ドストエフスキー(1821-1881)の「未成年」(1875)を読んで 第一回「はじめに」

皆様、こんにちは。

昨年2025年の8月に、マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」(岩波文庫版全14巻) を読了してから、ドストエフスキーの「白痴」(河出文庫全3巻) や、ギュスターヴ・フローベールの「ボヴァリー夫人」(新潮文庫) を読み終えたのですが、もちろん素晴らしい作品だとは感じましたが、それよりは同時期に読んでいたプーシキンの作品に特別な才能を感じ、なにか自分の中でドストエフスキーやフローベールにもう一つ燃え上がるものを感じず、つまりはジャストミートせず、改めて読書という極めて個人的な行為は、その時その時のタイミング一つだなあと、つくづく感じさせられました。

それからもう一つ、プルーストを読んで以降、どの作品を読んでいても短いなあ、短編だなあと感じるようになってしまい、「え?ボヴァリー夫人ってたった一冊しかないの?短いなあ」とかぶつぶつ言うようになって少し困惑しているのですが、別になにも困ることはないか、これもプルースト後の心境の変化なのでしょうか?

そのようなモヤモヤとした気持ちの中で、2026年7月27日に読み始めたドストエフスキーの「未成年」(新潮文庫上下巻、工藤精一郎氏訳) でしたが、2026年9月2日に読み終わりました。
まずこれは端的に言って小説なのでしょうか、もちろん小説なのでしょうが、僕にはなにか小説と言うよりも、これはミステリーやサスペンスもの・・・、なんて言えばよいのでしょうか、どこかある種の推理小説に近いものを率直に言って感じました。
そうなんです、まるで推理小説のようにエンディングまで物語を引っ張ってくることが、非常に気になりました。
そして、このくらい読みにくい小説になると、思わずスイッチが入りましたが、同時に物語に慣れてしまえば別にどうということもない感じもいたしました。
それは特にどの点に関してかと言いますと、まずは同一登場人物に複数の名前があるということですよね。
多くの読者が老公爵や若公爵のそれぞれの複数の名前あたりから混乱し始めると思うのですが、これなどはまだ序の口 (笑) で、なんとあのアルフォンシーヌにさえ、「アルフォンシーヌ・ド・ヴェルデン」(下巻のp.285) と「アルフォンシーヌ・カルローヴナ」(下巻のp.463) という二つの名前があるのですよね。
これにつきましては、我々は日本人だからロシアの小説に出てくるまずは名前が難しいのかとも思っていたのですが、ところがどっこい、そうでもない、同国人であるロシア人自身にとってさえも結構大変なのではないか、と言いますのは、老公爵が二度にわたって「わたし」の名前を間違えますよね、「失礼ですが、公爵、ぼくは──アルカージイ・アンドレーヴィチではありません。アルカージイ・マカーロヴィチです」(上巻のp.82)、「こちらはわしの若い友人、アルカージイ・アンドレーヴッチ (またアンドレーヴィチだ!)・ドルゴルーキー」(上巻のp.406)。
ドストエフスキーはここは完全に笑いをとりにきましたね、ドストエフスキーを読んでいますと、時々こうしたくすりと笑える箇所があって、ちゃめっ気やユーモアを感じますが、まあ、名前の問題は、これは慣れてしまえば別にどうということもない。
問題はこの「記録」の一人称の書き手である「わたし」ことアルカージイ・マカーロヴィチ・ドルゴルーキーがずっと物語を語っていく訳ですが、例えばアンドレイ・ペトローヴィチ・ヴェルシーロフが登場しては引っ込む、カテリーナ・ニコラーエヴナやアンナ・アンドレーエヴナがなにか言っては場面がめまぐるしく変わるということで、もぐらたたきではないですけれども、登場人物の思想や個性をつかむことがなかなか読者にとって容易ではない、僕はそのように感じました。
ちなみに今回、一番生き生きとイメージできましたのは、脇役なのですがお目付け役?のタチヤナ・パーヴロヴナでした。
とにもかくにも、僕はこの夏はどこへも行かずにと言いますか、僕は別に夏に限らずどこへも出かけていないのですが、もうずっと「未成年」と一緒に過ごしていたなという感じで、「未成年」を毎日少しずつ読み進めるのを楽しみにして、つまりはここへ来ましてようやくジャストミートし、久々に本を読んだなとでも言いますか、まあ、それなりに面白かったです。
僕の場合は作品にヒットしますと、その冒頭部分から自然にメモを取り始めますので、自分でもすぐにそれとわかるのです (笑)。

