人間というものを見ず

2015年1月7日水曜日、人間というものを見ず。

夕方になって、そう言えば、今日、人間を見なかったな、と思う。
出会わなかったのではない、見なかったのである。
しばらく経ってから感じたのだが、
これはこれでなかなか貴重な経験なのではないだろうか。

例えば、ホテルに泊まったのでは、ダメである。
廊下やエレベーターやフロントで誰かに合う。
それではと部屋にこもっても、少しカーテンを開ければ、
外には人間が歩いている。
車が通る、車が通れば運転している人間がいる。
考えてみると、この現代社会において、都会に住もうが地方に住もうが、
動いている車を1日中1台も見ないというのは、難しいことである。

今、僕は標高1100メートルの山の中で制作しているが、
この村の8丁目から南側に、人はいないようである。
ざっと考えて、半径1キロメートル以内に、
僕以外に誰も人間がいないというのは、素晴らしく清々しい気持ちがする。
同じ山の中でもスキーや温泉に行ったりしたのでは、
間違いなく人間を見るだろう。

脈絡も無くふと思ったのだが、植村直己さんとか冒険家は、
意識下の無意識的領域で人間というものを見たくないので、
時々我慢ができなくなって、ああいう冒険に出かけるのかも知れない。
北極点到達とか◯◯山登頂などは、意識の領域で目標としてただ感じて
いるだけで。

僕のいる村は、その四季の中で、何と言っても冬が圧倒的に美しい。
現在、積雪は30センチメートルといったところ、
樹木に木の葉はなく、
見渡す限り、一面の白、白、白である。

人間というものは見ないが、実に多くの野生動物は見る。
コガラ、シジュウカラなどの小鳥たち、日本リス、
猪(昨年僕は11頭の猪に出会った)、キジ、キツネ、
そして黒猫は、年末年始の間に右後ろ足を骨折しビッコをひいて現れ、
この野生動物たちの世界で逃げ足が無い厳しさを骨と皮ばかりに痩せた姿で
訴えてくる。

人間というものは、常に人間に触れていたがるものだけれど、
時として、人間というものを見ず、小鳥をはじめとする様々な野生動物や
風に揺れる樹木や冬の美しい陽光や遠くの山々や灰色の雲から顔を出す
夜空の月を見ることの方が、太古の構成要素である原始的な何か大切なものに、
心の根底で結びついているのではないかと思う。

空海が四国や熊野の山の中で修行に明け暮れ、ついに悟りを得たのも、
その巨大な宇宙的な本能や圧倒的な直感によって、人間を見ている内は
真理に達しないと、早々と見抜いて考えたのだろうか。

人間というものは見ないが、本の中の人間についてはよく考える。
今回僕が制作の傍ら読もうと思ってもってきた本は、ヘルマン・ヘッセの
「ガラス玉演戯」で、1月1日に復刊ドットコム版で読み始めた。
1月3日には、音楽名人がクネヒト少年とリートの試験をするくだりで、
早くも僕の中で史上最大の読書体験になることを予感し、
例によって図書館で借りてまず読んでみて、どうしても手元に置いておきたいと
思ったものを買うというパターンで、復刊ドットコム版が高くて買えず、
新潮世界文学版の古本を買った。

読書というのは、実に不思議なものだなあ、と思う。
今自分に必要なことが、誇張なしに次から次へと芋づる式に本となって目の前に
現れてくる。
ちなみにどうして「ガラス玉演戯」にたどり着いたかというと、
昨秋、僕は、トーマス・マンの「魔の山」(岩波文庫上下巻)を読んで、
非常な感銘を受けた。
僕は、これは時間について書かれた本だなと思った、
もちろん病気が主要なテーマになっているけれど。
そこで次に、このような本を書くトーマス・マンなる人物は、
実際にどのような時間の過ごし方をしているのだろうと思い、
「トーマス・マン日記」(紀伊國屋書店)を読み始めた。
今第2巻まで来たけれど、これが実に面白い。
その生活を理解する鍵は、会食、面会、講演後も不断なく続けられる読書と、
家庭内で身内を相手に頻繁に行われる自作品の朗読にあるように思う。
日記の中に、トーマス・マンがモンタニョーラのヘルマン・ヘッセ夫妻を訪ね、
ヘッセがマンに「ニュルンベルクへの旅」と「ガラス玉演戯」の校正刷りを
渡す場面*¹があって、ああ、「ニュルンベルクへの旅」*²か、よかったなあ
と思い、たまらなくなって、年末に2回読み返した。
何度読んでも、美しい、圧倒的に美しい。
これ程率直に赤裸々に芸術家の心情というものが綴られている作品を僕は他に
知らない。
で、そうなると今度は、「ガラス玉演戯」が気になり始めたが、何しろ長いので、
しばらく本を横目で見ながら、踏み出すタイミングを待っていた。
しかし、この村は、ハンス・カストルプやヨーゼフ・クネヒトについて
考えるには、おそらく最適の場所なのではないだろうか。

ああ、早く間に人が入って絵を売れるようになりたい、
それだけはなりたい、
心の叫びとして。
絵は、作家が自分で売らない方がよい。
絵は、作家が会場にいない方がよい。
そうなったら僕は、搬入、展示の準備作業以外、極力会場には行かないだろう。

2015年1月8日木曜日、午後12時25分、僕は一昨日の午後以来、
ほぼ45時間ぶりに人間を見た、
最初に見た人間は、大切な書類を運んできてくれた郵便局の配達の青年だった。

今年は、僕にとって、どんな年になるのだろう。

2015年1月8日記
和田 健

*¹「トーマス・マン日記 1933-1934」(紀伊國屋書店)
p.561 1934年10月5日の日記より
原文では、「ニュルンベルクへの旅」は「ニュルンベルク紀行」
*²「ニュルンベルクへの旅」ヘルマン・ヘッセ全集第12巻(臨川書店)所収

後日記:
2015年2月12日、「ガラス玉演戯」読了。
この驚愕の書物について、一体何と言えばよいのだろう。
カスターリエン、初めてクネヒトに冥想の手ほどきをした前音楽名人、
クネヒトを迎えた老兄の「金魚のように静かに振る舞う用意があるか」、
マリアフェルス本寺と修道院、夕方になるとピアノをひくヤコブス神父、
俗世、そしてラストの三つの履歴書、最初の履歴書「雨ごい師」から、
弟子マローについての記述、「何よりも彼は、信望を得たい、一役演じたい、
印象を与えたい、と欲した。天職を授かったものではなく、才能を授かった
ものの虚栄心を、彼は持っていた。」
最後の「インドの履歴書」の「迷い」は、もがくこと、あがくことと解釈した。
この書物全体を通して綴られている人間のありようを、その精神のありようを、
そしてその対極に位置する才能というものについての対し方を、
僕は今初めて、ヘルマン・ヘッセから直に教えられ学んだのだと思う。
この作家のような人間がそもそも存在するということに対して、
語りかけてくるその知性に対して(この人は物語を語っているのではない)、
その透徹や明晰、明朗さに対して、僕は畏敬の念をいつまでも抱き続けるだろう。

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