マルセル・プルースト (1871-1922) の「失われた時を求めて」(1913-1927) を読み進めて ー途中経過その5  第8巻「ソドムとゴモラ Ⅰ」から、第9巻「ソドムとゴモラ Ⅱ」までー

(途中経過その4から続く)

(先月入院していた時も1日4回の点滴の合間を縫いながら、午前、午後それぞれ10ページずつとページ数を決めて少しずつ読み進めていました。
この病室の写真がなんだかものすごく以前のことのようにも、つい昨日のことのようにも感じられるのも、プルーストの「失われた時を求めて」を今読んでいることの影響なのかもしれません。)

皆様、こんにちは。
マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」(岩波文庫版全14巻、吉川一義氏訳) の第8巻を、2025年3月8日に読み始め、その第9巻までを、2025年5月4日に読み終わりました。

極上の読書体験の時にのみ、まれに訪れる残りのページ数が減っていってしまうなというあの感覚が、今回第9巻のなんとブリショの振りまわす語源説のところで「ああ、あともう5巻で終わりなのか」という感じでやってきました!

僕などはもうこれ (ブリショの語源説) は途中から笑っちゃうしかなかったです、「ああ、お前また始まったか」という感じでした。
例えばですが、生っ粋のフランス人が原語であるフランス語で読んでいても、これにはかなり閉口するのではないでしょうか。
また、これはおそらくですが、もし作家がこのような原稿を書いてきたら、編集者が10人いたとしたら10人とも没にするのではないでしょうか?
「君、誰がこんなもの読むんだよ、そんなの自分のノートにでもまとめて書いておけ!」とかいかにも言われそうです。
でも「編集者は俺だ!」っていう感じでプルーストは書き続ける、いいぞプルースト、もっと書け、もっと続けろ、世界中の読者を退屈させてやれ!
これはあれですよね、ブリショはパリ大学の文学部の教授で、コタールはパリ大学の医学部の教授で、明らかに大学教授を揶揄していますよね。
でもそういうプルースト自身の父親はパリ大学の医学部の教授でしたよね、う〜ん、これはいったいどういうことなのだろう?

さて今回は、毎回必ずそのようにしているわけではありませんが、テーマごとに箇条書きのような形で考察していきたいと思います。
それではどうぞよろしくお願いいたします。

①シャルリュス氏とジュピアンの同性愛行為の描写について
いや〜、これにはもうびっくりしたなんてものじゃありません。
このような展開の可能性は、はっきり言って1%も考えていませんでした。
これまでの吉川氏の「訳者あとがき」や各ページの訳注などから、シャルリュス氏が同性愛者であることは、僕もおぼろげながら感じてはいましたが、今後もシャルリュス氏の同性愛については、間接的な暗示やほのめかしの類いがてっきり続いていくものだとばかり思っていたのですが、ここまで直接的な描写でプルーストが俄然この問題に肉薄してくるとは、まったく予想もしていませんでした。
なにかこの部分だけ実は違う作家が書いたのではないか (笑) と、もちろん冗談ですが、思わず勘ぐってしまうくらいの衝撃でした。

それに加えまして、僕がさらに驚いたことは、このシャルリュス氏ってゲルマント一族のれっきとした一員であり、貴族というよりは明らかに大貴族ですよね。
え〜と、大貴族であっても同性愛の対象として、本文中で使われているところの用語で言えば「庶民」を選んじゃうのですね、これはかなり意外でした。
大貴族であれば、大貴族どうしではなくとも、少なくとも貴族階級の中から恋愛対象を選んでくるのではないかと勝手に考えていたものですから。

パリには街角の焼き栗売りが今でも多いのですが「角の焼栗売り」や、「向かいの薬屋」の「自転車で薬を配達するじつにかわいいの」(いずれも8の38)、あとシャルリュス氏って「かわいい子」(8の40) がいると、同じ列車に乗ってオルレアン駅の一つ手前の駅まであとをつけていっちゃうのですよね、そしたらその子が所帯持ちで家族がプラットフォームに出迎えに来ていたとか (8の42)、う〜ん、なんなんだそれって、ただの追っ掛けではないか。
「かわいいの」とか「かわいい子」ってもちろん男性です。