これで一応、ドストエフスキーの五大長編を読み終わりましたけれども、別になんの感慨もないなあ、特にこれといったような達成感もありませんでした。
読んだ順にその回数は「罪と罰」を八回、「カラマーゾフの兄弟」を三回、「悪霊」を一回、「白痴」を一回、「未成年」を一回です。
もちろん、その一回一回には、本を読むことの楽しさや読解の喜びがありましたけれども、さて全体を通してとなると・・・、第一、ドストエフスキー本人はこれらをもって後期五大長編とするなんて構想をもっていたのでしょうか?
なにかそうするようにとでも指示した書き遺したものでもあったのでしょうか?
違うのではないのかなあ〜、制作者側の立場からすると、一作品一作品に集中しながら、あくまでもそれは自然の流れでそうなっていったのではないのでしょうか?
今から五大長編を書いて死ぬぞ〜なんてドストエフスキーが考える訳がない、現に事実として「カラマーゾフの兄弟」の第二部をすでに構想していましたよね。
アンナ夫人の書かれた「回想のドストエフスキー」(みすず書房1、2巻) を読むとよくわかりますが、五時の夕食時のにぎやかな家族団欒に、まず最初に息子のばあやに「ばあや、一杯どうだ」(みすず書房、2巻のp.88) とウオッカの杯をすすめて、非常に子煩悩で夕食後も子どもたちといて、話をしてやったり、寓話を読んでやったりして、その後、要は十一時ごろから執筆を始めて三時か四時まで仕事をする・・・、まだまだ書くつもりでいたと思いますし、そこまで集中し切っているドストエフスキーが自分の死後には、この五作品をと指定してくるような余裕はまるでなかったと思います。
つまりは、五大長編などというのは、あくまでも後世の人が定めた概念だということですよね。

それから、これはあくまでも僕にとってはということですが、究極のNo.1作品は、やっぱり「罪と罰」なのかなあ、なにか原石のような魅力とでも言いますか、野球選手に例えましたら、足が早くて肩が強い感じですね、その他の部分は磨いていけば、少しずついろいろなことが、これからできるようになるだろうけれども、でも足が速くて肩が強いことだけは最初から教えられない、なにかそんな感じがいたします。

以下、一市民の一読者として、と言いますのは、読書というものが万人にひらかれた自由で平等な権利であるという意味ですが、別にお金がなければないで図書館で借りてきて読めばいいだけの話ですし、僕には読書 (とりわけ古典) の中に埋没するという行為のみが、世の中でほとんど唯一の格差や差別のない真の意味での自由な世界であるように感じられるのです。
僕の中にそのような気持ちが強くありますので、そこで今回もでき得る限りテキストにそった形で、と言いますのは、一市民の一読者にとってはテキストだけが唯一の頼りだからですが、本文に忠実に考察していきたいと思います。
従いまして、引用ページの記載方法につきましては、なるべく簡略に上巻の50ページでしたら (上の50)、下巻の100ページでしたら (下の100) という形でお願いいたします。

それから、僕の読んだ下巻は、令和六年一月二十日発行のすでに二十二刷でしたが、誤植が一箇所あり気になりましたので、ご報告までさせていただきます。
アルフォンシーヌのやたらと長いフランス語の台詞の中にあります「vous savez, n’estce pas?」(下の117) は「vous savez, n’est-ce pas?」のミスプリントではないでしょうか?
しかし、それにしましても、このフランス語の台詞は長いですね、おそらくドストエフスキーの全作品中で最も長いフランス語の台詞なのではないでしょうか?
少し大げさに言いますと、一瞬、あれ?フランス語の本になったのかなと思うくらいですよね。
つまりは、僕の言いたいことは「(ロシア語にしてしまうが、彼はフランス語で話したのである)」(下の113) や「(もちろん、フランス語でである)」(下の572) の手法を用いることなく、なにゆえ長々とフランス語で書いたのかということです。

