Archive for the Essay 2012-2020 Category

Now I’m Fighting to Create My New Series, “Green and White Paintings”!

Posted in Essay 2012-2020 with tags , , , , , on 10 July 2020 by kenwada

My studio photo on July 10, 2020.
Now I’m fighting to create my new series, “Green and White Paintings”!
I’ve found that the combination of green and white colors is really more elegant than I expected. I think that the one is also gorgeous at the same time! Ça m’amuse beaucoup! I do my best!
Ken WADA

今、緑と白の組み合わせをメインテーマに、脳をずらす/壊す/切り裂くペインティングを大きな課題として取り組んでいます。先日、そのための日常的に生み出す手法を思いつきました。同時にこれは顔真卿の「祭姪文稿」の要素も取り入れられる。もうここまで来たら少し先が見えてきました。取り組み初日の2020年6月19日のアトリエの写真と比べてみるとその変遷がよくわかります。何て言ったらよいのか、例えばここに車の好きな人がいて、すごく車に詳しくて、車の絵を描いたとします。でもそれを観ても何にも面白くない、自分の脳の言わば意志命令通りに忠実に描いているわけだから、お上手ですね、得意分野ですね、としか言いようがない。全然ロックじゃない、ジャズでもない、やっぱり出てきた形が自分でも、えっ、こんな形知らなかった、えっ、何この形、こんな形が僕の心の中にあったんだ、っていう衝撃がないと、脳が揺さぶられないと、それを刺激といってしまえば、あまりにありきたりの言葉になるけれど、やっぱり脳がずれていないとね、全然観ていても描いていても面白くも何ともない、どのくらいずれていると美しいと感じるものがあるかと言うと、T. S. Eliot の The Hollow Men (1925) の the first stanza の中に静かで意味のないものとして、rat’s feet over broken glass/ In our dry cellar が出てくるけれど、そのくらいずれていないとね、美しい、確かに美しい、普通そのような表現を引き合いに出してこないものな、その乾いた地下貯蔵室の “broken glass” にまたがるネズミの足を色と形にしたいんです、僕は。ここは全力でやります。
和田 健

Journey of the Magi

Posted in Essay 2012-2020 with tags , , , , , on 6 July 2020 by kenwada

1927
written by T. S. Eliot (1888-1965)

‘A cold coming we had of it,
Just the worst time of the year
For a journey, and such a long journey:
The ways deep and the weather sharp,
The very dead of winter.’
And the camels galled, sore-footed, refractory,
Lying down in the melting snow.
There were times we regretted
The summer palaces on slopes, the terraces,
And the silken girls bringing sherbet.
Then the camel men cursing and grumbling
And running away, and wanting their liquor and women,
And the night-fires going out, and the lack of shelters,
And the cities hostile and the towns unfriendly
And the villages dirty and charging high prices:
A hard time we had of it.
At the end we preferred to travel all night,
Sleeping in snatches,
With the voices singing in our ears, saying
That this was all folly.

Then at dawn we came down to a temperate valley,
Wet, below the snow line, smelling of vegetation,
With a running stream and a water-mill beating the darkness,
And three trees on the low sky.
And an old white horse galloped away in the meadow.
Then we came to a tavern with vine-leaves over the lintel,
Six hands at an open door dicing for pieces of silver,
And feet kicking the empty wine-skins.
But there was no information, and so we continued
And arrived at evening, not a moment too soon
Finding the place; it was (you may say) satisfactory.

All this was a long time ago, I remember,
And I would do it again, but set down
This set down
This: were we led all that way for
Birth or Death? There was a Birth, certainly,
We had evidence and no doubt. I had seen birth and death,
But had thought they were different; this Birth was
Hard and bitter agony for us, like Death, our death.
We returned to our places, these Kingdoms,
But no longer at ease here, in the old dispensation,
With an alien people clutching their gods.
I should be glad of another death.

今日は朝から何度もうなりました。
美しい、美しい、なんて美しいのだろう!
およそ人間が作ったものの中で、この詩はちょっと考えられないほど美しい!

特に the second stanza の the word “temperate”、この一語でそれまでの the first stanza の “cold” や “winter” のイメージから一気に完全に決着をつけにきている、そのおそいかかってくるタイミングというか間合いというか、そこに何か異様なものを感じる、引き続いて、
“temperate valley” と“tavern” の描写、
“water-mill” が夜明けの “the darkness” を “beat” している、
“the lintel” の上に “vine-leaves” が絡みついた “tavern”、
“hands-feet” でもってきて、銀貨をかけてのサイコロ賭博、

