My Drawing Photo on August 25, 2022

My Drawing Photo on August 25, 2022
Acrylic on canvas, 29.0×24.0 in. (72.7×60.6 cm)

皆様、こんにちは。
いかがお過ごしでしょうか。
僕が住む群馬県の森の中は、この夏もまもなく終わろうとしています。
「サマートンネル・ペインティング No.2」を仕上げた後、次の絵の構想が浮かぶまで、しばらく間が空きましたが、昨日のドローイングで、さあ、またここから始まるぞ!という感じです。
この間、僕は何をしていたかというと、トーマス・マンは、作品「ヨゼフとその兄弟たち」の中で、なぜ「タマル物語」の順番を、旧約聖書の本来の順番から入れ替えたのかという個人的なテーマについてずっと考えていました。
そして、それに関しては、「トーマス・マン日記」(紀伊國屋書店)に、直接あたってみるのが一番よいと判断し、「1940-1943」の巻を読み込みながら、いろいろと考察していました。
そのあたりのことにつきましては、7月16日に掲載した「神の物語である「ヨゼフとその兄弟たち」の再読を終えて」の下に後日記1、2、3、・・・として順次書きましたので、お読みいただければとてもうれしいのですが・・・、ただし非常に長いです。
大変残念ながら、結論のようなものは出ませんでしたが。
今は、その本の中の1943年3月17日水曜日の日記(p.867、868)にある「「掟」という後奏曲も書き上げて」というマンの記述にヒントをもらい、そうか、中編「掟」は「ヨゼフとその兄弟たち」の後奏曲なのか、これは何か新たな手がかりが得られるかもしれないぞと思い、早速、「掟」を読み始めました。
最初、Kindle で順調に読んでいたのですが、第9章のところまできて、なぜか突然 Kindle が作動しなくなってしまい、結局、「掟」が含まれている「トーマス・マン全集」(新潮社)の第8巻を購入して読んでいます。
僕は、仏教徒ですので、ユダヤ教やキリスト教の基礎知識といいますか、ベースがありませんので、旧約聖書を同時に読みながら、自分に不足している知識を補う形で進めています。
そして、読み進めながら、今度は新たに「出エジプト記」や、「モーセという人間への関心」というテーマが、僕の中で出てきました。

あとは、ランニング。
僕は、9才の頃から走り始めて、もうかれこれ50年くらい断続的に走ってきた人間なのですが、しばらくやめていたランニングを今年の4月19日にまた始めて、今日でちょうど連続130日走りました。
この間、一番記録が途切れそうになったのは、大雨の日とか台風とかそういうのではなくて、早朝にスズメバチに刺された日でした(笑)。
その日は、全身に毒が回ってもなんだし、ちょっと走るのをやめようかなと思ったのですが、まあ、この年になると、1日走らないと、次の日から、なんだかんだで走らなくなることはわかりきっていますので・・・。
ここは標高が1100mありますので、ちょっとした高地トレーニングにもなりますし、しかも森の中で地面も舗装されていませんので、同時にトレイルランニングのような感じにもなります。
走っていて苦しい時もありますが、苦行という感じはないですね、ただの気晴らしです。
東京の家と往復していた時代は、ここで走っておいて、標高の低い井ノ頭通りを走ると、「なんだこれ?」っていうくらい、本当にすごく楽だったことを時々思い出します。

それから、園芸、庭仕事。
今、庭のいろいろな花が満開です。
当地は寒冷地ですので、毎年、何度も何度も失敗を繰り返し、さらには猪に一晩で何もかもめちゃめちゃに荒らされ茫然自失の朝を迎えること数回などという生やさしいものでは決してなく、ようやくここへきて、というのは昨年くらいからですが、園芸品種である耐寒性宿根草と、自生している生命力の強い山野草を取り混ぜる形のガーデニングを見出し、少しずつですが、庭らしくなってきました。
ですので、今は、大活躍してくれたヤマオダマキやオオバギボウシはもう終わり、自生のフジバカマやツリガネニンジン、ハギの横で、園芸品種のレモンクイーンが揺れているみたいな感じになっています。
ガーデニングをしていて、いつも感じることは、決してこちらの思い通りにはならない、ということですね。
ここに何色のこの花を植えたら、さぞかしきれいだろうなと思って植えても、そこには育たなかったり、逆に、なんでもないところにちょっと植えておいたものが、翌年活躍してくれたりと、すごくそういうところが絵画制作の色の配置と共通するものがあります。
それからもう一つ感じることは、開花の時期が微妙にずれるということですね。
決して一度に咲いて一度に散らない。
こちらが何も頼んでいないのに、退屈させないように、うまい具合に必ず順繰りに咲いてくれる。
今ですと、もうフジバカマが終わりかけて、山野草では、今度はシラネセンキュウの出番です。
園芸品種では、昨年植えたアスターたちが、主役交代とばかりにそろそろ見頃を迎えます。
自然界は、なんて摩訶不思議なんでしょう!
まあ、ジヴェルニーのクロード・モネの庭は別格としても、ソバージュなピエール・ボナールの庭、ジョアン・ミッチェルのひまわりと・・・、ちょっとこれは数えきれませんね、やめときます、みんな画家は庭の花が大好きですね。
ゴッホもアルルの黄色の家には、自分の庭こそありませんでしたが、生けたひまわりをたくさん描いていますし。
オーヴェル=シュル=オワーズで、庭にいる医師ガシェの娘マルグリットを描いた作品などは、なんて美しいのでしょうか。
花の嫌いな芸術家って、はたしているのだろうか。
庭仕事で思い出したのですが、庭仕事を深く愛したヘルマン・ヘッセの作品に、姉アデーレの1935年の誕生日の贈り物として書かれた「庭でのひととき」という素晴らしくといいますか、ちょっとあり得ないくらい美しい叙事詩があります。
臨川書店から出版されている「ヘルマン・ヘッセ全集第14巻」で読むことができます。
こんな詩を誕生日に弟からもらったら、もうちょつとなんていうか、いったいどのような幸福を姉は感じたのでしょうか、僕にはまるで想像もつきませんが。

2022年8月26日
和田 健

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