え〜と、まずはこの同性愛の問題の背景を理解する上で非常に大切なことであり、もしフランスに丸7年間住んでいなかったなら、僕にはまったくわからなかったことなのですが、日本とは全然、もう本当にこれは全然、同性愛の歴史だとか文化だとかの状況が、ちょっと桁違いに異なるのですよね。
ですので、もし日本でずっと生活をされてきた方が、この作品を読んだ場合、一般的に言ってかなりの違和感を覚えるとでも言いますか、どうしてこんなに同性愛ばかりをテーマにするのだろうと思われるのではないでしょうか?

なにしろ僕が2004年4月1日に絵画留学のためにパリに着いた時の当時のパリ市長からしてそもそも同性愛者でしたから。
え〜と、なんて言いましたっけ、年に一度、6月の終わりにパリ市内の通りを同性愛者がデモ行進する行事があって、とてもうれしそうに男性市長が男性と腕を組んで歩いていたことを思い出します。
それからパリのマレ地区には同性愛者OKのカフェには、入り口にステッカーが貼られてあったりとか。

僕などは今日に至るまで、残念ながら女性にはあまりモテないごく普通の異性愛者として過ごしてきましたので、最初なんにもわかっていなくて、夏に暑いから袖なしなんか着ていた日には、なぜか男性がウインクしてきて、さすがに何度もそういうことがあると僕にもようやく意味がわかり、それからは肌の露出は極力避けるようにしていました。
え〜と、僕がどのくらいなんにもわかっていなかったかと言いますと、ものすご〜くお恥ずかしい話なのですが、僕はウインクしてくる男性たちを「ずいぶん愛想のいい人たちだな」と思っていたんです、本当なんです、ああ、今思えば僕はなんて愚かだったのだろう!

あと僕の住んでいたパリ18区には、モンマルトル界隈ですね、同性愛者が集まる広場があって、なんとその場所とは・・・・、もうこのあたりでやめておきますが、やっぱり僕はフランスから帰国してだいぶ考え方が変わって、今ごろになって日本でもようやく取り上げられるようになった同性結婚ですが、僕は基本的に賛成の立場です。
やっぱり、幸せっていろいろな形があっていいんですよね、それは異性との結婚の場合でも同じことですが。

それから、このあとに続く同性愛をめぐるプルーストの考察には、ちょっと驚異的なものがありますね。
僕は生まれて初めてこのような内容のものを読みました。
同性愛者を抑圧しているのは、実は「反対票の黒玉の大多数をソドミストが投じたから」(8の86) であるという、このあたりですね。

え〜と、これではシャルリュス氏の考察にはまったくなっていないのですが、まあいいや、シャルリュス氏にはあとでモレルのところでまた登場していただくとして、はい、次!

②プルーストさん、いくらなんでもこの記述はあまりに不自然ではありませんか!
僕がえ?っと思いましたのは、「ゲルマント公爵夫人の影がしだいに薄くなるにつれて (栄誉栄達の上にあぐらをかいて風前の灯火になりつつあった) (後略)」(8の327) という記述でした。
その少し前まで、ゲルマント「大公妃の館の巨大な階段」(8の271) で、「そのエレガントと美貌の秘訣を探りださんとする大勢の男女から食い入るように見つめられていた。」(8の271) のがゲルマント公爵夫人、まさにその当の本人ではないですか!
ちょっとこの急展開は、いくらなんでも少し無理があるのではないのか、唐突過ぎるのではないのかというのが、僕の率直な感想です。

③心の間歇
第8巻、第9巻を通して、僕にとっての白眉はなんと言いましてもこの「心の間歇」でした。
第9巻のラストでアルベルチーヌをまるで予想もしなかったようなあのような形で再びよみがえらせてきて、その見事なまでの構成と「心の間歇」とは、だいぶいい勝負にはなりましたが、それでも「心の間歇」に軍配を上げたいと思います。