the final stanza でそれまでの “we” を “I” に突然切り替えてくる思わず鳥肌が立つような場面転換の鋭利な(鋭利ななどという凡庸な言葉では作家に本当に申し訳ないですが)感覚、何か性的な感覚、
そしていよいよこの詩の核心であると僕には思われる一語 “agony”を登場させての、
“this Birth was/ Hard and bitter agony for us, like Death, our death.”
このイエスの誕生は我々にとって “agony” だった、さらには、
“With an alien people clutching their gods.”、
自国の民は今や “alien people” だということ、
the final line の “I should be glad of another death.”
この詩は今の僕の心の支えです。
すごいです、これは。人間の崇高。人間の気品。人間の高貴。人間の欲望。すべてが入り乱れて一つの巨大なドラマの塔を打ち建てている。でも一番感じるのは人間の再生であり更生なのではないでしょうか。最後の一行、専門家はどう日本語に置き換えるのでしょうか?僕自身は仏教徒ですが、大学の英文学の専門家とキリスト教の牧師や司祭等の専門家と二通りの意見を是非きいてみたいです。僕個人は「(生まれ変わった)(もう一つの)別の死をこそあえて喜んで望む、受け入れる、迎えるだろう。」という感じでしょうか。(この原文にはないこそあえての感覚が大切だと思うのですが)

I started My New Works this morning!

Posted in Essay 2012-2020 with tags , , , , , on 22 May 2020 by kenwada

今日から新しい4作品に着手=Paint1。
珍しく初日の段階の写真を撮ってみる。
今度のテーマ=Plan は下地に白、上にピンクと黄と青。
僕の場合は絶対に最初の Plan 通りにはいかないので、今はまだどうのこうの言っているような段階では全くないので、描いていてとても楽しい。
毎日が今朝のような初日だったらいいのに。煮詰まってくると、一手一手がまるで詰将棋のようになり、とてもこうはいかない。
この段階でまず確認しておくことは、個人的に「面取り」と呼んでいるけれど、
色ごとの面積比、これをしっかり把握しておきます。
あとはこの場合だと、ピンクの色にどのピンクを使うか、つまりピンクが主要色になる予感があるから、青はどの青でいくのか、黄はまずまず決まったな、とかそういうこと。ピンクを2種類、青を2種類、試しました。
さてさてこの後、何色で塗り潰しが来るのでしょうか?
基本的には補色で来る訳だけれど、例えば最終的に Green Painting にもっていきたいのなら下地に赤を多く入れる、でもそんなことにとらわれなくていい、もうそんなことにとらわれなくていいんです、もうそんなことからは自由になりました。絵画は生き物だから、絵画は先が読めないから、絵画は展開が見えないから、だからこそ決して飽きることがないんです。色と形の変化に人間の脳が決して追いつけないからこそ絵画は楽しいのです。そこで脳のために時間を稼ぐ、猶予時間を作り出すことがどうしても必要になります。先日そのためのちょっとした施策を思いつきました。早速実行してみるつもりです。別になんてことはない手段をどうして今日まで思いつかなかったのだろう?
それからちょっと違う話になりますが、こうした日々の制作に対するモチベーションも要らない、元々が僕の生活はもうずっと以前からモチベーションなしでも必死に生きてきたようなものだから、モチベーションなんて静かな気持ちから本当に要らないんです。つまり、個展があるからとか展覧会があるからとか多くの人に観てもらえるからとか、だから意欲・動機づけになって僕は頑張れますとか、これからも毎日頑張りますとか、要らないんです。モチベーションなんてなければないで生きていけるんです、元来が余分なものなんです、本当です。要は慣れの問題なんです。腹のたるんだ贅肉とまるで同じだ、おっとこれはいけない、気をつけよう!
個人的には今日の制作で左側の2枚がピタッと繋ぎ合ったのが面白かった、これはこの配列で並べたことも含めて全くの偶然です。こういうのは終わった後、ちょっとクスッと笑えます。
2020年5月20日
和田 健

後日記
2020年5月22日 Paint2、すなわち選択は白。右から1番目上がる。右から2番目、下がる、没、ダメ。右から3番目、ごく普通、ただ一部分観るところはある。右から4番目の左角に une obrique が欲しかった。こんなのは明日刷毛で入れて即確認。であれば、右から1番目を一つのモデルケースにして全体を高められればよさそうなものだけれども、絵画はそうはいかない、ここが絵画の実に面白いところなんです。僕の人生経験から言って、他の分野の仕事であれば一つの雛形をモデルにしてもう少し何か作れる、もう少し何かある程度できる、でも絵画はそうはいかない。一点一点奔放なんです、解放なんです、一つに集約しないんです。でも人間は論理的思考によってつい集約したがる、ついまとめたがるんです。人間ってホントまとめるのが好きですよね。だから前にも何回もこのサイトに書きましたように色と形に遊んでもらう感じが大切で、色と形を支配しない、コントロールしない、征服しようとしない。解放と集約を履き違えない。この後、Paint3 はピンクで見えているので、選択は楽です、Paint1 でピンクはシェルピンクで、とりあえず行き詰まるまではシェルで確認済み。明日の朝シェル入れてまたView、さあ〜いくぞ〜って感じ。そしておそらくその後、黄、青と入れてまた白、この4色入れを3回繰り返すと思います。4回かもしれない、その時点で次のキーワード、個人的に「全取り替え」と呼んでいるものがおそらく出てくる。feeling が fade するからです。これは文字通りトランプの手札の全取り替えと同じです、全てを捨てないと何かを得られない。じゃあ、この後その通り進んでいくのかと言ったら、これが進まない。つまり絵画は手順化・法則化できない。ここがこの仕事の実に面白いところで、繰り返しになりますが他の仕事であればもう少しマニュアルというものが必然的に浮かんでくると思う。つまり絵画には熟練できないのだと思います、いつまでも一年生と言うか、あと20年続けたとしても熟練できないんだろうな、引き出しや経験が増えるだけで。そこが絵画の魅力と言うか生物(なまもの)と言うか、本当に面白いところなんです。でも熟練できない仕事でよかったな、熟練して大御所みたいになって・・・・そんな人生はまっぴらだ!
ね、モチベーションなんて要らない!

