マルセル・プルースト (1871-1922) の「失われた時を求めて」(1913-1927) を読み進めて ー途中経過その4 第7巻「ゲルマントのほう Ⅲ」ー
(途中経過その3から続く)
①さて、それではいよいよ第7巻の本題である「ゲルマント公爵夫人の才気」についてです。
第7巻までのところまったく好きにはなれないゲルマント公爵夫人ではありますが、その「才気」について考えることは、僕にとってこれはかなり難しい問題です。
まずは、基本的なことの確認なのですが、ゲルマント公爵夫人のフルネームは、「オリヤーヌ・ド・ゲルマント」(7の232、233) というのですね。
ちなみに夫であるゲルマント公爵のフルネームは、「バザン・ド・ゲルマント」です。
次に、この第7巻からわかることなのですが、ゲルマント公爵夫人という人は 、野性味があるとでも言いますか、幼い頃から自然の中を駆け回ってきた生育歴があるのですよね。
具体的には、
「コンブレー近郊の貴族の娘らしい残忍でおてんばな活力と魅力とを私に見せつけていた。この女性は、幼いときから馬を乗りまわし、ネコをいじめたりウサギの目玉をくり抜いたりしていたはずで、その後は貞淑のかがみとなったものの (後略)」(7の350)
とあります。
少し余談になりますが、生育環境を知る上で、このウサギが原語で、飼いウサギの lapin なのか、日常的な狩猟の習慣に伴う野ウサギの lièvre なのかが、非常に気になりましたが、「馬を乗りまわし」とありますので、ここでは一応野ウサギなのではないかと推測いたします。
いずれにいたしましても、ここは簡単に読み飛ばしてはいけないところで、これはれっきとした動物虐待であり、まだ幼い子どもがネコをいじめウサギの目玉をくり抜くなどという異常な行為は、抱えきれないほどのストレスからすでに相当病んでいて、やがて大きな精神障害をもたらすことになるきざしであるように思いますし、以下で展開されるようなゲルマント公爵夫人となってから如実に示される精神的な残虐性は、このまだ幼い頃から綿々と培われてきたと考えるべきなのかもしれません。
また他にもこんな記述もあります。
「この声が気どってときに荒々しい土の匂いをのぞかせるときには、もちろん多くのものが含まれていた。その声には、ほかの一族よりも長くこの地にとどまり、はるかに大胆かつ野育ちで、ひときわ挑発好きであるという、そんなゲルマント一族の分家としてのいかにも田舎らしい起源が含まれていた」(7の327)
まあ要するに、あくまでうわべだけにとどまって眺めてみれば、野趣豊かな田舎の自然に囲まれて育ち、土性骨の座った男勝りのおきゃんで活発な、おそらくはちょっと手に負えないような女の子であったという感じでしょうか。
その後、僕に確認できる範囲では、どこの女学校に入って教育を受けたとか、そのような記述はなく、主に読書によってその幅広い深い教養を身につけたようです。
そのことは、
「好きなのは読書だけで世間体など気にせぬと言う当人」(7の217) や、
「興味ぶかい本を読んですごすこともできるはずの時間を退屈なお茶の会とか他所での晩餐会とかパーティーとかのために犠牲にする」(7の217、218) ことなどからもわかります。
そして、スワンに言わせると「まだレ・ローム大公妃を名乗っていたときのほうがもっと感じのいい婦人でした。」(7の523) という時代を経て、今ではパリで最高の貴族階級のサロンを、次々に愛人をつくる夫のゲルマント公爵とともに主宰しており、まあ、どうみてもそのサロンのNo.1に位置している、すなわちパリの社交界の頂点に君臨していると考えて、とりあえずは間違いないように思います。
さて、それでゲルマント公爵夫人は、自らが主宰するサロンで、あるいは他の場所での午餐会や晩餐会などで、お得意の「才気」を連発してくるわけですよね。
「公爵夫人がなによりも高く評価したのが知性ではなく才気───夫人に言わせると、才気とは知性がもっと高次のはるかに洗練され類まれな形にまで高められ、ことばに顕在化した才能の一形態───だったからである。」(7の257)
とありますので、夫人の考えを不等号を使って表せば、才気>知性 とでもいうような感じなのでしょうが、まず、この「才気」の土台にあるものって、そもそも本当に「知性」なのでしょうか?