具体的には、「ハーフブーツの最初のボタン」(8の351) から始まる記述ですが、個人的には、無意志的記憶の関連では、あのあまりにも有名な「プチット・マドレーヌ」(1の111から) の挿話の比ではないように思いました。

それはなぜかと言うと理由は2点あって、「プチット・マドレーヌ」がレオニ叔母を対象としているのに対して、「ハーフブーツ」の方はその対象が祖母であり、やはり「私」との結びつきの強さが桁違いであることと、それに加えて、もう1点は「ハーフブーツ」の方はプルーストが途中から話を夢の中にもってきたからですね。

語り手である「私」は、計2回夢をみていますよね。
それぞれ、ホテルの部屋で見た夢A (8の359からと)、「砂丘のなかの起伏のかげ」(8の399) で見た夢B (8の400から) としますが、非常に特徴的なのはどちらの夢の中にも「私」の父親が登場することで、夢Aの中では、まるでウェルギリウスのように父親が、「私を祖母のところに連れて行ってくれるはずの父」(8の360) として道案内をするのですが、これがダンテの「神曲」とは雲泥の差で、なんとも頼りない案内人で心細いことこの上ない。

「シカ、シカ、フランシス・ジャム、フォーク」(8の363) のところは、研究者がおそらく異様なまでの興味をもつでしょうが、そこはなにかの韻を踏んだリズム感の発露のようなものなのであろうと軽く飛ばして、夢Aがさめた「私」が見たのは「あろうことか目と鼻の先に存在する (中略) 仕切り壁」(8の364) であった。

すごいなあ〜、例の三つのノックの私のかわいいネズミさん (4の82、83) の仕切り壁ですね、つまりはプルーストはここで二重に重ね合わせてきているわけだ、「ハーフブーツの最初のボタン」(4の81) と。

そして、ここで初めて神が出てきている、「私」は祖母と天国に永久にいたいと (8の365、366)。
つまりは、これは謙遜などではまるでなく、事実その通りであったと思いますが、「恩知らずでエゴイストな冷酷きわまりない若者であった私」、「軽薄で、快楽を好み、病気の祖母を見慣れていた私」(いずれも8の352) が、おそらく生まれて初めて祖母の中に神の存在を見出したのではないだろうか、少なくとも神がいて欲しいという願望を。
それであれば、やはり「ハーフブーツ」は「私のティーカップからあらわれ出た」(1の117) 「プチット・マドレーヌ」現象の比ではない、なぜかと言うと、ここにはすでに「私」の人間的な成長が含まれているからです。

さて、夢Bの中では状況が一気に進んで、夢Aにおける祖母に会いたいという「私」の願望はすでに成就していて、「肘掛け椅子に座った祖母」(8の400) のまわりに、父と私がいる設定になっている。
う〜ん、これはいったいなにを意味しているのだろうか?

以来、僕がずっと考え続けている問題は、まさしくここのところなのですけれども、なにゆえプルーストは夢A、夢Bに、いずれも父親を登場させたのか、これが非常に難しいのです。
プルーストは明らかに意図的に父親を登場させていますよね、そこまでは僕にもわかるのです。
その根拠として僕が考えていることは、夢A、夢Bを注意深く読むと、これ別に父親は要らないですよね、現に「私」は「もう一刻も待てない、父の到着など待っていられない」(8の361) とも言っていますように、特段の必要を感じない。
まあ、両者の会話をより際立たせるために、「私」の台詞である動と、父親の台詞である静を配置した効果は確かに感じられますが。

父親、つまりは祖母からみれば義理の息子を選んできた理由は距離感なのか、「母の喪に同情を寄せはするが母ほど悲しみに沈んでいるわけではない父」(9の597) ともありますから。

専門家や研究者の方は、プルーストのこの確信的な人選について、現在どのように解釈しているのだろう?
一応、僕の消去法的な意見としては、祖母の実の娘である母親にこの役をやらせるのは、母のそのあまりの「悲嘆」(8の376) ゆえに、プルーストにとって忍びなかったのではないかというものですが、ちょっとそれでは弱いな。
もう一つ、夢A→バルベックへの母の到着→夢Bとなると、まあざっくり言うと3回連続母の登場となり、物語に起伏が欠けて平板になるからというのも考えましたが、これも同様に弱い。

