Archive for the Essay 2012-2026 Category

脳は「ズレ」を楽しむ

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , on 3 March 2012 by kenwada

僕が最近考えていることの一つに、絵画には様々な矛盾があってよい、
つじつまが合わなくてよいということがあります。
絵画のつじつま合わせをしない、つじつまを合わせると絵画がつまらなくなる
という考えです。

この考えに最初に気づいたのは、2008年11月にMusée d’Art moderne
de la Ville de ParisでRaoul Dufy展を観た時でした。
そしてこの気づきを出発点として独自にこの考え方を発展させてきました。
Dufyは、画業の初期や中期はHenri Matisseと共に歩んだと言うか、
明らかにMatisseの影響が感じられる絵を描いています。
また画集を観ていてもあまり伝わって来ないと思うのですが、彼の芸術が大きく
花開いた晩年の作品を目の前にして、言葉を失うくらい美しいと何度も思い圧倒され
ました。
その時に気づいたことは、彼は画業の後期になるにつれて、例えば鳥の羽根など
を半分くらいしか塗らないということです。
あとの半分ははみ出して勝手に羽根の外を塗っています。
明らかに意図的にそれを繰り返しているのを感じました。
それも執拗に繰り返しています。
普通は三角形でも、四角形でも線を引いたらその中を塗る訳です。
しかし彼は、その中を半分くらいしか塗らない、あとの半分は線からはみ出して
外側を塗っている。
一体これは何なんだろうかと考えました。
僕が出した結論は、どうも我々の脳には「ズレ」を楽しむというか、すき間を埋める、
足りないところを補う、そうした働きが脳の喜びとして存在しているのではないか
ということです。
つまり我々の脳は不完全さを見つけると、それを埋めようとして、喜んで活発に
動き出す、働き出すということです。
この時以来、我々の脳には不完全さを楽しむ働きがあるのではないかと
考えるようになりました。

これとは反対に完璧に塗られた絵を前にすると、もう脳がすることはあまりない訳です。
したがって脳が動き出さない、働き出さない、脳が喜びを感じないとなります。
「美人は3日で飽きる」なども脳のこの類いの例だと思います。
また完璧に塗られた絵を前にして、ホッとしたい、寛ぎたいなどの場合は、
脳のある種の停止状態を求めているとも言えます。

あの時、「脳はズレを楽しむ」ということを学んだことは、その後、ヨーロッパで
様々な作品を観た時に、その解釈にかなり役立ったように思います。

上手いデッサンに走らないためにわざと左手で描いた右利きのDufyは、意のままに
ならない左手のデッサンの中に、「意のまま」とのズレを見出していたのでしょうか。
そこに意識と無意識とのズレや矛盾を楽しんでいたのでしょうか。
今回当時の資料を見ていて、驚いたことが一つ。
あの時の大回顧展のタイトルが、「Le plaisir」(喜び)だったことです。
作り手の脳が喜んでいないでどうするのか。
僕は貴重なことを教えてくれ気づかせてくれたDufyに深く感謝しています。

変化を受け入れる

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , on 23 February 2012 by kenwada

僕の今現在の絵画のテーマを言葉にすると、
「無意識に根ざす何ものかの描出」ということに尽きると思います。
最近は、絵画に限らず広く生活全般にわたり、意識されたもの、構築されたもの、
何らかの意図が働くものに対する興味がほとんどなくなりました。
意識をできる限り排除し、無意識に根ざす何ものかを描こうとしても、
そう思う時点で「無意識に根ざす何ものかを描こう」という意識がすでに
入ってきている訳ですが、その壁を乗り越えるよりも、その壁の中を通ることを
目指して模索、思考錯誤する毎日です。

