「カラマゾフの兄弟」の再々読 その2

2021年3月11日、奇しくも東日本大震災のあの日から10年目の夜に3度目の「カラマゾフの兄弟」を読み終わりました。
まあ、それはいつかは読み終わるわけですが、前回の記事の後に考え続け、自分の読み込みが甘かったなと思いました。
反省とか修正とかそういう不遜な気持ちではなく、その後このように僕は考えましたということを、たとえ取るに足りない僕の意見であっても、きちんと書いておかないで、このままいい加減にしておくのは、やはり一度書いた以上は無責任だなと思いました。
そこで、前回の僕の第二部の夢想の続きを以下に書きます。
前回に書きました前段の説明のようなものは飛ばして、いきなり本題から入ります。
それから今回もタイトルや人名等の表記はすべて角川文庫版によります。
したがって例えば、「カラマーゾフの兄弟」ではなく、「カラマゾフの兄弟」になります。「ドストエフスキー」ではなく、「ドストエーフスキイ」になります。
また引用した本文中のページ数は、その都度、直接文中に括弧書きで入れました。その方が、欄外にまとめて注記するよりも読みやすいかなと思ったためです。

まず長男ドミトリイ(ミーチャ)。
ミーチャが大芸術家になるだろうという僕の考えには基本的に変わりはありません。
問題は、作者ドストエーフスキイ自身が、これだけ第一部の終わりで第二部への具体的な布石を打っている以上、やはりそれに基づいて状況を整理しておかないといけないなと思いました。
そこでまず以下の4つに整理いたします。
1. 脱走が成功して、なおかつミーチャがグルーシェンカ(グルーシャ)とともにアメリカに逃げる場合。
2. 脱走は成功するが、ミーチャが一人でアメリカに逃げる場合。
3. 脱走せず、あるいは脱走が失敗に終わり、ミーチャがグルーシャとともにシベリアに20年の懲役に行く場合。
4. 脱走せず、あるいは脱走が失敗に終わり、ミーチャが一人でシベリアに20年の懲役に行く場合。
考えられる場合の数は、一応この4つでよいのではないかと思います。
それは例えば、ミーチャが護送中に急死してしまう(あり得ないことではない)とか、何らかの事由で、船がアメリカではなくメキシコについてしまうとか・・・、おお、その方が断然面白そうだ、ミーチャにはアメリカよりもメキシコの方が、英語よりもスペイン語の方が似合う!僕はメキシコで実際に一ヶ月間暮らしたことがありますので実感としてよくわかるんです!とか始まると、また脱線しますので、場合の数はこの4つ。
それから、ミーチャがシベリアでの20年の懲役中に脱走する可能性は、彼の気性から考えて否定できないと思います。「もし僕が途中でか、あちらへ行ってからでも、鞭打たれるようなことがあったら承知しないつもりだ、僕はそいつを殺してそのために銃殺されるだろう」(下巻、p.490)とあるからです。ただそうした3のa、3のbの場合のようなことまで考慮に入れていきますと、これはちょっと収拾がつかなくなりますので、ここではやめておきます。
この中で、まず最初に、愛し合う二人の結び付きの強さから、4は考えられないと思いますので却下、ここは特に異論はないと思います。すなわち、ロシア国内でしたら何としてもグルーシャはついて行くと思います。そうです、まるで「罪と罰」のソーニャのように。
そこで具体的に、1から3の3つの場合について考えればよいことになります。

まず1。ミーチャ自身がエピローグの中で、「僕がグルーシェンカと二人であちらへ着いたら、さっそくどこか遠い寂しい土地へ行って、熊といっしょに百姓を始めるんだ。きっとまだ人里はなれた土地が残っているだろうからな」(下巻、p.493)とアリョーシャに語っていますので、やはり普通に考えて百姓をするのだと思います。そして労働と英語の稽古の三年間の後、ロシアに戻って来て、「どこかの片田舎で百姓を始めんだ(原文ママ)。そして一生アメリカ人で押し通すんだ、・・・これが僕の計画なんだ」(下巻、p.494)と彼の「決心」は続きます。
うん、そうなるとこれは芸術家になる可能性は非常に少ないな。ロシアの片田舎で絵を描き始めたミーチャが、その才能故に目立ってしまったりすると、「もしわかったらまたシベリアへやられる」(下巻、p.494)からです。片田舎の農家の納屋をアトリエにしてひっそりと描き続け、やがて村人に見つかってしまい発覚してしまうが、村人の中に芸術に理解の深い人がいて・・・、また脱線!やめておきます。

次に2。これは注意深く読むとわかるのですが、カテリーナ(カーチャ)のグルーシャへの激しい憎悪が、この状況を仕組むことは大いにあり得ると思います。すなわち、グルーシャを幸せにしてたまるかという嫉妬、意地悪、あんな奴売女なんだから、という訳です。このカーチャという女性は、高徳の淑女として出てきますが、要は大変なお嬢様なのですが、非常に多くの問題をもっています。ほとんどこの女性を追うだけでも一つの小説として「カラマゾフの兄弟」は読めるのではないでしょうか。そして作者ドストエーフスキイ自身が、「重要な小説は第二部になっている」(上巻、p.11)と明言している第二部で、この女性とイワンの関係を書こうとして、そのためのいくつかの布石をあらかじめ打っていることは、ほぼ明白だと思います。
そうなるとこれは、ミーチャはアメリカに行かないのではないでしょうか。行くわけがない、そんなミーチャではない、「ここから三つ目の駅」(下巻、p.478)で脱走が成功して自分一人だと、グルーシャがそばにいないとわかった時点で、カーチャの激しい憎悪を察知し、またまたミーチャは激怒、絶叫、髪をかきむしり、その時、彼が乗っているものが、すなわち、港までの脱走の移動手段が、馬車なのか鉄道なのかは判明しませんが、そこから間違いなく飛び降りるのではないか。彼がそのまま移動を続けて、どこかの港から船に乗ってボーッとアメリカに行くというのは、ちょっと考えられない。したがって2は、結局3に吸収されるのではないか。

そこで3。これは「死の家の記録」が非常に参考になります。当時の囚人たちのあの状況の中で絵を描くということは、客観的にみてちょっと考えられない。したがって、「罪と罰」のラストシーンに広がるようなシベリアの限りない美しさの中で、自然美に目覚めたミーチャが、自然からの啓示を心にため続け、徐々に堆積してきたものが、非常に遅いスタートになるけれども20年後に絵を描こうという気持ちをもつようになるかもしれない。

以上より、「彼はその時まだやっと満二十歳であった(中の兄のイワンは当時二十四、長兄のドミトリイは二十八であった)。」(上巻、p.34)、「ドミトリイ・フョードロヴィッチは二十八歳で」(上巻、p.125)とありますから、ミーチャが芸術家になるのは、早くとも20年後48歳の時ということになり、大芸術家になる資質は埋もれたままで長い時が流れ、僕の第二部の夢想は早くもこの時点で頓挫することになりそうです。

長くなりましたので、イワンとアリョーシャは次回にします。

2021年3月15日
和田 健

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