変化を受け入れる

僕の今現在の絵画のテーマを言葉にすると、
「無意識に根ざす何ものかの描出」ということに尽きると思います。
最近は、絵画に限らず広く生活全般にわたり、意識されたもの、構築されたもの、
何らかの意図が働くものに対する興味がほとんどなくなりました。
意識をできる限り排除し、無意識に根ざす何ものかを描こうとしても、
そう思う時点で「無意識に根ざす何ものかを描こう」という意識がすでに
入ってきている訳ですが、その壁を乗り越えるよりも、その壁の中を通ることを
目指して模索、思考錯誤する毎日です。

僕の描く絵は昨日掲載した「無題(時 -ナンバー1-)」まで変わってきましたが、
2002年11月1日に僕が絵を始めた時に考えたことの一つに、自分が今度する
仕事は、「自分が変化した時に、その変化を受け入れることのできる仕事」
という絶対に譲れない条件がありました。
通常人間は、その人の社会的なまたは家庭内の環境などから、
自分が変化しても、その変化を受け入れることができずに、変化を押し殺して
生きていることが普通であるというか、(特に日本人には)多いと思います。
自分の変化を受け入れてあげるとことのできる芸術家という職業に何の縁か
就いたのだから、自分の変化を受け入れてあげなくては。
世の中に何が不幸と言って、様々な状況によって自分の変化を自分で認めて
あげることができないくらい不幸なことはない。
理由は非常に簡単なことで、人間は時間とともに変化していくものだからだと思う。
芸術家が自分の変化を認めてあげなくて、一体世の中の誰が、他の職業の何が
認めてあげれるのだろう。
だから絵なんてどんどん変わればいいんだと思う。
僕の絵はもっともっと変わっていくと思うし、変わっていった時に、
その変化を自分で受け入れて、世の中で自分一人だけは認めてあげたい。
そんなに幸せなことはないのだから。
そして変化を受け入れることは勇気などというものでは決してない。断じて違う。
それはやっぱり「変化」なのです。
毎日の制作、研究、勉強による地道な試行錯誤の積み重ねによる「変化」
なのだとしか、言いようがないものだと思う。
あえて言うなら「必然」、そうせざるを得ない「必然」のようなものに近いと思う。
ですからスタイルを変えることに勇気は要らないと思います。

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