う〜ん、わからない、難しい!
なにか直感的には、プルーストはこの場面で自身の父親のことを考えているのではないか、「目の前を歩いているのは父ではないか」(8の361) のこの「前」が非常に気になります、この時点で父が死んでいる感じがする。
亡父への愛であり願望、そして願わくば祖母と父の両者に一度に面会することへの希求であるのか・・・、わかりません。

参考までに、第1巻の巻末の「プルースト略年譜」を読みますと、プルーストの父アドリアンは、1903年11月にプルーストが32歳の時に亡くなっています。

この問題を考えていて、先日の夕方に突然思いついた、荒唐無稽な一笑に付される考えを一つご紹介させていただきます。
プルーストが、夢A、夢Bを実際に見たという可能性はないでしょうか?
つまりは、連日のように執筆に明け暮れていて、疲れて切って眠った時に、夢の中にふと亡父が出て来て、一緒に祖母に会いに行ったという甘美な思い出に、多少の修正を加えて書いたというものです。

そこから転じて、プルーストが夢A、夢Bを通して、久しぶりに亡父と会話をしたかったという欲求が、執筆の動機となっているということはないでしょうか。
と言いますのも、「私」の台詞の中には、いかにも子どもらしい父親に対する甘えのような感情が感じられるのです。

④え?アルベルチーヌって死んじゃうのですか!

なにしろ初読ですから (笑)。

「もはやこの世にはいないアルベルチーヌで、それで十四人になったのである。」(8の422)

また、吉川氏の訳注である「現在の「私」にとって、アルベルチーヌが死んでいることを示す。」(8の423) ことからも、物語のこの時点で、もうそれは明らかですね。

各巻ごとの冒頭に「『失われた時を求めて』の全巻構成」が必ず掲載されていますので、それを読んでいて「第六篇 消え去ったアルベルチーヌ」というのがありますので、ああ、いなくなるんだなとは感じていましたが、アルベルチーヌが死んでしまうとはまったく思ってもみなかった。
う〜ん、なんで?
その必要性はどこにあるのか?


最後に語り手の「私」よ、そんなふうに女の子の数を数え上げているんじゃない!
いやらしい、みっともない!

最後までお読みいただき、大変ありがとうございました。
ここで一度切らせていただき、主に第9巻の考察は「途中経過その6」に、また改めて書かせていただきます。

(途中経過その6に続く)

2025年5月11日
和田 健

後日記:

第10巻に入り「私」とアルベルチーヌとの実に奇妙な同居生活が始まりました。

今はやはりアルベルチーヌの問題に集中して取り組み、読書の醍醐味にひたすら専念したいと思います。



そこで、あらかじめ構想していました「途中経過その6」のための第9巻の内容のうち、特に、

①これは簡単に読み過ごしてはいけない極めて大切なことをプルーストは書いているなと感じましたが、「私利私欲なき教養」(9の414) と、コタールについての「教養」(9の423)。


②「陰口」(9の438) に関する二重の棟にたとえたプルーストの非常に興味深い考察。

「理想の棟、唯一の棟、馴染みの棟」vs.「本物の棟、異なる棟、正反対の棟」の対比。



この2点をご紹介できなかったのが大変残念ですが、予定を変更させていただき、第12巻までを読んだ上で「途中経過その6」をまた改めて書くことにいたしました。

これは、おそらくは第12巻をもってアルベルチーヌのことがひとまず決着するのではないかという、僕の勝手な推測からです。



最後に、第9巻を通してもまた、いくつかの印象に残ったプルーストの言葉がありましたが、その中から一つだけご紹介させていただきます。



「その法則とは───もとより例外はいくらでもある───、頑固者とは他人に受け入れられなかった弱者であり、他人に受け入れられるかどうかなどには頓着しない強者だけが、世間の人が弱点とみなす優しさを持つことである。」(9の435)

2025年5月15日

和田 健

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