続後日記
2020年5月23日 Paint3終了。右から2番目、少し上がってきた。
ではその熟練できない絵画の、集約できない絵画の、その制作の繰り返しの日々の人生をこれからどうやって生きていくかと言うと、これが実は中心にあるものは愛なんだな、ようやくそのことに気がつきましたってえらそうに言っても、それがわかった、あるいはつかみかけてきたのは、本当にここ半年くらいです。でもわかった。絵画・人生に一番必要なものは愛です。そんなことは若い頃はわからなかったな。でも年齢とともに愛の要る仕事でよかったな、年齢とともに愛の増える仕事でよかったな。年齢とともに愛の増える人生でありたいです。
そして最終目標は顔真卿の「祭姪文稿」、この恐ろしく美しいものを絵画として描く。「祭姪文稿」をピンクで描けない訳がない、青で描けない訳がない。一人の中国人にできたことが一人の日本人にできるかな、わからない、挑戦してみないことにはわからない。しかしちょっと目標が高すぎやしないか。「祭姪文稿」の絵画化はおそらく同じく最終目標である「鳥類の聖書」でもあり、僕の中で重なり合うのだと思います。うん、わかった、つまり、高すぎる目標の場合は、同じだと感じるもの(事例)を増やしていけばいいんだ、そこから実は真正面が見えてくるかもしれない、見えてこなければ即次の手段を考える。失敗したら素早く立ち上がる、ドロドロそんなところに腰掛けていない。明日、Paint4黄とPaint5青二ついきます。
毎日、こんなことを書いていると延々と続いてしまうので、この4点の完成まで一応ここでやめますね?

ーやめません。今朝(2020年5月24日付)の The New York Times の一面には魂を激しく揺さぶられた。これがメディアだろう、これこそがジャーナリズムの気迫だろう。この一面の実現は、アイデアだとか企画だとかという次元の簡単な話ではない。リベラルな文化の彼我の差を痛感した。会ったこともない一人一人の何故か笑顔が行間から立ち昇ってくるようだった。みんな、もっと生きたかったんだろうな。みんな、もっと生きていたかったのだろうな、という思いに胸を締めつけられるようだった。さあ、生き残った僕は、生きている僕は、せめて絵画の制作を頑張ろう。 上述の最終目標はもしかしたらもうすぐそこまで来ているのかもしれない。昨日、制作の後、筆を洗っている時にふとそう思った、時間にして10秒くらい。すぐに「ええ〜、まさかなあ〜」、というつぶやきにとって変わられた。最終目標はあと何十年も努力してようやく得られるかもしれない境地だと常に思ってきたから。お前こそがリベラルな文化の少なき民そのものだ、どうしてすぐに「まさかなあ〜」なのだ。そんな条件反射ばかり鋭くなってお前は一体これまで何を学んできたのか?


(©The New York Times)

大きな転換点 ー「描く表現」から「作る表現」へー

Posted in Essay 2012-2020 with tags , , , , , on 3 May 2020 by kenwada

皆様、こんにちは。
今僕は写真のようなF30号の絵画を4枚制作中です。すべてまだ途中です。
前作を3月下旬にサインしてからのこの一ヶ月間、精神的にかなり追い込まれました。
結局、とことんやった結果、どうしてもこれまでの「描く表現」では、もう僕の中の何かがフィットしなくなり、我慢ができなくなりました。
「描く表現」の限界をつくづく感じました。
そして、もうしばらく描くのはやめよう、描くのはやめて作ろう、「作る表現」へと踏み出そう、この場合の「作る」は「創る」の字ではなくてあくまで「作る」の字の感覚です(「作る」で本当は十分なのではないのか、「創る」なんて大上段な構えは実は要らないのではないのか、という気持ちもあります)、そう思える自然なそして僕にとってはかなり大きな転換点・分岐点のようなものが訪れました。
絶望と裏腹のその瞬間は具体的には2020年4月21日の午後1時55分にやって来ました。
これからはしばらく「作る表現」を模索し格闘していきます。
今は「作り」始めたのだから当然楽しい、でもこれは同時にかなり難しい、そしてやがてまたいつの日か僕の心の中で「作る表現」にもフィットしないある限界点が訪れたら、、、また自分のその変化を受け入れて、自分を乗り越えて、あるいは壊して前へ進まなきゃね。芸術家は皆そうやって暗中模索の中、少しずつ前進して行くものなのでしょうね。答えがないから。
絵画を制作できるのは健康寿命の間だけだから、これからもとことんやろうと思います。
新作の4点、少しだけ期待してくださいね。

