ドストエフスキー(1821-1881)の「未成年」(1875)を読んで 第三回「一市民の一読者である僕からみたドストエフスキー」その2
(第二回から続く)
③さてさて三点目になりますが、今回もまた然りなのですが、ドストエフスキーの物語の中で死ぬ人の数の多さですよね、この問題は以前からかなり気になっていましたので、「未成年」の物語の流れに沿う形で、ちょっと念を入れて調べてみました。
ただし、ヴェルシーロフが二十五歳のときに亡くした妻 (上の9) ですとか、三月ほどまえに死んだ役所の課長のアンドロニコフ (上の37)、つまりは、アレクセイ・ニカノローヴィチ (上の134) で、この方は重要ですので人数に入れるかどうか迷うところではありますが、それから、ソコーリスキー老公爵のもう二十年もまえに亡くなった妻 (上の47) ですとか、オーリャの亡くなった七等管の父 (上の370)、すなわち、ダーリヤ・オニーシモヴナの夫ですね、この人たちまでを数に入れてしまいますと、もう収拾がつかなくなりますので、ここでは物語の本筋に直接関係のある、原則として物語が語られ始めてから死んだ人物を中心に限定させていただきます。
そうしますとですね、物語が語られ始めてからまず最初に死ぬのは、まだアルカージイがモスクワ時代の逸話に出てくる捨て子のアリーナ (アリーノチカ) (上の201から205) ですよね。
ひどく貧しい指物師とその女房のダーリヤ・ロジヴォノーヴナの間に結婚八年目にやっとできた、ついこのあいだ亡くした同じ名前の乳呑み子 (上の202) も数に入れたいところではありますが。
それでは、番号をつけて、( )の中に死亡した原因を入れて整理していきます。
1人目、アリーノチカ (口中にできた小さな白い発疹による病死)
次が、クラフトですよね、「ところが拳銃で自殺してたのよ!」(上の333)。
2人目、クラフト (拳銃自殺)
さらに、これは物語が語られ始めた時点ですでに亡くなっていましたが、「リーディヤ・アフマーコワは産後二週間ほどして死んだ」 (上の358) は重要ですので、ぜひ数に入れさせてください、要はカテリーナ・ニコラーエヴナの義理の娘ですね。
「哀れにも恋の炎に焼かれた娘がマッチの燐を飲んで自殺をはかったというのである。」(上の143) とあり、「黄燐マッチ」(上の313と上の358) のドストエフスキーのほのめかしが気になりますが、「肺病で死んだ」(下の380) ことになっています。
3人目、リーディヤ・アフマーコワ (肺病)
また、カテリーナは最初から「まだ若い将軍未亡人」(上の47) として登場いたしますので、夫であった「当主のアフマーコフ将軍」(上の138から) は、「一年半まえ」(上の138) から物語の開始時点までの間に、すでに中気の二度目の発作で亡くなっているのですが、アフマーコフ将軍の「先妻」まではともかくといたしまして、この将軍もぜひ数に入れさせてください。
4人目、アフマーコフ将軍 (中気による発作)
次が、かわいそうなオーリャで「あなたが話していたあの若い娘が、部屋で首を吊ったんだよ」(上の367) です。
5人目、オーリャ (首吊り自殺)
上巻で死んだ人はここまでですが、皆様、大丈夫でしょうか?
これでも「未成年」は、ドストエフスキーの他の作品に比べて、人殺しの少ない作品だと思うのですが、だんだんと気持ちが暗くなってきますよね、でもここは一度徹底して調べてみましょう。
下巻に入りますと、まずはマカール・イワーノヴィチの「ある除隊兵の話」(下の205) ですね、この話の中で兵士が「五日目になるととうとう首を吊ってしまった。」(下の206) とありますが、この兵士までは数に入れなくてもよいと思います。
そして次が、 短編の挿入の箇所 (下の217から242) です、短編の挿入はドストエフスキーお得意の手法で、他の作品でもみられますよね、思わず僕はおっ、短編が来たぞ!という感じで、楽しみにしながら読みました。
と言いますのも、ドストエフスキーはその長編であまねく知られているわけですが、短編を書かせても超一流です。
具体的には「キリストのヨールカに召された少年」「百姓マーレイ」「百歳の老婆」の三作品をあげます。
まだ、お読みになっていない方がおられましたら、この機会にぜひ一度手にとってみてください。
いずれも、「作家の日記2」(ちくま学芸文庫) の中に収録されています。
ちなみに、皆様にご紹介する以上はということで、三作品とも再読してみましたところ、ご参考までにこの主題に関して、それぞれの小品で死ぬ人の数は「キリストのヨールカに召された少年」が判別に多少迷うところがありますが6人、「百姓マーレイ」は0人、「百歳の老婆」が1人でした。
それから、これはおそらくなのですが、ドストエフスキーは短編の制作になりますと、一瞬のうちに頭の中で描き上げてしまうのだと思います。
これを僕は個人的にドストエフスキーの「脅威の直感思い込み理論」と呼んでいるのですが、脳が非常に絵画的な発達をしており、スケッチが速い!
