無題 No.8

無題 No.8、2013年8月
北軽井沢 作品No.22
連続した8枚の水彩画
紙に水彩、グワッシュ
各36.0×48.0cm

Untitled No.8 (suite of 8)
from the series Untitled (Forest Paintings), August 2013
Kitakaruizawa No.22
Watercolour and gouache on paper
8 sheets, each 36.0×48.0cm

Sans titre N°8 (suite de 8), août 2013
Kitakaruizawa N°22
Aquarelle et gouache sur papier
8 feuilles, chaque 36.0×48.0cm

Untitled No.8 -1

Untitled No.8 -2

Untitled No.8 -3

Untitled No.8 -4

Untitled No.8 -5

Untitled No.8 -6

Untitled No.8 -7

Untitled No.8 -8
以下、自分への言葉。

どうしてお前は途中からまとめにかかるんだよ。
どうしてきれいにまとめにかかるんだよ。
まとめない、醜い(断じて汚いではない)、言葉に依らない、
というのをやっているのに、いつまでそんなことをしているんだよ。

お前はフランス庭園か何かとでも思っているのではないのか。

自然とは、
1、逞しくて、
2、生命力と死に満ち溢れていて、
3、均整がとれていなくて、
4、不格好なもの。

お前は、頭と心と体がかたい!

それで、その後、どうなったんだよ。
「無題 No.9」で、何とか少しつかめたよ。
ほう、それはおめでとう。

労働の喜び。
僕は、訊きたいのだけれど、
世の中に誰にも評価されない労働の喜び程、
純粋なものが他にあるのだろうか。

(仮定)
今はもう来客もなくなった家の庭の草むしり。
炎天下で続く、蚊に刺されながらの草むしり。
家の回りは塀で囲まれ、
その人が草をむしっているところを見た人はいない。
僕を除いて。

言葉に依らない絵画。
僕が思うに、世の中の1000枚の絵画の内、
999枚は言葉に依る絵画だと思う。
中には、ベタベタの言葉塗りたくり絵画もある。
残りの1枚になるんだよ。
CyやRichterやJ. Mitchellのように残りの1枚になるんだよ。

それが最終的にできなくて死んで、人から笑われて指差されても、
僕は、それは、一人の人間として、男として、まあまずまずは、
まっとうな人生だと思います、真面目に。
何でかと言うと、極簡単な話で、挑戦しようとしたからです。

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