後日記
わかった! 結局、これは全取り替えの精神なんだ。絵画制作、結局、これは何かのリズムなんだな。もっとリラックスして制作したらどうか、日々の絵画制作をトレーニングとして行ったらいけない。前作やシリーズ化することに引き込まないこと、引き込むと天井(脳天)がつかえるから。制約や約束事が生まれるから。1点1点、分離・独立させること。どこでへも好きなところへ行って走り回っておいで。

結論として我々人間は絵画=色+形には究極的に絶対に勝てないのではないだろうか?

Posted in Essay 2012-2020 with tags , , , , , on 3 March 2020 by kenwada

目下、“Untitled 2020 ーfrom the series Purple Paintingsー”(仮題)なるものに取り組んでいます。写真向かって右から左へそのNo.1,2,3,4。すべてまだまったくの途中です。
このPaintingがおそらく僕の究極のスタイルかもしれない、面白い、今までと面白さのが違う。ずっとこれをやっていよう。和田っていえばこれっていうような。紫と白。これは完全に目で味わう作品過程であるとともに、あとはこれは成り行きだね。静かに、静かに、ただひたすら静かに。もう絵に勝手に描いてもらう感じです。描き手の自分は存在しないで。今日はNo.3が突如として浮かび上がってきた。このくらいいい加減でいいのと、白の横抜きがあるからだと思う。絵画には本当に危険な魅力があります。うまく言えないけれども、一度始めたらもうとことんのめり込むしかない、何かそういう入っては行けたけれど、うまく出て来れなくなった、みたいなものが絵画にはあります。
2月の苦闘の後に今のこのちょっとした平穏な感覚がやってきました。
つまり、向こう(絵画)の方のが速い、めくるめくようなそのスピードに人間の脳はどうしても構造的について行くことができない。動かした色と形を認識するのにどうしても物理的に時間がかかる。
そこでどういうことになるかというと、毎日負けることになる、連日連敗、連戦連敗。
そこでどういうことが必要になるかというと、人間として精神がフラットであるということ(このことはJoe BradleyのYouTubeを観て学んだ、Thank you, Joe!)、心のギアが常にニュートラルに入っているということ、肩に力が入っていないということ、が必要になる、だって毎日負け続ける訳だから。そんなことがこの仕事を続けて行く上での鍵、コツのようなものになる。
ムキになっても意味がない、落ち込んでも弱気になってもそんなことにはまったく何の意味もない、向こうの方のが速くて強いのだから。勘違いするな。まあそういう意味での謙虚。挫折、失敗が日常であり常態です。それから、別に何の関係もないんじゃないのか。人は待って熟考してから塗っていけって言うけれど、構わずバンバン塗っていって、実は全然構わないのではないのか。絵画はとにかくまず大胆に色と形を動かしてみないと分からないから。逆に熟考すればわかるのか。それは一歩間違うと大変な不遜につながるのではないのか。例えば、モネは睡蓮の作品を現在確認されているだけで800点描いたけれども、モネが色と形を認識するのにどうしても時間がかかったために何枚も描かなければいけなかったとしたら、ピカソはゲルニカの習作を800枚描いたと言われているけれども動かしてみるまでは色と形を認識するのに気持ちの中に何かいつも引っかかるものを抱えていたと、もし仮定したらどうしますか。天才にはそんなことはないんだなどと、どういう根拠をもって言い切れるのですか。いくら何でも睡蓮ばかり普通800点も描きません。それは何故かというと、通常飽きるからです。飽きないと言うのはモネが追いかけたということです。夢中になって面白くて、色と形を追いかけてとらえるのに800枚かかった。
つまり、人間の脳は色と形を追い越すことができない、予め先回りして準備しておいて、有効ないい一手を先手として打つことができない。それは何故かと言うと、絵画には実は運動分野の能力が大きく影響しているからだと思う。そこのところを論理的分野の能力でいけるとついこれまでの日常の習慣等から人は考えてしまう。
この間、僕の心を励ましてくれたものは、インターネットのル・クレジオ氏の講演会「詩の魅力」と「青春を書く、老年を書く」です。氏の語る飾り気のない言葉や話の並列の中に含まれる何かが僕の心を強く温めてくれました。
そんなこんなで少しずつ気持ちを立て直しつつ高めてきました。一昨日「嵐」を読み始めました。
僕はこんなことを毎日考えたり感じたりしながら生きています。
そしてそれは決して普遍的なものではないけれども、僕の心の中ではほんの僅かですが小さな意味が確かにあります。
さあ人生は短い! 共に前に進みましょう!
2020年3月3日記
和田 健

僕はひまわりの種を超えられるか?