僕の描く絵は昨日掲載した「無題(時 -ナンバー1-)」まで変わってきましたが、
2002年11月1日に僕が絵を始めた時に考えたことの一つに、自分が今度する
仕事は、「自分が変化した時に、その変化を受け入れることのできる仕事」
という絶対に譲れない条件がありました。
通常人間は、その人の社会的なまたは家庭内の環境などから、
自分が変化しても、その変化を受け入れることができずに、変化を押し殺して
生きていることが普通であるというか、(特に日本人には)多いと思います。
自分の変化を受け入れてあげるとことのできる芸術家という職業に何の縁か
就いたのだから、自分の変化を受け入れてあげなくては。
世の中に何が不幸と言って、様々な状況によって自分の変化を自分で認めて
あげることができないくらい不幸なことはない。
理由は非常に簡単なことで、人間は時間とともに変化していくものだからだと思う。
芸術家が自分の変化を認めてあげなくて、一体世の中の誰が、他の職業の何が
認めてあげれるのだろう。
だから絵なんてどんどん変わればいいんだと思う。
僕の絵はもっともっと変わっていくと思うし、変わっていった時に、
その変化を自分で受け入れて、世の中で自分一人だけは認めてあげたい。
そんなに幸せなことはないのだから。
そして変化を受け入れることは勇気などというものでは決してない。断じて違う。
それはやっぱり「変化」なのです。
毎日の制作、研究、勉強による地道な試行錯誤の積み重ねによる「変化」
なのだとしか、言いようがないものだと思う。
あえて言うなら「必然」、そうせざるを得ない「必然」のようなものに近いと思う。
ですからスタイルを変えることに勇気は要らないと思います。

学んだ画家のリスト

Posted in Essay 2012-2026 with tags , , on 5 February 2012 by kenwada

フランス滞在中の7年間に僕が実際に美術館で絵を観て感動し、
その後美術館で何度も繰り返し観て確認したり、
画集などを使って集中して徹底研究した画家のリストを作りました。
Académieの学生証があるとMusée d’Orsayは無料、Académieの帰り道に
同じメトロの12番線で途中下車しては、その日疑問に思ったことを
Orsayで何回確認したか、途中までは回数を数えていましたが、
結局数えきれませんでした。
Maison des Artistesの会員になってからはほとんどすべての美術館が
無料。特にCentre PompidouとMusée d’Art Moderne de la Ville de Paris,
Grand PalaisのGalerie nationaleがただ なのは大きかった。
ロンドンへ行けば、誰でもTate Modernが無料。
National Portrait GalleryもNational GalleryもBritish Museumも無料。
特にTate ModernでRichterの6 Cage Paintingsと
TwomblyのBacchusを観た日の衝撃は忘れられない。
ロンドンに行く度に何度も観た。
パリもロンドンも勉強したい者にとってはまったくもって最高の環境だった。
画集は乏しい小遣いからまさしく身銭を切るように買い求めたり、
Académieの帰りにこれも同じメトロの12番線の Rennesにあった
パリ市立の公立図書館によく通いました。
カードを作ると5冊まで借りられるので重たい画集を5冊リュックに入れては
家まで運んでいました。
よく勉強したな。勉強以外は1分たりともしないと思ってパリに行ったからな。
空いている時間は、少しでも情感、情操を高めようと、ドストエフスキー、トルストイ、
ディケンズ、ユーゴー、カフカ、ゴッホの日記、カミュ、ランボーなどをよく読んでいた。
クラシック音楽も本当によく聴いた。
こんなリストもいずれ自分にとって何かの役に立つかもしれない。
この辺りで一回まとめておこうという気になりました。
こうしてみると大回顧展を観たのに、Joan MiróもWassily Kandinskyも入っていない。
やはり自分の心の中の何かの傾向や反応を表しているのだなと思います。

Pierre Alechinsky
Balthus
Jean-Michel Basquiat
Pierre Bonnard
Eugène Boudin
Bernard Buffet
Marc Chagall
Émile Claus
John Constable
Jean-Baptiste Camille Corot
Gustave Courbet
Honoré Daumier
Edgar Degas
Willem De Kooning
Eugène Delacroix
Jean Dubuffet
Raoul Dufy
Paul Gauguin
Alberto Giacometti
Thomas Girtin
Vincent Van Gogh
Francisco José de Goya y Lucientes
Edward Hopper
Johan Barthold Jongkind
Anselm Kiefer
Paul Klee
Gustav Klimt
Franz Kline
Henri Matisse
Jean-François Millet
Joan Mitchell
Amedeo Modigliani
Pieter Cornelis Mondriaan
Claude Monet
Edvard Munch
Julius Pascin
Carl-Henning Pedersen
Pablo Picasso
Bernard Piga
Camille Pissarro
Jackson Pollock
Barbara Rae
Auguste Renoir
Gerhard Richter
Diego Rivera
Harmensz Van Rijn Rembrandt
Auguste Rodin
Mark Rothko
Egon Schiele
Georges Seurat
Chaïm Soutine
Nicolas de Staël
Mark Tobey
Joseph Mallord William Turner
Cy Twombly
Hiroshige Utagawa
Leonardo da Vinci
Édouard Vuillard
Otto Zitko

以上です(ABC順)。