ドストエフスキー(1821-1881)の「未成年」(1875)を読んで 第二回「一市民の一読者である僕からみたドストエフスキー」その1

(第一回から続く)

それではいよいよ本論に入ります。
僕はなにもロシア文学や歴史の専門家でも研究者でもなんでもありませんし、わからないところを教えてくださるような方も全くいませんので、つまりは、僕はただの一市民の一読者ですから、その僕がテキストだけを頼りにどこまでドストエフスキーを分析できるかというのが今回のテーマです。
また同時に、小説家というものが、なにも専門家や研究者のために書いているのではないだろう、それはやはり一市民の一読者のために書いているのではないかという僕の思いもあります。
それでは、拙い文章になりますが、どうぞよろしくお願いいたします。

①まずはやっぱり、なんと言っても相変わらずのドストエフスキー劇場、うーん、なんて言いますか、ちょっと物語の組み立て方や場面転換があまりにも劇場版であるとでも言いますか、劇場仕立てなのが、今回はかなり気になりました。
なにかドストエフスキー自身が劇場にいて「未成年」という劇を一観客としてはらはらしながら、なおかつ同時に制作責任者として観ている感じがどうしてもします。

これにはあれでしょうか、1875年に「祖国雑誌」という雑誌に連載されたことが多少なりとも影響しているのでしょうか?
僕は文学のことはまるでわかりませんが、どうも作家が雑誌や新聞などに連載するとあまりよくない、要するに読者を飽きさせず惹きつけておくために、その回の終わりを思わず次回も読みたくなるような魅力あるものに自然にしようとして、多少今の若者の言葉で言うところの盛ってきますよね、あれは、よくないですね、まあ、生業ですのでやむを得ないのでしょうけれども。
しかしですね、具体的には 、いいですね、そうです、なんでも具体的に書きましょう!
「彼女はわたしの袖をつかんで、二人のいる部屋の隣の暗い小さな部屋に案内すると、やわらかいじゅうたんの上をそっと仕切りのほうへ連れてゆき、垂れているカーテンのすぐそばにわたしを立たせて、カーテンの隅をちょっとずらして、わたしに二人を見せた。(下493、494)
これはちょっといくらなんでもドストエフスキーは、やり過ぎなのではないでしょうか?
もうこうなりますと、なにか覗き見的な趣味が感じられますね。

また、ラストのシーンですよね (下の581から586にかけて)、ヴェルシーロフが「彼女の頭めがけてピストルを振上げ」て、にぎり直してカテリーナの顔にねらいをつけて・・・これってどうなんでしょうか、なんだかもうここまでいくと率直に言って劇画の類いだなと思いました。

結果として、どの場面も室内室内また室内で、アルカージイが通りを走ったとか、馬車に乗ったとか、通りで誰々に出会ったとかをのぞけば、今回は外の景色の描写はほぼ皆無であり、ドストエフスキーは「罪と罰」でマルメラードフの部屋を書いて以来、室内の描写をさせたら天下一品、それこそ右に出る者は確かにいないとは思いますが、開放感からはほど遠い感じを受けました。
その点、先輩作家のゴーゴリは風景の描写をさせたら「死せる魂」におけるごとく天下一品、これもまた右に出る者はいませんね。
なにか両者のベクトルが内向きと外向きの真逆の向きになっている感じが強くしました。

②二点目は、今回もまた然りなのですが、特定の人種に対する執拗なまでの攻撃ですね、具体的にはユダヤ人に対する攻撃なのですが、これはやはりよくない、僕はこれは非常によくないと思います。
ドストエフスキーといえば、単なる文豪ではありませんよね、これだけの作品群を遺されたのですから、ドストエフスキーといえば、やはり大文豪だと思います。
大文豪である彼が、十字架に磔にされたキリストの見た風景をキリストの視点で思い描ける稀有な才能をもった彼が、これだけユダヤ人を中傷すれば、これは当然のこととして、それはドストエフスキーの現生においても、あるいは彼の死後においても、そのことがどれだけの影響を与えるかをドストエフスキーは確実に計算していましたよね、見抜いていましたよね、ドストエフスキーはある意味でとても正直な人間ですから、それを感じない訳がない。
つまりはそこに僕はドストエフスキーの甘美を感じるのです、確実にわかっていて甘い喜びを覚えていたと思うのです、僕は。

また、同時にこういうことも考えられます、すなわち、ドストエフスキーほどの知性を持ち合わせるということは通常あまりないと思われますので、これをそれほど頭のよくない人は、ということはほとんどの人がということになりますが、逆手にとって主張の拠り所として借用してくるということは多分に考えられます。
すなわち、大文豪のドストエフスキーがこう言っているんだからということですね、ユダヤ人攻撃の根拠として掲げてくる可能性はかなり高い、と言いますか、すでにあったのではないでしょうか、それであれば、これは本当に非常によくない。
上巻の4箇所にユダヤ人に関連した記述が出てきますよね、具体的には 、いいですね、そうです、なんでも具体的に書きましょう!
「まだモスクワで、『理想』が生れたその日からと思うが、質屋にも、高利貸しにもなるまいと決意したのである。そんなものはユダヤ人と、ロシア人の中でも頭も気骨もないやつらにまかしておけばよい。担保だの利息だのということは──凡俗のするしごとだ。(上の173)
「多くのユダヤ人どもの有害なよごれた手から」(上の190)
「そこで、当然、全般的な酸化というような現象が起る。つまり大勢のユダヤ人どもがやって来て、ユダヤ王国をつくるわけだ。」(上の455)
「左隣に、これも終始はなれずに、どうやらユダヤ人らしい、実に嫌味なしゃれ者が坐っていた。(中略) そしてふと気がつくと、このジュウめが片手をのばして、悠々とその一枚を自分のまえへ移動させているではないか。(後略)」(上の616)
この「ジュウめ」の原語はおそらくですが、差別用語なのではないでしょうか?