締め切りに追われて十分な推敲もままならないままに、直感で書き進めていったところに逆に生まれてくる箴言、今回の「未成年」でもものすごいのが一つ無神論者のところで出てきます (下の187) が、それは最終回にさせていただきます。
さて、挿入されたこの短編に戻りまして、これはマクシム・イワーノヴィチという大金持の商人の話なのですが「なんでももらったその年に嫁さんをいじめ殺してしまったとかいうことだ。」(下の218) の「嫁さん」までは数に入れないにしても、「いまわのきわまでマクシム・イワーノヴィチを呪いつづけ」(下の220) て死んだ後家の若い夫はぜひ数に入れようと思います。
そして、まだ若い後家と五人の子供たち、上から順に八歳の男の子、四歳の女の子、三歳の女の子、二歳の女の子、一歳の女の子があとに残され、一歳の子をその始まりとして五人ともみんな死んでしまうという凄惨な内容です。
6人目、若い後家の夫である商人 (借金をした上でみじめに死ぬ、具体的な病名等は書かれていない)
7人目、 一歳のまだ乳呑み子の女の子 (百日咳)
8人目、 四歳の女の子 (百日咳)
9人目、三歳の女の子 (百日咳)
10人目、二歳の女の子 (百日咳)
ただし、8人目、9人目、10人目のうち「一人は往来で馬車にひかれて死んだ」(下の223) ことになっています。
さらには、今度は一人生き残った八歳の男の子が「そしてざぶんと河へとびこんだ!」(下の231) で死んでしまいます。
11人目、八歳の男の子 (水死による自殺)
それから、この男の子の最期の場面の絵を描いたピョートル・ステパーノヴィチが、「その夜いっしょに飲んでいた男に殺されて」(下の236) 死にます。
12人目、ピョートル・ステパーノヴィチ (男に殺害される)
さらに、マクシム・イワーノヴィチとこの若い後家との間に生まれた「玉のような男の子」(下の240) が亡くなります。
13人目、赤ん坊の男の子 (急に熱を出して病死)
そしてこの後が、「カラマーゾフの兄弟」のゾシマ長老に、さらに言えばゾシマ長老の若い兄が最期に見たものにつながる系譜の重要人物マカール・イワーノヴィチですね、アルカージイの「戸籍上の父」 (上の9) です。
「わたしは急いでそばへかけよろうとして、ぎくりとした。老人はもう死んでいたのだ。」(下の360)
「『心臓破裂だ!』とヴェルシーロフは言っていた。」(下の360)
14人目、マカール・イワーノヴィチ・ドルゴルーキー (心臓破裂)
さてさて、物語もラストシーンの大活劇?を経て、第三部第十三章の「エピローグ」(下の587) を迎え、ドストエフスキーが誰々はその後こうなったと物語の整理にかかります。
その中で読者にとって判明したこととして、まず「のっぽ」のアンドレーエフが「のっぽはピストルで自殺したのである。」(下の597)
15人目、アンドレーエフ (ピストル自殺)
次が、重要な登場人物である二人の公爵のうちの一人、ニコライ・イワーノヴィチ老公爵ですね、「夜更けに、寝床の中で、卒中で死んだのである」(下の597)。
読んでいるとかなりの高齢のように感じられますが、老公爵と言いましても、「老人とはいえ、彼はまだ六十をこえていなかった」(上の46) とあります。
下巻で「n’est ce-pas?」を連発する弱々しい彼は、とても五十代には思えませんね。
16人目、ニコライ・イワーノヴィチ老公爵 (卒中)
さらに、もう一人の公爵であるセルゲイ・ペトローヴィチ公爵、若公爵の方ですね、「健康を回復しないままに、判決を待たずに、病院で死んだ」(下の600) とありますね。
彼は「監獄の貴族収容所」(下の161) に入っていましたが、「その朝彼は病院に移され、夕方にはもう脳炎をおこしたのである。」(下の282)
要は、彼は「熱病」(下の282) にかかり、「脳炎」という流れで死にます。
そして、リーザは彼の子どもをお腹に宿したまま流産します。
17人目、セルゲイ・ペトローヴィチ公爵 (脳炎)
以上です。
結局、僕の選別方法による考察では計17人になりました。
ここで問題となっているのは、いや誰々も入れて18人だとか、いや誰々は含めずに16人だとか、そういうことではもちろんありません。
この17人という数が、一人の小説家が文学作品を成立させるために必要な数として、果たして妥当なものなのか、多いのか少ないのかなどということは、僕にとっては手に余る問題であり、まるでわかりませんが、あくまでも専門外の一般的な感覚で考えましたら、僕はこれはやはりかなり多い数なのではないかと感じます。
要は、ドストエフスキーにとって、なにゆえに人が死ぬということが、作品の成立にとって必要なのかということですよね。
ドストエフスキーにとっては、死ぬということが、作品の構成上、逆に生の喜びを引き立てているとでも言いますか、生きることに光を当てている、スポットライトで照らしているということではないですよね、それでしたら、若い後家の五人の子どもたちが全員死んだりはしませんから、そういう要素は「罪と罰」のラストシーンを除けば、僕はあまり感じないのです。
それではなぜなのか、う〜ん、これは非常に難しいな、端的に言いまして、なにゆえに彼の作品ではかくも多くの人が死ぬことが必要なのでしょうか?