Posted in Essay 2012-2020 with tags , , , , , on 13 January 2020 by kenwada

Sunflower Seeds

Array of Sunflower Seeds.
お正月のある朝、日課の野鳥の餌やりを終えた後、餌箱の底に偶然並んだひまわりの種を見て思わずびっくり、美しい!咄嗟に整列美などというつまらない言葉を作りたくなる。まあそれでも造形美よりはまだいいか。さて僕はこの配列の美しさを作れるか?この内の一粒でも種を動かせば、たちまちにしてそこには人為の匂いがたちこめるだろう。打倒人為、脱人為。僕の Dear Grid Worker や Picky Dancers のシリーズもこの着想の流れから来ています。
しかし絶妙だな、この配置、流れ、横向きだって左向きと右向きに斜め横向きまで何でもご用意だ、上下の辺の抜群の止め、粒の上三角形・下三角形の使い分けはちょつとまねできない。そして全体をまとめるこの適度の崩れ、間の抜け方はさらにまねできない。これを観て顔真卿(709-785)の祭姪文稿を観る、祭姪文稿を観てこれを観る、これを観て李白(701-762)の詩を読む、李白の詩を読んでこれを観る、結局全部同じことなのではないだろうか。天為。闊達無碍。気宇壮大。ますらおぶりの書であり詩であり絵画。
「絵画はもっと原稿であるべきだ」というのが今の僕の思考です。ここでいう原稿の定義とは、1. 矛盾がある、2. つじつまが合わない、3. すきがある、ゆえに、4. つっこめる。僕の以前からの考え「絵画には矛盾があっていい」にもつながります。つまり逆に言うと、矛盾がない、つじつまが合う、すきもない、ゆえに、つっこめない。この権威こそが遠近法であり、征服欲につながっていると思います、絵画を自然を人間が征服するという、いや人間は征服できるんだという。西洋医学の考えと同じです。
まだまだ僕は酒でも飲みながらぽかんと口を開けて、たくさん雲の流れや夕日を見て、森の小鳥たちとたくさんお話しして、相当心を太くしていかないとひまわりの種は超えられない!でもということは、逆にその方向で行けば接近できるという気持ち、すなわち希望が、僕の心の中にすでにあるのではないだろうか。

2020年1月13日記。
和田 健

今後の僕の課題がはっきりと見えてきました!

Posted in Essay 2012-2020 with tags , , , , , on 5 January 2020 by kenwada

皆様、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

昨年末より李白(701-762)の詩を集中して読み始めました。
2019年12月25日の僕のノートのメモには、
「この年末を李白(701-762)の勉強に捧げる。あと26日ー31日の6日。非常に鋭角的で天衣無縫、線が伸び伸びしており、相互に響き合い、闊達なとてつもないスケールの天才的な絵画的・空間的要素を感じる!幾重にも重ねられた星印のような図形的なイメージがある。それでありながら作品の底流にタオ的な明るさ、おおらかさ、あたたかさをも同時に感じる。この傑出したインスピレーションは絶対に絵画の中に取り入れられる。よってこれを勉強しない手はない!
2019年12月25日(水)夜記。」
とあります。

以来、少しずつ読み進めてきて、いくつもの美しい、圧倒的に美しい詩に出会いました。具体的には、「山中にて俗人に答う」「静夜思」「内に贈る」「九日 竜山に飲む」「黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る」「独り敬亭山に座す」「白鷺鷥」有名な「月下獨酌」これなどは英語訳を読むと Drinking Alone by Moonlight なのか、Drinking Alone under the Moon なのか、Drinking Alone in the Moonlight なのか、いくつもの英語訳があって、そもそもタイトルからして僕なら当然最初 under だろうと思いましたが、by なのか under なのかはたまた in なのかなんて考えていると面白くて病みつきになります。「春の日に酔いより起きて志を言う」素晴らしいですね、美しい!「汪倫に贈る」あたたかい、素晴らしい!今、「長干の行」を読んでいます。素晴らしい、美しい、この詩は14歳の夫婦という設定を非常に甘美にやわらかく打ち出してきた時点で勝負あった!だけれどもこの時代にはごく普通の結婚年齢だったのかもしれないな、いやでもこの時代にあって夫が四川省まで行ってしまうというのは、ほとんど地の果てに行ってしまった感じがしただろうな、直感的に言って僕はこの詩を李白はイマジネーションで書いているなと思う、いやいやそうではなくてこれは彼の見聞に基づくもので・・・等々、先を読み進めるのが少しもったいなくなる、そんな感じ。Ezra Pound の訳がまた素晴らしく優しい、While my hair was still cut straight across my forehead う〜ん、cut straight across か、よくここまで置き替え練り上げてくるな、すごいなこの1行目。唯一五月の five months のところは意味が取れないので、ここ研究課題。(That is, Despite Ezra Pound translated August as August in line 23, why did he translate May into five months in line 17? I think that this word “five months” has changed various meanings in the poem.)