それから細かく読んでいくと感じることなのですが、フィンランド女のマーリヤとタチヤナ・パーヴロヴナの間であらそわれた簡易裁判所の訴訟事件 (下の176から)、これは明らかに茶番ですよね、マーリヤは物語の最後には(20+200=)220ルーブリで買収されてスパイまでしている、そもそもの最初からマーリヤの登場は「まず手はじめに、女中のことを述べよう。これは意地わるい、しし鼻のフィンランド女で、女主人のタチヤナ・パーヴロヴナを憎んでいたらしいが」(上の325) 云々と、どうみても好意的には書かれていない、これをフィンランド人へ蔑視ととられてもドストエフスキーは仕方がないと思います、ここのところ。

それで次は、ポーランド人です。
アンドレーエフがレストランで近くの席のポーランド人の発音を挑発しますよね (下の321から)、メンバーはラムベルトと「あばた面」のセミョーン・シドールイチ、書き手の「わたし」ことアルカージイとトリシャートフ、アンドレーエフの5人でしょうか、これもよくない。
さらによくないのは、その後のアルカージイの台詞です。
「きみはぼくらに恥をかかせた、ポーランド人などに給仕みたいにぺこぺこあやまって、なんたるざまだ。」(下の334)

さらには、フランス人に対してもあります。
「ラムベルト、きみは──幼稚だし、フランス人なみのばか者だ。」(下の446)
「ばかを言え、このフランス人め、ぼくは──スパイじゃないぞ、だが頭はいいさ!きみなぞにわかるまい、ラムベルト、彼女は彼を愛してるんだぞ!」(下の514)
ちなみに、ラムベルトはロシア人です。

最後の極めつけの仕上げとして、ドストエフスキーが標的にしてきたのがドイツ人です。
「もっともあのドイツっぽのビオリングは、金も惜しかったらしいがね。」(下の557)
「まあね、あのドイツっぽはあの女におちつきとやらをあたえるんだってさ。」(下の557)
「要するに、『上流階級』を装っていても、粗暴なドイツ兵の地金が出たのである。」(下の561)
「こういう激怒にかられるとこのドイツ人という民族は、かなり聡明な人間でも、往々にして靴屋の職人なみのなぐりあいの喧嘩をしかねないのである。」(下の562)
もう容赦ない感じですね。
ドストエフスキーのような気持ちの優しい、愛にあふれた人間というのは、往々にして裏を返すとナショナリストになるのかなあ。

ちなみに、この「靴屋」ですが、これもかなり気になって、なにか靴屋になったらいけないのかなという感じですよね、と言いますのは、他でも三箇所でこの「靴屋」が象徴として使われていて「そうですとも、おまえを靴屋の弟子にやるくらい、アンドレイ・ペトローヴィチは簡単にできたはずですよ!」(上の255) 云々とタチヤナ・パーヴロヴナはアルカージイに息まき、「たしかにぼくは、ヴェルシーロフに靴屋の弟子にやられなかったことだけで、どうしても満足ができないほどに、根性が卑しいのですね。」(上の256) とアルカージイが答える場面があり、さらには、セルゲイ・ソコーリスキー公爵が言い張ることとしてワーシンの口から「しかし自分ではたらいてパンを得なければならず、しかもほかにできるしごとがないとしたら、靴屋の弟子になることがなぜいけないのだ?看板に、何某公爵靴店と書いたら──それこそ品があっていいじゃないか」(上の359、360) と出てきますので。

長くなりましたので、ここで一旦区切らせていただき、続きはまた次回とさせていただきますが、なにかドストエフスキーの特定の人種を攻撃するというこの問題の中にこそ、今の日本の若い世代の方が、ここから逆に成し遂げられることが含まれているのではないかと思います。
例えば、ラグビーの日本代表ではないですけれども人種の融合や連帯ですよね、つまりは、若い方が「未成年」を熟読した上で「新未成年」を書く、できないことはないですよね、そこにこそ未来への道標があるような気がいたします。
そして、それは世界全体にとっても、現在の潮流、時勢、時代の流れをとめるために、決定的に大事なことなのではないでしょうか?
日本には天才が生まれにくい土壌があり残念ですが、苦しみながらも試行錯誤しながらも、今の日本の若い世代の中から必ずやそうした天才が生まれてきて欲しい、僕は切実にそう思います。
それはなにも小説家に限ったことではありません。

(第三回に続く)

2026年9月20日
和田 健

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