテ、後篇」が出版された。」(「セルバンテス」p.427)
セルバンテスが、この物語の結末にドン・キホーテの死を書いたことを、翌1616年4月22日に亡くなるまでのわずかに残された約5ヶ月間に、一作家として、どのように感じて振り返っていたのか、すなわち述懐していたのかは、これまでに読んだ文献からは判明しなかったが、おそらく総体的には肯定していた、すなわち、あの結末は、やはりあれでよかったのだ、あのようにせざるを得なかったのだと感じていた、あるいは自らを納得させていたのではないだろうか。

9. 「ドン・キホーテはただただわたしのために生まれ、わたしはドン・キホーテのために生まれたのだ。彼が行動し、わたしがそれを記述することによりわたしたち二人だけが一心同体になれるのであって、(以下略)」(「ドン・キホーテ」岩波文庫後篇第三巻、p.414)

偉大なる狂人、ドン・キホーテは、なにゆえ死ななければいけなかったのでしょうか?
機知に富んだ遍歴の郷士(前篇)、騎士(後篇)である、ドン・キホーテを死なせたものは、偽作続篇の登場なのでしょうか?
それともこれは、セルバンテス自身の心のなせる技、つまりは、ドン・キホーテを永遠に自分のものだけにして、閉じ込めて(封じ込めて)しまいたいようなある種の所有欲、独占欲のようなものなのでしょうか?
さらに突き詰めれば、セルバンテス自身の近づきつつある死の予感、早すぎる死への恐怖が、そもそもの背景として考えられるのでしょうか?

10. しかし、それにしても、「ドン・キホーテ」というのは、ものの見事に抽象画だなあ。
もちろん言うまでもなく、400年前に抽象画は存在していないので、そういう意味でも斬新だなあと思う。
物語が、非常に幾何学的である。
セルバンテス「なんだい、そのチュウショウガっていうのは?おれは、特別に腕のいい画家のつもりだけれども。」

11. 前篇に「愚かな物好きの話」や「捕虜の話」をはじめとする物語の本筋とはなんの関係もない短編が挿入されたのは、絵画だろうが文学だろうが同じことだと思いますが (と書いていて、自分で今思わず笑ってしまったのですが、セルバンテスも全く同じことを言っています*¹)、制作者側の視点からみると、これはやはり、書きためておいた作品を、適当な場所で披露したいという純粋な(ある意味単純な)欲求なのではないだろうか?
つまりは、作家としての力量を示したいので、これは、そのためのいい機会だぞというような感じで。
小品だろうが大作だろうが、制作者というのは、どうしても観て欲しくなるものです。
そして、後篇にはそうした短編がみられないのは、前篇出版後、あまりにそこの部分を批判されたので、いちいち心情を説明するのも馬鹿らしくなり、無益な労苦だと思い、(これもまたある意味単純に)やめたのではないだろうか。

12. これまでにみてきたことで、セルバンテスが、ドン・キホーテの死をどの時点から構想し始めたのかについてや、セルバンテスが、この物語を書き上げた後に、ドン・キホーテの死をどのように感じていたのかについては、多少なりとも考察が進んだように思いますが、冒頭でご紹介した7月、8月の2本の記事の中で、ともに触れてきたもう一つのテーマである、セルバンテスは、なにゆえに、これほどまでに空間の認識能力や識別能力とでも呼ぶべきものが発達しているのか?が、未解明のまま残されているように思います。