これとテレビのない我家で年末にNHKラジオの「教授の大みそか」という蓄音機&SPレコードの特集番組を聴き、最後の1930年の録音のカザルスのこの世のものとは思えないまるで神が舞い降りてきたような演奏を聴いた時に、李白とカザルスに通底するものをはっきりと感じ、年が明けてから「らじるらじる」で何度もこの演奏を繰り返し聴いて、年明け早々少し思考が進んで今後の僕の課題をつかみかけてきました。

つまり詩を書くのではなく言葉を置く感じ。音楽を演奏するのではなく、音を置く感じ。宇宙と一体となって出てくるもの、天から舞い降りてくる言葉や音をつかまえて、それをそっと紙や弦の上に put する。必要以上に自分が泣いたり感情移入したりしてはダメ。天から降りてきたものだけを詩や音楽にしている。自分を無、カラにしないと入って来ない。まわりの言葉や音が入って来ない。静寂。

これを自分にあてはめると、僕はこの2年間毎日毎日1. いい加減に、2. 無造作に、3. がさつに、4. ぶっきらぼうに、5. すっぽ抜けている、6. ぶっ飛んでいる、7. 適当に、この7項目をそれこそ金科玉条のようにして毎朝描き始める前にお経のように唱えてはこの7つの中の調和を模索してきたのですが、つまり、キチキチ詰めているんじゃない、ピキッとしていると絵画は非常につまらない、退屈になる、あくまで僕にとってはということですが、その先に思考が進めなかったものが李白とカザルスを通してわかりかけてきた。

つまり描くのではなく降りてきた色だけ形だけそっとキャンバスの上に置く感じ、自分で絵を描いたらいけない、絵を支配したらいけない、絵をコントロールしたらいけない、絵画の中に征服欲をもちこんだらいけない!
これは李白やカザルスのようなgreatestたちに率直な物言いで大変失礼だけれども直感的に感触なのだと思う。感触なんだと思います。この感触をつかんでしまえばまた前に進める。

そしてそれを大きく展開してたっぷりと自分でも表現し終えたなと思えたらやめます。
Cy Twombly が英語のインタビューの中でアトリエの窓辺で2,3時間海を見てから描き始めると答えていたけれども、この感触をはっきりとつかんでいたんだな。
僕のノートの2018年5月21日のメモに、「The dahlias sleep in the empty silence. Wait for the early owl. EAST COKER, まだ絵画はここまで到達していない、唯一これに迫れたのは全く違う方向からのアプローチでCy Twombly だと感じる。」とあります。やっぱり2018年4月に NYC の Gagosian で Twombly の Drawing を94点観て、いろいろ感じたんだろうな。

さあ環になって踊れ!Mélangez! Mélangez! Mélangez! À tout à l’heure!
無心に心穏やかに描く、マントノンの青い夜の水彩画の時のように、窓辺で。

しかしすごい時代だな、 顔真卿がいて、懐素がいて、李白がいて、杜甫がいて、日本からは空海が留学で入唐していて、・・・。
一度でいいから僕も唐に行ってみたかったな。別に都の西安(長安)でなくてもいいから。そして村人汪倫の酒を僕も飲んで、その足で僕も小舟に乗って長江を下り、望夫の台から心配そうに西方の彼方を見つめる The River-Merchant’s Wife を岸辺にふと見かける、
Alas! きっとそれはとてつもなく美しいだろうな。

2020年1月5日記。
和田 健

あの頃の自分から電話をもらったら、「僕は今でも絵を描き続けているよ」ってただそれだけ伝えよう

Posted in Essay 2012-2020 with tags , , , , , on 21 October 2019 by kenwada

1. スペイン

ジ、ジ、ジ、ジ。
Allô! Allô!
やあ、元気かい?

スペインのラ・コルーニャで、僕は飲みかけのリベイロの白ワインの瓶を持って街を歩いていた。
マドリッドがスペイン語の不規則動詞を覚えるにはあまりに暑くて。
39℃で今日は涼しいぞなんて、ガリシア地方までちょっと気分転換に抜け出した。
バルに入ると、父親と10歳ぐらいの男の子が油で黒光りした小さな木のテーブルで、アサリをオリーブオイルに浸した一皿の小鉢を前に向かい合って座っていた。
爪楊枝でアサリを掬いとっては、パンの上に浸して、かわるがわる食べていた。
父親は育ち盛りの息子に少し遠慮しながら食べていた。
僕は、それをただぼんやりと眺めていた。
2002年の6月、ガリシア地方はとても涼しかった。

2. フランス

ジ、ジ、ジ、ジ。
Allô! Allô!
やあ、元気かい?