僕がこの「才気」につきまして、読みながら次々に思い浮かんだ言葉を、意味内容が多少重複しようがどうしようが、ここに列挙いたしますと、まずは、当意即妙ですね、次に、機知、機転、機敏、頓智、才知、如才なさ、ウイットではあるが決してユーモアではない、駄洒落、皮肉、当てこすり、アイロニー、風刺、嘲笑、嘲笑い、薄ら笑い、意地悪、相手の虚を衝く、辛辣、毒舌、才気を飛ばすただのタイミングの問題、笑いの原動力であるところの落差→すなわち持ち上げておいて落とす、落としておいて持ち上げる、それからこれは本文中に何度も出てきますが「逆説」→すなわち人がAだと言えば、いやそれは違うBだと言う、人がBだと言えば、いやそれは違うAだと言う、誇示、一歩間違えればもうほとんど仲間内で与太を飛ばすレベルも同然・・・、
と、まだまだありますが、まあざっと、こんなところでしょうか。
プルーストほどの知性がなにゆえこれほどの膨大なページ数を割いてまで、この「才気」の記述に (それはもうほとんど「才気」のオンパレード状態とも言えるほどですが) 執着しているのであろうか?
プルーストのゲルマント公爵夫人の評価に関する記述に、若干の揺れ (つまりは尊敬してみたり、多少の敬意を示してみたり、逆に明らかに見下してみたり) がみられるために、非常にこの解釈が難しいのです。
それでは、ここで少し具体的に「才気のオンパレード状態」の内容をのぞいてみましょう。
まずは、当時の周囲の貴族階級から、どれだけ一世風靡されていたかにつきましては、夫人の放つ「才気」は、「オリヤーヌの最新の名句」として感嘆されもてはやされ「それから一週間はさまざまなソースをまぶされて食卓に出てきた。」(いずれも7の268) とあり、「オリヤーヌの最新の名句、ご存知?」、「オリヤーヌの最新の振る舞い、ご存知?」(いずれも7の292) などの文句が合言葉のように言われ、「オリヤーヌの「最新の振る舞い」の立会人としてこの振る舞いを「ほやほや」のうちに語って聞かせられると考えて」(7の383)、 社交界の貴族たちは「欣喜雀躍」(7の383) し、有頂天になるのです。
さらには、オリヤーヌ自身の「才気」の言葉にも少し注目してみましょう。
「あんなのはただの間抜けだ」(7の276)
「便秘作家の作品」(7の311)
「やっと息ができましたのはグリュイエール・チーズが出たときでした!」(7の315、316) (そのくらいボルニエ氏が臭かったという揶揄)
「めったにお目にかかれないような鈍感を絵に描いたような人」(7の332)
「あら、ゾラはリアリストじゃございませんわ、奥さま!詩人ですよ!」(7の337)
「晩餐会の食卓ではなくて、伝染病患者の給食みたいでした。」(7の353)
「お葬式に行くなんて、生きた人の場合にはできませんもの!」(7の359)
「こんなことなら王妃さまには毎日、姉妹のかたを亡くしていただかなくては!」(7の368)
「妃殿下、ご心配は無用です。まったく耳の聞こえない人ですから」(7の375)
(大公妃に美男子かと訊ねられて)「いいえ、バクみたいな顔ですの。」(7の390)
「もしも走行中の乗合馬車の二階席の上から見ることしかできなくても、もし作品が外に展示されていたら、かっと目を見開くべきですわ。」(7の398)
「それはオーケストラのモチーフと申します」(7の535)
そして、僕が思うに、これらの「才気」の例の最たるものとして燦然と輝くのが、さるロシア大公に放った
「ところで殿下、トルストイを暗殺させようとお考えだそうですね」(7の232)
なのではないかと感じます。
これらの「才気」の実例を読んでもわかるように、ゲルマント公爵夫人が連日のように心血をあげて取り組んでいる「才気」って、はっきり言ってかなり底意地の悪いいじめですよね。
その病的なまでの妬み深い例は、「パリ随一のおいしい料理を出すという評判をほかの女性に奪われたくなかったのだ」(7の311) をはじめとして、いくつもありますので、ここではちょっととても書き切れませんが、極めつけは従僕がやっと婚約者に会えるという途方もない歓びをあらわにした途端、
「そんな気持ちを公爵夫人は目ざとく読みとった。夫人は、自分の知らぬところで自分に隠れて人が味わう幸福を目の当たりにして、腹立たしく、妬ましく、胸が締めつけられるような、手脚がむずむずするような気がした。」(7の536)
そして、夫であるバザン及び従僕に向かって、従僕の望みを完全に絶つ場面です。
まあ、ここは百歩譲って、「公爵夫人は、そもそもモレ夫人の人気に少々嫉妬を覚えていた」(7の543) とありますように、若いモレ伯爵夫人の人気に女性として嫉妬するのは、必ずしもわからないわけでもありませんが、どうして自分の召使いの男の人が幸せになろうとすることまで、躍起になって阻止しようとするのでしょうか?