少なくとも一つ感じることは、ドストエフスキーはロジックでものを書いていませんよね、小説家として生業として書いていて、普通もう少し怖さを感じると思うのですよね、編集者とかからも「こんなに人が死んでいたら誰も読まないよ」とか言われると思いますし、やっぱりもう少し萎縮すると思うのですよね、でもそれは一切ない。
そんなよくある次元ではまるで生きていない、もうまるでものが違う、それは日々の日常のことですから、決して簡単なことではないですよね、それではそれがなぜできるのか、う〜ん、なにか自分の思想を極めようとするところの、追求しようとするところの、思い込みであり直感であり、なにかの執拗な気質なのだろうな。
まあ、これはあくまでも一般的なイメージとしての話ですけれども、と言いますのは、何事にも例外というものがありますから、それでも例えば、大学の文学部ですとか、カルチャーセンターの小説講座ですとか、そういったところからドストエフスキーが生まれてくる感じはまったくしませんね、非常に特異であり異質です。
もう長くなってしまいましたので、僕がこれまでに考察してきましたその他の事柄を簡単に説明させていただきまして、終わりにさせていただきます。
④少しだけ上述しましたが、マカール老ですね、「悪霊」のチーホン僧正に始まり、「カラマーゾフの兄弟」のゾシマ長老、ひいてはゾシマ長老の若い兄が最期に見たものにつながる一連の系譜です。
なにゆえにドストエフスキーは、この一連の系譜を物語の中に取り入れてくるのかにつきまして、今回新たな気づきがあり、思考を深めました。
この神の存在の一連の系譜は、いかにも専門家の格好のテーマになりそうですので、出版後すでに151年も経ち、研究し尽くされていることと思います。
例えば、そのモデルは⚪︎⚪︎僧であるだとか、どこまでがドストエフスキー自身の言葉であり、どれとどれが⚪︎⚪︎僧の言った言葉であるとかですね。
僕の言う新たな気づきとは、そうではなくて、なにゆえに作品中に絶えず組み込むのかということについてです。
⑤月日、時間に執拗にこだわると言いますか、必ず日時を特定してくるドストエフスキーの手法です。
どこがって、もう全部が全部そうですね。
この1870年代にすでに確立していたミステリー風の手法、及びその先進性は、彼の日常生活、時間に対する日頃の偏執からもたらされたのではないかという考察。
あくまでも、その一例として、
「なんともふしぎな話だよ、アルカージイ。きみはそこに三時から四時までいて、タチヤナ・パーヴロヴナは不在だった、と言ったな?」
「ちょうど三時から四時半までです」
「ところが、おかしいじゃないか、わしは三時半かっきりに、それこそ一分とちがわずに行ったのだが、タチヤナ・パーヴロヴナは台所でわしを迎えたんだよ。」(上の599)
をあげておきます。
もう一つ、ドストエフスキーが登場人物のおおよその年齢を、常に特定してくることも絶対に見逃せません。
⑥ヴェルシーロフの「千人」(下の389、395、396、403、405)) 思想です、これと五回にわたる象徴としての「靴屋」(上の255、256、359、360及び下の389、562) が、トランプ遊びの神経衰弱に例えますと、裏を返した時に、引き当てるカードになっているのではないかという考察。
(最終回に続く)
2026年9月25日
和田 健
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