部位

眼を悪くして、つらい毎日が続きます。
今年2回目の硝子体注射を、2月1日に受けました。
その時の診察で、右眼の視力が、裸眼で0.03、矯正で0.06でした。
1月4日の治療開始時点よりもさらに悪くなっており、ショックでした。

「部位が眼でさえなければなあ」と、毎日のように思います。
実際に、僕には2011年以来、他にもヘルニアの持病があって、8年間、腸の痛みと戦いながら、苦しみ抜いた末に、結局、最後は嵌頓(かんとん)になり、救急車で運ばれて、2019年に緊急手術を受けたことがありました。
その時、手術してくださった先生に「何で8年間も我慢していたんだ」と叱られました。
朝からヘルニアが起きた日は、キャンバスに集中するのが、かなり大変でしたが、それでも、眼ほど制作に直接的な影響はなかったように思います。

それともう一つ感じることは、腸ですと、たとえ医学的に正しいことではなくても、根性だとか気合いだとかで頑張れる部分が少しはあるのですが、眼ですとそういった精神力で何とかカバーできる部分がないことです。
眼の病気というのは、何か物理的な現象のようなものです。
歪んで見えるものが、気力では元には戻りません。
つまり、何もなす術がない。
でも、何もなす術がなく、人生をいきなり理不尽にもぎ取られることは、世の中でたびたび起こることですし、そうしたまるで悪魔のような圧倒的な暴力や、不条理に耐えながら、残りの人生を静かに生きている人もたくさんいます。
だから、僕も自暴自棄になどなったりせずに、治療を続けようと思います。

病気になってよいことなどは、本当に何一つとしてありませんが、唯一、この病気の特徴は「誰にも迷惑はかけない」ということです。
つまり、眼が勝手に病気になって、ものが歪んで見えて、視力が落ちて、仕事ができなくなり、収入の道が完全に途絶える・・・。
これらはすべて自分の中で起こることです。
自分が沈んで行くのを、自分で静かに見ているという感じです。
誰にも迷惑はかけていません。
僕の今のこの心境については、ちょっとこれ以上は、言葉では上手く説明できません。

2022年2月5日
和田 健

追伸:悲しい時は、三姉妹の義理の姪の写真をみています。
先月、真ん中の子が成人式を迎え、三人で撮った写真をもらいました。
どういう訳か三人とも、幼い頃最初に会ったその日から、僕に懐いてくれ、とても優しい子どもたちです。
それにしても、みんな大きくなりました。

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