とてもではありませんが、パリの社交界のトップに君臨する女性とは、どう見てもまるで思えない人間の器の小ささだなあ。
この人、なんでこんなにまで根性が曲がり腐って悪くなってしまったのでしょうか。
なにかこれには狂気じみた執念のようなものさえ感じます。
また、点取り屋の夫人に対して、「狡知に長けたお殿さま」であり、「夫人のサロン (とその最大の魅力たるオリヤーヌの才気) をうまく機能させることにかけては海千山千の相棒」(いずれも7の243) である夫のゲルマント公爵が実にいいアシストをしているのですが、今はちょっと夫の役割についてまではやめておきますが、まあそれにしましても、
「公爵と「なんてばかなんだろう」と言わんばかりの楽しげなまなざしを交わし合った。」(7の338)
ともありますように、嫌味な目配せをよくしあう夫婦ですね。
「愛人を何人もつくる点では公爵夫人にとって酷い夫であった」(7の243) ともありますが、夫のゲルマント公爵が次々に愛人をつくるという、妻にとってはこの上ない残酷な行為について言えば、無意識的に実践していようが、意識的にであろうが (おそらくは意識した上でのことだとは思いますが)、公爵が現実を直視することを避けて、実は自らが主宰するサロンにおけるオリヤーヌの才気煥発を支えることが時としてかなりの負担となり、そこから目を背けようとしている結果なのではないかと僕は解釈していますが、すでに「夫婦関係の途絶えている」(7の551) 公爵夫妻の機微について、プルーストは実に細かいところまで的確に描き出しているなと何度も痛感しました。
これはあれかな、プルーストは、こうした「才気」を長々と記述することで、それに振り回され隷属していく人間のあり様を書いているのかな?