僕は、International Herald Tribune から切り抜いたその写真をずいぶん長いこと、アトリエの壁に貼っていた。
口元を黒いマフラーで押さえた女の子が写っている写真。
ちょうどモスクワの地下鉄でテロがあって、駅にたくさん積まれたお悔やみの赤い花の右横で、その女の子は口元を押さえて絶句したように立っていた。
女の子の髪留めの小さな赤いリボンと、手提げバックの赤い把っ手と、赤い花の塊を僕は来る日も来る日もただじっと見つめていた。
ああ、何かが描けるかもしれないって思った。
きっとその女の子が、「罪と罰」のソーニャに見えたのだろう。
ソーニャが描きたくてたまらなかったから。

3. メキシコ

ジ、ジ、ジ、ジ。
Allô! Allô!
やあ、元気かい?

メキシコのサン・ミゲル・デ・アジェンデで一ヶ月間屋上の小さな部屋で暮らした。
5階建てのアパートの下の四つ角に、毎日決まって夕方の5時になるといつも同じ親子がやって来て、お父さんがハーモニカを吹いた。
しばらくしてお父さんは目が見えないことに気がついた、それで小さな男の子が、二人の前に置かれた小さな籠に小銭が入ると、「グラシアス」って恥ずかしそうに言った。
僕は日が暮れると毎晩屋上の椅子に座って、下から響いてくるハーモニカの音色を静かに聴いていた。
あの男の子もきっと大きくなっただろう。
2002年の10月だったから、きっとすごく大きくなっただろう。

4. フランス

ジ、ジ、ジ、ジ
Allô! Allô!
やあ、本当に元気かい?

僕らがもう戸締まりをして、二階の洗面所で歯を磨いていると、オードレーが青い夜から帰って来た。
向かいの旧事務所の屋根に静かに舞い降りて、「ニャー」と一言、帰って来て「当然でしょ」って顔をしていた。
10月末の雨に煙る午後にあの子が初めて息子のクーを旧事務所の屋根の上に連れて来た時は、思わず息を飲む程の美しさだった。
生まれたての子猫に歩幅を合わせて屋根を下りながら、一緒に一歩一歩濡れた紅葉の赤や黄を踏みしめながら、「ほら見て、私の子よ、私の子よ」って、背筋をピンと伸ばしてすごく自慢げに言っていた。
僕はそれまでに人間の表情の中にこんなにも幸せな表情を見たことがなかった。
オードレーは僕に一番幸せな表情は、もしかしから人間の中にはないかもしれないことを教えてくれた。
オードレーが僕の先生だった。
オードレー、クー、聞こえるかい、僕は今でも絵を描き続けているよ
野良猫を抱き上げたことがない人なんて、
抱き上げて頬ずりしたことがない人なんて何だか信用がおけない。
「動物を大切にしなさい、可愛がりなさい」ってゾシム長老も言っていた。
ゾシム長老の若い兄の回想録には泣いた、あそこだけ何度も何度も繰り返し読んだ。

美しかった、マントノンは。
僕のちっぽけな50年の人生で、一番美しい時代だった。
一瞬にして終わった。
母が倒れて、空港に走って、まるでそれまで観ていたテレビの電源コードを思いっきりブチ抜くように、一瞬にして終わった。
今ごろはさぞかし菜の花畑がきれいだろう。

あの頃の自分から電話をもらったら、「僕は今でも絵を描き続けているよ」ってただそれだけ伝えよう。
それでは、また。

2013年5月5日記
2019年10月20日加筆修正
和田 健

「君はいろいろなことがわからないみたいだけれど、アルベール・カミュがどんなに母親を愛していたかだけはよくわかるみたいだね」と僕は街角で誰かに肩を叩かれて言われたことは今までに一度もない、あるいはさらに「絵画そのものが原稿であったなら」つまりは「原稿絵画」と「絵童話」の創造に向けて

Posted in Essay 2012-2020 with tags , , , , , on 20 October 2019 by kenwada

デザインとして漢字を観ている内にできるのではないかと思いました。
つまりは抽象画による原稿絵画」、「絵童話」の創造という新しい構想です。
山奥でひたすら両者を創造する。
ただ絵画する」という三昧の境地へと至れ!
以上です。