そこで以下は、このテーマについての僕の推測です。
まず、「ドン・キホーテ」の物語の全篇を通して、セルバンテスの空間の認識能力や識別能力(というような日本語があるとしてです)が、すなわち、空間を感知し把握する能力が、異様なまでに発達していることは、読んでいてもう明白な事実であり、その例を即座にいくつかあげることは、そんなに難しいことではありません。
冒頭の7月の記事の中で、すでに5例ほど、ご紹介いたしましたので、ここでは、例えば、後篇第五十五章のサンチョが落ちこんでしまった「まっ暗な深い穴のなか」をあげておきます。
僕は、最初、このテーマの解明について直感的に、セルバンテスが、1571年のレパントの海戦に従軍したことと、なにか関係があるのではないかと、その活路を求めてきました。
そこで、レパントの海戦や、ガレー船についても調べてみました。
それにしても現在の私たちからは、ちょっと想像もできないようなすごい時代があったものですね。
なんと言っても、まずは船が囚人による手漕ぎですからね、漕刑囚による。
このあたり、「ドン・キホーテ」の物語の前篇の第二十二章や、後篇の第六十三章にも登場してきます。
ここで合わせまして、僕の仕事柄、Cy Twombly の作品、Lepanto のシリーズも、この際、ぜひお忘れなく、この世にあり得ないくらい美しいですから。
しかし、セルバンテスが、レパントの海戦に従軍したことで、ものすごい体験をしたけれども、それでもなお、そのことによって、空間に対する能力が具体的に向上した、鍛えられたとはさすがに言えない、それには少し無理がある。
そこで、昨日、この問題をずっと考えていて夕方、ふっとわかったのですけれども、セルバンテスは、レパントの海戦で左手を負傷しますよね、名誉の負傷です。
「その負傷がもとで左手の自由を失い《レパントの片手んぼ》という異名をとることになった」(「ドン・キホーテ」岩波文庫後篇第一巻、訳注、p.429)。
ここにあるのではないか、つまりは、レパントの海戦にではなく、その後の障害を負った人生にあるのではないか。
障害をもったことで、それを補おうとして、それ以外の機能が異常に発達することは、世の中でたびたびみられる現象です。
例えば、今現在の僕の眼の病気のことも、なにか他のことに関係している気がしていますし、僕の丸7年間のフランス時代で、今思えばデッサンが一番うまかった人は、アカデミーに集まっていた各国の美大を卒業したようなすごい方たちではなく、もちろん、そうした方たちも素晴らしいのですが、夜学のアトリエに通ってきていた市井のパリ市民の中の障害をもったある男性の方でした。
裸体モデルのデッサンをしていたのですが、一発で線を取ってきますからね、隣で観ていてあぜんとしました。
「まるでラファエロのようですね」と話しかけたら、笑っていましたが、「現代のラファエロが、ここにいるぞ!」と、思わず叫びたくなりました。
つまりこれは、セルバンテスが、左手を失ったことで不自由になり、その後の人生において、両手が自由だった頃への空間に対する意識、希求、欲求、ないしは憧憬のようなものが異常に高まり、深まっていった。
その結果として、かくまで空間に対する能力が向上していったとは、考えられないでしょうか。
人間は、なにか損なわれた機能があると、それを他の機能で補おうとしますから、無意識的に。
ただし、事柄の性質上、本人がその能力に気づいていないということは、あり得るかもしれません。

最後に、皆様にセルバンテスの至言をお届けいたします。
「世の中には多くの珍しい才能が埋もれたままになっていてね、その持主が利用の仕方を知らないばっかりに、宝の持ちぐされになっているのさ。」(「ドン・キホーテ」岩波文庫後篇第二巻、p.16)

以上ですが、なにか毎日こうして「ドン・キホーテ」について考えていることは、小中学生の頃に、面白い算数や数学の問題があると、「おっ、少し手応えがあるな」ってずっと考えていた、それにものすごく似ているなと思います。
つまりは、そういう部分は、おそらく僕はなにも変わっていないんだな、僕がまだ小さかった頃と。
つまりは、なにも成長していない訳だ、チャンチャン。

2023年9月7日初稿掲載
2023年9月8日、9日、10日加筆修正
和田 健

*¹「ところでサンチョよ、先ごろ上梓されて世に出まわっておる新しいドン・キホーテの物語を描いた、あるいは書いた、というのも、描く画家も書く作家も同じようなものだからであるが」(「ドン・キホーテ」岩波文庫後篇第三巻、p.374)

Untitled 2023 No.22

Posted in Works 2023 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 21 August 2023 by kenwada

無題 2023 No.22
2023年8月
北軽井沢 作品 No.515
紙に水彩、グワッシュ
77.7×58.0 cm

Untitled 2023 No.22
August 2023
Kitakaruizawa Works No.515
Watercolor and gouache on paper
30.6×22.8 in.

Sans Titre 2023 N°22
août 2023
Kitakaruizawa Œuvres N°515
Aquarelle et gouache sur papier
77.7×58.0 cm

Untitled 2023 No.21

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August 2023
Kitakaruizawa Works No.514
Watercolor and gouache on paper
30.7×22.4 in.

Sans Titre 2023 N°21
août 2023
Kitakaruizawa Œuvres N°514
Aquarelle et gouache sur papier
78.0×57.0 cm