僕もスワンが届けた大きな封筒を、ゲルマント公爵夫人が召使いにモレ伯爵夫人に届けさせるところは思わず笑いましたので、こういう人が仮に身近にいたとしたら、その影響力の大きさや、なんて言いますか、ある意味での日々の面白さゆえに、人間は次第次第に屈していく、支配されていくものなのかもしれませんね。
結局、120年以上も前であっても、今でもそうなのですが、面白い方が受けてしまうのです、つまりは退屈しないからですね。
そのことをプルーストは書いているのかな、つまりは日々の「習慣」の問題ですね。
なにかこの「才気」の問題の根底にあるものと、飲酒や喫煙がやめられないこととは、まったく異なる分野であるようでいて、実は通底しているものが脳の働きの中にあるような感じがいたします。
一つだけ確信できることは、プルーストはこの「才気」なるものの様々なサンプルの紹介自体を、目的としてはいないのではないだろうかということです。
僕は社交界のことは、もちろんまるでわかりませんが、こういう人って、おそらくは過去にも実際にいたであろうし、現在もいるであろうし、これからの未来にも必ずいるのではないでしょうか。
つまりは、実はそんなにめずらしいものではないように思います。
結局のところ、この「才気」の問題の行きつくところは、「人気」という問題に集約されるのではないでしょうか。
「人気」というのは、世間に受けるということは、本当におそろしい問題を含んでいます、いわゆる世評ですね。
僕の結論といたしましては、「ゲルマント公爵夫人の才気」とは、本人が目指すところの「知性」を土台として花開いた「才気」があるのではなくて、ただ単に「才気」という名のもとの、打てば響くようなある種の特殊な才能があるだけだという感じがいたします。
さらに言えば、これはあれでしょうか、プルーストはたとえ貴族階級であろうとも (と言いますのは、ヨーロッパの貴族階級であれば幼少期からいわゆる一般教養はかなり徹底して教育されることでしょうから)「知性」が結実しないことが散見されるということを、執拗なまでに書き続けているのでしょうか。
またおそらくですが、容易に想像されることは、このゲルマント公爵夫人には何人かの実在したモデルとなった人物がいたはずで (と言いますのは、プルーストがまったくの独創でこの夫人を書き上げてきたとはどうしても思えないからです、つまりは夫人にはリアリティがあるように感じられるのです)、それであれば非常に言いにくいことなのですが、その方がご自分の人生を懸命に生き抜いたわけですから、たとえ人生がご自分の思うようにはうまくいかなかったのだとしても、その方が人生をすでに終えられたことにはなにも変わりはないわけですから。
他者に対するそこのところのリスペクトを欠いて、夫人をひどく悪く言うのは、僕からみるとただ単に品がないだけなように思います。
②次に、「ゲルマント公爵夫人の才気」に比べれば、まだ少しはわかりやすい?「公爵夫人の赤い靴」にうつります。
まずもって、実に見事ですね、プルーストの比類のない手腕を感じます。
第7巻の終わりを、この「赤い靴」に、ものの見事に収斂させてきたな、美しいです、完璧です!
それで、公爵夫妻が従兄オスモン侯爵 (この方は愛称をママと言い、ファーストネームは「アマニアン」(7の539ほか) なのですね) の危篤や、「瀕死の病人」(7の558) である友人スワンの死よりも社交を優先しているということは、事実としてよくわかりましたけれども、これってプルーストの仕組んだカムフラージュであるという可能性はまったくないのでしょうか?
と言いますのは、スワンの台詞がとても気になったのですが、公爵夫人の履いていた黒い靴に対して、
『「べつにおかしくはありませんよ」とスワンは言う、「私も靴が黒いのには気づいていましたが、ちっとも気になりませんでした。」』(7の557)
とあります。
これはあれですよね、死を間近にしたスワンにとっては、黒が自分の今の心にはフィットした、違和感などもなく、よくなじんだということですよね。
プルーストは、死と黒をよく関連づけてきますね。
以前にも、「私」が祖母と最後の外出をして、ようやく家に帰り着く場面、
「陽は傾いて、どこまでもつづく壁を赤々と染めていたが、辻馬車が私たちの住む通りに着く前に沿うように進んでいくその壁には、赤味を帯びた地色のうえに夕日に映し出された馬と馬車の影が黒く浮きあがり、ポンペイのテラコッタに描かれた霊柩車を想わせた。」(6の323)
とありました。
ここでちょっと肝心なことですので、この時のゲルマント公爵夫人の装いを一度チェックいたしますと、