2019年10月19日記
和田 健

続・書の勉強について

Posted in Essay 2012-2020 with tags , , , , , on 10 October 2019 by kenwada

前回のエッセイ「書の勉強について」の中で、「中国の書家の作品であっても同じ東洋人として (僕は) 漢字が少しは読めますから、これは欧米の絵画に対する強力な対抗軸になり得る」と書きましたが、後日、明け方の床の中でこれについて考え、またしても僕以外には何の役にも立ちそうにありませんが、当たり前のようでいて少し大切なことのように思いますので書いておきます。
まず、「欧米の」という言葉は、「漢字文化圏以外の国の」とかにするべきでしたが、そのことはさておき、僕が思ったことは、僕が中国の書家の作品を観る時、たとえ難しい字であっても漢字の旁や偏からある程度こういう字ではないかなと、推測することができる、つまりおおよその見当をつけることができます。もちろん中には歯の立たない漢字もあります、というか実際そういう字が多いのですが、それでもやはり子供の時から慣れ親しんできた漢字 (文化) ですので、やはり字として読んでみようと半ば無意識のうちに脳が勝手に反応してしまいます。
これに対して、例えばフランス人でも、アメリカ人でもいいのですが、彼らは余程の愛好家でない限り、漢字を字として読むことはしていない、よく掛け軸などにして部屋に飾っているのを見かけますが、彼らは漢字に対して字としては反応していない、それはもちろんフランス語や英語で意味を書いてもらってそのメモを見ながらこれはこういう意味だよ、などと説明することはできますが、字として理解しているわけではない、このことは日本語を話せる外国人はたくさんいますが、読み書きができる外国人は非常に少ないことからも容易に察せられます。
それでは彼らは漢字をどのように観ているのかというと、これは模様として観ているのだと思います。漢字を模様として観ている、僕が例えば象形文字や甲骨文、甲骨文字を観ている時に感じるように、あるいは全く理解できない他言語を観ている時に感じる感覚と同じです。模様として観ている、特に活字化されたものだと脳への刺激が限定されますが、肉筆のものだと全然違います、これを継続していくと、やがてデザインとして観ていることにつながります。だから現にたくさんの東洋美術の愛好家が諸外国にはいますし、オークション等でコレクターに熱気をもって迎えられるのでしょう。美しいからデザインとして美しいから、漢字の意味や成り立ちなんか知らない、でも一応英語訳で意味は知っているよ、おそらくそういう感覚なのだと思います。
そこで僕が思ったのは、このデザインとして文字を観るということは、多少の土台的な要素、僕の言葉で言う神経質な気質というのもずいぶんと漠然とした言い方ですが、余白や図形を観る習慣さえあれば誰にでもすぐに修得できる、実際、テーブルの上の物の配置、塩のビンやナイフ、皿とかそういう物です、を納得いくまで何時間も動かしていたジャコメッティのように、紙の上の字画の配置を何時間も動かす、気になる、全く同じことです、樹木の枝の配置も同じです、漢字をデザインとして観ることはある程度の訓練を積めば容易に修得できる。
そうであれば、漢字文化圏の我々には見当をつけることと、デザインとして観ることと、二つの大きな軸があることになる、これは一つの軸しかもたない彼らに対して大いなる強みにならないだろうか、ということです。言ってみれば二枚腰なのですから。
この二つの軸があることを絵画に必ず活かせるはずです、取り込めるはずなんです。逆の思考として、どうしてアメリカ人の Franz Kline に先を越されていて、我々の絵画には漢字のデザイン性を豊かに取り込んだ造形美に満ちた作品が少ないのだろう、その辺りから思考に揺さぶりをかければ答えは出てくるのではないか、作品が漢字として恥ずかしいからかもしれない、後ろに書家が控えているために下手なものを出品・発表できないという、こんなもの出して馬鹿にされるだけだという、ここ核心、重要ポイント。彼らは背後に書家など控えていませんので自由にやれる、この自由にのびのびやれる、何の束縛もないということは当たり前過ぎて見失われがちですが創作活動の肝、非常に大切なことです。この課題は突破しないと、デザインとしてだけ観ているよりは強いはずなのだから、あるいはデザインとして観ているだけだから彼らは強いのかもしれない、または単にエキゾチックの問題だけなのかもしれません、我々の日常生活において漢字があまりにも身の回りに溢れていてもはや特段の反応もしないという。
自然の中に漢字の要素を日常的に見い出す訓練、これはしています、何かどこかに突破口があります、必ず。

2019年10月10日記
和田 健

追伸 またまた今読んでいる数学者の岡潔さんの本の話ですが、先生は「でたらめ」を毎日一つずつ考える、この「でたらめ」を十ほど並べてみると、その中には一つぐらいポシビリティ (可能性) がある。このポシビリティをまた十ほど並べると、そこに一つぐらいファクト (事実) が見つかる、一年三百六十五日、毎日「でたらめ」を考えるともなく考えている、と仰っています。さすがだなあ〜、すごいなあ〜、ものすごく勉強になります。僕は今までわからないことがあると、声に出してわかっているところまで言ってみる、しゃべってみる、それもできるだけ大きな声がいい、というのを自分で編み出して実践してきたのですが、これに「でたらめ」を加えればいいんだ、声に出して「でたらめ」を言ってみればより強力な結びつきになる、なるほど。エディー・ジョーンズさんが目黒学院ラグビー部を指導する YouTube 面白いですね、この感覚だな、この感覚。声に出して「でたらめ」を言って、全く脈絡や関係ないものを結びつける、この感覚を絶対にはずしちゃいけない!折しも世の中ワールドカップでラグビーブーム、僕は試合は観れませんけれど、我家にテレビはないから。