ちなみに、この「n’est-ce pas」ですが、ニコライ・イワーノヴィチ公爵、要するに老公爵ですね、彼が (下の526) あたりから「N’est-ce pas, n’est-ce pas?」と連発してきて、品がよいとはお世辞にも言えなくて、なんだか思わず笑っちゃいましたけれども、とにかくしつこいくらいに繰り返してきますね。

それから、誤植の一ページ手前のところのフランス語の台詞 (下の116) で、やはりあれ?と思ったのですけれども、なにゆえ、これだけの悪党のラムベルトが、まあ、ありていに言って手込めにしているようなアルフォンシーヌを vous で呼ぶのかというのもよくわからない、当然、どうみましてもここは tu で呼ぶと思います。
ドストエフスキーは必ずそこに意味をおいてきますからね、必ずそこになんらかの意図がある、なんとなくそうなっちゃったなんてことは絶対にしてこないですから、この暗示、示唆、ほのめかしの裏の読み取りですね、ドストエフスキーの真意が僕にはわからない。

うん?これはあれなのかなあ、ラムベルトがとにかく「『それに加えて、この男はおそろしく無教養だ』」(下の316)、 また「きみはまったく無教養だ。」(下の348)、さらには「ラムベルト!きみはおそろしく無教養だよ、おどろくよ」(下の515、516) であるため、vous でしかフランス語を話せない、動詞の活用もろくにできないお粗末なフランス語であり頭だということを、ドストエフスキーは皮肉をこめて嘲笑しているのかなあ、であるとすればこれはちょっと陰湿だなあ、と言いますのは、それでしたらもっとはっきりと、ちょっと聞き取りにくいくらいのお粗末なひどいフランス語だったとか書いた方がよいのではないでしょうか。

それからもう一点、これは誤植ではないので細かいことで恐縮ですが「この階下の三つの部屋になにかあったことに気づきはじめていた。」(下の136、137) は意味がとれません、上の「『墓穴』」に母と妹のリーザが移っていたのですから。
これは「階下」ではないですよね、同じフロアですから、現にその後に「わたしと隣りあいに住んでいながら」(下の138) と出てきますので。

それからさらにもう一点、またまた細かいことで大変恐縮ですが、細かいことの積み重ねが大切なんです、次第に大きな意味をもってきますから。
最初にラムベルトが出てくるくだりなのですが、ホテルの部屋で「彼 (ラムベルト) はフォークをつかむと、ぼくの太腿に突き立てました。」(上の65) とアルカージイが言いますよね。
ところが、これが下巻に入りますと、二度にわたり「ほら、いつだったか居酒屋できみがフォークをわき腹に突きさしたじゃないか!」(下の110)、「おぼえているかい、ラムベルト、ぼくたちモスクワで料理屋に行って、きみがフォークでぼくの脇腹を突き刺したことがあったな?」(下の315) に変わります、刺された箇所が「太腿」から「脇腹」へと変わり辻褄が合いません。
ここから感じられることなのですが、おそらくですが、ドストエフスキーは「祖国雑誌」に連載していく上で、前回までの分を読み返して入念にチェックしたりはしていない、締め切りに追い立てられるように、時間のない中である程度切迫した状態で、次回掲載分を書き進めていったのではないでしょうか。
そのため、三回目の「脇腹」は二回目の「わき腹」から、まだそれほど紙数も経過していませんでしたので、ドストエフスキーの頭の中にまだ残っていて、「居酒屋」が「料理屋」に変わったくらいですんだのですが、二回目は一回目の「太腿」からだいぶ間隔が空きましたので、それで「太腿」から「わき腹」へと頭が飛んでしまい、ついでに「ホテルの部屋」も「居酒屋」に勝手に変更してしまったのではないでしょうか?

さてさて、それではいよいよ次回から「一市民の一読者である僕からみたドストエフスキー」ということで本論に入らせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

(第二回に続く)

2026年9月15日
和田 健

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