「すっかり身支度を整えた夫人は、みごとな長身を赤いサテンのドレスにつつみ、そのスカートの縁にはスパンコールが縫いつけられている。髪には真っ赤に染めた大きなダチョウの羽をさし、肩には同じく真っ赤なチュールのショールをかけている」(7の527) とあり、さらに「まるでボルドーをなみなみ注いだワイングラスみたい」(7の528) なルビーを身につけています。
え〜と、少し脱線になりますが、まずはですね、自分の仕事柄感じたことなのですが、プルーストのような絵画の造詣が尋常ではないほどまでに深い人がやっぱり赤なんだな、赤を選んできたんだなと思いました。
ここは例えばですが、高貴な色とされる紫をどうして選んでこなかったのであろうか。
紫が色的にきついのであれば、もう少し柔らかくしてライラックとか。
長身ですらっとした女性なら、逆に青が似合うと思いますが、当時のフッションで女性の青がまだ難しかったのであれば、少しラベンダーを用いるとか。
いずれにいたしましても、豊かなフッションセンスに満ち溢れているとは、残念ながら言えない感じがするなあ、以上脱線終わり。
それでですね、問題はここのところなのですが、ここまで入念に上から下まで赤で決めて、さらには連日のようにやれ午餐会だやれ晩餐会だと渡り歩く社交界の達人であるゲルマント公爵夫人が、靴だけ黒というような、こんな初歩的なミスを普通しないと思うのですよね。
当然、身支度を手伝うお付きの者もそばにはいるでしょうし、なんだかとっても変ですよね、この部分はどうみてもなにかとってつけたようで不自然です。
そして、ゲルマント公爵が恐ろしい声で「オリヤーヌ、いったいどんなつもりなんだ。とんでもない。(中略) すぐ上にあがって赤い靴をはいて来なさい」(7の556) とどなるのですが、ここで、ゲルマント公爵夫人が「あなた、それなら私にいい考えがありますわ。ちょうど上から下に赤から黒にグラデーションされたドレスがありますから、それにすぐに着替えてまいりますわ、それなら問題ないでしょ。」とかなんとか言い返したら、それは確かに「才気」ですが。
結局、これはあれなんじゃないのかな、プルーストは読者の目がこの「赤い靴」に釘付けになることを十分に計算済みで、いかにも第7巻のエンディングを飾るにふさわしいエピソードを挿入してきたかのように見せかけておいて、実はゲルマント公爵夫人が、なかば無意識のうちに黒い靴を選んで履いていたという事実に重きを置いて、公爵夫人のその後の暗い運命を、黒を受け入れたスワンとも関連づけながら、この時点ですでに暗示してきた、プルーストが用意周到に伏線として呈示してきたのではないでしょうか。
プルーストの「どう?なかなかうまくいったでしょう。みんな「赤い靴」の方にばかり目がいって、黒い靴なんか誰も見ていないでしょう」という忍び笑いが、僕には聞こえてくるような気がいたします。
(途中経過その5に続く)
2025年3月21日
和田 健
後日記:その後も上述しましたゲルマント公爵夫人が「幼いときから (中略) ウサギの目玉をくり抜いたりしていたはず」(7の350) について考えているのですが、やはりこれはもう猟奇事件と呼んでもかまわないレベルの異様な出来事であると思います。
まずは、一度でもウサギを飼った経験のある方でしたら、すぐにおわかりのようにウサギの特に後脚の筋力には非常に強いものがあります。
それをまだ幼い女の子が目玉をくり抜くために押さえ込むというのは、普通に考えてちょっと無理があるのではないだろうか。
また、ご存知の方も多いと思いますが、フランスではウサギは常食の白身の肉ですので、僕もマルシェで買ってきてはオーブン料理にして、よくお客様が来た時などに出したりしていましたが、通常、飼いウサギの lapin が朝市では皮を剥がされた状態で、天井から一匹丸ごとぶら下げられて売られています。
この lapin にしてからが、日本でペットとして飼われているウサギに比べてすでに大きい。
さらには、野ウサギの lièvre となると、ごくたまに市場などで見かけましたが、lapin よりもかなり体長があり、当然のことながらフランス人であればそんなことは誰でも知っています。
それを幼い子が押さえ込むというのはまず不可能であり、プルーストは、共犯者がいたということをほのめかしているのではないだろうか。
つまりは、オリヤーヌはまだ幼い頃から貴族階級の子女であるという特権を乱用し、小間使いだか下僕だかに命じてウサギを押さえつけさせた上で、凶行に及んだのではないだろうか。
さらに、親にはこのことを言うなと口止めをした可能性も出てくる。
仮にそうであるとすれば、この問題の根は相当深いところにあり、彼女はまだ幼い頃から動物虐待に加えて、権力行使の快感を味わいながら育ったのではないだろうか。
2025年3月30日
和田 健
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